尾行。
ピンポン、ピンポン。
アナウンスが流れて、やがてドアが開きました。
プシュー。
ドアが開くと、男性は下車します。
他の乗客たちも何人か降りて、ひかりは慌てました。この駅はひかりが降りるべき駅ではありません。けれど、今男性を追いかけなければ、次にいつ会えるのか、あの声が何だったのか確かめるのは難しくなるかもしれません。
うん、と一人頷くと意を決して、ひかりは駅に降りました。
プシュー。
ひかりが降りた直後、ドアは閉まります。
ガタンガタンと電車は去って行きました。階段を登っていく男性を、ひかりは隠れるようにして後を追いかけます。男性と何人かの人々。周りを気にするように隠れながら階段を登っていくひかりに、不審げな目を向ける人もいました。けれど気にすることなく、ひかりは男性を追いかけます。
改札口を通り、やがて暗闇と電灯の明るい景色が広がります。タクシーやバスも並んでいましたが、男性がそれらを利用することはありませんでした。徒歩でどこかに向かっていく男性に、ひかりは黙々とついていきます。けれど歩いて10分経った頃。男性は突然振り返りました。目を丸くして驚いたひかりに、男性は呆れた表情を向けました。
「何してるんですか」
男性は言いました。
ひかりは言う言葉を探すように、あの、と出ない声を呟きます。そんなひかりを見た男性は、はぁとため息をつきました。
「分かりました」
それから何か迷ったような顔をすると、再びひかりを見ます。ひかりはそれに気づいて男性を見ました。
「明日、また会いましょうか。ちょうど休日です。あなたの都合がよければですが」
男性は言いました。ひかりは男性の口を読むと瞬きました。
『明日、メールしますので連絡先を教えてください』
ひかりは翌日、近所の喫茶店の前で、男性がメモ帳に書いた言葉を思い出していました。
『メールで待ち合わせ場所を連絡しますので』
ひかりは喫茶店の前で、なついた野良猫を撫でながら、思い出します。その時、ポケットに入れていたケータイが震えて、ひかりは急いで取り出しました。