後編
タイミングは悪かったと言える。丁度、2冊目の資料を読み進めており、ほぼ読み流す形のその作業の中、そろそろ目も疲れたて来たし、眠くもなってきた。
これは良い機会だ。そろそろ作業を終わらそう。何も発見しないうちからこう決めた。いや、何も発見していないからこそ、そういう諦めも付いたのである。
だが、その瞬間、見つけてしまった。作業日誌内で、あの開かずの部屋に関する事項が乗った部分を。
「うわっ………やだなぁ……こんな偶然はいらないよぉ」
正直、迷惑だ。このまま立ち去ろうとしていたというのに、見つけてしまった以上は、読み進めるという選択肢しかなくなる。
誰かから命じられたものではないのであるが、だからこそ自分を納得させられなければ、行動を止められない。
(ええっと? 何々? あ、やっぱり設計ミスから始まったんだ)
作業日誌には、当初、居住用の部屋として用意されるはずだった場所が、構造上脆くなってしまったらしく、部屋を狭める形で、それを補強したらしい。
(結果、部屋はどんな用途に使うにしても、中途半端な大きさになる………だから物置用の部屋としての使用を検討って……あれ? 別に開かずの部屋になってない)
部屋としての用途が限られる様になったとは書いてあったが、そのまま閉鎖されたという記述は見当たらない。開かずの部屋など、この作業日誌には存在していないのだった。
ただ、代わりに妙な記述がある。
「今後、この部屋に関わる一切を口頭のみによって伝える………? え? つまり、資料には残さないってこと?」
益々、不可思議が高まってくる。それと同時に、これ以上、資料を見る必要が無くなったことも判明した。
「いや、それはそれで良いけど………ここまで来たらむしろ気になっちゃうじゃない」
なんだか心が中途半端にぐらついている。さっきまでは、こんな調べものさっさと終わらせて、さっさと寝ようと考えていたはずが、今ではそんな気分では無くなってしまった。
(なんとか……何もかもが分かれば良いなんて考えてないけど、区切りが良い部分までは知りたいなぁ………)
欲が出て来たと表現もできるだろう。小さいとは言え本だらけの場所にいたせいで、知識欲が湧いたのかもしれない。
ただ、感情があっても行動には示すことができない。これ以上、何をすれば良いかのか。私にはさっぱりだったからだ。
「この後……これ以上調べようと思ったら、何をすれば良いんだろう?」
考えて考えて、出た結論が一つ。頭を動かすのは打ち止めだということ。
「そうだよね……実際にその場所はあるんだから、行ってみるのが一番だよね?」
椅子から立ち上がり、作業日誌を本棚に戻しながら、次の行動をどうするべきかを言葉にする。
これから、開かずの部屋に向かってみるべきだ。という考えを。
「確か、今日、部屋を開ける作業をするって話………だったよね?」
自分も顔を出してみようか。一人だけで、夜、そんな場所に行くなんて御免こうむるが、そこに人がいるのなら話は別だ。こちらはただ見学していれば良い。
「うん。そうしよう。邪魔にならないようにするし、それで良いんだ。うん」
自分で自分を納得させてから、私は図書室を出て、近くにあるはずの開かずの部屋へと向かう。
一歩一歩、夜で暗くなった艦内の廊下を歩いていくと、やはりというか、なんだか怖い。視界はランプによりある程度確保されてはいるが、ある程度の距離を置けば、そこはすぐに暗く見える。
向こう側にある何かが見えない。それは恐怖だ。本当に、ただ単純に、人を怯えさせてくる。
「暗い場所が怖いのは、普通……普通のはず」
本能的なものだ。自然なことのはずだ。だから、暗闇の向こうに、何か得体の知れないものがいるということは無い。単純に視界が遮られるからの恐怖であって、未知なる存在を察知しての恐怖ではない。そう思いたかった。
(あれ………?)
と、気が付かなくても良いことに気が付いてしまう。もしくは、もっと早く気が付くべきことに、今さら気が付いてしまった。
問題は音だ。開かずの部屋に関わる異音について。と言うことではない。その異音が聞こえたというわけでは無いのだ。むしろ、聞こえないことの方がおかしい。
「作業音が………聞こえない?」
問題は、今日、開かずの部屋を開こうとしている、整備士達の作業音が聞こえないということだ。
図書室に入る頃には聞こえていた音。それが聞こえない。開かずの部屋まであと少し。廊下の曲がり角を曲がった先にあるというのに、物音一つ聞こえなかった。
(え? え……? な、なんで?)
疑問に思ったところで、誰かが答えてくれるわけも無い。むしろ思考に対して答える誰かがいるとしたら、それはそれで怖い。
「い、いるはず………いるはずだよね………ひっ」
曲がり角を曲がり、開かずの部屋の前にある廊下へと出る。そうして映る視界には、誰もいなかった。いるはずの作業員が誰も。無人の廊下と、開かずの部屋へと繋がる扉があるのみ。
「な、なんで………?」
視界はゆっくりと、開かずの部屋の扉へと向かう。何故だろうか? きっと廊下が殺風景なせいだ。その廊下にある明確なものとして、扉がぽつんとあるせいだ。何か、部屋の奥の何かを感じて、目が勝手にそっちを向いたわけでは決してない。そのはずだ。
「そ、そうだ。帰ろう。部屋に………帰ろう……!」
振り向き、できるだけあの部屋から離れようとした。その瞬間、音が響く。何か、金属を叩くような甲高い音が、あの部屋から響くのを。
「きゃ、きゃああああああ!!!!!!」
私がみっともなく開かずの部屋がある廊下で腰を抜かし、それを駆けつけた作業員の人たちに見られてから半日ほど経った。
あの廊下での一件は、私が妙な物音を聞いて、それに驚いて悲鳴を上げた。程度のことで終わったのである。それを、船員の何人かからからかわれる事態になったのは仕方ない。仕方ないのであるが………。
「納得いきませーん!」
「なんだね。藪から棒に」
艦首にて、ミードさんと昨日の件について話をしている。場所が場所なので、艦長やアカノトさんなんかにも丸聞こえだが、気にするものか。こっちは言いたいことが山ほどあるのだ。
「なんで開かずの部屋を開ける作業が中断されてたんですか!? っというか、なんでまだあそこは開かないままで、しかも音まで聞こえて!」
「とりあえずシィラ? 落ち着きなさい」
「ふぇっ!? は、はい」
ミードさんに尋ねているはずだったが、艦長にもしっかりとこちらの発言は届いていたらしく(大声で言葉を発していたのだから当たり前だが)、アニーサ艦長に止められてしまう。仕事中だからというのもあるのだろう。こうやって混乱をしつつ、上司に詰め寄るのは仕事人としておかしいとは思う。
だけど、だけどである。落ち着けなんて言われても、私は昨日の一件から、一睡もできていないのだ。だって、あの音は何なの? 私は確かにあの異音を聞いた。あの開かずの部屋からだ。船内の構造によるものでは決してない。あれは確かに、開かずの部屋の中にある何かが音を発したのだ。
それはもしかしたら、本当にお化けとか、そういう類のものかもしれない。作業日誌にだって、理由も書かず、言及を避けるみたいなことが書き込まれていたじゃないか。あれはお化けについてのことを日誌になんて残せないから、ああするしか無かったのじゃないか。
「か、艦長! けど、やっぱり、気にはなるんです! どうしても! もしかしたら本当に………」
「本当に、何ですの? 随分と怯えている様に思えますが…………シィラ。もし疲れているようであれば、部屋での休息を許可するくらいはしますけれど?」
「休む必要はあるかもですけど………このままじゃあ休んだって休めない精神状態が続きそうというか………」
このまま部屋に戻れと言われたって、そこで緊張して、疲労を増すだけの様にも思えた。
「………どうにも。根本から解決する必要というのがございますわね。シィラが何時までもそのような様子であれば、それを正すのが艦長の務めでもありますし………」
「うう……すみません」
アニーサ艦長に迷惑を掛けてしまったのだろうか。それならそれで非常に申し訳ない。けど、悩みそのものも、生理的な部分から来ているため、自分で意識をして解決するなんて、難しい。
「とりあえず開かずの部屋ですが、報告に聞く限りでは、油を差す程度では開けられず、扉を壊すことも想定して、次の日に再度、開く作業を行うという話でしたの」
「あ、だからいなかったんですね、あの時………。間が悪かったなぁ」
丁度、整備班が立ち去った後だったのだろう。開く作業ならまだ掛かるだろうと思い、あの部屋に私は近づいたのだが、作業を早々に諦めて立ち去ったとなれば、そうもなる。
「さて、そこで一つ質問なのですわ。異音を聞いたというのは本当ですのね?」
「う、嘘なんて吐きませんよ! っていうか、その音を聞いちゃったから、こんなに動揺してるのに………」
いくら雰囲気が怖かったからと言って、明確な何かが無ければ、次の日まで残る混乱なんて生まれない。
「ああ、疑っているわけではありませんの。ですけれど、異音は確かに存在しているという証明になるわけですから。ちゃんと確認しておかなければなりませんでしょう?」
「えっと、ということは、艦長は異音の存在そのものは疑っていないってことですか?」
「勿論。複数人の船員から聞いたという話ですもの。確かにそういう事象は存在していると思っていますわ。あなたが聞いた音についてもです」
そう認められると、どこか安心する。幻聴だなんだと疑われるのが、一番心にくるのだもの。
「ですけれど、それがお化けの仕業だったり、超常的な何かなどとは、あまり考えていません」
「当然ですな。安易な答えを出してはいません」
アニーサ艦長の言葉に反応して、ミードさんが頷きながら肯定する。副長として、艦長の動向や考え方が気になっているのかもしれない。だいたいは、アニーサ艦長の考えに同意するだけなんだけども。
「その……そういう怖い系じゃないとしたら、やっぱり船の故障だったりを予想してるってことですか?」
「ええ、その可能性が現実的で、ある意味でわたくしにとってはより怖い話になりますわね」
船の運航を妨げる可能性のある事象なら、確かにアニーサ艦長にとっては怖い話なのかもしれない。私が感じているものとはまた違う種類のものだろうけれど。
「ですが、シィラ? あなたの話を聞いて、別の考えも浮かんできましたわ」
「別の………? えっと、話のどの部分がですか?」
艦首でいろいろと話したかもしれないが、図書室で資料を読んで、ちょっと気になったから開かずの部屋へ向かい、そこで妙な音を聞いて悲鳴を上げた。という内容にまとめられるため、そのどこに参考となるものがあったのか謎だ。
「あなたが見つけたという資料ですの。作業日誌の中で、あの部屋が開かずの部屋になった一因が書かれていたそうですが」
「一因って、あの部屋への言及は避けるって程度のものですよ?」
「今、開かない部屋に関して、その時にそんな言葉を残している時点で、関係性は大有りだと思われますわ」
そう言われればそうなのかもしれない。いや、単純に私が人の言葉に乗せられやすいだけなのかもしれないけれど。
「この資料を読んでシィラはどう感じましたの?」
「へっ!? わ、私がですか?」
まさかここで意見を求められるとは。何だろう。何を答えたら正解なんだろう。
「ハッ! まさか作業日誌を書いた作業員さんが、あの部屋に呪いを………!」
「まあ、それは怖い」
いや、全然怖そうな顔をしていないじゃない。というか、やや馬鹿にされたような気がしてくる。良いじゃないか。これが私の思考における限界なのだから。
「では副長。今の話を聞いてどう思われましたか?」
まるでテストの採点でもするが如く、今度はミードさんに尋ね始めた。
「ふむ? 儂がですかな? そうですな、何らかのミスをしたが故では無いですかな?」
そのミスを作業員が隠そうとしたからこそ、言及を避けようとした。ミードさんは真面目な性格だから、そんな答えしか出てこないんだろう。うん。
「それも少々違う様に思えますわね。ミス云々であれば、既にしているはずでしょう? 部屋の構造が脆くなりそうだから、中途半端な大きさの部屋になったとは、つまり、設計ミスを明かしていることになりますわ」
「ああ、確かに。それもそうですな。ミスを隠してはいないわけですか」
「呪いでも失敗を隠したわけでも無いんですかぁ」
「まってくれないかシィラくん。その二つを並べられると、まるで儂の考えが、君の考えと同レベルに思えてしまうではないか」
「え?」
なんだ? すごく馬鹿にされたような気がするぞ? どっちにしてもアニーサ艦長に否定されたのは事実じゃないか。
「では最後にアカノトさん。あなたはどう思われますか? 恐らくは……一番、答えが分かりそうな立場だと考えていますが」
これまで会話に入って来なかったアカノトさんに、アニーサ艦長は意見を求めた。しかも、一番の有望な知識を持っているだろうとの予測を持って。
「…………遊びでしょうなぁ」
と、アカノトさんはそれだけ言葉を返した。
「遊びって………ふざけないでくださいよ」
「いえ、シィラ。その答えで、わたくしも正解だと思います」
「ええー!? 正解なんですかぁ!?」
だって、その……とても投げやりな言葉だったじゃないか。そんなので正解なんてズルい。私の意見にだっておまけして欲しい。
「遊びですかな? ふぅむ。なるほど。そういうことか」
なんだかミードさんは納得した様子。まって欲しい。そうなると、私だけがこの艦首で理解していない。ということになるのではなかろうか。
「またまたぁ。そんなこと言って、ミードさん、実はわかってないんじゃないですか? そうでしょう? そうに違いないんでしょう?」
「何故君は、儂を無知にしようとするのかね」
だって一人だけ分からないなんて状況、恥ずかしい以上に寂しいじゃないか。せめて一緒に不正解だった者同士、仲良くしたいじゃないか。
「じゃーあー、どういう意味が説明してくださいよー! 私なんか、まださっぱりですよ?」
「だから遊びだよ。作業工程か設計のミスで、どうにも使い勝手の悪い部屋が出来たのは、意図したものではあるまい。だが、その後、部屋に関する言及を避けたり、あそこを開かずの部屋にしたのは、当時、船を造った者たちの遊びではないかと言うわけだの」
「ううん? 遊びで、なんでそんなことするんです?」
説明されたって分からないままだ。本当はミードさんだって分かっていないのではないか? そうであったらうれしい。
「集団の中で、命令されるままに仕事してる奴ほど、思い浮かびやすいだろうさ。そういう意味じゃあ、シィラ。お前だって答えに近いかもしれないぞ」
「そ、そうなんですか?」
アカノトさんに言われると、そんな気もしてくる。そう、例えば……いや、やっぱりダメだ。さっぱり答えが分からない。
「ううっ………やっぱり分かりませんったら………」
「まあ、そういう部分もシィラらしいかもしれませんわね。どうせ、答えはすぐにわかりますわ。あの部屋は本日、開かれる予定ですから」
昼頃になると、既に整備士班の人たちが遂に開かずの部屋を開けるぞ、という段階になっていた。
それを見学しているのが私だ。あまりに仕事に身が入らないようなので、さっさとどういうことか自分の目で確かめてこいと言われたのだ。
「どー思う? なんだか失礼な話よね?」
「うーん。シィラらしいかもねぇ」
暇だったので仕事を続けているリィナに話しかけていると、困った表情をされてしまう。もしかして、私、邪魔者だろうか?
「ところでさ? なんでそんな開けるのに時間掛かってたの? 部屋の鍵があるんだし、いくら開き難いって言っても、みんなで無理矢理ってできそうだけど………」
「ああ、それはねぇ―――
「いくつか接着剤みたいなのが間に入ってたんですよ。それを剥がすのに苦労して」
と、リィナとの会話に入ってくる人が一人。エイディス・ロッドくんだ。いろいろと大変だったのだろう。色褪せた金髪をさらに埃で汚しているっぽい。
「接着剤がって、それ、なんかむしろ、悪意みたいなの感じるよ!?」
オカルト的なそれより、もっとこう、人が嫌がらせをしていると言った光景が思い浮かんできた。これが遊びか?
「いや、悪意と言えは悪意なんですけど、剥がせない様なものじゃあないっていうか、ちゃんと順当に手段を踏めば、しっかりと剥がせて、扉も開けられるんです」
「何なの? それ?」
意味がわからない。開けさせないための接着剤なのに、むしろ開けろと誘っている様な。
「多分、挑戦状なんですよ。これくらいできるだろ? って言う」
「挑戦……?」
なんだか……そう、ここまで来て漸く、答えが分かり始めた様な。
「接着剤だけじゃあ無いんだぁ。鍵を開ける時も、ちゃんとした傾け方とか差し込み方を選ばないと、開かない仕組みになっててぇ」
大変そうな話なのに、どこか面白話でもするかの様に話をするリィナやエイディスくん。ああ、そうか遊びって、こういうことなのだ。
「さあて! そろそろ開くぞ!」
最後の接着剤を剥がしたらしい、整備士班の班長、マギーナ・フォルランスさんが声を上げた。
ここに集まる皆の顔が扉を……扉の向こうにあるはずの部屋を見ていた。班長の特権とばかりにマギーナさんが扉を開く。すると。
「オルゴー……ル?」
扉を開くと、音が鳴った。それは音楽であり、オルゴールの音色のそれだった。部屋の隅にある、異音を立てていたと思しき、部屋の隅にある金属片が、カランと転がった。どうやら部屋が長期間放置されると、甲高い音を立てる仕掛けらしい。丁度、船が飛空開拓計画へ出発し、今くらいの期間を経過したくらいで。
「なんていうか………遊ばれてたって事ですよ……ね?」
「遊びというか、応援みたいなもんだろうな。俺達はこの船を隅々まで作った。だからお前らはこの船のことを隅々まで使って動かせ。みたいなもんさ」
後ろで、丁度、ペリカヌの操縦を交代したアカノトさんが、そんな感想を聞かせてくれた。これは船を作った人たちが、今、船を動かす私たちへ向けた、遊びみたいなものであると。
「は、はは……こんなのにびくびくしたり、そわそわしてたりしてたんですね、私」
そんなこんなで、私ことシィラ・メリベイがペリカヌの日々は過ぎていくのであった。




