あきらかになるアレコレ、そして……
趣味と実益を両立させた女神さまの策で、にぎわうコルクの里――、
長老屋敷の一室にて――、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
まず――アテナさんが会話の口火を切る。
「シメオンさんが我が兄弟子ヨシトを連れて行った理由。それはゴーディア公の考えを誘導し、教団に領地が渡るようにしむけるため……ですね?」
「そのとおり。モーラに過去の文書など証拠があり、ゴーディアには分の悪い交渉でしたが、それでも公は貿易利権が欲しかった。なんとか利権を手にする方法を求めていたところへモーラの同盟者『教団』が現れる――この状況は公にとって千載一遇の好機に思えたでしょうね」
さらっと驚きの事実を口にしたアテナさんに、シメオンさんもあっさりうなずく。
そのようすにアテナさんは予想通りって表情を見せた。
「なるほど。モーラが敵としたくなさそうな『教団』に目をつけ、公はそちらに領地を渡したわけですか――のちのち教団を味方にすればゴーディアに利権がもどると踏んで……。しかし、そんなたくらみもシメオンさんの手のひらで踊らされていただけ――ということですね?」
「……ええ。我ながら良案と思ったのですが、パラスどのには、あっさり見抜かれてしまいましたな」
と、シメオンさんが朗らかに言う。
う~む。どうやらモーラ執政さんとウェルキン公は、新世界の神になるだれかさんとLなみの頭脳戦をくりひろげてたらしい。
でも――オレにはさっぱりな状況だった。
え~と。ウェルキン公が土地を教団に譲ったのは、実はシメオンさんの策ってこと?
つまりシメオンさん――最初からオレたちに土地をよこすつもりだったのか?
でも、なんでだろ? そんな恩を売ってもらえるほどウチは大きな組織じゃない気がするぞ?
混乱してるオレにアテナさんが小声でささやく。
「……おそらく防衛上の問題です。シメオンさんは国境の守りを我々にまかせ、教団領をゴーディアとの緩衝地帯にするつもりなのでしょう」
――は? 国境の守り? 緩衝地帯?
妙な話が出てきて、目を白黒させてるオレにアテナさんは説明を続ける。
「『教団を味方にできるかも』と公が考えているうちは、ゴーディアからの領土侵犯は減る。そうなれば紛争で貿易が妨げられる危険も減りますし……モーラは国境防衛費が減らせます」
アテナさんの冷静な解説にシメオンさんも深くうなずいた。
「ええ、国境侵犯に備え、警備を常駐・巡回させるのも物入りですからな。それこそ大国が小国にぶつける最も効果的な非軍事攻撃なのです。おかげで予算の二割は食われていましたが、商業国たるモーラが貿易を捨てるわけにもいきませんし……たいそう苦労しておりました」
……え~と。こんがらかった話をまとめると、こういうことかな?
モーラはゴーディアのちょっかいがメンドいから、国境の土地を教団によこして間にはさむことにした。
味方にしたい教団なら、ゴーディアはちょっかいかけてこないだろって計算で……。
う~ん……つまりシメオンさんはシメオンさんの考えで動いてたらしい。
ま、そりゃそうか。善意だけで動く人なんていない。ましておえらいさんなら当然。
でも――シメオンさん、いい人だと思ってたからショックだぞ。
――と、ガッカリさせられたが、そんなオレをアテナさんはたしなめる。
「外交官が自国に利のない取引などするわけないでしょう? もっとも、たがいに利を与え合うのも外交の基本。これは教団にとっても利のない話ではありません」
……ん? なんです? 教団の利益って?
国境の守りとか押しつけられ、腹黒公とわからずや騎士たちの相手をしなきゃいけないし。
川原周辺の土地はもらえたけど――なんかめんどうだらけのような気がするんですが?
あ~あ、やっぱ土地なんかもらうんじゃなかった。タダより怖いものはないよな。
なんて、やさぐれたオレ――しかしアテナさんは首を横に振る。
「いえ。だからこそです。これでモーラも教団を粗末に扱うことはできなくなりました。そんなことをすれば我々はゴーディアにつきかねませんからね。つまりシメオンさんはモーラにおける教団の価値を上げ、地位を保障してくださったのです」
……え? それじゃシメオンさんの案は教団のためになるってこと?
首をかしげたオレに、今度はシメオンさんが答える。
「ええ。残念ながら我が主はまた教団に悪さをしかねません。その危険をさけるため、教団の重要性を高めておく必要があったのです」
……あ、なるほど! たしかに!
教団がモーラにとって大事なら、ヴェリヌス侯も手出しできなくなるよな!
シメオンさんに、そんな深い考えがあったなんて――疑いの目で見てごめんなさい。
感心しつつ、あやまったオレに、シメオンさんはあわてて手を振った。
「気になさることはありません。あくまで我が国の利益のためにしたことです。それにヨシトどの貢献でゴーディア騎士どもに一泡吹かせ、ベルガとも予想外の同盟ができましたし」
あっさり言ってくれて、ありがたい。
いや~。さすがシメオンさん。
優しい上に、どこぞのギアス使いの皇子なみに賢くて――やっぱスゴイ人だったんだな。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、今回の旅のいろんな種明かしが終わったとこで――。
シメオンさんが大きな地図を取り出してきた。
その高級そうな皮の紙をアテナさんが興味津々のぞきこむ。
「では大物見台の土地について伝えておきましょう。詳細な図面を持参しましたので、ご覧ください」
「……ふむ。平地面積が少ないようですね」
「ええ。川原はたびたび水没しますから使えるのは丘の上だけですな。そのため耕作はできません。おかげで、土地にはどん欲なゴーディアも見過ごしてくれていたのですが」
「なるほど。逆上流のせいですか……しかし、これはこれで利用価値があります」
「ほう。それはどういった用途で?」
あれ……なんか難しい話が始まったぞ?
オレの足りない脳みそじゃ、わからなくなってきた。さっきの外交の件だって難しかったけど、もう完全についていけないレベルだ。
こうしてオレは頭のいい二人の会話から置いてきぼりをくらう。
ま……とりあえず、ここは教祖っぽく重々しくふるまっとくか。
え~と、なるほど燃料不足ね。ふむふむ。それはこまったもんですな~。
て感じで社畜の必須スキル『それっぽいあいづち』を使って、うなずいてると――、
「ヨシトさん。ここから先はけっこうです。どうせ理解できないでしょうから、もう休んでください」
冷たい目でオレを見たアテナさんが、グサリとくる一言を言ってきた。
あう……たしかに難しい話は理解はできませんけどさ。
でも、いちおう教祖なんだし責任ってものがあるんじゃ……。
と、言い返そうとしたオレに――、
「いえいえ。その気持ちだけで十分りっぱです。しかし不慣れなことは得意な人間にまかせるのも、上に立つものの器量ではありませんか?」
シメオンさんもやんわりフォローを入れつつ、去らせようとしてくる。
そんな二人の態度にオレは――、
……ちぇっ。わかりました。
いいですよ。部屋に帰ってマリアさんと仲良くすることにします。
どうせ、おかざり教祖だし、ただの信心電波塔ですしね。ぷんすか!
と、ふてくされたオレは、二人を残し自分の部屋にむかうのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方、教祖ヨシトの去った室内――。
(やれやれ。仕事を代わってもらったこと、素直に感謝なさればよろしいのに……)
少女のひねくれた思いやりにシメオンは苦笑する。
一方、アテナ――今はパラスと名乗り少女の姿をした女神は頭をさげた。
「……すみません。頼りない兄弟子で。旅先でもあなたに頼り切りだったでしょう?」
と、教祖ヨシトの能力不足をわびるアテナ。
しかしシメオンは大きく首を横に振る。
「そんなことはありませんよ。責任を果たそうとされる姿はりっぱでしたし、それでいて大事なところは、わたしを信じてまかせてくれました。今回の件でも、からんできた相手を楽に撃退できたでしょうに、交渉のため耐えてくださった。いやはや教団は良い教祖を持たれましたな。うらやましいかぎりです」
と、シメオンはこの場にいないヨシトを褒めたたえた。
心のこもった言葉にアテナも本人には絶対聞かせない本音で応じる。
「……ええ。信じた相手にすべてを任せつつも責任はともに果たしてくれる。我が兄弟子ヨシトは実にありがたい教祖です」
「ふむ。おおいに同意します。わたしは上に立つには働きすぎで部下の負担になる。かといって、なにもかも指示してくる主の下では能力が生かせない――そんな種類の人間にはヨシトどのは理想的な主ですから」
と、アテナをうらやむように言うシメオン。
その発言の裏、無能な主への失望を感じ取ったアテナは同情した。
「……お察しします。シメオンさん。そちらはそちらで大変なようですね?」
「はい。不忠な言と自分でも思いますが……ヴェリヌスさまは為政者として自覚が欠けておられます。少しでも目を離しますと欲のままにふるまってしまう。資産家に権力者――持てる者がむさぼれば、持たざる者に不満とうらみを与え、内乱や暴動の元凶となりますのに……」
アテナの同情に対し、ため息とともに応えるシメオン。
漏れた弱音から、勝手な主人になやまされていると、よくわかる。
嘆く賢者を女神は哀れに思い、なぐさめるようにうなずいた。
「たしかに民の恨みを買うようなまねはいけません。最終的に自分の首を絞めることになりますから」
「ええ、まったく! 歴史に学べば自明のことが我が主にはまるで……おっと、もうしわけない。よけいな口をたたいたようで……話の通じる相手の前では、つい口が軽くなってしまいますな」
熱くなったシメオンだが、さすがに言い過ぎと思ったか言葉を切った。
頭をかいたあと、照れ隠しのように話題を替える。
「――その点、ヨシトどのはすばらしい。今の教団ほどの財産があれば、教祖としてぜいたくを覚えそうなものですが、そのようすがまるで見えません」
と、シメオンは再びヨシトを賞賛したが、アテナは今度は不満げに応じる。
「……ええ、まあ。欲がないのはそのとおり。しかし、あの若さでああも無欲なのは考えものです。もう少し覇気を示していただきたいとも思うのですが……」
「おやおや。年下のあなたが、まるで姉や母のような言いようですな……おや?!」
少女らしからぬアテナの意見に苦笑させられたシメオンだったが――そこで顔色を変えた。
会話していた少女が目の前で急に倒れこんだからだ。
「どうなされましたパラスどの!?」
「くッ……はぁ、はぁ…………」
床に手を突き、荒い呼吸をくり返す少女にシメオンはあわてる。
「そういえば先ほどまで寝こんでいらしたのでしたな!? 体調の悪い所に無理させて、もうしわけない。すぐだれか人を呼びましょう!」
「……いえ。けっこうです……それより少しだけ失礼して……水場へ……」
と、シメオンの気づかいを謝絶したアテナだったが――顔色は青白いまま。
ひどく気分が悪そうなようすを見せ、ふらつきながら部屋を出ようとした。
しかし部屋を出る寸前――、
「あ、うッ……!」
「パラスどの!? これはいけない!」
アテナは壁にもたれかかり――嘔吐してしまう。
仰天したシメオンは駆け寄り、アテナの背中をさすった。
そのさなか――シメオンは少女の身に起こった『とある事実』に気づく。
「やはり、なにか御病気でも…………いや、まさか、あなたは!?」」
たずねられた瞬間、かすかに視線をそらした少女のようすに賢人シメオンは確信した。
同時に『その事実』が巻き起こす状況について即座に考えをめぐらせる。
「これは祝福すべきことなのでしょうか? それとも……」
「……たいへんな失礼をしました。シメオンさん。しかし、もうしわけありませんが、この件はヨシトには内密に……うかつに伝えれば、あの人には重荷になります」
一方、しばらく息を整え、ようやく落ち着いた女神はモーラ執政に口止めを願う。
「ですが……ヨシトどのも当事者なのですし…………いや、わかりました」
心配そうな表情を浮かべたシメオンだったが、病人の頼みをむげにもできない。またアテナの意見にも一理あるように思える。
けっきょく――シメオンは渋い顔でうなずくしかなかった。




