守るべきもの。防衛戦。
「……けっこうな団体さんだな」
オレたちは森の中、密集した木立の影から里の様子をうかがう。
賊の数は二十人ほどだろうか?
五人を相手にしても余裕だったさっきの戦いからすると、なんとかやれそうな気もする。慢心は禁物だが、やりようしだいだ。
しかし、そのやりようが問題ではある。
そう。怖いのは里の人間が戦いのまきぞえになること。
だから救出を開始するのは馬車の檻に、女と子どもの全員が閉じこめられてから……ってことにした。
これはアテナの策だった。
正直かなり冷酷な決断だとは思う。
「里のものたちに、かくもみじめなしうちを受けさせるとは……!」
ピエトロさんもくやしそうだ。
オレも見目麗しいエルフさんが家畜扱いされてるところを見るのは気分が悪い。
だが――、
「被害をださないため、人質に取られないためです。中から逃げられぬように作られたあの檻は、最高の避難場所たりえますから」
というアテナの冷静な説得にうなずかざるをえない。
たしかに。こちらの戦力はたった三人。しかも一人はけが人なのだ。
これであちこちに散らばった村人全員を守りきるなんて無理ゲーに近い。
ならば、護衛対象をまとめさせてしまえばいい。
発想の逆転。さすが知恵の女神の計略だ。
オレが奇襲をかけ、檻のカギを奪取し、馬は馬車から切り離して森へ追い払う。
その後、別働隊のアテナとピエトロは老人たちを救い、オレは檻を守って戦うことになる。
これが、だいたいの手はずだ。
やることはシンプルに、オッカムのかみそり。成功の秘訣ですね。
「しかし……教祖としての初舞台が、これか」
手が、足が、震える。武者震いなんかじゃなく、恐怖で震えてるんだ。
自分だけじゃなく、多くの人の命がかかっているんだ。
うまく……いくかな?
「立場と役割が人を作るのです。最高神に選ばれ、神々の加護を受けたあなたなら大丈夫ですよ」
アテナが励ましの言葉をくれた。
おや、めずらしい……というか、初めてじゃないですか。
「これでも勝利をもたらす戦女神ですから」
それは頼もしい。なんだか勇気をもらった気がする。
思いのほか、この女神の加護はうれしいな。
では……行きますか!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結論から言うと、計画はうまく行った。
載せる人数が多いため、馬車は二台。
娘さんと子どもは全員檻の中に閉じこめられた。
ガチリ
大きな音を立て、でかい南京錠で檻が施錠される。
よし、動くときは今だ!
オレはヘルメスの靴のワープ機能を発動する。
転移先はカギをかけた人さらいの賊Aの背後へ。
後ろから忍びより、延髄に手刀を一撃。
急所に痛打を与え、意識をあっさりと刈り取る。
彼はオレの接近に気づきもしなかったろう。
これでは、ぐうの音も出ま……
「……ぐぅ」
賊Aはうめきを上げて倒れ伏した。ちっ。
ともかく真っ先に標的を撃破した。その懐を探り、カギを奪う。
あとは賊Aが持っていた剣をひろい、馬車と馬をつなぐ部分を徹底的に破壊。
安物の剣はおしゃかになったが、盛大な物音におびえた馬は本能のまま駆けだしていった。
「おい、馬が逃げたぞ!」
「ドジったな! なに、やってやがる!」
「いや、ちがうぞ!」
そこで賊の仲間BCDが、オレにようやく気付いた。
もちろん、これも予定通り。
わざわざ目立つよう、馬車から馬を切り離して大暴走させたのだから。
目立つ檻の前に立ったのも陽動作戦なのである。
「てめえ、なにもんだ!?」
「どこからきやがった?!」
オレに賊たちの注意が集中。口々にわめきたてつつ、剣をこちらに向けてくる。
彼らが、こちらに向かって来ようとしたところで……、
ドゴッ! ガスッ!
さらなる側背からの奇襲――老人たちを囲んでいた連中に木陰からアテナとピエトロさんが襲いかかったのだ。
彼らは森の中、里からは死角となる別ルートを通って木陰に潜んでいたのだ。
そしてアテナは言うに及ばず、ピエトロさんもけっこうな使い手だった。
あっさりと見張りを駆逐していく。
「ッ!」
「新手か!?」
「……お前ら、人の村でよくも好きにやってくれたな!」
エルフは怒りのまま、大暴れする。
「……成敗」
女神は冷徹に剣をふるう。
行動の結果が連鎖し、コンボのようにつながる。
これが奇襲の強みだね。
先手を取れた分、こちらの思惑は成功する。
しかし――、
「おちつけ! ヤツらは三人だ!」
「そうだ! 村の男どもがもどってきたわけじゃねえ!」
こちらが少数だとすぐ気付かれてしまった。
――賊たちは混乱から回復し、反撃が始まる。
エルフさん入りの檻を背後に守るオレに、襲いくる賊のオッサンB。
「なめたマネしやがって、ッ殺すぞ!」
賊Bから向けられる刃。本気の殺意がこめられた視線。
日本じゃなかなかお目にかかれないものだけに、おっかないですね。
でも――、
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
絶対に負けられない戦いがここにはある。
いや、スポーツなんかじゃない。
本当に人の命がかかっている。
「きゃあ!」
「いったいなんなの!」
檻の中でエルフの美少女、および美女、くわえて美幼女とショタのみなさんが悲鳴を上げてらっしゃる。
オレが死ねば、背後でおびえてるこの子たちの人生が閉ざされてしまう。
彼らが百万人信者計画の第一歩だ。
目の前で苦しむ人たち一人救えず、だれが教祖といえようか――って感じですね。
覚悟は決まった。あまり出来のよくない脳みそも明晰に冴えわたる。
……そう、昔、おばあちゃんが言っていた。
少数対多数なら正攻法より奇策がセオリーだと。
敵を混乱させ、分断し、連携させないために。
(だったら、あれ……使えるかな? たぶん使えるよな?)
アレスの部屋に例のDVDはあった。
テレビ台の脇、セーラー巫女の隣、お気に入りポジションに置いてあったから、きっと絶対、お気に入りにちがいない。
強引な理由づけだが――とりあえず、やってみよう。
「くたばれッ!」
「それは、ごめんこうむる!」
襲いかかってきた賊Bに対し、トリッキーな技が発動する。
まったく読めない足運び、つかみどころのない奇妙な動き――まちがいない。
(よし、使えるぞ『酔拳』!)
「な、なんだこいつ!」
こちらの世界じゃ初お目見えだろう。賊さんがとまどうのもしかたない。
――オレが使ったのは日本では映画でメジャーになった『酔八仙拳』である。
最初は『鉄拐李』。
八人の有名な仙人の一角、杖をついた強烈な蹴りの使い手のコピー技だ。
ドゴスッ!
「げぼぅ!」
シンプルな前蹴り。
食らった賊Bさんはロケットのようにぶっ飛び、民家の壁に頭から突き刺さる。 だらりと垂れさがった下半身――横向きのスケキヨ状態のできあがりだ。
続けてアル中仙人『漢鐘離』だ。
酒樽を抱えているような姿勢で戦う。
くるくると円を描くように、回転しながら敵の攻撃をさばき、反撃の体当たり。
賊Cさんも飛んでいき、賊Bの隣の壁に仲良く突き刺さる。
そして『何仙姑』は……どうしよう?
よし。ここはオレ流でいこう。
最近目にしたツンデレ美少女風でやってみることにする。
女性的な、なよっとした動きで敵に歩み寄ると……
「な、なんて気持ち悪いんだ、こいつ!」
賊Dに言われた。この野郎、技じゃなく使用者の人格を否定してきやがった。
よし。まっさきにオリジナル『何仙姑』のエジキにしてやりましょう。
おりゃ。
股間に前蹴り一発。それだけで崩れ落ちる盗賊系男子。ざまあみろ。
べ、別にあんたのために蹴ったんじゃないからね!
ドヤ顔でアテナに視線を送る。
あ、モデルにした美少女もこっちをにらんでる。
『アテナさまがみてる』
……人すら殺せそうな、すごい視線で。
うん。やっぱり粗悪な模造品はダメ絶対。
さらに背後の檻の中から、悲鳴が上がった。
「きゃあ、変態よ!」
「気持ち……わるい」
うわ。なんか物議をかもした劇場版エンドみたいなセリフまで……、
「こら! あなたたち、助けてくれた方に失礼でしょ! あたしはちゃんと応援しますよ、がんばってください! なんかキモ……おかしな戦い方だけど」
別のエルフ娘さんがフォローしてくれるが、なんだかおざなりだ。
ショックだ。守ってる娘さんに、ここまで引かれるとは。
やっぱり酔拳は、この世界には早すぎたのか。
……いいですよ。もう打ち止めにします。
気を取り直したオレは落ちていた剣を拾う。
あたりの賊は一掃した。
次なる狙いは指示を出している首領らしき人物。
敵陣の真ん中へ、ワイヤーアクションばりの大ジャンプで急襲をかけます。
「な!?」
驚きに口を開けたオッサン――人さらいの首領に着地と同時に抜き打ち、腹部を真横に一撃する。
「安心せい。峰うちじゃ……って、あれ?」
あ……、すいません。これって諸刃の剣でしたね。
当然、敵さんは出血大サービスのもようです。
ま、背後の檻の中から、歓声が上がったからよしとしようか。
「すごいです! 今度はかっこいいです!」
うん。素人さんにはこっちのほうが受けがよかったようです。
あとは当たるを幸い、一人、二人、ばったばったと薙ぎ払う。
人に剣を向けたんだから、そっちも手足の一本くらいは覚悟していただこう。
場合によっては命も奪いますよ……っと。
反撃で命を奪う――その行為に不思議と罪悪感がない。
PTSD予防も軍神の加護だろうか。
ま、もともと悪党の命まで責任を持てるほど、ご立派な人間でもなかったしね。
にしても……気分は一騎当千、無双系ですね。
一方、あちら側ではアテナが老人たちを守りつつ完璧な剣技を披露している。
余裕はみせるが、容赦はみせない。敵の頸動脈を正確に断ち切り、肋骨の間を縫って心臓を貫く。エグいまでに合理的な戦い方だ。
よし。これで向こうと合わせて十人くらい倒したかな?
残る敵は半分くらいですね?
「な、なんなんだよ、コイツら!?」
賊たちに恐怖が走る。顔色が悪い。
それもそうだろう。たった三人にここまでやられたのだから――。
と、そこで――、
里の防壁の外から数人の男の声が響く。
「なんだ。騒がしいぞ、それに血の匂い?!」
「おーい! なにかあったのか!?」
行商に出ていたという、村の男たちのご帰還のようだ。
異常を悟ったらしい。呼びかけてくる声に警戒の色がにじんでいる。
その声に応えて、
「あんたァ、賊だよ! 人さらいに襲われてるんだ!」
檻の中、エルフの肝っ玉母ちゃんが壁の外に叫び返す。
「お父さん、早く助けて!」
さらにエルフの娘さんの助けを求める声。
「よしッ、待ってろ!」
まだ見ぬエルフのおっさんの野太い声が答えを返した。
「しまった! もどってきやがった!」
「やばいぞ、このままじゃ!」
「引け。引けェ!」
完璧なタイミングでの助勢だった。
圧倒的不利を悟った人さらいの賊たちは、あわてて撤退していく。
つまり――オレたちは里を守り切ったのだ。