親子。
「ちゃんとしなさい!」
突然、大きな怒鳴り声が響いて、男性は振り返りました。その先を見るように、ひかりもつられて振り返ります。茶髪のまだ若い女性が、目の前で座り込む小学生くらいの女の子に怒っていました。
「何うろちょろしてんのあんた」
女性はどう見ても母親でしたが、到底『叱り』とは離れた言葉を吐いていました。
「あんたさぁ、もっとちゃんと出来ないの」そうして、噛み締めるような顔をして「マジでむかつくんだけど」と呟くと、女の子の頭をバシリと叩きました。見ていたひかりは、まるで自分が叩かれたようにビクリと瞬きました。思わず周囲の乗客を見回しましたが、誰もが飽きたような、気まずそうな素振りを見せて顔を背けました。でも一人。その人は違いました。
ひかりの傍にいた男性は、親子の傍に歩み寄りました。そうして女の子の前にしゃがむと 小さな声で尋ねます。
「お母さんのこと、好き?」
瞬間、女の子は驚いた様子でした。
「おじさん誰?」
女の子は尋ねます。男性はどこに隠していたのか、見せたことのない優しげな顔をしました。
「大丈夫だから教えて。好き?」
周囲の人々がそれぞれに様子を伺う中。男性が再度訊くと、女の子は母親を見上げました。母親はスマートフォンに夢中のようでした。その無機質の母親の顔を、女の子は小学生とはかけ離れた暗い表情で見つめます。一体女の子は何を見つめているのか。ひかりと男性はそんな女の子を見守っていました。
諦めたような、救いを求めるような、女の子の眼。何かが、女の子の中を駆けているようでした。
母親は気づいてはくれませんでした。やがて女の子は男性を見て小さく頷きました。
「うん。大好き」
男性は「そうか」と言いました。急に立ち上がると女の子の左手を掴みます。そしてスマートフォンを見ていた母親の手をもう片方の手で掴みました。母親は何事かとびっくりして男性を見上げました。
「何、あんた。誰」