6話 次へ
「参りましたわねぇ。哲学的な話は好かれませんし、一般大衆に流行らないのが常道ですから………」
「これまでの話を聞いて、そういう感想しか出てこないってのは、些か問題なんじゃねえかって思う部分もあるわけですよ」
毎度お馴染み会議室。呼んだのはもちろんアニーサ艦長で、呼ばれたのは俺とビーリー班長。そしてデリダウ老の3人であった。
この参加者の意味は分かる。要するにあの空クジラ関係だ。実際、俺がデリダウ老に聞かされた話と同じ様なことをデリダウ老は説明させられていたし、一方で空クジラに接近した俺とビーリー班長は、デリダウ老の説明を補足させられるかの様に、目撃談を伝えなければならなかった。
「問題というのであれば、もうこれ以上、余計な場所の探索は難しいというものも生まれましたわね」
現在、ペリカヌは帰還港であるヒドランデの町へと向かっている最中だ。早急にあの危険極まる砂漠から撤退し、また、空クジラの影響で気分を悪くした船員達のケアをしなければならないのである。
あの砂漠では新発見の連続であり、当初の目的である空クジラの存在確認は成功したのだから、今回の作戦は成功の部類になるのだろうが、受けた損害も大きい。
物理的なそれではなく、精神的や立場の部分でだ。
「今回はペリカヌそのものを失う可能性のあった作戦でしたな。本来の目的である、植民地を探すという計画から外れた作戦で」
ビーリー班長の指摘に、アニーサ艦長が頷く。それは指摘というより確認の意味がある言葉だったのかもしれない。
危険な現象に遭い、船員の多くに害を与えられ、しかも船そのものまで危険を及ぼした。それが植民地探しを目的としたものでは無い作戦の結果だとしたら、いったい何をやっているのかと責められてあたり前の状況なのだろう。迂闊に報告もできまい。
「今後は、余計な行動がやり難くなりますわね。そうして、もっと具体的な形で植民地を探さなければなりません」
空クジラという、どこか空想的なものを相手にしたかと思えば、今度は酷く現実的な問題に頭を悩ますことになる。もっとも、主に悩むのはアニーサ艦長なので、艦長という役職はやはり大変なのだろうなと他人事の様に考えている。
「まあ、それら今後については考えておきますわ。悪い流れにならぬ様に調整も。そうして、それらの話になる前に、言っておかなければならない事がありますわね」
急に真面目な表情をするアニーサ艦長。ちなみにこれまでは薄く微笑んでいた表情をしていた。ぶっちゃけそちらの顔の方が威圧感がある。
「言っておかなければならないこと?」
いったい何だろうかと首を傾げる俺に対して、アニーサ艦長は頭を下げた。
「え? ちょっ、いきなりなんですか、いったい!?」
間違いなく目上の相手から、突然頭を下げられる。そういう事態は何時だって驚くものだ。空クジラなんてものに散々驚かされた後でも同じくである。
「ビーリー班長。アーランさん。あなた方二人の功績により、ペリカヌは今も空を飛ぶことができている。その事に上司として礼を、一個人として感謝を、そうして艦長としては、まるで捨石にさせたかの様に命を賭けさせた謝罪をここに合わせて申し上げさせていただきます」
どうやらアニーサ艦長は、俺とビーリー班長二人に対して頭を下げたらしい。その理由については彼女が述べる通りだ。
そんな艦長の姿に戸惑う俺とビーリー班長。はっきり言って、こんな感情表現をされるとは欠片たりとも予想していなかった。
どうしたものかと頭を掻いていると、そこはやはり年長者、ビーリー班長が対応してくれるらしい。
「いや、礼と感謝はされて嬉しいものですが、謝罪は必要ありませんよ。あくまで仕事をしただけだ」
概ね、俺もビーリー班長と同意見であった。危険な目に遭ったのは事実であるし、その事に対しての腹立たしさが無いわけでは無い。ただ、それを艦長に当たろうとは思わなかった。それが仕事というのもあるし、仕事上起こった危険に対して、艦長に文句を言うのは、なんだか恥ずかしいじゃあないか。
「ですが、やはり船員を危険な目に遭わせる責任というものがわたくしにはあります。今回の件、何がしか過程と結果に不手際があったとしても、それすべてわたくしの身より出たものだと思ってくださいまし」
あの時、ああしていれば良かったと思うのなら、その原因はすべてトップの艦長にあるのだから、いちいち気落ちしないでくれ。アニーサ艦長はそんなことを俺達に伝えていた。
ただ、別に後悔などする予定は無いのだから、艦長の反応はやはり過剰である。どれだけ害を被ったとしても、今回に限れば、それは物理的なものではない。
全員が無事、町へ帰還しようとしているのだから、それを喜びこそすれ、悔いが残るものでは無かったのだ。
「そうだ。じゃあ、何か厄介な事が将来的に起こった時、今回の事を借りってことにして、艦長として何らかの便宜を図ってくれる………なんて約束してくれたら、今回の件はそれで終了なんてのはどうですか?」
ふと、互いに今後についてすっきりさせるためには、こんな提案をしてみたらどうだろうと俺は思い、実際、言葉にしてみた。
俺の口からこんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。アニーサ艦長は意外そうな表情をした後、くすりと笑い、口を開いた。
「なるほど。労働交渉の類ですわね。わかりました。小型飛空船班は当艦の花。何がしか問題があれば、一番に対応することを約束させていただきますの」
俺の提案に対して、艦長は余程気に入ったらしい。表情が明るいものになっていた。いったい何のどこに上機嫌となる要素があったのやら。
「さて、次にデリダウさんについて話して置かなければならぬことが」
「ぬおっ、次はわしかね? 今回に限って言えば、何がしか活躍した印象は無いんじゃが………」
そもそも、デリダウ老はこの会議室に呼び出されたことすら意外であったらしい。事実、彼の意見は小難しいものであるため、言葉で聞くより、なんらかの書類で提出してもらった方が早く事が進むのだ。
「その活躍に関してですわ。今回の件、むしろデリダウさんには活躍していただきたかった点が多々ございますし」
恐らく、空クジラの出現について、もっと早く予想できたのではないかと艦長はデリダウ老に話しているのだ。
「おいおい艦長。そりゃあ無理ですって。先生だって、今回の件、完全に予想できたわけじゃあねえでしょうし………」
もしここでデリダウ老を責める話になったのなら、俺はデリダウ老を弁護しようと思っていた。
そりゃあ確かに早く予想できた可能性はあるかもしれないが、それでも、デリダウ老はそんな役目を任されていたわけでは無いのだ。
彼の仕事はあくまで発見したものに対する研究や参考意見を出すこと。危険予想はまた別の人間の仕事である。
そうして、弁護をするもう一つの理由がある。彼の仕事は部屋に籠っての研究であるはずなのに、危ないのではと感じた時点で、俺達にその報告をしてくれているのだ。
その報告は起こった事件に対してやや間に合わなかったものの、良くやってくれている部類になるのだと思う。もう少し早ければ、危機をもっと素早く回避できたであろうくらいには。
「いや、そうじゃなかろうて。でしょうな、艦長。別に今回のことを責める発言ではありますまい?」
何か勘違いをしてしまっていたのか。擁護しようとした相手に首を横に振られてしまった。
「ええ、仰られる通り。要するにこれからの話ということですわね。将来の話。未来の話ですわ。今回のような危険。外世界を旅する上ではまた起こりうるとは思いません?」
「そりゃあ、まあ、何度もあるとは思いたくはないですけども………あるもんはあるでしょう」
用心するべき事案であることは確かだ。今度、何の準備も無しにこんな事態になれば、その時は本当に船が沈むかもしれない。
「ですから、デリダウさんには今回の様な……その、表現するのがとても難しいですけれど、神様? みたいなものの研究を重点的にして欲しいところですの」
「できれば予報できる程度には理解を進めたいと言ったところですかの。いやはや無茶を言いなさるが、まさしくわしの様なものの仕事じゃて。承りましたぞ。その研究、他を差し置き、最優先で取り掛からせていただきますの」
この言葉を聞いて、俺は漸くアニーサ艦長の思考を理解する。つまり彼女は、危険を承知しつつも歩みを止めるつもりが毛頭無いのだ。危険への対処はする。だが、前へ進むことを止める理由はどこにも無い。そんな彼女の意思が、この会話の中には見え隠れしている。
「さて、ではここでこうやって話をさせていだたいた以上薄々わかっていらっしゃると思いますが、次の目指す場所についても説明しましょうかしら」
今後の方針という奴だろう。本来はもっと大勢に向けてのものになるはずだが、まだ体調を崩している船員もいるため、まずは近くにいる相手からと言うことらしい。
「そろそろ、明確に住居地となり得る場所の捜索を行うわけですかな?」
髭をさすりながら、そう来るのは分かっているぞと言った表情でビーリー班長が問い掛ける。残念ながら外れ、ということも無く、アニーサ艦長は縦に頷いた。
「はい。これまでの探索で、ツリストの方々から手に入れた情報の確度は十分に確認できましたし」
これまでの経過により、気温がおかしな土地に空飛ぶクジラの縄張りと、嘘みたいな話が真実であることを確認できた。
つまり俺達へ未開の土地の情報を提供してくれたツリスト達は、実際にそれらの土地を渡り歩いたということに他ならない。
「じゃあ、次の目的地はもしかして」
「ええ。今度は外世界において、人が住む土地へのフライトを決行させていただこうと思いますわ」
不可思議な土地を巡る旅とはまた違う、新たな困難が待ち受けているであろうその旅の決定を、アニーサ艦長はまず俺達に告げたのだった。




