思いがけない報酬
ゴーディア公宮、ヨシトたちが去った謁見の間にて――、
人がいなくなり広くなった室内に、この国の主の冷たい怒声が響く。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
美形の顔に青筋立てたウェルキン公は、ヨシトたちをかばった妹に罵声を浴びせる。
「我が愚妹――クラウディアよ、どういうことだ!? なぜ黒鷲隊の邪魔をした!? あと少しで狼藉者らを一掃する機会であったというのに! 考えなしのお前のせいでだいなしではないか!」
「そ、それは……兄上が、そのような……ふるまいをなさるとは思いませんでしたから……」
クラウディアは小さくなって弁解するが、言葉にかすか含まれた軽蔑を兄はとがめる。
妹姫が内心で兄の行為を卑怯と感じたことを察したのだ。
「愚か者ッ! 国を治め、外敵を排するにはそれなりの手段がいる! 武芸と小さな正義感しかすがるもののない騎士は、これだからこまる!」
「………………も、もうしわけございません、兄上」
「ええい! もはや謝って済む段階ではない! あやつらを使者と認め、公宮に通してしまった以上、非礼はこちらにあるということになる。今さら国境警備の騎士どもを害した罪を問えなくなってしまったではないか!」
「……………………はい」
兄の剣幕に騎士姫クラウディアは黙りこんだが、まだまだ罵声は続く。
実のところ、ウェルキンは妹を良い策を思いつかないいらだちのはけ口にしていた。
だが――八つ当たりが夕刻まで長く続いたところで、ようやく制止がかかる。
黒鷲隊の指揮官ガルフォがやってきて、クラウディアをかばったからだ。
「まあまあ、ウェルキンさま。クラウディアさまの言を受け、通してしまった我らにも罪があります。姫を罪に問われるなら、我らにも罰をお与えください」
「…………ふむ。いや、まあ過ぎたことをこれ以上言ってもしかたはないが……」
これ以上、妹姫を責めれば黒鷲隊にも責任がふりかかることになる。それはまずいことだ。国内最精鋭部隊を率いる実力者ガルフォ将軍への配慮でウェルキン公は妹へのののしりをやめた。
そして……ため息をついて言う。
「……まったく、妹よ。素直であったお前が、いつからそのように勝手な思案で行動するようになった?」
と、なげいた公だったが――。
そこで、ふっと妹の変化の原因を理解した。
ここまで実に従順だった妹が、この件に関してはウェルキンにさからった理由。それは、おそらく……、
「……クラウディア。そなた、まさか、あの男に……?」
妹姫の反抗の理由に気づいたそのとき――策士ウェルキンの脳に電撃が走った。
とある名案を思いつくと同時に、それを実行するための手段が次々と湧いてくる。
「……ふむ! そういえば、あのヨシトとかいう男、話に聞くところ独身だったな? いやはや、これは使えるやもしれない!」
「あの……兄上?」
「よいぞクラウディアよ! よくやってくれた! これで、あのこしゃくなモーラ執政へ反撃できる。まったくケガの功名とはこのことだな!」
ウェルキンの急変にとまどうクラウディアと目を丸くするガルフォ将軍だったが、策士である公はかまわず手のひらを返したように妹をほめた。
そして人払いしていた家臣を呼びもどし――、
「客人らに用意ができたと伝えよ。モーラ執政どの、オリンポス教団の教祖どのを、この部屋にお呼びするのだ!」
――ゴーディア国主はヨシトとシメオンを招くよう告げる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「もうしわけない。こちらの不手際でずいぶんとお待たせしました」
ゴーディア公のお屋敷――また案内された『謁見の間』でウェルキン公が待っていた。
しかし……さっきまでの余裕のなさそうな態度とは打って変わり、さわやかさが全開。その上、なぜか満面に笑みを浮かべている。
そんな驚くほどの変化がなんだか恐ろしく、オレはシメオンさんと不安な視線をかわした。
……あれ? もしかして、またなんか悪だくみでも考えついたのか?
露骨に警戒したオレたちをウェルキン公は上機嫌で招く。
そして、まずシメオンさんの労をねぎらった。
「さあ、こちらへどうぞ――難しい和平交渉を本当によくまとめてくれました。シメオンどの。さすがはモーラ一の賢者と呼ばれるかたです」
「…………あ、いや。それもこれもヨシトどのの協力のおかげでございますよ」
と、めんくらいつつもシメオンさんはけんそんしたけど――、
……う~ん。それはどうかな?
竜騎士の族長さんにはシメオンさんのコネのおかげで話が通じたんだし、交渉の大事なとこもほとんどシメオンさんがやった気がする。
交渉神の加護もあるし、オレだって小さな交渉くらいならなんとかこなせるけど――国同士の外交なんて、さすがに手に余る。
そこらへんも含めると……やっぱ手柄はシメオンさんのものなんじゃなかろうか?
そんなオレの言葉にシメオンさんは小さく首を横に振った。
「いえいえ。ヨシトどのが機龍を作り上げた技術力と、それを乗りこなした腕前が竜騎士たちに一目おかせたのですよ。そのおかげで竜騎士たちからの反論がおさえられたのです。わたしと族長の縁故だけでは長年の敵国との修好など、なしとげられなかったでしょう」
そしてウェルキン公もシメオンさんに同意する。
「ふむ……そうですね。竜騎士どもも、我々と同じくヨシトどのの力量に肝を冷やし、敵に回したくないと考えたにちがいない。目に見えぬ圧力でシメオンどのを支えたヨシトどのにも大きな功績がありましょう」
……うわ、あわわわわわ!!!
なんか国のえらいさん二人にほめられてしまったぞ!
ヘルメスさんの加護『鉄面皮』の下、小心者のオレはおそれ多さに震える。
こんなこと、むこうの世界じゃありえないことだったから、うれしいより先にパニクってしまった。
と、そこで――ウェルキン公は急に話題を変えてくる。
「……ああ、ところでヨシトどの。一つ聞いていただきたいことがあります」
そのあと続けられた話の内容は本当に驚くべきもので――、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ヨシトどの。あなたはシメオンどのも、わたしも認める今回の和平の功労者。そんなあなたに折り入って話があるのですが……」
……ん? なんだろ? まさか、また無理難題を押しつけてくる気じゃないだろうな?
ここまでの経験からあわてつつも警戒をとかないオレへ、腹黒公はうれしそうに笑いかけてくる。
うぅ……なんです? そのサイコパスなほほえみ……?
少しおびえたオレに――ウェルキン公はさらっと告げた。
「――和平成立の礼として、あなたに『大物見台周辺の土地』をお譲りしたいのですよ」
あっさりしすぎな爆弾発言――そのせいで理解するのに数秒かかった。
時間をかけ、言葉の意味をかみしめたオレは頭のなかが大パニックになる。
………………え?! ちょ、今なんて言いました!?
なんか『土地』をオレによこすっていったように聞こえましたけど……?!
それってゴーディアとモーラの間でモメてた場所なんじゃありませんか!?
「ええ、そうです。ゴーディアとモーラとベルガ、三国の争いをたぐいまれな技とすばらしき人柄で回避してくださったヨシトどのにこそ、かの土地を感謝の証しとして寄進したく思います」
……え!? いや、いきなりそんなこと言われても!
急に振られた『領土をあげる』という提案に仰天させられた。
あわてたオレはシメオンさんに横目でちらっと助けを求めたが――さすがの有能執政さんもウェルキン公の思わぬ奇襲に顔色を変えている。
「むぅ…………そ、そうですな。たしかにヨシトどのの功績には報いるべきですが……しかし、これはわが国の領土にもかかわる問題……。ともかく少し考える時間をいただきたい」
そういって時間稼ぎをしようとするシメオンさん――さっきとは逆の光景だ。
強烈な反撃を食らわせた満足感からだろうか。口ごもったシメオンさんによゆうの表情を見せ、ウェルキン公は大きくうなずく。
「わかりました。しかし早いご返事を。あまり時間をかけては交渉成立に差し障りがありましょう。もっとも、そちらもヨシトどのの功績はお認めになっているようですから、検討に時間はいりますまい」
ええと……つまり『さっさと決めないと和平の話は無しな。そっちのせいで』ってことだろうか?
そんな言葉でウェルキン公はオレたちをさりげなくせかしていた。
てなわけで――硬い表情のシメオンさんとオレは謁見の間を後にすることになる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゴーディア公のお屋敷、オレたちに用意された一室――、
シメオンさんの部下も待機してた宿屋から急ぎ呼びだされ合流した。
で、そのモーラお役人緊急会議で、シメオンさんが淡々とゴーディアの提案を話すと――、
「いけません! あれはわが国の領土――長年の交渉でゴーディアの無法な要求を排除し、ようやく領地と確定できたところですよ! それをなぜ横から出てきたヤツに!」
「そのような言いかたはよしなさい。ここまで協力してくださったヨシトどのに失礼であろう」
「しかし! シメオンさま! これではあまりにも理不尽で……!」
案の定、強烈な反対が返ってきた。
ま……文句を言いたくなる気持ちもわかる。仕事の成果を横取りされたらだれだってくやしいだろう。
オレも以前、せっかく取った顧客を剛腕上司にかっさらわれ、悲しい思いをした経験があるし。
でも……棚ボタすぎる展開にはオレだって驚いていたのだ。領土をくれなんて言った覚えもないし……。
え~と――だから、そんな怖い顔はやめにしてほしいんですよね。
交渉用鉄面皮の下でオレは願うが――シメオンさんの部下たちはにらみつけてくる。
「……お前たち。ヨシトどのに当たるでない。この件はあくまでゴーディアの言い出したこと。ヨシトどのが願ったことではないのだから」
と、シメオンさんが部下をたしなめた。
しかし無言で顔をそむけたモーラ役人たちからは、まだまだ強烈な悪意が飛んでくる。
ありゃりゃ……こりゃやっぱ、オレから腹黒公にお断りを入れなきゃダメか?
ま、もちろんそうだよな。さっきは驚いてたからすぐ断れなかったけど、冷静に考えれば、なんでいきなり出てきたウチの教団が領地もらうんだって話だし。
険悪な雰囲気に弱いオレは、ゴーディアの申し出を断る気でいた。
しかし、そこで――深く考えこんでたシメオンさんが予想外なことを言う。
「…………ヨシトどの。この話を受けていただきたい」
……え!!!? なんで!!!!?
土地を奪われるはずの国――その執政さんの言葉にオレは驚かされる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
教団が土地を受け取るべき理由――シメオンさんはわかりやすく解説してくれた。
「……ウェルキン公の意図は我々を対立させること。理屈に従えばどうせ手に入らぬ土地。ならば自ら譲る形にしてヨシトどのに恩を着せ、我が国とオリンポス教団との間を引き裂くのが目的でしょう。…………現に今、このようにもめておりますしな。あとは我らが争ったところで教団に手を差しのべれば――ゴーディアはわが国から力を奪い、自分のものにできます」
……あ、なるほど! あの腹黒公め、そんなことを考えてたのか!?
教団だけひいきして、モーラと教団を引きはがす作戦だったんだな!
シメオンさんの言葉でようやくウェルキン公の狙いが見え、オレは腹を立てた。
だが、それでも――部下さんらは土地を渡すことに納得できないようす。
「しかしシメオンさま……さすがに領土を失うのは!」
「ええ、そうですとも! ここまでの努力がすべてだいなしではありませんか!?」
モーラのお役人たちは、あきらめきれない感じだ。
そんな部下たちに、シメオンさんは言い聞かせるように話をする。
「それはたいした問題ではない。あの地が重要なのは河川貿易の利益があるからだが――モーラに拠点を置く教団に土地が渡るなら利益は十分守られる。名義が教団に変わろうが、実際に失うものなどわずか。くだらぬ形式にこだわって教団と争うほうが損となるし、むこうの狙いに乗ることになるだろう」
……お、おお。そういえばたしかに。
シメオンさんの説明に一同は納得した。
とはいえ――それでも微妙に罪悪感が残る。
う~ん……でも、やっぱ人さまのものをタダどりってのは気が引けるな~。
と、まだためらうオレにシメオンさんは、なんと頭まで下げてきて――。
「――いえ。結局のところ我が国の利益は守られますし、強情だったあちらが言い出してきたのをさいわい、ささっと受けていただいた方がありがたい。むしろ、どうか我々を助けると思ってどうか」
むぅ……いろいろ恩のあるシメオンさんに、そこまで言われちゃ断れないけどさ。
……あれ?
でも……ということは……?
なんだか妙ななりゆきで教団に領地が手に入ってしまったぞ?
いきなりおとずれた展開。なぜか転がりこんできた土地。
ワケのわからない状況に巻きこまれ、オレはとまどうばかりだった……。




