女神さまの新たなたくらみ
コルクの里、子どもたちのいなくなった知女神の学堂前にて――、
美少女女神さま――アテナさんがたずねてきた。
「ヨシトさん。どうしたのです? 説教のほうはどうなりました?」
え? 説教ですか?
まあ、うまく行きましたよ。ヘルメスさんの強引かつムリクリな説得術で大盛況のうちに……、
――って、そうじゃない!
つい言われるままに業務報告しちゃったけど――今日来たのは別の用事があるからなんです!
さっき小耳にはさんだんですが、これから教団がもらった土地の視察に行くってホントですか?!
昨日も遅くまで銀行の仕事をしてましたし、さすがに働きすぎだと思いますよ!!
などと――キツめに言ったオレだが、独断専行かつ頑迷固陋な美少女神さんは言うことを聞いてくれない。
「モーラから頼まれた責務のためですからしかたありません。ご存じのとおり教団は川ぞいの国境防衛を請け負いました。三国志でいえば劉備が陶謙に頼まれ小沛に駐屯したり、劉表によって新野に入れられたり、劉璋から益州に招かれたのと似た状況です」
話をそらすためか、いきなり三国志ネタを入れてくるアテナさん。
ふ~む……しっかし劉備さんって、他人にえらくコキつかわれてたんだな。かわいそうに。
「ええ。ですが、どの場合においても劉備は――いえ、まあ、それはともかく。責任は重く出費も多いですが教団が武装を公認されたのはありがたい。これで大っぴらに里の戦力を拡充できます。今までは剣や短刀程度しか装備できませんでしたが、槍や弓や鎧などを使えるようになれば里の戦力はちがってきます」
とかなんとか、うれしそうにアテナさんは話す。
ほう。教団が一方的に損な仕事をやらされてると思ったけど……そういう見方もアリか。
ま、たしかにアテナさんのいうとおり。世に平穏のあらんことを願っちゃったりする平和主義者なオレにも里の武装強化はありがたい話。
少し前には『バァル』とかいう神の手下に襲われたこともある。獣人が仲間に加わって軍神さんの加護と訓練で強化されたとはいえ、里の武装はまだまだ貧弱。
こんな状況で、また怪物に襲われたらけっこう犠牲が出そうだもんなあ。
「そうです。そこで川ぞいの高台に砦を築き、いざというとき立てこもれるようにするのです。あの地形は日常生活に不便ですが、防御力の高い拠点ができるでしょう」
おお、なるほど! そういうことなら安心だ!
さすが戦女神のアテナさん。軍師孔明なみの智謀ですな。
それじゃ、このあとのお仕事もガンバってくださ…………
……って、イヤイヤちがうちがう!
納得して帰りかけたオレだったけど、それじゃダメだ。
今だけは絶対、この女神さまに過重労働をさせられない理由がある。
アテナさんは今――オレの子どもを宿してるのだから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ヨシトさん、妊娠しました。ですが里の人にはしばらく秘密にしておいてください」
「――ファッ!?」
「いいですね? くれぐれも秘密ですよ?」
「……は、はい」
なんて、ミもフタもないやりとりでアテナさんから告げられたのは一週間ほど前。
重大事実をエラく軽く教えられて、オレはぼうぜんとさせられた。
でもって、さらにあきれたことに――アテナさんは妊婦なのにちっとも自分の体をいたわらない。
むしろ以前よりバリバリ動きまわってハラハラさせられる。
さすがに不安になって止めたこともあったけど――、
「体の軽いうちにできるだけの準備をし、万全な状態で出産したいのです。邪魔しないでください」
と、冷たく却下されてしまった。
う~ん。オレだっておなかの子の父親なはずなんだけど、発言権がまるでないんだよな。
しかし――それでもアテナさんの体調が気になる。
オレとアテナさんが、なんというかその……『男女の営み』とか『子作り』的な行為をガンバってたのは愛し合ってたからじゃない。
世界と世界をつなぎ加護と信心を行き来させる――『教祖の魂』を持つ人間を増やすためだ。
でも……。
義務だろうと何度もそういうことをしてれば情も湧く。まして自分の子どもを妊娠した相手に愛情を持つなってほうがムリなわけで……。
今も至近距離で見る端正な顔立ちにはホレボレさせられてるし、鋭い目線でにらまれてゾクゾクもする。
それに着やせするタイプのアテナさんは脱ぐと意外と女性らしい体形で、煩悩あふれる男子であるオレにとって、もうたまらん感じ。
こんな美少女女神さまとアレやコレなことをできるなんて、
そして今では、わたしがお父さん。美少女女神さまにあげるのはもちろんヴェル〇ースオリジナル。
そう。この女神さまもまた、わたしにとって特別な存在なので…………
といったネタはともかく、わが子の母になるひとの体調はやっぱ気になる。
だから、ちょくちょくようすを見にきていたのだが――。
――そんなオレの心からの心配にアテナさんはおかしな答えを返してきた。
「問題ありませんよ。これでも体調には気を使っています。疲労やストレスのせいで変な場所から出産してしまっては、子どもの将来によくありませんから」
……ん? 待て。今、アテナさん、なんか妙なこといったぞ?
『変な場所から子どもを産む』ってどういうこと?
なんでありえない心配してるんだろ?
最初は冗談かと思ったが、アテナさんは真剣な顔のまま重々しい口調で言う。
「……いえ。神々にはわりとある現象なのです。父の頭から生まれたという妙な生い立ちのせいで、わたしはポンポコリン好きという妙な性癖をもってしまいました。同じく別の神の頭部から生まれたインドの戦女神カーリーさんも、そのトラウマから生後すぐに大暴れしたとか――」
へ、へえ……いろいろ大変なんですね。戦女神さん業界も。
「ええ。他にも父の腿で育てられた神がいますが――彼は何度も暗殺されかけたあげく、神として認めてもらうためシリアやエジプトにまで地方巡業させられたり、かなり苦労を重ねるハメになっています」
……う、うわぁ。ちょっと聞いただけでも大波乱な生きざまですな。その神さま。
そしてゼウスさん、あいかわらず子どもに迷惑かけまくりだぞ。ちょっとは反省してほしいもんだ。
「はい。まったく。わが父ながら本当にこまったものです。ちゃらんぽらんな親は子にとって迷惑でしかありません」
……あ、あう……そうですね。
オレもゼウスさんのこと言ってられないな。こんなちゃらんぽらんな父親でマジごめんなさい。
と、アテナさんの冷静な返答が胸にぐさりと突き刺さる。
かくしてビミョーに落ちこまされたオレをさておき、アテナさんは落ち着いた口調で続けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ともかく、わたしたちの子に妙なトラウマを植えつけるつもりはありませんので、ご心配なく。あなたは『子作り』という第一にして最大の義務を果たしたわけですし、あとは心置きなくマリアさんといちゃついていればよいのです」
そう淡々と告げたあと、まだ平らな下腹部をなで表情をなごませる美少女アテナさん。
『わたしたちの子』って単語と母性あふれるしぐさには感動させられたけど――返ってきた答えは冷たい。
要は『種馬としての役割が終わったんだし、アンタにもう用はない』ってことだもんな。
――しかし、それでも。オレは父親としての意地でなんとか食い下がるしかない。
いえ。そう言わずオレにもなにかさせてください!!
できることならなんでもしますよ!! ええと、たとえば……その……。
あ、そうだ! 母乳の出がよくなるようなマッサージとかはいりませんか?
それならオレ、かなり自信がありま――、
「――いりません。けっこうです」
ひ、ひえッ!!!
うかつなセクハラ発言に返ってきたのは女神さまからの絶対零度の視線。オレの背筋が一瞬で凍える。
だが、それでも自分の子どもの母となる美少女さんに手助けしないではいられないわけで――。
え、あの……いや。でも……でも……でも……。
と、円環の理に導かれたように同じ発言をループするオレにアテナさんはイライラしたようす。
オレをキツクにらみつけてこう言った。
「デモ? デモがどうしたのです? もしかして民主主義とでも言いたかったのですか? ふむ。民主主義の本場である都市――アテネの守護神であるわたしに民主主義のなにを説くつもりでしょう? 興味深いですね。じっくり聞かせてもらいましょうかヨシトさん」
い、いえ! そんな恐れ多いことしませんよ!
ていうか、なんだか今日のアテナさんイジワルすぎません?
強気で言い切る女神さまに圧倒され、オレはいじけるしかない。
そんなオレの醜態に――アテナさんは小さくため息をついて言った。
「……ヨシトさん、あなたはあなたの仕事を果たしていていてくれればそれで――」
と、物わかりの悪い生徒にじっくり言い聞かせるように口を開いたアテナさん。
しかし、そこでなにかを思いついたように口をつぐみ――、
「……いえ。待ってください。そういえば……ええ。あなたならあるいは、あの難物も――」
ブツブツつぶやいたあと――一転して目をきらりと光らせてオレを見る女神さま。
そして、アテナさんはこう言った。
「ヨシトさん……そこまでわたしを手伝いをしたいというなら、一つお願いがあります」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「布教も軌道に乗ってきましたし、このあたりでまた新たな神々に異世界へ来てもらおうかと思います。手始めは……そうですね。酒の神ディオニュソスからいきましょうか」
アテナさんがオレに言い出したお願い。
それは――新たなオリンポス神の協力を得ることだった。
ただアテナさんの考えは、あいかわらずオレの理解をあっさり超えていて――、
え……最初が『お酒』の神さまなんですか?
なんかピンと来ませんね。そのディオなんちゃらさんって神さま――なんか時間を止める能力を持ってそうなお名前ですけど……。
でも酒の神さまじゃそっち方面は期待できなさそうだしなぁ。
どうせお呼びするなら『殴って壊した物体を復元する』とか『無機物に生命を与える』とか、もっと強力な幽波紋……もとい加護を持つ神さまのほうがいいんじゃないでしょうか?
新たに招くのが布教に役立つスキルをお持ちとは思えない『お酒の神さま』。
微妙に不安に思ったオレはひかえめに反対する。
だが……アテナさんは首を左右に振った。
「そうでもありません。ディオニュソスは布教という面においてはある意味で最強といえる神ですよ。またアレの加護を使えば里に新たな名物ができますし、ヘルメスやへパイストスと組んでやってもらいたいこともあります」
ふーむ。なるほど。『酒神は布教にて最強!!』ってことか。
それに『里の新名物』ってのも、なんかよさげな響きですね。
――よし! それじゃガンバりますよ! アテナさんのためにも里のためにも!
と、ヤル気を出したオレだったが――そこで女神さまは気になる発言を追加する。
「ええ。お願いします。ただし、アレは一筋縄ではいかないクセモノ――性格的に合わないせいもありますが、わたしにもあの神をうまく御すことはできません。その点、十分に気を付けてください」
なに……? この腹黒悪知恵女神さんに『クセモノ』とまで言わせる……だと?
むむむ。酒の神ディオニュソスさん。いったいどんな神さまなんだ?
ああ。そういや以前アテナさんに気を付けるよう言われたときも、洗脳されかけたり、ヒドイ目にあわされたし。なんか、やっかいごとを押し付けられたような気もするぞ……。
盛り上がった気分に冷水をぶっかけられたが――そもそも手助けを言い出たのはこっちだ。
今さら引き下がるわけにもいかない。
てわけで――。
不安を抱えつつもオレは新たなオリンポス神――酒神さまの説得に向かうことになった。




