表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/49

1話 夢見る分岐点

 まず世界には庭があった。

 どこまでも続く庭。果てなき庭のどこかで、次に神が生まれた。神は自らが生まれた庭を歩き、走り、泳ぎ、飛び、果てなき庭のことを知り続けた。

 庭について知った神は、次に庭を満たすべく、様々な生命を生み出した。遍くすべて、世に存在する生物は神がこの時作り出したものである。

 我々人もまた、神が作りし者の一つだ。

 神は人に語る。

 人よ。この庭を満たせ。この果てなき庭は汝らが住まう場所である。庭は汝らがどれほど増えようと、未だ尽き得ぬ場所である。

 暮らし、過ごし、産み、育て続けよ。何時か果てなき庭の果てが見えるその時まで。




 空に青。大地がある方向には、幾つかの点が見える。点を良く睨めば、それは三角形の飛翔物であることが分かる。

 俺はその点を睨みながら、空を飛んでいた。

 勿論、人間である俺は空など飛べない。羽の無い人間は、代わりに両足で大地を歩くのがせいぜいだ。

 だが、俺は今、確かに空を飛んでいる。飛ぶための羽が存在しているのだ。羽は背中から生えている………というわけでも無く、俺の体が一つすっぽり入っても、まだ隙間のある巨大な三角の形をしながら、それだけが空にある。

 しかも羽毛で無く、金属の板を張り合わせて作られたていた。その外見は羽らしく無く、濃い青色に塗られた大きな三角形の金属塊と表現した方が近いものである。そうして、それが俺にとっての羽であった。

 俺はその羽の中に、うつ伏せになる様に入り込み、空を飛ぶ。視界は羽の内側から、どの様な仕掛けなのか分からぬが、全方位を見通せた。

 羽の速度は鳥のそれよりも早く、直線的だ。俺が睨む三角形の飛翔物も、また、俺が乗っている羽と同様のものである。

 あの羽達は敵だ。俺と同じく、人の身で空を飛び、そして敵意をこちらへ向けてくるのだ。

 俺はその敵意から逃れるために高度を上げていた。どこまでも高く。誰よりも早く。

 飛翔する者達にとって、高度とはすなわち力関係だ。基本的に高い方が有利である。

 幾つか、目で見えぬ空の経路を選択し、風を選び、その結果、とりあえず上は取れた。その事は幸運であったのだ。下にいる敵の羽達は、自分達もと高度を上げてくるが、もう遅い。

 俺は羽の限界高度まで飛ぶと、一気に羽根を反転させ、今度は落ちる方向へと羽を飛ばす。

「ぐっ!!」

 反転と、さらに落ちて行く際の反動。それが体を厳しく苛んでくるが、なんとか耐える。吐き気がしそうな気分であるが、そんなものは今は飲み込もう。

 そうして落下速度と羽の推進力を共にして、圧倒的な速度で、こちらの後を追う敵の羽へと接近する。

 数秒。それだけも掛からない。そんな瞬時の合間に、俺は羽の装置の一つを作動させようとする。

 羽の内部には一本のレバーと幾つかの引き金がある。それがこの羽を動かし、羽の機能を発揮させるためのすべてだった。

 その内、レバーに付属している二つの引き金の内、一つを引いた。すると羽から鉄片が射出され、羽以上の速度となって、敵の羽へと突き刺さって行く。

(まずは一機!)

 敵の羽は、こちらが放った鉄片により傷つけられ、そのバランスを崩し、その飛翔能力を致命的なまでに欠損させる。

 そうして落ちて行く羽を見つめながら、次の獲物を見定める。さあ、まだ敵はいる。この戦いは、敵かこちらか。そのどちらかが全滅するまで続くのだ。

 戦いの最中に身震いがしてきそうだった。俺は、どうしてこの様な事をしているのだろうか。そんな今さらな事を考えながら、俺は空の戦いに没頭して行った。




 俺こと、アーラン・ロッドという人間にとっての人生。その分岐点がどこにあったかと尋ねられれば、それは少年の頃の思い出になるのだと思う。

 あの頃の俺は向こう見ずで、今、不可能な事であっても、それなりの努力と成長さえあれば、可能になるはずだなどと、本気で考えていた年頃だった。

 当時、俺が住んでいたのはラクリムという都市国家だ。ラクリムは俺達が生きるこの世界、フリーガーテンの中ではそれなりの歴史を持つ国家であり、周辺国からも一目置かれる国であった。

 主な産業は青玉と呼ばれる宝石の採掘であり、他の地域では取れぬこの宝石の輸出により国家としての益を出していた。

 さて、そんな国で俺は、これと言って特徴の無い、一般平均よりはやや下の生活を送る一家の長男として生を受けた。

 父は採掘父として日銭を稼ぐ身分であり、お世辞にも社会的地位が高いと言えぬ立場であった。

 しかし、一家が生活できぬ程では無く、弟が一人人いたが、食うに困る事態というのは、あまり無かったと記憶している。

 そんな家庭に生まれたからか、子どもの頃は、子どもらしく遊んでいた。親の仕事を手伝ったり金を稼いだりするのはもう少し先という歳でもあったからだ。

「よーし! エイディス。今日は東区の方を探検するぞ!」

 当時、俺はラクリムという都市を冒険する探検家だった。もっと夢の無い言葉で表現するなら、知らない場所というだけでわくわくしてしまえるガキであった。

 何がしか仕事をするにはまだ若くあったが、かと言って家でじっとしているほどには元気の収まりが良くはない年頃でもあった。

 10に満たぬ年齢の自分はそんな存在であり、同じく似た様な立場である、2つ下の弟、エイディス・ロッドを連れて、国の中を歩き回っていた。

「にーさん。待ってよー!」

 エイディスはいつも俺の後を追って来ていた。子どもの頃の年齢差というのは、そのまま体力の差であったからだ。

 さらにエイディスは、俺よりも比較的線が細いタイプのため、俺に付いてくるというのは、中々に大変だったのだろうと思う。

「あ、悪い。エイディス。大丈夫か?」

 母譲りのくすんだ金髪(ダメージブロンド)を汗で濡らしながら、エイディスが疲れて立ち止まっていた。すると俺の方は、さすがにはしゃぎ過ぎたと、こっちは父譲りの黒髪を掻きつつ、弟の顔色を伺うというのが、探検の際の何時もの光景。

「早いよー………」

 不満気な顔を向けるエイディスであるが、不思議と俺の探検に付き合わないとは言わなかった。

 きっと仲間外れにされる方がもっと嫌だったのかもしれない。自分達が遊ぶ環境で、同年代の友人というのは思いの外少なく、兄弟というのは得難い遊び相手であったのだ。

 そんな相手だからこそ、俺もエイディスには気を使った。まあ、一般的な兄としては、弟への心配はしていたと思う。

 エイディスを置いて行くということはせず、弟の息が整うまで、退屈であるが立ち止まるのだ。

「………」

 エイディスの息が整うまでは話もできない。なので町中の風景を眺めていた。宝石採掘場からは良質の石も産出し、そのおかげで石作りの建屋が多いラクリムの町並み。秋頃に西から吹く風が赤砂を運ぶため、どこか赤茶けた風景となっていた。

 そんな光景は退屈だ。何時だって見ている風景なのだ。歴史深いと言っても、それほど領土が広い国では無い。むしろ狭く、窮屈とすら感じてしまう

 こんなラクリムという都市を囲む大きな外壁こそが、当時の俺にとって、世界の限界点だった。

 探検だって、今では行くべきところが少なくなってしまった。何時かはすべてが既知の場所となってしまうかも。

 そんな事になる前に、父の仕事を手伝いたい。採掘場というのは行ったことが無いけれど、きっとこの町の中よりかは退屈では無い場所だろう。当時、既にそんな事を思う様にもなっていた。

(何か変わったことでも無いかなぁ………)

 何時だって、そんな事を考え続けていた。エイディスを待つ間も同様だ。見知った風景を見るのは嫌なので、空を見上げるのである。空はいろんな顔色を見せてくれた。

 雲の多い日や少ない日。青や赤や黒。星がいっぱいだったり太陽が一つだけだったり。町の風景よりは退屈しない。

 だからエイディスを待つ間。俺は空を見上げていた。そうして、その日は幸運な事に、変わった事が起きてくれたのである。

「あ、おい! おい! エイディス! 見てみろよ!」

 未だ腰を曲げて息を整えている弟の背中を叩き、俺は空を見る様に促す。

「え? 何? あ、うわぁ!」

 エイディスもその風景を見て、歓声を上げてくれた。その事に俺は満足する。だって、この光景は特別だ。

 空に大きな飛空船が浮かぶ景色。それは、退屈なラクリムの子どもにとって、特別な風景だったのである。




 平面世界、フリーガーデン。どこまでも続く大地が、地平の彼方。視界の限界を超えて続く恵みの世界。

 そんな世界において、もっとも偉大な移動手段と言えば飛空船であった。頑丈な布に熱と空気を送り込み浮遊し、それを、魔導プロペラを回転させることで推進させる。そんな構造をした代表的な飛空船の一種が、その気球船型であった。

 俺達が走って追っているのも、その型の飛空船である。気球部分には遠くても分かるくらいの大きさで、ラクリム王家の家紋が描かれていた。

 三角の中に青い色の丸というデザインのそれが、子ども心に格好良いものだったと記憶している。

 空を飛ぶそれを追おうとしたところで、普通は追い付けないだろうが、その時だけは話が違った。

 弟と一緒に飛空船を追いかけていたら、徐々に飛空船が近くなって来たのである。それはつまり、飛空船が徐々に降りてきているということでもあった。

 ラクリムの都市へ、徐々に降りて行く飛空船。その真下に向かって、ただ無邪気に走る俺とエイディス。

 だが、飛空船を追いたいという願いが、何時までも叶うことは残念ながら無かった。人だかりに進む道を阻まれたからである。

「あれっ。なんだ!?」

「はぁ……はぁ………ひ、人がいっぱいだね。にーさん」

 その道は大人でいっぱいだったのである。当時でも、それが何であるかはすぐに分かった。それらの人だかりもまた、俺と一緒で飛空船を見学に来たのだ。

 こっちについてはまだ良く分かっていなかったことであるが、王家の家紋が描かれた飛空船とは、基本的に王家専用のものである。つまり遠方へと飛空船にて出ていた王家の誰かの帰還こそが、俺が追っていた飛空船の意味するものであったのだ。

 興味を惹かれた一般市民は見に来るものだし、そうでなくても、何がしか得るものがあるかもとやってくる人もいる。

 ただ、どんな理由であろうとも、当時の俺達にとっては邪魔な障害でしかなった。

「なあ、エイディス。もっと先に進むにはどうしたら良いだろう?」

「ええー。にーさん行くつもりなの? 無理だよー」

 エイディスは立ち並ぶ大人たちと、その向こうにチラチラと見える衛兵にも目を向けていた。

「これ以上は進んではならん! ここより先は王家とその関係者の立ち入りは禁止されている!」

 ということらしい。衛兵の声を聞いてから、その難題に漸く俺は気付いたわけである。どうやってあの衛兵の目を掻い潜り、さらに飛空船へ近づけば良いのか。

 そんな問題に対してだが、ここで引き下がるという選択肢は無かった。

「だって、良く見えないじゃん。きっとあの飛空船が着陸したあと、中に乗ってる人とかも降りて来るんだぜ。エイディスだって見たいだろ?」

「う、うーん………飛空船はもっと見たい!」

 その場においては残念ながら、好奇心旺盛な子ども二人を止める大人はいなかった。

 とりあえずこの場は離れることを決めたが、それもまたさらに飛空船へ近づくための手段でしかない。

 立ち入り禁止とだけあって、飛空船の離着陸地は塀や柵で覆われており、探そうとしたって入れる場所は無かった。

 ちゃんとした出入り口には人だかりや衛兵が立っており、より一層厳しいというのが実情だ。

 普通ならここで諦める。出来る事には限界があるのだと実感するところなのであるが、そこはどうしてだか、幸運。今にして思えば奇運だと思えるそれは起ってしまうのである。

「にーさん! ほら! ここ!」

 背の高い柵が続く草むらにて、草に隠れた柵の下に、小さな穴があった。エイディスはそれを指差し、俺もその穴を確認する。

 穴は子どもで無ければ通り抜けられない程度の大きさであり、草に隠れていたせいで、補修されなかった場所なのだろう。

 そう、子どもならば通れる大きさなのだ。

「良くやったな、エイディス! さっそく行くぞ!」

 柵の穴を潜って、飛空船の離着陸地へと入って行く。離着陸地は広い。子どもの視点から見ればもっと広い平地だった。地面はしっかりと整地され、障害物になりそうなものは何一つ無い。一応、外周部分には色々と大きな箱やら物を持ち運ぶための荷車などがあったが、それだけだ。

「にーさん。見つかると、さすがに叱られそうだよ」

「だな。もうちょっと近づきたいけど、邪魔されないで見れる分、まだマシかぁ」

 さすがにこれ以上飛空船に近づけば、こちらの存在がバレてしまう。何も無い場所だからこそ、ただ立っていると、遠くからでもすぐに見つかってしまう。そうして見つかるのはいけないことであるというのは、子どもながら分かっていたのだ。

「あ、降りて来たよ、にーさん」

 飛空船は気球部分の下にある、人が乗るためのゴンドラ部分を、ゆっくり接地させていく。

 それと同時に、飛空船の着陸を下で見届けていた衛兵が、移動式の階段をゴンドラの出入り口に設置していた。

 その設置が漸く終わった頃、ゴンドラから人が降りて来る。

「エイディス! 見えるか?」

「うん。見える見える」

 俺達は兄弟そろって目が良い。飛空船まで距離があるものの、障害物が無ければしっかりとどういう状況かは判別できた。飛空船までの距離ならば、人の顔でさえ判別できる。

「すっげーよなぁ。空飛んできたんだぜ、あの人達」

 ゴンドラから降りて行く人間達を見て、そんな感想を口にした。当時、俺はどこにでもいけそうな飛空船に憧れていたのだ。きっととても早いし、とても気持ちよく、とても自由なのだろう。

 そんな夢を見ている子どもだった。愚かだったとは言わない。子どもらしい子どもの感想だ。弟のエイディスも、こちらの意見に頷いてくれていた。

「町の外にも行ったんだよね? 上から眺めてさー。どんな景色なんだろう………」

 先程まで、立ち入り禁止の場所に入った事で怯えていたエイディスだったが、今ではすっかり興奮している。

 兄弟二人してわくわくしながら飛空船を見続けていた。普通なら、そのままで終わりだろう。面白い事をした。飽きてきたところで、家に帰れば良い。

 ただそこで、人生にとっての分岐が一つ発生したのだ。馬鹿らしく笑われそうであるが、俺にとっては、少しばかりその生き方を変えてしまいそうな一つの出会い。

「にーさん。僕、そろそろ飽きて………にーさん?」

 エイディスの声は聞こえていた。だが、それが耳を通り過ぎていた。俺はその時、やはり飛空船に夢中だったのだ。

 いや、正確に言えば飛空船を見ていたわけでも無かった。その中から出て来た人影に目を奪われていたのである

「綺麗な子だなぁ………」

 遠目でもわかる美しい少女がそこにいた。小金色の長い髪を後ろでまとめ、薄く微笑むその表情は健気さと共に、犯し難い美しさを感じさせてくる。

 そうしてその透き通るような青い瞳だ。どれだけ離れていようとも、その青さはしっかりとこちらの目に刻み込まれる。

 素の美しさからして、俺の生きて来た環境からは突出しているのだ。さらその上、少女は煌びやかな衣装に身を包んでいる。白を基調としつつも、紺や金色の刺繍やフリルがアクセントとなって、まるで天使の様に輝かんばかりだった。

「にーさん。知らないの? あの子、きっとお姫さまだよ?」

「それくらいわかってるさ………」

 王家というものがどういうものか。いまいち分かっていなかった当時でも、きっとそういう人達は輝いて偉い恰好をしているのだと考えていたし、その少女はまさに自分の想像と合致していたのだ。

「お姫さまは綺麗であたりまえだろ?」

 だから彼女はお姫さまなのだ。何の根拠も無いのに、俺はそう考えていた。

「そりゃあ……そうだけどさ」

 兄弟揃って、出る感想と言えばそんなものだ。兎に角キラキラしている。そのキラキラが、心の中へどんどん入ってくるのだ。

 お姫さまを見ていたのは数分間だけ。その間に、お姫さまは護衛の兵と共にどこかへ行ってしまった。

 だが、その数分間で十分だったのだ。子どもの俺が、初恋というものを経験する時間としては。




 お姫さまを見てからと言うもの、俺の心は上の空になってしまった。飛空船を追いかけてこんな風になってしまったと言うのは、なんとも冗談染みた光景であったが、当時の俺にとっては重要なものであったのだ。

「エイディス。お兄ちゃんどうしちゃったんだい?」

「知らないよー。にーさんが変になったのは、もうずっと前からじゃないかー」

 父が仕事に出た後の家庭の食卓にて、母と弟がそんな事を話す横、俺はずっとぼーっとしている。

 と、他の家族は見ていたのだろうが、実を言えば俺自身はそうでも無かった。あのお姫さまを見てから一週間は経ったが、その間中、暇さえあれば、どうやったらもう一度会えるかという難題について、自分なりに挑んでいたのである。

「はぁ………まったく。やんちゃ坊主がちょっとは直ってきたと思ったらこれだよ」

 母の大きな腹が、これまた大きく揺れる。食べ終わった食器を運びながら、大きく溜息を吐いたのだ。

 母は弟と一緒の、あのお姫さまには到底及ばないくすんだ色の金髪を見せる。

 綺麗とは言えないそれであるが、同じ金髪は金髪。見ればやはりあのお姫さまを思い出してしまう。弟の髪の色を見たって同じ状態になってしまうのだ。母や弟から見れば、俺は何時も上の空という事になってしまうのだろう。

「ねぇ、にーさん。やっぱり、飛空船のお姫さまについて考えてるの?」

 母に聞こえない程度の小声で、エイディスが話し掛けてくる。当時、エイディスは俺の悩みを理解してくれる第一人者だった。

 ただし、なんでも解決してくれるタイプのそれでは無かったが。

「なんとかさ………また会えないもんかな」

「にーさんわかってる? お姫さまだよ?」

 立ち入り禁止の場所に入って、漸く会えた相手なのだ。会いたいと思ったところで会える相手で無い。そんな事は俺だってわかっていた。

「お姫さまだから。だろ? 普通の相手に、こんなに会いたいなんて思うもんかよ」

 こちらの返答を聞き、呆れたと言った表情をエイディスは浮かべて来た。確かに馬鹿な事を言っている自覚はあった。だが、そんな自覚を吹き飛ばしてしまえるほどの力があるのだ、恋と言う奴には。

「にーさん………」

「頼む! 一緒に考えてくれよー」

 弟に手を合わせて頼み込む。これは兄にとってはかなりの譲歩かつ、最大限の歩み寄りなのだった。

 兄とは弟より前を進むものであるが、そんなプライドも今は恋のために捨てる。

「………お姫さまって、やっぱりお城に住んでるんだよね?」

「そりゃあそうだろ。けど、壁や兵士がいるから、中に入るなんて無理だ」

 無ければ入るという考えがある時点で、かなり不遜であった。しかし、子どもなんてそんなものである。法律やルールなんて言うのは、破れば叱られるものだから怖いと考えている。

 だから、ちょっとした切欠があれば破ってしまうものなのだ。例えば……恋とか。

「壁や兵士って、空にもいると思う?」

 なぞなぞの様な問い掛けをエイディスはしてくる。しかしそれは別になぞなぞでも何でも無い。ただ、本当にそのまま聞いているのだ。空に障害物はあるのかどうかと。

「あ、まさか………お前!」

 弟が何を言いたいのか、俺には分かった。それは弟で無ければ、俺にしか分からない話である。

 弟と俺との内緒の話。退屈な子どもが、その退屈をなんとかするために行っているとある遊びが、今回は役に立つかもしれない。

「うん。あれを完成させようよ。あれなら、もしかしたら城壁を越えられるかも」

 こう、今だから言えるのだが、ここぞと言う時の度胸や発想力は、エイディスの方が上であった。

「いや、そりゃあそうだけどさ。凄いこと思い付くよな、お前」

「そうかなー? にーさんの頼みごとの方が、もっととんでもないと思うけど………」

「いやいや、絶対お前の方だって。だってさ、空を飛んで城壁を越えようなんて、普通は思いつかねえよ………」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ