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異世界で教祖はじめました  作者: 習志野ボンベ
第一章
9/110

信仰の勝利(物理)

 奴隷商人の手下たちは森の中へ逃げこんでいった。

 今ごろ追撃をかけたエルフさんたちによって、アウェーの地でフルボッコにされてるとこだろう。

 同情? するもんか。


 人さらいを撃退した。ようやく達成感があふれてくる。

 人の命を救ったのだ。奴隷として売られていく悲惨な運命から助け出せたのだ。

 

 ああ、そうだ。一番大事なことを忘れてた。感慨にひたってないで檻のカギを開けてあげないと――。

 


「ありがとうございます!」

「ありがとう、おじちゃん!」 

 礼の言葉もそこそこに、檻の中から飛び出していく娘さんたちと子どもたち。

 そこの少年。オレはまだオッサンじゃないぞ。いい気分だからとがめないけどな。

 

「父さん!」

「お前、よくぞ無事で!」

 あちらこちらで家族の感動の再会がはじまった。涙ぐむエルフの一家は実に絵になる。

 下手をしたら一生会えない可能性だってあったのだ。こうなるのも当然か。 


 この光景こそがお礼みたいなものだ。この場面を作り出せたことが誇らしい。

 たとえ全部が神の加護によるものだとしても、布教という仕事に、やりがいを感じた瞬間――、


 いや、いかんいかん、これが仕事中毒(ワーカホリック)の始まりになってしまう。

 こちらの世界ではちゃんと休みを取るのだ。仕事はあくまで人生の一部分にしなければ。

 たとえ、いくらネクタルのおかげで健康体でいられるにしても。



 と、さっきまで娘さんと熱い抱擁をかわしていた中年のエルフがこちらにやってきた。

 目つきは鋭く、こちらを射抜いている。彼は背後のエルフ娘に一声かけた。


「お前は先に家へ戻ってくれ。おれは長老やピエトロと話がある」

「はい、あなた」


 ん? 今の会話、あれって奥さんなのか? エルフの年は見た目じゃわからんな。


「そちらは大丈夫か?」

「ああ、おかげさまでな」

 男の言葉にピエトロさんが応えた。

 その応対を見る限り、この二人は気のおけない友人らしい。


「……そうか、それはなによりだ」 

 短い言葉に万感の思いがつまる。男同士の会話ってやつだ。


 と、オレたちのほうに視線を向ける中年エルフさん。

「この方たちは?」

「ああ、この方たちはヨシトどのとパラスどの……ええと……」


 そういえば名前と職業・僧侶くらいしか教えてなかったな。

 オレは前に出て名乗る。

「わたしはヨシト。旅の僧侶です。布教の旅の最中でして……こちらは妹弟子でパラスと申します」


 中年エルフさんに、ちょっと怪しげな目で見られている。 

 それもしかたないか。今のオレはワイルドな獅子の皮を身にまとっているくせに、なぜか高級革靴を履き、指輪をじゃらじゃらつけてるのに、服は実用本位の旅人装備。

 

 ――うん。こりゃ怪しいわ。アンバランスこの上ない。

 RPGで最強装備を全部装着すると、センスが最悪になるあれですね。


 だが、中年エルフの視線をピエトロさんがとがめる。

「おい、変な目で見るな。パウェル! この人たちがいなければ、村の皆は連れ去られていたのだぞ!」

 

 ピエトロさん、なんて義理堅い人だ。 

 しかし中年エルフは疑いの視線そのままで言い返す。


「いや。里の安全を考えれば怪しいものを見過ごしてはおけぬ。だいたい宗教なんぞ押し付けてくる輩にろくなものなどおらん。昔からお前は人を信じやすすぎる!」

 

 その感想には同意です。

 ただ、その怖い目つきでにらむのはやめていただきたい。あることないこと吐いてしまいそうです。


 と、そこで――、


「よさぬか! パウェル!」

 一喝したのは初老のエルフ。先ほど人さらいにつかまっていた人だった。

 ピエトロさんには長老と呼ばれていた。つまりこの里の村長さんみたいなものだろう。

 彼は中年エルフを黙りこくらせると、こちらに頭を下げる。


「失礼しました。わたくしはヨブと申します。この無礼者はパウェル、里の若い者のまとめ役なのですが少々気負いが過ぎるところがありまして。家族が救われたというのに村の恩人を疑うは……。 

 ……ああ、そういえば、礼もまだでしたな」


 深々と腰を折る。心からの謝意が伝わってきた。

 こちらも頭を下げる。どこの世界でも通じる礼というのはあるもんですね。


「いえ。当然のことをしたまでです」

「ご謙遜めされるな。昔は冒険者などやっておりましたから、命の借りの意味は知っておるつもりです。

 見ず知らずの他人のため命を懸けて戦うなど……なかなかできることではない」


 ヨブさん、老賢者って感じの目つきだ。重ねてきた人生を知恵に変えられた人の顔だ。

 

「さ、とにかく何もないところですが今日は泊まっていってください」

「そんな、悪いですよ」

 渡りに船と思ったが、遠慮してみせると、

「なに。またあの狼藉者どもが来るかもしれません。なればこそ、ぜひ、この村に泊まってください。

 それに恩人をもてなさねば、この里の名誉に関わります」

 ヨブさんはぐいぐい宿泊をすすめてくる。


「そうですか。そこまでおっしゃるなら……お言葉に甘えて」

 お互いに気持ちよく合意できた。これぞ礼儀の麗しさですね。



 だが……素晴らしき美徳は途中で遮られる。



「やめてっ!」


 背後から叫び声が上がったのだ。


「いったい、なにごとじゃ?」

 ヨブさんがなにごとかと声をかけた。

 オレも振り返り、そちらへ視線を送る。



 広場に人だかりができていた。

 その中心には賊の死体が一つ、そしてエルフの娘が一人、どちらも半裸だ。エルフ娘の肉付きの薄い体がさらされ、背徳的な美を醸し出している。

 彼女の乱れた頭髪、上気した顔。二人がなにをしていたか、言葉より雄弁に語っていた。

 さらに、半裸の美女を体でかばうエルフの女の子が一人。


「こいつ、人さらいに色目を使いやがって!」

「ちがう! わたしたちを守るためにマリアお姉ちゃんが……」

「どっちにしろ、同じことだアリア、お前はどけ! そいつはけがれだ。里の恥だ!」

 

 なんとなく事情は分かった。美人ぞろいのエルフに欲情した不届きものの賊がいたらしい。そいつから妹や友人をかばおうとしてマリアさんとやらは自分の身をささげたのだ。

 彼女はそこらの物陰に連れ込まれ、そして村の男たちがもどってくるまで……、


 不届きものの賊が報いを受けたのは何より。

 だが、彼女の自己犠牲を里に対する裏切りだと誤解した連中がいるらしい。 


 姦淫――性的に乱れた行為に対する罰は『石打ち』、投石による断罪である。この世界でも同じようだ。

 石打ちが始まった。投げつけられる多くの石。姉をかばおうとした少女アリアが悲鳴を上げる。


「痛い、やめて!」


 里を蹂躙された無念。晴らせぬ恨みつらみを、より弱者に向ける。どこにでもあるいじめの構図だ。

 被害者も加害者もだれもが苦しんでいる――痛ましい光景である。



 ん? 待てよ? この場面、なんか記憶があるな。

 たしか高校時代、世界史の先生が言っていた。

 授業中に先生がした雑談って、授業内容より覚えてたりするもんだよね。


 よし、あれだ。教祖らしいことができるチャンスだ。止めに入ろう。


「これ、里の方々、少し待ちなさい」

  

 しかし、制止の声をかけたオレに食いかかってくる若者が一人。


「こっちの問題だ。里の恩人には悪いが、だまっていてくれ!」

 この若いエルフさん、えらく血走った目で断罪の先頭に立っている。


「こいつは罪を犯したんだ。村を襲った男と通じたんだ。裏切りものは罰を受ける必要がある!」 


 そんな若いエルフさんに、エルフ少女・アリアちゃんは抗議する。


「ジュードさん! なんで!? お姉ちゃんと仲良くしてくれてたのに!」 


 そうか、この人はジュードさんか。

 アリアちゃんのおかげで名前がわかった。ここまで荒んでいる理由もわかった。 

 そりゃ、気にかかってた娘さんが賊にノクターンっぽい、あんなことこんなことをされたら……。

 いわゆるNTRですね。若きジュードくんのメンタルがちょっとあれなことになっても仕方ない。

 

「そうですか、罰ですか……」

 オレは彼の心情は理解する。


「わかってくれたならいい。これは里の問題なのだ! よそものは下がっていてくれ」 

 と、得意げなジュードさん。これは完全に闇堕ちモードだな。


 だがダークサイドに屈した彼の思惑通りにはしない。

 やらせはせん、やらせはせんぞ!




「……いけません。罰というなら、今まで一度も罪を犯したことのないものだけが彼女に石を投げなさい!」

 

 キリッ!

 オレは断罪される少女たちの前に立ちふさがる。

 

 ま、人間の投石なんぞ、獅子の皮で余裕で跳ね返せるだろうし。

 ネクタルの回復力を試すチャンスでもある。

 アレスの加護のおかげで、けっきょく防具も回復力も試す機会がなかったしな。


 しかし――、

 オレの一言で投石はやんでいた。


 どやぁ、この説得力。

 元ネタはイエス・キリストが娼婦を石打からかばった有名な話。ジーザスでクライストな大スターさんの逸話だが、こっちの世界じゃオレがオリジナルなのさ。


 まあ、相手はむちゃくちゃな強さを見せた謎の男、石を投げつけられる人もいないだろうけど。

 しかし、たとえ圧倒的武力を背景にしていても、これはあくまで説得(倫理)だ。説得(物理)ではない。


 それに彼らだって、自分らの行為が八つ当たりだと気付いているはずなのだ。

 うつろな瞳、色を失い震える唇。半裸でたたずむエルフ娘・マリアさんと姉を必死でかばうアリアちゃん。彼女たちのようすに憐れみを感じないものなどいないだろう。

 集団ヒステリーも同調圧力も、少し冷水をかければ覚ますことができるはず……、



 ん? 


 コツッ、コツッ


 あれ? まだ一人、石を投げ続けているのか?

 正確におれだけを打ち抜く石つぶて。痛くはないが、なんか頭に来るな。


 ていうか、あの話を聞いて、まだ石を投げるのか?

 どんだけ傲慢なんだよ、その顔が見てみた……


 


 ――冷徹な表情で石を投げていたのは、だれあろうアテナさんだった。




 里のみなさんの視線が集まる。すげえ気まずい。


「……パラス。ちょっとこっちへ」


 はい、撤収。いったん布教中止しま~す。

 人のいないとこへアテナを連れて行き、怒ります。説教です。

 今日という今日はぷんぷん丸、インフェルノですよ。


「アテナさん! なにやってるんですか!?」

「あれ? そういうジョークじゃありませんでした?」

 しれっとおっしゃる女神さま。


「ちがいます! キリストが投げ続けるパターンや、神が続けるパターンもありますが、元ネタのほうをやってるんです! おかげで教祖としての見せ場が台無しじゃないですか!」


「あれ? ヨシトさんが……ちゃんと仕事してる!」

「なんですか? そのニートの兄がバイトに出たことを知った妹のような反応は! とにかく布教の邪魔しないでください!」


 ふざけたことを抜かすアテナを叱り終えて戻ってくる。


 里の広場はまだ、しんと静まっていた。

 

 そのとき、


「す、素晴らしい!」


 なんと長老が駆けより、両手でオレの手を握ってきた!



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