美女神の加護
翌日、さっそく新たな女神の加護を求めにいくオレ。
だが――。
「いいですか、ヨシトさん。くれぐれも気をつけてください。油断は禁物です」
出発前、かけられたアテナさんの言葉が微妙に怖い。
ていうか、そんなにヤバい人なんですか?
ええと……たしかアフロディーテさん。美と愛の女神さまって聞いてましたけど?
――オレの問いにアテナさんは真顔でうなずく。
「ええ。危険です。直接、命に関わることは起きませんが、だからといって問題が小さいとは限りません。女難というのはおそろしいものです。実際、アフロディーテの与えた恋のせいで国が滅びたこともありますからね」
うお……国が滅ぶとか、スケールがハンパない女難だな。
でも政治家とか教祖とか社会的に立場がある人にとって女性問題って危険なのはわかる。
――しかし、なんでよりにもよって、そんな人のとこにオレが行かなきゃ行けないんです?
「あんな女に頼るなど私としても不本意。ですが色恋沙汰はつねに人の悩み。それを解決できるなら、皆こぞって我が教団の信者となるでしょう。そのためには専門家の助けが必要なのです。お願いします」
……ああ、修学旅行でいった京都じゃ、たしか縁結びの『地主神社』とか大人気だったしな。アテナさんの言いたいことはわかる。
ま、アテナさんがどうしてもと言うならしかたないですね。
雇われ教祖は覚悟を決めていくとしますか。
「では、ヨシトさん。その桃色の指輪を握ってください」
アテナさんに指示されたとおり指輪を手にしたオレは――、
美と愛の女神アフロデーィテの神域へと飛ぶ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
で――。
いつものように指輪の力で神域にたどりついたオレだったが――。
目を開くと予想外の光景が広がっていた。
……なんだろう。このピンクな照明?
アンティークな調度品は良い趣味のものだけど……桃色の照明に照らされちゃうとねえ。
あからさまに妖しい雰囲気だ。いかがわしいといった方がいいのかな?
ぶっちゃけるとラブホテルの一室みたいだ。
そして、そのあやしいお部屋には――一人の女性がたたずんでいた。
たぶん今回、加護を求めることになるアフロディーテさんだろう。
「…………あら、いらっしゃい」
で、オレをむかえてくれた女神さまは――さすがに美と愛が担当なだけあって、たいそう美人だった。
ツリ目ジト目がデフォルトで、鋭くとがった美しさのアテナさんとはまたちがう。
この女神さまは柔らかく包みこむような感じをうける美貌をお持ちだ。
ただ……そのうるわしきお顔より、体のほうに目がいってしまう。
それは男である以上、しかたないことだろう。
ボンキュッボンなんてものじゃすまない――バイン、キュイン、ズバーンといった感じのメリハリのあるボディがそこにはあった。
さらに、そのダイナミックわがままボディを露わにするような衣装を身にまとっている。
部分的にスケスケだったり、光沢のある生地でテカテカしてたり、ぴちぴちしてる衣装に身を包んでいる美の女神さま。
――なんだか『あっは~ん』とか『うっふ~ん』とか、言ってきそうな人だな。
と、内心失礼なことを考えたオレに対し――。
アフロディーテさんは妙にセクシーなポーズを見せながら、近づいてくる。
「あっは~ん。ようこそ。あなたが異世界で教祖をやってるって言うヨシトくんね? うっふ~ん」
……うわ。本当にいったよ、この人!?
「あなたがそれをお望みのようだったからね。わたしがアフロディーテよ。ディーテってよんでね。あるいはローマ風にヴィーナスでもいいわ」
驚くオレに今度はさばさばと答えるアフロディーテさん。
女神さまは、いたずらっぽい笑みを受けべて自己紹介してくれた。
あれ……もしかして今、心を読まれた?
「ええ。これでも美と愛の女神よ。男心はよ~く理解してるわ」
……おお。さすがですね。愛の女神さま。
男心を理解してるからこその、このエロさなのだろうか?
「そりゃそうよ。そもそも『エロティシズム』の語源は、わたしとアレスの息子エロスなんだし」
……え。ホントですか!?
語源の話もびっくりだが、それよりアフロディーテさんが子持ちって話にビックリだ。
お子さんがいるようには見えない。すごく若く見えるのに――さすが女神さまだな。
「うふふ、お世辞が上手なのね。ヨシトくん。ちなみに息子のローマでの名はクピドっていうの。彼も愛の神よ。もっともあなたの国の食品会社のせいで最近じゃ主にマヨネーズを守護してるけど……」
……うう、またしても我が母国がよけいなことを。なんだかすみません。
「いいわ。わたしも好物だしね。そんなことより、ヨシトくんにはだんなと愛人がお世話になってるそうじゃない? ちゃんとお礼を言っとかなきゃって思ってたのよ」
「あ、いえ。お礼なんていいですよ。こっちもお二方にはお世話になってますし」
そう言った女神さまに、オレは謙そんしつつギリシャ神同士の人間関係図を思いかえす。
……え~と、たしかこの女神さまって鍛冶神ヘパイストスさんの奥さん。それでなおかつ軍神アレスさんの恋人なんだっけ?
あいかわらず倫理方面でぶっとんだ関係を築いてるよな。ここの神さまたち。
う~ん。ギリシャ神の闇は深い。
……ま、この神さまたちの関係は深く考えると頭が痛くなってくる。
だから、それはおいとくとして……今はお仕事の話だ。
「今日は美と愛の女神であるあなたにお願いがあります。加護が必要なので力を貸してくれませんか? これはアテナさんの頼みでもあります」
――と、オレが本題に入ると。
「ふ~ん。そういえばあなた。あの堅物娘の愛人だったんだっけ……ちょっと興味が出てきたわね」
そう言い、さらにこっちによってきたアフロディーテさん。
しかし、なぜか女神さま、オレに近よりながらエッチいドレスの肩ひもをあっさり外している。
そしてドレスをするっと脱ぎ捨て……って!
なんと――そこには、あっという間に生まれたままの姿になった女神さまが!
美女神さまは貝の置物の上に乗り、いつの間にか吹きだした西風で美しい金髪を揺らさせている!
おお、ルネサンスを代表する名画をセルフパロディとは!?
――って、いやいや。そうじゃなかった。
……え? ちょ!? なんで服脱いでるんですか!?
「夫と愛人、両方がお世話になってるんだもの、お礼をしなくちゃ……わたしの体で……」
などとわけのわからないことを言いながら、オレに身を寄せてこようとする痴女――もといアフロディーテさん。
初対面しかも出会ってすぐにこの流れとか、どんだけ脳内ピンク色な女神なんだよ!
「愛っていうのは時間じゃないわ。感性よ。出会った瞬間の情熱が一番大事なの」
とかなんとか、愛の女神らしくMY恋愛理論を語りだすアフロディーテさん。
もっともその言葉に説得力はない。下半身のゆるい痴女のただの妄言だ。
とはいえ間近で見たそのお肌は、思わずさわってみたくなるようなぷるんとした質感。あちらこちらがみずみずしく、男ならだれしも手を出したくなるようなマシュマロボディがそこにあったが……。
――いやいや! ダメだ! いかんいかん!
誘惑には絶対乗れない。アテナさんにはさんざん注意するよう言われてるんだし。
だいたい里のエルフ娘さんの誘いを断るためにここにきたのに、この女神さまに引っかかったら意味がないじゃないか。
――浮気。ダメ。絶対!
などと葛藤してるオレの顔をのぞきこみ、アフロディーテさんは小悪魔の笑みを浮かべる。
「あら、アテナへの義理立て? こんな美女を前にして迷うなんて……ずいぶん臆病なのね?」
……ええ。そりゃまあ。筋金入りのコミュ症チキンをなめないでください。
美の女神さまの挑発に対し、情けない主張で対抗するオレ。
それに――ここで誘惑に乗ったら修羅場しか待ってない状況ですからね。
アテナさんは、あなたのこと微妙に嫌いみたいですし、ヘパイストスさんやアレスさんとも微妙な関係になりたくありません。
便利技術者さんと、変人有能軍曹さんにへそを曲げられると、布教の成否にかかわりますからね。
だから……お願いですから……早く服を着てください。
と、全裸女神から目をそむけたオレが懇願すると――。
「……もう、残念だわ。でも無理強いしてもしかたないわね」
愛と美の女神さまは文句を言いながらも、服をひろいにもどってくれる。
ああ……よかった。
この人が、どこまで本気だったかしらないけど、あぶなく誘いに乗っちゃいそうな色気があった。
……ちなみに下着はつけない派なんだな。
で、じっくり時間をかけて服を身につけたあと、再び余裕の笑みを見せた女神さまは――。
――なんと。オレの頼みをあっさり引き受けてくれた。
「うふふ、いいわ。布教に協力してあげる。わたしもオリンポス十二神の一角だもの。信心の減少には頭を痛めていたわ。それに……エルフの美男子にも興味あるしね」
前半は立派なことを言ってたけど……たぶん一番最後の理由がメインなんだろうな。
う~む。ゼウスさんといい。アレスさんといい、この女神さんもエルフ好きなのか?
ま、たしかにエルフさんは美形ぞろいでよいものだけどさ。
しかし、それにしてもこの女神さま。おどろくほど異世界での布教に協力的だ。
アテナさんと微妙な関係みたいだし、説得に苦労すると思ったのに――うまく行きすぎだ。
それが逆に気味悪い。
まあ、他の神さまみたいに洗脳されたり、どこぞのオタ軍神みたいにだだをこねられたりしない分ましなんだろうが――なんだか微妙に信用できなさそうだ。
そんな風に疑うオレの視線に対し、妖艶かつ意味深に笑う女神さま。
むむ……これはこれで要注意な人なのかもしれない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「では、あちらの準備が整いましたらまたおよびします」
「待ってるわよ、ヨシトくん」
かくして美女神・アフロディーテさんの協力を取りつけたオレは現世にもどる。
すると――。
「ヨシトさん!」
「うわ……!」
オレの顔をのぞきこんでるアテナさんの顏がドアップでそこに!
美女の誘惑のあとに美少女の急接近とか、正直、心臓に悪すぎです!
あわてて身をそらしたオレの姿に――アテナさんは胸をなでおろす。
「よかった。あの痴女神の誘惑に打ち勝ったようですね。さすがヘタレのヨシトさんです。昨日、さんざんたらしこんでいた甲斐があったというもの」
微妙にディスられたその言葉に、昨晩の真相に気づかされるオレ。
あ……もしかして昨日の夜、アテナさんがやけに積極的だったのは、このためなのか?
く、オレの純情をもてあそぶなんて、ひどいぞアテナさん!
あなたを裏切らないようにエッチな誘惑を断ってきたのに……そりゃないですよ!
「…………まあ、それはともかくとして、これで問題が一つ片づきました。アフロディーテの力を利用すれば、あの娘さんたちがあなたを悩ますことはもうないでしょう」
うわ。今、しれっとオレの追求から逃げたな。アテナさん。
ちょっと不満に思うが、同時にアテナさんの思惑に気づかされオレは感嘆する。
ふむ……そういうことか。
なんでアテナさんが恋の女神の加護を欲しがったのか不思議に思ってたけど、オレをあきらめてもらう代わりに別の良縁を与えるつもりだったってことか。
なるほど、それなら心おきなくおつきあいをお断りできるってものだ。
と、深く感心したオレだったが――。
アテナさんはあっさり否定する。
「いえ。彼女たちには別の相手ではなく別の利用価値――もといご縁をさずけてもらうことにしましょう」
……う、なんだろう。
こっちの女神さまはこっちの女神さまで、なにごとかたくらんでるみたいだ。
笑顔が何か悪いこと考えてるときのアテナさんだし。
……なんだか、不吉な予感しかしないんだが。




