ハーフエルフの里
「本当に助かる! まさかこのような状況で、あなたたちのような達人にめぐりあえるとは! これが天佑神助というものか!」
その通り。助けられたのはアレスにヘルメス、ほぼ神の力のおかげです。
ホントに運のいい人だ。
さて、オレたちが救ったエルフの剣士はピエトロと名乗り、助けを求めてきた。
というか、あんだけ傷負ってに命に別状ないのだろうか?
「だいじょうぶ。最低限の治癒魔法の心得はあります!」
「それより、ご助力を乞いたい! 性質の悪い人買いに、わが里が狙われておるのです!」
「はい、いいですよ」
軽く、二つ返事で了承する。もちろんただの善意ではなく、信者獲得のため恩を着せるという思惑ですが。
「これもすべて神のおぼしめしでしょう」
……と、ただの信仰心に見せかけて。
かくしてオレとアテナ、ピエトロさんの三人は、急ぎ『コルクの里』へむかう。
ファンシーな名前のこの里は、ピエトロさんの住む小さな集落だ。
傷を負ったピエトロさんはオレが背負った。
鍛え上げられた体はごついし重いけど、アレスの加護で筋力は増してるから、たいしたことはない。
もちろん、負傷者への思いやりだけでがんばっちゃったわけじゃない。
ワープ、ワープ、ワープ。
ヘルメスの靴をフル活用し、瞬間移動を連発するためだ。
この靴、ランニングシューズなみに走りやすいけど、森の中をクロスカントリーではちょっと時間がかかりすぎる。今は一分一秒が惜しいし。
アテナは毛皮につかまらせ、ピエトロさんは背負い、森の中で連続転移。
当然、ピエトロさんは目を白黒させる。
「目にもとまらぬ移動法……いわゆる『縮地』というやつか? 初めて見たぞ! 先ほどの奇妙な武術といい、見かけによらずヨシトどのはお強いのだな? それにパラスどのも……」
オレとアテナを交互に見て、ピエトロさんは言う。
ちなみにパラスというのは人間モードのアテナが偽装用に名乗った別名だ。
こっちで彼女が信仰を集めるようになった場合、信じる女神と同じ名前だと都合が悪いしね。
(ちなみに彼女とオレは兄妹弟子ということにしといてある。いっしょにいる理由が恋人や兄弟よりはましという理由で……)
『見かけによらず』って言いようは気になったけれど、ピエトロさんの尊敬と感嘆の視線がまぶしい。
まったく努力せずに身に着けた力なので、こっぱずかしいかぎりなのだ。
背後から賞賛と達人あつかいに耐えきれなくなったオレは首を横に振る。
「いいえ、これは武術ではありませんよ。たしかに文字通り、神業ではあるんですが……これはわたしが信じる神の加護のおかげなのですよ」
「なんと、それほどの力を与えてくださる神がいるのか?!」
驚いているが、今の大ざっぱな説明で信じてくれたらしい
武人らしく実利的なのか――あるいは単純、脳筋な人なんだろう。
(信者になってくれれば、アレスと仲良く行くかもしれないな)
と、オレが教祖らしいことを考えていると――、
「おお、もう三本杉か! 里まであと少しだ!」
目印を確認した背中のピエトロさんが言う。
たしかに里にはすぐに着いた。
集落の周りには、先をとがらせた丸太が隙間なく並べられた防壁がある。
おそらく猛獣除けだろうか?
もっとも人間という最大の野獣からは守ってくれなかったようで……。
「おら! てめえら、早くその檻に入りやがれ!」
――防壁の内側から怒号が響いている。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『コルクの里』はハーフエルフとその縁者のために作られた、人口わずか百人ほどの小さな集落。
立地は人の街から離れた辺鄙な場所。
それでいて豊かな自然の恩恵を得られるほど、深い森の奥でもない。
なぜこんな不便な土地に彼らが住んでいるかといえば……、
それはハーフエルフの行き場のなさが原因だった。
森深くにあるエルフの里は排他的である。
住民の見た目は抜群だが、皆高齢で頑固。エルフの里には年功序列、地縁主義、純血主義が幅を利かせている。
ハーフエルフはその生まれだけで差別され、村八分にされてしまうのだ。
そんなエルフの里は、人と夫婦になろうとするような若く冒険的なエルフにとっても生きやすい場所ではない。
かといって人の街もまた、ハーフエルフにとって生きづらい場所である。
好奇の目にさらされるのだ。旅人や冒険者としてのエルフやドワーフはものめずらしい存在ではなかったが、人と愛し合い人の中で暮らそうというものはめずらしい。
そして姿かたちや生き方が違うというだけで差別の十分な理由になる。
ましてエルフが長い寿命や、不思議な力を持つとなればなおさらだ。
エルフと人の夫婦や、その子であるハーフエルフがまとまって暮らそうとするのは自然な流れだった。
(……もっとも、この里ができるまでには長い苦労があった)
里の中央にある広場――縛り上げられ、地に転がされた『コルクの里』の長老ヨブは回想する。
エルフである彼は、もとは冒険者だった。
息苦しい里を飛び出して、若いころは無鉄砲なこともした。
しかし年齢を重ねてくれば冒険にも飽きが来る。旅から旅への暮らしがつらくなりかけてきた。
そして、ちょうど旅先で出会った人の娘と恋に落ちたのを契機に、ヨブはどこかへ定住しようと考えた。
かといって、エルフの里には戻れない。人の街でも暮らせない。
だから似たような境遇のエルフと人の夫婦たちと『里』を作ることにした。
自分たちのために、そして生まれてくるわが子たち……ハーフエルフのために。
もちろん、一から里を作るというのは楽なことではなかった。
何もない森の中を切り開き、家を建てる。食料を集め、燃料を手に入れ、道具を作り、畑を耕す――生きるために必要なこれらを、すべて自分たちでやらなければならなかった。
さらに、きつい作業の合間に出稼ぎにいき、開発のための金を得ねばならない。
それでも身を粉にして働いた結果、一軒また一軒と家が増え、やがてハーフエルフのための里があると聞きつけた連中が集まるようになってきた。
――それが『コルクの里』のなりたちである。
人である妻は寿命で亡くなって久しい。
だが息子夫婦と孫、友人たちに囲まれる幸せな日々、実り多き人生をヨブは誇りに思っていた。
しかし、今、彼の作り上げた里は危機にさらされている。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「若ェ女のエルフはこっちだ! 貴重な商品だぞ、大事に扱え! ガキどもはあっちの檻に入れろ!」
村は奴隷商人の手下で満ちあふれている。
彼らは里の住人を広場に集め、止めてある馬車のほうへ追いやっている。
彼らは希少価値の高い奴隷を求めてやってきた。
美形であるエルフの人気は高い。遠方の国ではエルフの奴隷を持つことが貴族としての証だという。
しかしエルフは数が少なく人との接触もまれだ。
警戒心が高く、簡単に奴隷になどできない。
だから商品として高価なのだが……、
その点、見た目はエルフとほぼ変わらず、それでいて数が多く、街の近くに住むハーフエルフは彼らにとって手ごろな代用品だったのだろう。
ことの起こりは一月前。
里には親を亡くしたハーフエルフの子どもが数人いる。
その子らを譲ってほしい――と奴隷商人が極秘裏に接触してきた。
もちろんヨブは断った。この里に育つ彼らはヨブにとってわが子も同じ。
金もうけや貴族の見栄のために売り払ったりはしない。
しかし断っても、断っても、あまりにしつこく食い下がってきたため、若い衆に追い返させた。
それを逆恨みしてきたらしい。
「おら、急げ! 男どもがもどってきたら厄介なことになるぞ!」
そう。不運なことに里の守り手たちは行商で出払ってしまっている。
コルクの里は新興の里だ。不足するものが多い。そのため資金が必要という事情を相手はよく知っている。
だから取引する町の商人はできるだけ値切ろうとしてくる。
この村の産物は森で狩った動物の毛皮、革製品、干し肉、爪牙を使った装飾具くらいだ。数少ない商品を買いたたかれてはたまらない。
海千山千の商人に足元を見られないよう、交渉ごとには押し出しの強い連中が必要だった。
(おそらく……この機を見計らって攻めてきたのだ)
ヨブは確信していた。
くわえて、万が一に備えて残っていた村一番の剣術使い・ピエトロも不審な男を見かけたという報告を確認しに行ったきり帰ってこない。
(いや、あれも罠だったのだ。そうでなければ、あの襲撃のタイミングはありえない)
ヨブは里に向けられた周到な悪意にぞっとする。
ピエトロが警戒に出て半時もしないうち、人相の悪い男たち二十人ほどが武器を持って押し寄せてきて、あっというまに里は制圧されてしまった。
「さっさと乗れ! 痛ェ目にあいてェか?!」
女、子どもが荷台を檻に改造した馬車に載せられていく。
まるで家畜あつかいだ。
その光景だけで、彼らに待ち受ける悲惨な境遇が容易に想像できた。
他方、奴隷としての商品価値のない老人、残りの男どもは別の場所に集められ、縛り上げられている。
――ヨブも含め、あとでまとめて斬られるにちがいない。
苦難の人生か。あるいは理不尽な死か。
いったい、どちらが不幸と言えるのか?
こんな二択を選ばせる運命がにくらしかった。
(なぜ、この里だけが、懸命に生きてきたというのに……)
老人の心が絶望に染まりかける。
(だれでもいい。だれか救いを……)
(この老いぼれめはどうなってもかまわないから……)
彼がありとあらゆる存在に助けを求めた、そのとき。
待ち望んでいた救い主は訪れた。
猛獣の毛皮をまとった男の姿で……。