奉納神楽……?
アフロディーテさんを迎える日がせまり――。
オレもアテナさんは、またも準備にかけまわるはめになった。
とはいえ、すでに一度アレスさんの神社を作ってるから作業には慣れている。
むしろ、このムチャクチャないそがしさにほっとしてしまったりする。
……う~ん。ここらへんがまだまだ社畜なんだろうな。
で、アフロディーテ神社の建設はあっさりすばやく終わったのだが――。
そこで問題が一つ出てきた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
コルクの里――オレとマリアさんの部屋にアテナさんがたずねてきた。
急なお宅訪問の理由は……アフロディーテさんを憑依させる娘さん選びの件。
「やはり、リズさんかサーニャさんにしようかと思うのですが――どう思いますか、ヨシトさん」
「そうですね。他にこれといった候補者もいませんし……」
信心は順調に集まってるみたいだけど、それでもしばらく神さまにはこっちの人間に憑依してもらうみたいだ。そのほうが信心の消費も少なくて、いわゆる『燃費』がいいらしい。
しかし明日はアフロディーテ神社の落成式――新たな女神さまの披露が待ってるというのに、大事なことが決まっていない。
オレとアテナさんが顔を突き合わせ、憑依させる娘さん選抜に頭をひねっていると――。
「――では、わたしはここで。アリアの部屋におりますので御用があったらお申し付けください」
お茶を運んできてくれたマリアさんが一礼して部屋を後にする。
オレたちが集中できるよう気をきかせてくれたみたいだ。
……う~む。あいかわらず奥ゆかしいエルフさんですな。
と、オレが去っていくマリアさんの後ろ姿に惚れ直していると――。
「――ヨシトさん、わたしの話、聞いていますか?」
「あ、ええ。もちろんです」
アテナさんのジト目の指摘が飛んできて、オレはあわてて返事をする。
しかし、そのとき――。
「……はうっ」
廊下から出て行ったばかりのマリアさんの声がした。
む……なんだかムチャクチャいやな予感がするぞ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――突然、廊下から聞こえた妙な声。そして崩れ落ちるような音。
「マリアさん! どうしました?!」
不安に思い、あわてて部屋を飛び出そうとしたオレだったが――。
ずばーん!
それより先、勢いよく扉を開けマリアさんが登場してくる。
いつもおしとやかなマリアさんっぽくない行為だったが、さらに彼女は驚くべきことを口にした――。
「うっふ~ん! は~い。美の女神さまの降臨よ……あっは~ん!」
「…………」
「………………」
あまりの発言に沈黙したオレとアテナさんの前――マリアさんがなにやら妙に色気のあるポーズを決めている。
……いや。ちがうな。
目の前にいるのはマリアさんなんだが、今の口調としゃべった内容は……。
まちがいない。オレの目の前にいるのはあの痴女女神さま――アフロディーテさんだ!
アフロディーテさんにマリアさんが乗っ取られたんだ!
……しかし、細身だったマリアさんが、なんでこんなナイスバディになってるんだ!?
「あら、これでも美の女神ですもの。この程度よゆうだわ」
……ほう。それはすごい。エステに使えそうですな。
オレがつい口にしてしまった言葉にアテナさんもうなずく。
「ふむ。そうですね。たしかに使えるかも……」
……あ、アテナさん! 本気で考えないでください!
ていうか、アホなこと考えてる場合じゃなかった!
アフロディーテさん! 早くマリアさんに体を返して!
あなたが来るのは明日なはずでしょう!? フライングしたあげく善良なエルフ娘さんを乗っ取っらないでください!
と、あわてていったオレだったが――、
その言葉に美女神さまは機嫌を悪くしたようだ。
マリアさん――いや、アフロディーテさんは鼻を鳴らして拒絶してきた。
「……イヤよ! その態度が気に入らないわ。せっかく思いついたことがあって早めにきてあげたのに」
どうやら、すねてしまったらしい。
さらに女神さまはとんでもないことを言い出した。
「あなたがそういう態度を取るなら、しばらくこの体を借りることにするわ! この子は心がきれいだから憑依してて気分がいいし」
などとマリアさんの体に居座ることを勝手に決めてしまう女神さま。
……う、マズイです! こまります! アテナさん、なんとかしてください!
あまりの事態にアテナさんにすがるオレだったが――。
アテナさんは肩をすくめて、あきらめの表情を見せた。
「だめですね。こうなったアフロディーテは止まりません。このまま行くしかないでしょう。それに彼女の言う思いつきとやらにも興味があります」
そんな……! そりゃないですよ!
相手はあんな痴女女神なんですよ! マリアさんがひどいことされたらどうするんです!
オレの切実な抗議にアテナさんは真剣な表情で応える。
「絶対にマリアさんの体を悪用させないと誓います。徹底的に監視します……なんなら縛り上げても」
え、さすがにそれは……こまります。
マリアさんの体なので、やめてください。
で、結局――、
あの痴女女神を最愛のエルフさんの体から追い出す方法も見つからず――アテナさんの言葉にしたがわざるを得なかった。
う~ん。むちゃくちゃ心配だなあ……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからしばらく――オレはモーラの街に居続けだった。
アフロディーテさんの思いつきを受けて、アテナさんが神社の立ち上げにかかりきりになってしまい、オレがかわって銀行のしごとを引き受けることになったのだ。
なにをするつもりか聞こうとしたが、へそを曲げてしまった美の女神はオレになにも教えてくれない。おかげで乗っ取られたマリアさんが心配でしかたなかった。
だけど今はアテナさんが『しっかり見張る』といった言葉を信じるしかない。
アテナさんは色々隠し事をする人だけど、少なくとも非道なまねはしない人だし……。
しかし、それでも心配なものは心配だったのでオレは全力で銀行の仕事を片付け、超特急で里にもどることにした。
で――。
ヘルメスさんの加護である瞬間移動まで使い、全力でもどってきたオレだったが――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「な……なんなんだ、これ!?」
たどりついた美女神の神社前――大混雑の人ごみにオレは驚きを隠せない。
かなりの人数がそこに並んでいる。大人気のカジノより人が集まってるんじゃないだろうか?
そして――集まった人たちの目には妙に熱心な光がある。
……いったい、なにが起こってるんだろう?
疑問に思ったオレの耳に――妙な案内が飛びこんできた。
「……それでは『奉納神楽』がはじまりま~す! 入場札を手にもって順番にすすんでくださ~い!」
……ん? 奉納……神楽だって?
それ自体は別におかしくない。『神楽』――神さまに音楽や舞などをおそなえする、日本の神社ならふつうの宗教行事なんだが……。
しかし、鳴り響いてきた音楽は神秘的でも荘厳でもなくやたらポップだった。
その曲調に不安をかきたてられたオレの耳に――。
「おおおおおおおおおぉぉぉーーーっ!」
お客の野太い歓声が響いて、さらにいやな予感がした。
胸さわぎがしたオレは、急いで『奉納神楽』とやらが行われてる野外天幕に入ろうとしたが――。
「おい! 横入りはよせ! みんなちゃんと並んでるんだぞ!」
「そうだ、そうだ!」
ならんでいたお客に大声で止められる。
どうやら不正をしてると思われたらしい。
……く、困ったぞ! これじゃ何が起こってるか突き止められないじゃないか。
と、オレがとほうに暮れかけたそのとき――、
「あ、この方は関係者なんですよ。ヨシトさま、こちらへどうぞ」
「なんだ。関係者かよ……」
やってきたのはアンディさん――元商人だったエルフさんが人当たりの良さを発揮し、からんできたお客との間に入ってくれた。
さらに表口とは別の裏口から――天幕の中に入れてくれる。
「表門は混みあっておりますからね。こちらからどうぞ。ヨシトさま」
「助かりましたよ。アンディさん――迷惑をかけてしまったようですね」
「いえいえ。大混雑で驚かれてしまった気持ちはよくわかります。わたしもまだ信じられないほどの繁盛ですから……」
オレの礼と謝罪に笑顔で応えてくれるアンディさん。
あいかわらずコミュ力高い人だな。ここらへんは参考にしたい。
しかし、それにしても『奉納神楽』で混雑……?
いったい、この里で何が起きてるんだ?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「………………」
入れてもらった天幕の中、オレの目の前では予想外の光景が繰り広げられていた――その光景にオレは言葉を失った。
神楽の舞台なのだろうか? 一段高くなってる大きめの壇があって、巫女姿のエルフ娘さんがずらっと並んでいる。
で、なんと。その娘さんたちの中央には――!?
「みんな~! 今日はわたしたちの奉納神楽に来てくれて、どうもありがと~う!」
「「「「おおおおおおおっ!」」」」
お客さんに大声で呼びかけ声援を受けてるのは、あろうことかオレの最愛のエルフ美女――マリアさんだった!
いや、今の人格はアフロディーテさんなんだが……。
ともかく、これはいったいどんな事態なんだ?
あっけにとられているオレの隣、アンディさんが耳打ちしてくれる。
「この奉納神楽という儀式――すごい人気なんですよ」
……そうみたいですね。
というか――これはもう神楽というよりライブです。
巫女さんたちの後ろ、バンドのみなさんが鳴らしてる音楽は、完全にポップスですし。
そして――そこから数曲、エルフ巫女さんたちは歌と踊りを披露した。
見た目のよろしいエルフ娘さんたちが、一生懸命に披露する芸はそれはそれは美しく、かわいらしく、あれほどの人気を勝ち取った理由がよくわかる。
ただ…………もう、これは完全に『神楽』じゃないですね。
まちがいなくアイドルのライブです。ほんとうにありがとうございました。
そして全力で歌と踊りを終えたエルフ娘さんたちは、汗をかき息を切らしながらも、お客さんに笑みを振りまいている。
で、その先頭――。
「じゃあ今日の神楽はここまでだよ! これから続けて『握手会』をするんだけど……まずそこにある売店でフィギュアか、わたしたちの肖像絵札を買って『握手券』を手に入れてね?」
などと告げてるマリアさん(美女神入り)の言葉に、オレは目を丸くした。
……は? 『握手会』?!
それに『握手券』だって?!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さあ、ヨシトさま、いそがしくなりますよ! 人手が足りないのでご協力おねがいします!」
そう言ってアンディさん腕まくりをする。
言い忘れていたが、オレとアンディさんがいるのは天幕のなかにある小さな売店みたいな場所だ。
そこへ『神楽』が終わると同時に、お客さんが駆け込んできて――。
「フィギュア三体、お願いします!」
「巫女さんの肖像札――リズさんのものを三十枚!」
押し寄せたお客から、注文が次々に飛んでくる。
握手券やら今回のライブやら――色々、ツッコミたいとこと聞きたいことがあったが、それ以前に社畜の血が反応して、いつの間にかオレは売り子業務に専念していた。
「フィギュア十体! お願いします!」
「十体ですね? ただいま用意します!」
「こっちは巫女札五十枚!」
「はい。五十枚ですね。お金を用意してお待ちください!」
それにしても、お客さんたちの買っていく量がとんでもない。
店の裏にも山と積まれていたフィギュアや肖像札が、次々に姿を消していく。
……あれ?
そういえば、これだけ大量の札とフィギュア――どこで手に入れたんだろう?
「パウェルさんの工房ですよ。これだけ上質な品を量産なさるとは本当に腕を上げたようですね。最近では知らないうちに仕事が終わってることもあるとか。わたしも似たような経験がありますが……これも神のご加護なのでしょうか?」
お金を受け取り、商品を渡す手を止めず、アンディさんが説明してくれた。
その説明でオレは事情を理解する。
……あ、ヘパイストスさんだな。パウェルさんに憑依して作らせたのか。
と、オレがちょっと思考をそらした瞬間――即座にお客から苦情が飛んでくる。
「売り子さん! さっき注文したフィギュア五体に肖像札五十枚――早くしてくれないか!? 握手会がはじまっちまう!」
「あ、はい! すいません!」
なにがなにやらわからないまま、再び売り子業務に戻されるオレ。
そして――それから、しばらく激務は続いた。
商売神の加護を受けてるアンディさんとオレ――この里じゃトップクラスの販売能力を持つ二人が売り子を務めていたのだが……。
しかし、それでもさばききれないほど多くのお客さんが商品を買い求めていく。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
巫女さんのお札にフィギュア――山と積まれていた商品もあっという間にはけてしまった。
しかし、お客の行列は途切れてはいない。
これからどうするんだろうと思ってたら、アンディさんがお客に向かい、大声を張り上げた。
「もうしわけありません。今日はここで売り切れです!」
「えッ!? もう終わりかよ」
「おれたちはまだ握手券を手に入れてないぞ!」
お客さんから不満が漏れるが、アンディさんは礼儀正しく深々と頭を下げて謝罪する。
「十分な商品を用意できず、まことにすみません。また明日お越しください」
クレーム対応の王道――真摯すぎる謝罪に文句は言いづらいようだ。
巫女さんグッズを買えなかったお客さんたちは、怒りをおさめていくしかない。
「……むぅ、まあしかたないな。また明日くるか」
「そうだな。どうせ新作神楽の発表もあるから、明日も来るつもりだったし」
ちょっと不満そうにしながらも立ち去っていくお客さんたち。
オレはそのようすにほっとして、ため息をついた。
「……ふう」
ようやく売り子業務が終わった。
いい汗かいた。そして……すごい売り上げだった。
いやあ、今日もいい仕事をしたなあ…………。
――って、そうじゃなかった!
社畜の血を満足させてる場合じゃない! きっちりツッコむところはツッコまないと!
――神殿の巫女さんとマリアさんの体を使って、なにやってるんですか!? アフロディーテさん!
わけのわからん事態に混乱したオレは、当の本人に説明を求めることにした。
フィギュアとお札を買ったお客さんを集め、『握手会』とやらをやってるマリアさん(美の女神入り)のところに、オレは急いで駆け寄っていく!




