腹黒公ふたたび
ゴーディア公国、公都ホルン。街を囲んだりっぱな城壁のすぐ外にて――、
「領土泥棒のモーラ商人め! 今度は竜騎士どもと組んでなにをするつもりだ!」
「そうだ! 領土は土くれ一かけとてゆずらぬぞ!」
竜騎士の国ベルガから帰ったオレたちだったが、公国最強部隊『黒鷲槍騎隊』とかいうイカツイ騎士たちに囲まれ、予定外の大ピンチにおちいっていた!
……う~。どうしてこの国の騎士ってオラついてて、いちいち突っかかってくるかなあ?
オレたちのカジノにお金で丸めこまれたモーラ警備隊も、まともに見えるくらいの理不尽さだ。
いや。悪目立ちするオレの獅子毛皮と機龍が悪いのかもしれないけどさ。
殺気立つ騎士たちに囲まれたオレたち一行――シメオンさんとアリアちゃんは凍りついたようにかたまり、フェリペくんら竜騎士もうかつに動けずにいた。
でもって、そんな大ピンチに――カッコよく登場して助けてくれたのは、またも予想外の人物。
あっちからカラんできたたとはいえ、投げ飛ばしたり、ヒドイ目に合わせちゃったはずのゴーディアのお姫さま。
――クラウディアという名の凛々しく美人な女騎士さんだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヨシトらがゴーディア公都に到着した日の早朝、
ゴーディア公宮内、クラウディア姫の居室にて――、
「……はぁ、はぁ…………はぁ」
寝台の上、そっけない寝間着姿のクラウディアは夢にうなされていた。
厳しい鍛錬のおかげで、クラウディアは常に熟睡安眠――寝付けないことなどなかった。しかし、ここのところ寝不足の日々が続いている。
その理由は……といえば毎日見る『とある夢』に起こされ、まとまった睡眠がとれないから。
あの日、ヨシトと名乗る異国の教祖に敗れてから、いつもこうなのである。
では、そのクラウディアをさいなむ『夢』の内容とは――、
「……ん、あッ」
浅い呼吸、火照る体、紅く染まった顔――夢の中でも寝台にいたクラウディアは驚くほど興奮していた。
その原因は――夢の中で騎士姫に体重をかけ動きを束縛し、ゆっくり顔を近づけてくる男だ。
ふだんの彼女ならば、こんな狼藉を働いたものなど許しはしない。投げ飛ばしたうえで、剣でもって報いを与えるところだが……今のクラウディアはなぜか抵抗できない。
ベッドの上、弱々しくかすかに身じろぎし、あとは男のなすがままにされているだけだ。
そして、その相手――『獅子の毛皮をまとう男』はクラウディアの唇に己の唇を重ねようとし……
「……ひゃぁッッッッ!!!!!!」
悲鳴とともに毛布をはねのけ、一気に上体を起こすクラウディア。
ベッドの上で、しばらく荒い吐息をまき散らしたあと、ようやく先の夢が夢だと気付き、我に返る。
「姫さま!! どうなされました!?」
「…………大事ない。少しばかり悪い夢をみただけだ」
「はあ? さよう……でございますか? ここのところ毎日のようですけれど……?」
大声を出した姫を心配し、室外からあわてて声をかけた侍女にクラウディアは返事する。
付き合いの長い中年侍女はそれで去ってくれたが、残された声はいかにも不安そうであった。
遠ざかる足音――今の顔を見られたくなかったクラウディアは、ほっとしつつもためいきをつく。
「……まったく、なんという淫らな夢だ! どうにかしている。いけない! こういうときは鍛錬だ!!」
いつの間にか汗びっしょりになっていた寝間着を脱ぎ捨て、クラウディアは吐き捨てる。
そして、恐ろしいようでいて不快でなく甘美な――先ほどの感覚を忘れるため、クラウディアは朝の日課である剣の修練に向かった。
しかし、いつも心を空にしてくれる素振りも今日はまるで効果を示さない。朝食も取らず、昼まで熱心に木剣を振ったが、心のモヤモヤはより強くなっている。
「……おかしい。わたしは……本当にどうかしてしまった!」
夢に出てきたのはオリンポス教団教祖のヨシトと名乗った男。
剣に自信があったクラウディアを素手であっさり倒した達人であり、頭に血を上らせた無謀な攻めで大ケガしかけた彼女を救ってくれた恩人でもある。
表情の読めないヨシトを思い出し、熱っぽい顔にさらに血が上った。
実は……先ほど目が覚めたとき、あの夢が現実でなかったことに落胆していた。そんな自分の心にクラウディアは大いに赤面する。
さて、こうして未知の感情にクラウディアがふりまわされていたところで――。
――城門近くにある修練場に、外からの怒鳴り声が聞こえた。
「止まれーーーーーェェェェッ!!!!!」
「……む、これは将軍の声? いったいなにごとか?」
聞き覚えのある大喝は彼女の剣の師である勇将のもの。疑問に思ったクラウディアは近くの物見台に上り、原因を確認することにした。
そんな騎士姫の視界に飛びこんできたのは――、
「あれは……黒鷲槍騎隊? そういえば将軍ともども兄上が呼び戻していたな? しかし、我が国最強の精鋭があんなに数をそろえて、いったいだれに当たろうというのだ?」
首をかしげたクラウディアが塔から見下ろした視線の先。
特徴的な毛皮をまとい、そこにいたのは……。
「あ、あれは!?」
ここ数日、毎夜にわたり夢に出てきた人物。
そう……オリンポス教団教祖『ヨシト』だった!
「……ヨシトどの!? ダメだ!!! あのままではいけない!!!!」
目にした男の姿に胸が思わず高鳴った。同時にヨシトが危機だと察して騎士姫はあわてる。
自分を動かす激しい感情がなんなのかわからぬまま、それでもクラウディアは走り出した。
物見の塔から駆け下り、そこらにつながれていた馬に飛び乗り――気づけばクラウディアは黒鷲槍騎隊とヨシトとの間に割りこみ、必死にヨシトをかばっていた!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「待て!! 将軍!」
驚いたことに――オレたちを守ってくれたのは急にやってきたクラウディアさんだった!
馬から飛び降りたクラウディアさんは息を切らしながらも、どなりつけるように言った。
「狼藉はならぬぞ将軍! この者たちは兄上がベルガに遣わした使者だ!」
「いや! しかし姫さま! 我々は公より『無法な乱暴者に対処せよ』との命を受けやってきたのですが? その者らの人相風体も公の指示と一致いたしますし……」
不満そうな将軍が言い返した言葉に、オレは精鋭部隊が公都にいたわけを悟った。
……ふむ。どうやら配下の騎士をボコられたウェルキンさん、とっておきの切り札を出してきたみたいだ。
けど、クラウディアさんは将軍の言い分にも一歩も引かない。
なぜかオレたちの味方になって、必死に戦いをやめさせようとしている。
「くどいぞ! ゴーディア公の妹の言葉が信じられぬというか?! それに自ら遣わした使者を切り捨てるなど、公国の名を汚す所業――そのようなこと兄上が命ぜられるはずもない。臣下ならば主君の名誉を守ることも責務のうちぞ!」
「ぐ、ぐぬぅ……わかりもうした。しかし、相手は長年にわたり、武器を交えてきた竜騎士ども。公のそばまで行くとあれば我々が監視いたしますぞ!」
いいつのる姫さまの迫力に負け、将軍はオレたちを通してくれることになった。
もっとも監視のため前後左右を槍を持った騎士に囲まれてしまったけど。
……しかし、クラウディアさんってば、どうしてここまでオレたちをかばってくれたんだろ?
出会いは最悪だったし、ここまで助けてもらえるほど付き合いもなかったような気がするぞ?
――なんて不思議に思ったオレに、クラウディアさんは顔をそむけていった。
「ふん! 勝ち逃げを許さんためだ! 今は力量が及ばぬが修練を重ねて、いつかヨシトどのに勝つ。それまでは生きていてもらおう。わたしに倒されるまで他の誰かに敗れることなど許さぬ!」
……ふ~ん。なんか少年マンガのバトル脳ライバルみたいな理由だな。
ま、ともかく、危ないとこを助けてもらってありがとうございます。
「べ、別に礼を言われるようなことではない! あくまでわたしの誇りのためだ!」
オレが礼を言うと、なぜか焦って答えるクラウディアさん。
そんな騎士姫さまにエルフ幼女のアリアちゃんが――これまたなぜかジト目を向けていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
公都ホルンの街中――城壁から宮殿までつづく道をオレたちは行く。周囲を騎士たちに囲まれ、なんとなく大名行列みたいだ。
しかし、この騎士さんたち本当にすきがない。一糸乱れぬ隊列でオレたちを包囲していた。さすが騎士の国の最強部隊だけはある。
さらに城壁の外に出ていた以外にも多くの騎士が街中にいて、それが行列に加わり、竜騎士たちとオレをけわしい顔で見つめていた。
……いやはや。戦わずにすんでよかった。さすがにこんだけの数の騎士に来られたら、みんなを守りきれなかったろう。戦闘脳の騎士姫さまにはホント感謝だな。
そんなことを思いながらたどり着いた公宮。門で竜や馬から下りて案内された『謁見の間』では、リッチな椅子に腰かけたクラウディアさんのお兄さん、この国の主ウェルキン公が待ってた。
で、その美形腹黒公爵と、こっちの代表であるシメオンさんがあいさつする。
「ようこそ。みなさまがた。どうやら連絡の行き違いがあったようで大変失礼をいたしました。まさかここまで早く交渉を成し遂げてくるとは思いませんでしたよ、シメオンどの」
「おかげさまで事が順調に進みました。こちらには心強い助っ人もおりましたし」
歓迎の言葉と裏腹に張りつけたような薄っぺらい笑顔が露骨に迷惑そうなウェルキン公。
オレたちを連れてきた妹姫さんに、ときどきキツイ視線を送っている。
……あ、やっぱこの人、黒鷲隊にオレたちを片付けさせるつもりだったんだな。
「……ええ、おそらく。押しつけた無理難題――ベルガとの和平交渉がうまくいくなど思っていなかったでしょうから、交渉失敗を理由に難癖をつけるつもりだったのでしょう。それにはまず、ヨシトどのに対抗できる力が必要ですから」
オレの顔色を察したシメオンさんが、こっそり横に立ち、小声で答えてくれる。
……ふむふむ。たしかに。あんな多くの騎士――それも精鋭ぞろいの連中を相手にしたら難しかった。
乱戦になってシメオンさんやアリアちゃんを人質に取られたりしたら、どうしようもなかったし。
その点じゃ、むこうは万全の準備だったのかもしれない。
――だけど、せっかくの迎撃態勢もバトル脳な妹騎士さんのせいでムダになってしまったわけか。
そりゃ腹黒公もお怒りだろう。
「はい。その上、我々がベルガとの和平をなしとげて来たものですから、公はたいそうお困りでしょうな」
シメオンさんが、そうささやいて人の悪そうな笑みを浮かべた。
一方、ウェルキン公は目を白黒させ、混乱しながら必死に頭を働かせてるようす。
……ま、ウェルキン公も有能シメオンさんと竜騎士族長が義兄弟だなんて知らなかったろうしね。いやがらせのつもりが逆手にとられてしまったわけか。
――なんて内心で考えつつ、オレは悩む美形腹黒公を見てた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ええと、それでは……ですね」
しばらく考えこんでたウェルキン公だったが、まず時間稼ぎをすることにしたようだ。
一つせき払いをしてウェルキン公はシメオンさんにこう切り出す。
「おほん。ともかく、和平の仲介ご苦労でありました。シメオンどの。ヨシトどの。ただ先にも言いましたとおり、こうも交渉が早く片付くとは思いませんでしたから、まるで準備が整っておりません。あなたがたには、しばらく部屋で旅の疲れを癒していただき、その間に用意させていただきたいのですが……」
「……ええ。いいでしょう」
ウェルキン公の低姿勢な頼みにシメオンさんはよゆうで応じ、バチバチ火花が散る外交はこっちの有利な状況で一時休戦。ベテラン外交官と腹黒策士公の第二ラウンドは延期されることになった。
せっかくの申し出なので、お茶とお菓子をいただき、ゆっくりするオレたち。
そして日暮れもせまる夕方ころ――、
ふたたび謁見の間に呼ばれたオレたちに、ウェルキン公はさっきとまったくちがう笑顔を見せ、口を開く。
でもって、公が告げたその内容は……だれもがビックリさせられるものだった!




