7話 夕暮
「まずはこの度の任務。無事に帰還できたことを喜び、また、成功させていただいたことに礼をさせていただきますわ」
場所は格納庫から、ペリカヌのミーティングルームへと移った。艦長のアニーサがここで話そうと俺達に提案したからだ。
周囲には他に人はおらず、レイリーを除く仕事を頼まれた時と同じメンバーが集まっている。つまりはこれも他には内密にしたい話なのだろう。ちなみにレイリーはさすがに一緒にいる気分では無かったのか、ビーリー班長の計らいで、体調を崩したという事にして一旦部屋へと戻している。
「仕事ですからな。頼まれれば文句も言わずに実行するのが、艦長に命令された際の行動であります」
慇懃無礼と言うほどでもないが、ビーリーの言葉は暗に、今回の仕事に関してはアニーサ艦長の独断による点が大きく、事情を聞かなければ気分が悪い。という感情が込められていた。
「あなた方が有事の際に動いてくれるという事実そのものが、わたくしにとって大変有り難いことだと思っていますの。わたくし、見ての通りですから、ちゃんと方針に従ってくれる方々が存在するのか、日々不安で」
いけしゃあしゃあとそんな事を言う。そりゃあ若い艦長に反感を持たない人間ばかりなわけでは無いだろうが、それでもこの段階ではとりあえず命令に従うのが普通だろう。
艦長の手腕を見定めるためには、やはり艦長の指示に従わなければならないのだから。
(で、実際に従ってみた結果と言えば………)
「今回の艦長の方針。確か空賊を問答無用で退治し、この地に恩を売るというものでしたな。それがどの様な仕組みで行われたか、私にはさっぱりですが、あなたには慧眼というものがある事だけはわかりました」
ビーリーの言う通り、今回、俺達は艦長の指示通りの場所に向かい、そこに居た空賊を討伐することができた。いるだろうという予感がしていたため、現れた時はそれほど驚かなかったものの、それにしたって、どうやって艦長はその事実を予想していたのかが気になる。
「ああ、慧眼などと………その予想はとても簡単なことですのに」
「えっと………どういう?」
少しじれったくなり、俺も尋ねてみる。彼女の答えに対して、やや嫌な予感がするのだ。
「この地方の統治官の方に、あなた方が向かった周辺の土地に事前調査用の小型飛空船を飛ばす。という旨を伝えていたんですの」
「はぁ!?」
「何か?」
驚きの声を上げたと言うのに、きょとんとした表情で首を傾げる艦長。あれは純粋な感情からか、それともこちらを挑発しているのか。
「いや、いやいやいや。待ってくださいよ! ええっとー、た、確かこのヒドランデは俺達を歓迎してないんですよね? つーことは、俺達が向かった場所は外世界だからして………」
「ええ、案の定、調査と言う名目で出した小型飛空船に反応して、妨害用の傭兵を出したというわけですわね。いやはや、実際に妨害……というか撃墜されてしまうとどうしようと思っていましたが、その点は謝らせてくださいな。あなた達の腕を侮るなど、艦長としては失格でありましょう」
「そうじゃなくってだなぁ! ってことはあれか? 俺達を向かわせた以外にも、そもそもあそこに空賊を配置したのも、あなたが原因ってことで!?」
「まあ………言ってしまえばそういうことになりますわね?」
なんて女だ。なんて女だろうか。あの場所における空戦そのものがこの艦長のお膳立てにより行われたことだったのだ。
無用の厄介事とまでは言わないものの、なんというか釈然としないものを感じてしまう。
「こちらも調査。という言葉を強く伝えておきましたから、それほど戦力を多く用意はしないと踏んでいましたが、数は向こうの方が多かったのでしょう? それは申し訳ないことをしましたわね」
そう思うのならば、そもそもそんな危ない橋を渡らせない様にして欲しかった。そうで無くても………。
「ちゃ、ちゃんと説明とかしてくれませんか?」
「ですから今ここでしていますわよね」
「頭に事前を付けてくれってことだよ!」
下から話すことも忘れて怒鳴ってしまう。この女。実は相当性格が悪いのでは無かろうか。そんな風に思って睨んでいたら、ふいに彼女はこちらを見て首を傾げた。
「あらあら? その声…………そう言えばあなた………どこかで………」
「おや、もしや二人は計画以前より知り合いだったのかね?」
艦長の反応に興味が湧いたのか、ビーリー班長が報告そっちのけで話を進めてくる。
「今はそういう事を話す時じゃあ………いえ、ですから、知り合いというか、計画が開始する少し前に、ちょっと偶然会ったってその程度ですよ」
「そうなのですかな?」
確認を取る様に艦長に質問するビーリー班長。いちいち聞く程のことだとは思えないのだが。
「え、ええ。事実ですけれど………あの? それより前に会ったことはございませんかしら? 先程、叫ぶ様に発した声………どこかで聞き覚えが………」
額に指を当てて、悩む様な素振りをする艦長。そんな事を言われたって、以前に会った以外で、艦長と接触する機会など―――
(待てよ? なんだ? 何か引っ掛かるぞ? 俺も艦長の姿………声も………待て待て待て)
思い出してはいけないことだぞと忠告する様な、そんな焦りが湧いてくる。しかして記憶は遡り、遠く遠く、かつて失われた故郷のそれに辿り着いた。
(故郷はあの巨大飛空船に滅ぼされた………そうだ滅ぼされて……いや、違う。もう少し前だ。あの巨大飛空船が現れる前に、俺は何をしていた? 確か………)
空を飛んでいた。弟のエイディスが作った小さな飛空船で空を飛び、心を奪われたお姫様に会うために………。
「あ、あ、あんた………あんたまさか!」
「まさか? まさかでしたかしら? いえ、声も大分違って………あの時は逆光で顔もはっきりと見えませんでしたけれど………城に空から侵入してくる子どもなんて、はっきりと記憶に残らないわけがありませんから…………」
「やっぱり! あの時のお姫様か!」
「では、やはりあなたの方も空を飛んでやってきた男の子?」
こうして、俺は意外なところで、初恋の相手と再会することになったのである。ただし、望んだものでは無いことは確かであった。
黄昏時というのはどうしてこうも人の心をもの悲しくするのか。消えゆく太陽が輝きを減じているというのに、それでも真っ赤に染まる空が、何事かの死をイメージさせるからか。
と、ちょっとばかり詩的な気分に陥ってしまう今日の日の夕暮。人目が無ければ叫びたい気分であったが、残念ながらここは飛空船の離着陸場。それもペリカヌが存在するすぐそばであるから、そうはできない。
「はぁ………思い出ってのは、どうして綺麗なままでいてくれないんだろうなぁ」
「いきなり何言ってるんですか、アーランさんは」
隣にて、並び夕暮れを見つめるレイリーから突っ込みが入った。別に良いではないか。こういう時に語らせてくれても。
「人ってのは、嫌な事があると愚痴りたくもなるんだよ。そうしてできれば、その愚痴を人に聞いて欲しくなるんだって」
「その聞き役が僕ですか?」
「そうだ。悪いか?」
「悪いです」
そりゃあまあそうだろう。聞かされて心地よい愚痴など無い。聞かされる側は損をするのが愚痴と言うものだ。
ただ、それでも人に愚痴を聞かせるのには意味がある。
「ま、ただで聞いて欲しいとは思わねぇよ。変わりにお前の方も、話したいことを話したらどうだ?」
自分の愚痴を聞かせる代わりに、相手も同じく愚痴を口にする。どっちも得をしてどっちも損をする。そういうものであろう。
「………話したいことですか」
「今日の事。そりゃあお前が悪いが、お前にだって事情があったんだろうさ。そういうのを話してすっきりしちまえよ。ここだけの話にしといてやるからさ」
「………」
さて、目の前のこいつは黙り込んでしまったわけだが、この沈黙の後に何か言葉を続けるだろうか。黙ったままであるならば、俺も黙ってこの場を去らなければなるまい。
「本当に………ここだけの話にしてくれますか?」
「こういう場での話をどこぞに振りまくほど、人間出来てないわけじゃあねえよ」
こっちの愚痴を聞いてくれた返しの様なものなのだ。誰かに言いふらせば、俺の恥だって振りまいてしまうではないか。
「フライトレースって知ってます?」
「定められた空のコースを小型飛空船で飛んで速さを競うあれで良いんだよな? デカいレースなら優勝者の賞金も馬鹿にならないってんで、一時、参加を考えてみたことはあるよ」
ただし考えただけだ。フライトレースは小型飛空船の操縦技術は勿論、後ろ盾もいる。飛空船の性能を競う部分もあるから、飛空船製造技術を持った組織が、一名の操縦者を代表にして参加するレースだと表現した方が良いかもしれない。
勿論、一個人が参加したって構わないのであるが、それで賞金を貰えるほどの結果を出せる者など殆どいない。少なくとも俺はその一握りにはなれないだろうから、普通に軍務や傭兵染みた稼業で金を稼いでいたわけであった。
「僕の家は、あれの常連です」
「家が常連ってことは、実家は飛空船製造業でもしてるってわけか」
「はい。幾つかの部品を作る工場や飛空船の販売組織の元締めをしている家です。それなりに家格って言えば良いのか………そういうのもありました」
「お坊ちゃんってわけか。おっと、そんな顔するなって、馬鹿にしたわけじゃあねえよ」
睨まれてしまうものの、実際問題、そういう家に男子として生まれれば、お坊ちゃんだろう。性格や能力は関係無い。
「良いですけど………まあ、兎に角、そういう家で、フライトレース出場にも力を入れているんです。そうして僕には兄が二人います。上の兄は家を継ぐ立場で、下の兄はフライトレースのレーサーとして期待されていた」
「ふぅん。まあ、順当なんじゃあないか? そこにまだお前が出てこない事を除けばだ」
三男になるであろうレイリーは、いったいどれくらいで登場するのだろうか。
「僕は……そういったことには期待されていない立場でした」
「末っ子の味噌っかすってやつか?」
「概ねは………ただ問題だったのは、僕は下の兄よりも飛空船を動かす才能があったってことで………」
漸くレイリーの登場だ。自分の才能をひけらかすような話であるが、レイリーの技能は確かに高い。いざ空戦となればビビッてしまったわけであるが、訓練をする中では、俺に引けを取らない動きをする。経験は俺よりも無いってのにだ。
「兄貴のやっかみを買ったか?」
「それだけなら良かったんです。なにくそだって思えますからね。ただ、実際は替え玉になってくれと頼まれました」
「あん?」
「僕の才能に対して、兄はむしろ無い方だったんです。このままじゃあ家の名が多少なりとも落ちる。だから僕がレースに出て、それを兄が乗ったことにしてくれいないかと」
「なんだそりゃあ。その兄貴ってのは、家を継ぐ長男の方じゃあねぇんだろ? だったら兄貴とお前の違いはどっちが先に生まれたかくらいじゃねぇか。下の兄とか言う奴は気の毒だろうが、お前が出てレースで勝てば、家の名を落とすなんてことも無いだろ」
家系の中にレーサーになれる人間がいるという事実は変わるまい。それとも、下の方の兄とやらがそこまで贔屓されていたのか。
「いろいろある。そうとしか言えませんよ。ただ、家の人間は、僕に飛空船の腕があるより、兄の方にあった方が良かったと思ったんです。それで………」
「ははあ………そうか。その意趣返しに、この開拓計画に参加したな?」
「そんなところです」
家を出てしまえば裸一貫。自分の腕だけが頼りになる。つまり替え玉にされかけた自分の腕を、正真正銘、自分の力として発揮できると言うわけだ。
それに実家への嫌がらせにも繋がる。下の兄とやらはレイリーより劣っているだろう腕でレースに挑まなければならないわけで、レイリーの見立てが正確なら、レースでその腕を晒すだけで恥をかかせることもできるであろうし。
「お前さんの価値を示すためには小型飛空船の操縦しかないだろうから、それで舐められたくなかったってそういうことかい」
「そんな………ところです。自分勝手です。悪いこなのは、あの空戦で散々身に染みましたよ」
無力な自分。もしかしたら自分のために他が命を落とすかもしれない。真っ当な神経をしているのなら参ってしまうだろうし、実際、レイリーは気落ちしている。
「だったら、もうそれで良いじゃねえか」
「は?」
「反省してるんだろ? 誰に言われたからってわけでもないだろうさ。だったら、それで良いんだ。許す許さないの話でもない。これで誰かが死んでたりしたら別だろうが………」
俺達は生き残っている。空戦に勝利した。それで満足すべきじゃあないか。課題は多いのだから訓練は積むべきであるが、過去の事を悔いつづける程の事態では無いだろう。
「それで良いって………じゃああんな失態しておきながら、気楽に構えてろってことですか?」
何故だかこちらが責められている様な口調で、レイリーは問い詰めてくる。
「別にそういうことじゃあねえよ。誰に言われずに、お前はお前で責めてるんだ。だったらそれをずっと抱えていれば良い。抱えて、これからも飛空船に乗り続けるんだ。そうすりゃあ、腕に見合った気概くらいは付くはずだぜ?」
反省とは自分自信のためにある行動だ。誰かが反省している姿を見たって気分の良いものではないのだから、それは確かなのである。
押し潰されない様に、元気づけたり愚痴を聞いたりしてやる必要はあるだろうが、それだけだ。レイリーの現状を、大きく変えようとは思わない。
「自信を持てよ。レイリー・ウォーラ。そうやって反省できるってことは、確かに才能があるんだ。空戦にしてもな」
「…………なんですか。それ」
どこか拗ねた様な表情でこちらを見るレイリー。先ほどまでの暗いだけの表情ではない。ならば、多少は元気づけられたということだ。
「これからは反省会の二次会でもしようぜって話さ。お前、酒はどれだけ飲める? 飲むならどんな雰囲気が良いんだ?」
「え? ちょ、ちょっと、アーランさん!? 押さないでくださいよ!」
「仕事終わりにゃ飲むに限るんだ。お前に飛空船乗りのマナーってもんを教えてやるってんだよ」
元気づけは終わった。ならば後に待つのは、ただ騒いで明日への英気を養うことくらいだろう。




