旅立ち
どうもおひさしぶりです。異世界教祖の久世ヨシトです。
ここまで長いことオレの物語におつきあいいただき、本当にありがとうございます。
さて、ところで話は変わりますが――。
オレは今、国同士のやっかいごとに巻きこまれ、竜騎士の国ベルガに滞在中です。
さまざまな出会いがあった旅も折り返し地点を過ぎ、これから教団の本拠地コルクの里にもどることになってます。
もっとも来るときと同じく帰り道にも災難が待ち受けてるようで……。
てなわけで――今回の物語は竜騎士の里から始まります。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……ん? なんだろう? このにおい……。
ふわりと香ばしく、おいしそうなにおいがただよって目が覚めた。
ぼんやりした頭にゆっくり血が巡り、オレは寝床から体を起こす。
……え~と。ここは竜騎士の国ベルガ。今いるのは族長さんの家。
ほんでもって今日は……教団の本拠地・コルクの里に帰る日だったよな?
寝ぼけた頭でオレは思い出す。
この里での滞在はけっこう長かった。
竜騎士族長さんとシメオンさんが同盟の打ち合わせ――連絡方法だの非常事態が起きたとき、どう動くかとか細かく決めていて時間がかかったのだ。
こっちの世界には電話もメールもないし、いざというときすぐ連絡は取れない。だから細かい約束事を決めとかないといけないので、しょうがない。
それでも有能シメオンさんと竜騎士族長さんのおかげで、同盟は最短でまとまった。
そして――夕べは別れの宴。
山の幸を使ったおいしい料理を食べ、山羊乳のお酒をたっぷり飲み、幸せな気分で眠りについて――。
ほんでもって……今朝をむかえたわけだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
この里は高地にある。だから、かぶってた毛布をのけると朝の空気が冷たい。
そのさわやかだけどひんやりした空気を突き抜けて、大声が響いていた。
「おおッ! フォロー鳥のピッタじゃねえか!」
え~と。このやかましい声、竜騎士族長の息子でシメオンさんの甥っ子フェリペくんだよな?
はずんだ声を聴くかぎり、なにかに喜んでるらしいが……なにがそんなにうれしいんだろう? それにさっきからウマそうなにおいもしてるし……。
気になったオレは台所をのぞいてみる。
すると――。
「おにく~! おいしいおにく~! もっとお肉~!!!」
そこには……よだれをたらしたエルフ幼女の姿があった。
ゾンビ職員の日記みたいな鼻歌とともに、アリアちゃんが見てたのは――、
……おお! 昨日の宴会で食べたクレープみたいな食べ物じゃないか!
ソバっぽい穀物の香り豊かな薄焼き生地。そこだけ見るとクレープっぽいが中の具は甘くない。
あぶらののった山鳥の肉がはさまり、酢漬けの山菜が歯ごたえをくわえ、すりおろした木の実ソースが独特の風味をからめ……かみしめると絶妙のハーモニーを奏でる。ばつぐんにうまい山里のファストフードである。
ふむ……フェリペくんのセリフからすると、こいつは『ピッタ』という名前のようだ。
どうやら里のみなさん。オレたちが昨日の宴会で気に入ってバクバク食ってた品を最後の朝食にしてくれるらしい。
……いやはや、こんなに気をつかってもらってありがたいかぎりですな~。
と、ちょっと感動するオレ。
――しかし、とはいえ問題が一つあった。
さっきから、やたら『にくにく』言ってる我らがエルフ幼女ちゃんである。
「おにく、もっとたくさん! たくさんちょうだい!」
そのおねだりには……もはや遠慮なんて感じられない。
……あのね。アリアちゃん、さすがに注文つけすぎでしょ。
こっちはお邪魔させてもらってる身の上なんですよ。
そもそも、たいがいのファンタジーじゃ『自然と共生する種族』って設定のエルフが肉大好きってダメダメでしょ! つちかってきたイメージ戦略がだいなしじゃないですか!?
と、オレは保護者代理として説教するが……。
「いえいえ。いいんですよ。子どもはしっかり食べて大きくならないとね~。ほら、たんとおあがり」
調理中の里のオバちゃんがそういって、お肉をさらに大増量してしまう。
その結果――大量の肉の上、生地が申し訳程度に乗ってる謎料理ができあがってしまった。
「わ~い! おにくいっぱい! おにく大好き~!」
そんな完全に原型を失ったピッタを渡され、アリアちゃんは狂喜乱舞する。
う~ん……こうやってまわりの大人が甘やかすから、エルフ幼女が調子に乗るんだけどなあ。
なんて頭をかかえてるオレに――、
「へへ~んだ。おばさんもいいって言ってるもんね~。どお? うらやましいでしょ?」
肉まみれのピッタ片手に、エルフ幼女はえらそうに胸を張る。
く……イラッとするな! でも、ガマンだ。マリアさんのためにも……。
カチンときたオレだったが、アリアちゃんの姉――エルフ美女のマリアさんに聞かされた話を思い出し、怒りをおさえるしかない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ちょっと前、あいつづくエルフ幼女の横暴に耐えかねてグチったときのこと。
同じベッドで休んでたマリアさんはひたすらあやまって……それから寝物語にぽつぽつと、アリアちゃんがひねくれた理由を教えてくれた。
「……あの子は……目の前で父親を殺されました。それも前日まで笑顔でアリアを抱き上げていた護衛が、あの子の見ている前で父を斬ったのです……」
……あばばばば! 予想外に深刻な話だった!
知り合いにお父さんを殺されるとか……幼女にはヘビーすぎる体験だろ!
地雷を踏み抜いてしまってあわてるオレに、マリアさんは淡々と続ける。
「妻子を人質を取られた護衛にはどうしようもないことでしたが……アリアの心には大きな傷が残りました。信頼していた者に肉親を殺されたのですから……。おかげであの子はしばらく言葉を失い、まともに話せるようになったのはつい最近のことです」
マリアさんが切なげにつぶやいたのは、そんな話だった。
……う~ん。そりゃ悲惨だ。話ができなくなってもしかたない。
今のようすからは考えられないけど……かなりヒドイ目にあったんだな。あのエルフ幼女。
……ん? 待てよ。てことは――。
もしかして、いつもの横暴さも相手が信頼できるか試してるのかもしれないな。
でも……面接試験としては難易度が高すぎるぞ。圧迫面接にもほどがある。
せめてもう少しだけ、なんとかならないもんかなあ?
そんな風にオレがもやもや考えてると――マリアさんがすがりついてきた。
「……ですからヨシトさま。あと少しだけ、あの子の無礼を見逃していただきたいのです。父が死んでから、アリアがここまで心を許した他人はヨシトさまだけ。非礼はわたしが重々おわびしますので……どうか、どうにか……お願いします!」
なんて最愛のエルフ美女さんに必死で頼まれたら……ノーとは言えない。
というわけで怒ることもできず微妙な視線を注ぐオレに――。
「……なに変な目で見てんのよ? ケンカ売る気?」
エルフ幼女はガンを飛ばしてくる。それも今にもかみついてきそうな感じだ。
うぅ……それでもガマンだガマン。マリアさんのためにも……。
ほら……怖くない。おびえていただけなんだよね?
オレはナウ〇カみたいな気分で心をしずめる。
と、そうこうしてるうち――、
「――おや、みなさまお早いですな」
夕べは遅かったはずのシメオンさんも起きてきた。
あとはそろって朝食をいただき、出発の準備を整え……竜騎士の里を立つときがくる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
愛竜ハーティロックにまたがった竜騎士フェリペくんが族長さんにあいさつする。
「ほんじゃオヤジ、しばらく留守にするぜ」
「……うむ。体に気を付けろ。伯父にあまり迷惑をかけるなよ……シメオン、愚息を頼む」
しんみりと息子に言ったあと、族長さんは義兄シメオンさんに頭をさげた。
……そう。実はフェリペくん、同盟の連絡役としてモーラに滞在することになっていた。
『母の育った街を見たい』というフェリペくんの願いに『次期族長として見聞を広める』って名目をつけ、しばらくシメオンさんのとこで暮らすことになったそうだ。
亡き妹さんの忘れ形見ということで、伯父のシメオンさんもこころよく受け入れたらしい。
……うんうん。なんだかいい話だな。
なんて、オレはほっこりする。
もっとも……心温まる交流の前に、まずやらなきゃいけないことがあった。
――この旅の本来の目的『ベルガとゴーディアの和平交渉』である。
元々この交渉、難癖をつけるためゴーディアのウェルキン公が押しつけてきたムチャぶりだ。両国が敵対して長いらしいから、ゴーディア側はうまく行くなんて思ってなかったろう。
しかし、シメオンさんの意外な人脈でベルガ側との交渉が成功してしまったわけで……、
となるとベルガとゴーディアは和平を結ぶことになるんだが……こいつがメンドそうなんだよなあ。
――待ち受けてる難題にオレは今から不安になる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……う~ん。むちゃくちゃ仲の悪そうな国同士だし、交渉なんてうまく行くのかなぁ?
オレたちがゴーディアからの使者と知っただけで、フェリペくんたちはすごい敵意を向けてきたし。
おたがいああいう感じだと、仲直りしろなんてかんたんには言えないしなぁ……。
この先どうなるか悩むオレ。
するとシメオンさんが心配して声をかけてくれた。
「ヨシトどの、どうなされました? 先ほどから浮かない顔のようですが……?」
「……あ、ええ。ゴーディアとベルガの和平のことなんですけど……うまく行きますかね? すごく仲が悪そうに見えたんですが……」
そんな気づかいの人、シメオンさんに不安を告げると――。
シメオンさんはあっさり笑い飛ばす。
「ははは。だいじょうぶですよ。もともとゴーディア側から和平の仲介をしてくれと頼まれた話なのです。こちらはそのとおり話をすすめただけ……反対されても理はこちらにあります。くわえて和平は両国にとって利益のある話――片方だけが得をし片方が損するような話ではありませんから、うまくいくはずです」
と、いくつか理由をあげたシメオンさんは、さらにこう続ける。
「それに……わたしはこの手の交渉が大の得意でしてな。相互の条件を調整し、いろいろ丸めこむことには……ま、手慣れております」
そう言ったシメオンさんは自信にあふれてて、オレはほっとさせられる。
……うん。そうだった。こっちには百戦錬磨の外交官がついてるんだった。
よし! それじゃ、さっさとゴーディアのウェルキン公のとこへいって、ちゃちゃっと和平交渉をまとめちゃいますか!
さっきまでの不安や心配も忘れて、オレは調子のいいことを考え出す。
しかし――それが甘い考えだったと気付くのに時間はいらなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
シメオンさんとアリアちゃんに加え、和平の使いとして竜騎士三人が旅に同行する。
人数が倍になった一行は里を出発。山道を下り、あっという間にゴーディアとベルガの国境、山のふもとあたりについた。
ちなみにオレは機龍を使い、シメオンさんとアリアちゃんは里で借りた竜に慣れた馬に乗ってる。
竜騎士三人はもちろん愛竜に騎乗していた。
「この景色とも、しばらくお別れか…………」
愛竜の背の上、ふりかえって故郷の山を見上げたフェリペくんがなごり惜しそうにつぶやく。
主の気持ちを察したのか。くぅん……と愛竜ハーティロックもさびしげに鳴いた。
……ま、気持ちはよくわかる。住み慣れたとこから離れるわけだしね。
母の生まれた町とはいえ、まったく知らない土地に行くんだから、不安も押し寄せていろいろ沈んだ気分にもなるだろう。
フェリペくんの内心を察したオレたちは、しばらく別れを惜しませてあげる。
それから少しの間、じっと故郷を目に焼き付けたあと……フェリペくんは言った。
「……よし。行こう。長々と待たせてすまなかったな」
声に湿り気はあったけど、その目は新たな土地を見にいくって意志と希望にあふれてる。
旅出ちにふさわしいフェリペくんの姿だった。
そして――、
馬と竜と機龍に乗ったオレたちは目的地ゴーディアの都をめざして駆け出す。
だが……出発早々、思わぬ障害がオレたちを待ち受けていた。




