執政の依頼
コルクの里近く、人気のない森の中にて――
ほとんど足音を立てずに歩くマークスさん。オレはその巨大な背中を追いかけることになる。
マークス親分は裏社会の人間とはいえ、なかなか話の分かる人ではある。でもやっぱり、ぱっと見は猛獣な獣人さんだ。
ある日、クマさんと森の中で会うと、凡人のオレにはそりゃあ恐ろしいわけで……。
で――恐怖をまぎらわすため、オレはさりげなくクマ親分に話しかける。
あの……マークスさん。
あなたほどの大親分をパシリに使うなんて、お客はそんなに大物なんですかね?
「いやいや教祖さん。おれはそれほどの大物じゃねえよ。ただ今回の客……少々おおっぴらにできない事情があってな」
『大親分』と言われ照れたように笑ったマークスさんだったが、返事の後半では少し声を落とし周囲をうかがう。どうやらホントに聞かれたくない事情があるらしい。
……むむ、なんだか怪しい話でも持ちこむ気なのか?
警戒したオレに――クマ親分は小声で話す。
「……モーラ執政のシメオンさま――あの方が里においでなんだよ。あまり人に知られたくねえ、秘密の外出なもんで、おれがあんたを呼びに来たわけさ」
……え? カジノの許可を得るとき助けてくれた――あのシメオンさんがこの里に?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
マークスさんの答えにおどろきつつ、オレはシメオンさんが待つという自室にもどる。
すると――。
「おかえりなさい。ヨシトさん」
「どうも教祖どの、お邪魔いたしておりますぞ」
……おお、ホントにいた。シメオンさんだ! それにモーラにいるはずだったアテナさんも!
室内には人の良さそうな笑顔を浮かべてる老紳士――モーラの執政とアテナさんがすでに待っていた。
で、シメオンさんは、にこにこしながらオレに話しかけてくる。
「少しばかり見て回らせていただきましたが……いやはや、たいしたにぎわいですな。少し前まで、さびれた小さな里だったとは思えませんよ」
あ、いえいえ。それほどでも。
というか、ウチの里っていかがわしい施設がアレコレ多いですし……正直、おエラい政治家さんにお見せしていいものなのかどうか。
オレが正直に言うと、シメオンさんは笑顔のまま、首を横に振る。
「なあに。真面目な場所ばかりでは街に面白みがありません。こういった欲のはけ口も必要なものです。それでいて風紀が乱れがちな場所にも関わらず、治安は十分以上にたもたれているようですし」
感心したようにいう執政さんに、今度はアテナさんが答える。
「それは獣人のみなさんの協力のおかげです。マークス親分はじめ迫力ある方がにらみを利かせてくださっているので、無体なお客もいませんし」
「ああ、いやいや……おれたちの得意分野はこれぐらいですからねえ」
美少女――アテナさんにほめられて照れくさそうに頭をかくマークスさん。
巨大クマがもじもじする、かわいらしいその姿――シメオンさんがこらえきれずにふきだした。
「はっはっは……うむうむ。けっこうけっこう」
それからしばらく、みんないっしょに笑ったところで、オレはたずねる。
――で、シメオンさん。今日は里の視察に来たんですかね?
「ああ。いえ。コルクの里をじかに見てみたかったという理由もありますが――今日はもう一つ、オリンポス教団の教祖どのにお願いがありましてな」
さっきまでの笑顔から、いきなりマジメな顔になってシメオンさんは言う。
……ん? シメオンさんがオレにお願い? いったい、何の用事だろう?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
真剣な表情の執政さんが獣人親分に視線を向けた。
「マークス。ヨシトどのの腕が立つ――それもよほどの武術の達人であられるというのは事実だな?」
「……へ、へい。シメオンさま。これでおれも裏社会の修羅場を何度もくぐってきておりやすが、これほど強い人間にあったことはございやせん」
急な質問にとまどいつつも、マークスさんはこたえる。
その獣人親分の答えにうなずくと、シメオンさんはオレに視線を向けてくる。
あの……オレの武術の腕がなにかしました?
不意に向けられた視線にびっくりしつつも、オレがたずねると――シメオンさんはこう答えた。
「ええ。実は来月、隣国ゴーディア公国との最終交渉がひかえているのですが……ゴーディアで行われるその会談に、ヨシトどのも来ていただきたいのですよ」
……ん? 交渉? そういえば前にも『交渉で街を留守にしてた』って言ってたような気がするな。
でも国同士の交渉なんて大それた場所になんでオレなんかが……?
きょとんとしてるオレに、アテナさんが説明してくれる。
「ゴーディアは『騎士の国』――武勇を貴ぶといえば聞こえはいいですが、実際は強いものがエライという弱肉強食な価値観の国ですね。しかし逆に言えば、ヨシトさんの武術が最大限価値を発揮できる場所ということでもあります」
どうやらアテナさん、オレが来る前にすでに話を聞かされていたらしい。
突然の話に驚く様子もなく、オレに隣のゴーディアとかいう国の情報を教えてくれた。
むむむ。にしても弱肉強食な価値観ですか……なんだか、どこぞの志々雄さんみたいな国ですね。
「……ええ。どうも文官のわたしでは押しが弱く、交渉がもつれてこまっていたところ、マークスから聞いたヨシトどのの話を思い出しましてな。どうでしょう? ここは一つ我が国のために一肌脱いでいただけませんか?」
と、お願いしてくるシメオンさん。
もっとも、このようすじゃすでにアテナさんと話はついてるらしい。
つまり雇われ教祖としてはお断りできる状況じゃない……ってことだ。
……ま、カジノの件ではお世話になったし、ここで恩返ししておくのもありか。
それに我が教団が役に立つとなれば、執政さんからさらに優遇を得られるかもしれない。
というわけで――。
とりあえず、お話を受けるとして……もっとくわしい事情を聴かせてもらうことにしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
モーラの執政――シメオンさんによる隣国情勢の講義がはじまる。
「ゴーディアは十二都市同盟の中でも最大領土を持つ農業国です。開拓した農地を守るため、奪いあうために武術が発達し、騎士が生まれ――その騎士をまとめあげ頭領となったのが初代のウェルキン公爵ですな。以降、国主は代々ウェルキン公爵を名乗っておられます」
ふむふむ。わかりやすい説明ありがとうございます。シメオンさん。
それにしても、なんだか荒っぽい人が多くなりそうな国の成り立ちですな。
「ええ。強力な騎士団を持つゴーディアは戦力的にはゾディアック最強。背後に強敵『竜騎士の国』ベルガをかかえている事情と、武勇を尊びすぎるあまりの経済オンチでなければ、ゴーディアはとっくの昔にまわりの都市国家すべてを従えていた――隣国である我らには幸いな状況でした」
ほほう。竜騎士の国。つまりドラゲナイの国ベルガ――か。
おお! なんだかファンタジーっぽくなってきたぞ!
それっぽい単語を聞き、なんだかオラ、ワクワクしてきたオレ。
一方、ここまで流れるように説明してくれたシメオンさんは、ため息をついている。
「……しかし当代の五代目ウェルキン公は若いがたいそうな切れ者でしてな。経済にもおくわしい。――で、国境地帯にあって我が国の貿易の要でもある『大物見台』周辺の土地を要求してきたのですよ。元はゴーディアの領土だといってね……実際は我が国の貿易利権を奪おうとしているのです」
ふ~む。
お隣の強い国が『おれにも利権クレクレ』と一方的博愛主義を出してきたのか。
そりゃあメンドくさそうですねえ。
「はい。そのとおり。国境の川は何度も流れを変えていますから我が領土という証明が難しかったですが――しかし、それでも古文書を証拠にした主張が通りました。さらにゴーディアに優先的に商品を渡す条件も加えて、なんとか領土交渉の最終段階にこぎつけたのです」
……ほう。さすが有能な執政さんだなあ。
と、感心するオレだったが、シメオンさんはまだまだ暗い表情だ。
そして――表情と同じくらい暗い口調でシメオンさんは話し続ける。
「――しかし、向こうの強硬派がガンコでしてな。あの川原はあくまでゴーディアの領土だというのです。そして口先と卑怯な策略で領土を奪い取ったわたしが許せないとのことで……。次の交渉の際、わたしの暗殺を計画しているようなのです」
……ありゃりゃ。なんて乱暴な人たちだ。そりゃこまりましたね。
「はい。命を惜しむわけではありませんが――この交渉をうまくまとめられるのはモーラでわたしだけでしょう。かといって護衛を大勢つれていけば、あらぬ疑いをかけられるかもしれません。それに反撃とはいえ、向こうの人間を傷つけ殺したりすれば交渉がこじれかねない。事態は八方ふさがりなのです」
とほうに暮れたように言ったシメオンさんは――そして、ついに本題に入る。
「そこでヨシトどの――あなたのお力を借りたいのです。死者やケガ人を出さずに、ゴーディア強硬派の攻撃を防ぎ、なおかつ、その腕っぷしで彼らを心服させてほしいのです」
え? それはさすがにちょっと……予想以上にハードな状況です。
シメオンさんの急な無茶ぶりに腰が引けるオレ。
だがオレの軍師というか上司のアテナさんも、シメオンさんの言うことに同意しているようで――。
「ヨシトさん……わたしからもお願いします。貿易にやってくる商人たちは里の収入源でもあるのです。川原が奪われ、彼らがゴーディアに流れてしまえば……里でやってきたことがすべてムダになってしまいます。だから、どうかシメオンさんと共に行き、守ってあげてください」
と、オレにゴーディアに行くよう勧めてくるアテナさん。
ていうか……あれ? その話の流れだと、アテナさんはゴーディアにいかないんですか?!
けっこう危なそうな場面で、最強の知恵袋と離ればなれとか――マジこわすぎるぞ!
かなり不安になるオレだったが……アテナさんは首を横に振った。
そして顔を近づけ、小声でオレを説得してくる。
「すみません。しかし今は里の発展計画の最終段階――わたしが里を離れるわけにはいかないのです。それにシメオンさんなら悪いようにはしないでしょう。あの人には思慮がありますし……もし、それでもなにかあったなら指輪を使って神々(わたしたち)に話しかけてください。いつでもお答えします」
う~む。まあ、それなら……なんとかなるかなあ?
というわけで――。
アテナさんの説得を受け、オレはシメオンさんと隣国――ゴーディアに向かうことになったのだが……。




