軍神の降臨
教団の資金獲得のため、秘蔵のフィギュアを売り払われ、お怒りの軍神アレスさん。
このオタ軍神に機嫌を直してもらわないと、獣人さんや警備の強化ができないわけで――。
つまり、それはそれはこまった事態になる。
で、オレはどうしたかというと――、
「アテナさん、アレスさん懐柔のため急いで用意してほしいものがあります」
「……なんでしょう?」
――けげんそうな表情を見せたアテナさんに向け、オレはにやっと笑う。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日のこと――、
アテナさんに大至急そろえてもらった品を持ち、オレは再び軍神の『神域』に向かう。
目を閉じ、いつもの浮遊感を感じた数秒後――。
アレスさんの『神域』というか居間にオレは立っていた。
周囲は転がるカップめんの空き容器、お菓子の空き箱や包装紙――ゴミくずで足の踏み場もない。
で、この汚部屋の主・アレスさんはどこにいるんだろう?
と、あたりを見回すと――、
ああ……いた。部屋の隅っこで、あいかわらず体育座りしてる。
丸めた背中から立ち上る黒いオーラは前回より濃さを増していた。
う~ん、こりゃ昨日より確実に悪化してるなあ。
その哀れなお姿に少し引きつつ、オレは近づこうとしたものの――、
「…………もう来ないでくれと言ったはずだよ、ヨシトくん」
アレスさんの暗い声がひびき、どんよりした雰囲気が部屋をおおう。
そんな、ひたすら重い空気の中――、
「あ、いえ。今日はアレスさんにだけ、耳よりなお話を持ってきたんですけど……」
なだめようとしたオレの言葉は、アレスさんの怒声でかき消される。
「――うるさいな! もう協力しないって言ったろ! だいたい、きみの言いようはサギ師みたいじゃないか!? あんまりしつこいリア充はイノシシに化けて牙で突っつくからね!」
だいぶイラッとしてるらしい。アレスさんのまとう黒いオーラが炎のようにゆらめく。
おお。さすがに戦いの神さま……すごい迫力だ。
そういえば、この人って美少年の恋敵をイノシシに化けて殺したんだっけ?
そんな軍神さんに怒りを向けられ、オレの内臓がヒヤッとする。
だが、しかし――、
この交渉にはコルクの里の安全がかかっている。
教祖としてダンコ退くわけにはいかないのだ。
ということで、腹をすえたオレは――、
「……あ、手がすべった(棒)」
白々しいセリフとともに持参した『とある建物の設計図』を落とす。
「ふん! そんなわざとらしいことを……って、これはッ!?」
オレのあざといやり方に腹を立てたらしいアレスさん。
お怒りの軍神は声を荒げかけたが――その声は途中で止まる。
「……………………」
しばらく無言で、床に落ちた図面を食い入るように見つめたあと。
アレスさんはうめくような声で問う。
「…………こいつは……どういうこと……だい?」
よし! 食いついた!
内心でガッツポーズを決めつつ、オレはしれっと答える。
「あれ? 気に入りませんか? ダイダロスって有名な大工さんが設計したそうですが……」
「ほう。あのダイダロスが……じゃなくて! いったいなんなんだい!? このデザインは!?」
――と、ビシッと図面を指さすアレスさん。
まあ、アレスさんが驚くのも当然だろう。
アレスさんが指さした図面には――、
日本風の神殿――いわゆる『神社』が描かれていたのだから。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「こ、これはきみの国の神社じゃないか!? フツヌシさんやタケミカヅチさんのとこみたいな! ギリシャ神であるおれの神殿が……なんで和風デザインになってるんだい!?」
と、矢つぎばやに疑問を投げかけてくる軍神さん。
その顔から、さっきまでのやさぐれた感じは消えている。
――おお、イイ感じに話に乗ってきたな。
望みどおりの反応を得て、オレは笑みがこぼれそうになる。
だが『アレス懐柔計画』は、まだまだ始まったばかり。
だから、もう一押しということで――、
「あ……また手が滑った(棒)」
オレはふたたび書類をわざとらしく手放す。
その書類を拾ったアレスさんは――手にした紙を穴があきそうなくらい見つめ、またあっけにとられる。
「よ、ヨシトくん! これはッ!?」
「神社の制服のデザイン画ですよ……イヤだなあ、また落としちゃった」
と、ずうずうしく言ったオレに、うつむいてたアレスさんが初めて顏を向けた。
お父上のゼウスさんから甘さを引き、精悍さを足したお顔に驚きの表情が張りついている。
「いや、しかし……これは、どう見ても『巫女さん』じゃないか!?」
白の小袖と緋色の袴――巫女装束が描かれたデザイン画を手にアレスさんは叫ぶ。
両手は興奮のためか、プルプル震えていた。
そんな軍神さんのようすに、オレは心中でほくそ笑む。
ふっふっふ。セーラーな火星さん好きなら当然『巫女さん』属性もあると思ってたが――これは予想以上の食いつきだぞ。
こんだけ反応してくれるなら、アテナさんに無理を言ったかいもあるってもんだ。
だが、しかし、これはまだ計画の第一段階――この先にもっと大事な部分が待っている。
というわけで――。
オレは実にさりげなく計画の『最重要部分』を口にした。
「神社といえば巫女さんがつきものですからね。ちなみにウチの神社は里のエルフ美女さんに勤めてもらう予定です」
「……………………な、エルフ巫女……だと!?」
オレの言葉をきき、数秒沈黙したあと――。
アレスさんは、ぽっかり口を開けつぶやく。
人は驚きすぎるとかえって無表情になるらしい。
それはきっと――今のアレスさんみたいな感じなんだろう。
軍神さんが示した望みどおりのリアクションに、オレは淡々とうなずいてみせる。
「――はい。エルフ巫女さんです。リリンの生み出した文化のきわみですね」
「……ヨシトくん。きみは、なんて恐ろしいものを生み出してしまったんだ!」
と、目を白黒させて言うアレスさん。
なんだか文明破壊兵器でも生み出したような言われようだ。
しかし、その反応自体はすばらしい――ここまできたら懐柔まで、あと少し!
――オレは最後のダメ押しで交渉をまとめに行く。
「ちなみに、どの神殿も巫女さんの数は三人の予定なんですが……今すぐ降臨を決めていただけるなら……さらに、もう一人、いや二人……ええい三人増やししましょう! どうです? 今ならエルフ巫女さんが倍増ですよ?」
と、社畜時代につちかったセールストークで、とどめを刺すように告げると――、
「……な、なんやて工藤!?」
なぜか関西弁でつぶやいたきり、アレスさんは口を閉じた。
そして再び、無言の数秒がおとずれ――、
「――いち、に、さん、しッ!」
立ちあがり、いきなり柔軟体操をはじめたアレスさん。
……ん? どうしたんだ?
けげんに思ったオレに、アレスさんは胸を張って答える。
「当然だろう。これから訓練をつけるってときに、なまった体ではケガをしてしまうじゃないか」
…………え!?
加護を引き受けるって返事する前に、もう準備体操してるんですか!?
判断から実行までの早さがすさまじいな。『兵は拙速を尊ぶ』あたり、さすが軍神さん。
――――じゃなくて!
まだです! まだですってアレスさん!
神社は柱の一本すら立ってないんですから、今、いきなり来られてもこまります!
こっちにも予定とか準備があるんですよ!
「むむッ、それはいかん! 今までなにをトロトロしていたんだ!」
いや。そりゃあなたが協力を渋ってたからでしょうが。
「ええい! 言い訳はよしたまえ! さっさと帰って神社を立てるんだ! さあさあ!」
というわけで――、
急に乗り気になったアレスさんにより、オレは再び神域から追い返された。
まあ、アレスさんの協力を勝ち取ったのはいいんだが……ちょっとやりすぎたかな?
軍神さんのやる気のせいで、今度は別の問題が発生したような気がするぞ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その翌日から――、
毎日のように「神社はまだか?」とアレスさんにせっつかれた。
数時間おきに指輪通信で工事の進み具合を聞かれるから、ホントにこまった。
通話に出ないと、なぜかついてる留守電機能に大量のメッセージが残されてるし。
『ああ、ヨシトくん、神社だけど……ついでに門前に狛犬と獅子を追加してもらえるかな? 前に日本で見かけて、かわいらしい外装だと思ってたんだよね』
とか、追加注文がいろいろあって正直めんどくさい。
その上、アレスさんはけっこう優柔不断だから――、
『ううむ。鳥居は八幡式がいいかな? 神明式のシンプルさも捨てがたい。優美な感じの明神式も……』
なんて妙に細かいことにこだわり、悩んで決めた数日後――。
『……やっぱり両部式に変えてくれる?』
と、急な予定変更が入れられたり――もう大変だった。
それでもアレスさんの気分が変わらないうちにと、オレもあせって突貫工事を進めた。
他の仕事を棚上げにしたアテナさんに里のエルフさん、それに獣人さんたちの協力まで得て――、
そして、ようやく一週間後。
コルクの里に『アレス大社』が完成した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
コルクの里の目立つ一画に、ででんとそびえる場違いな日本建築。
もちろんそれは……なんとか完成した『アレス大社』である。
まだ木の香りがただよう新築な神社を前に――、
目の下にくまを作ったオレとアテナさんはつぶやく。
「……ようやくできた」
「ええ、でき……ましたね」
目の前に立つ神社の姿は日本で見た景色そのまま。
異世界で見る故郷の風景にはかなり郷愁をそそられる。
ここ数日の超過勤務で心が弱っていたこともあって、ふっと目頭が熱くなった。
……ああ、なにもかもがなつかしい。
と、まあ、そんなオレのホームシックはともかく。
神社もできたことだし、アレスさんにお越しいただくわけだが――、
その前にやっておくことが一つあった。
神社見物に集まった里の人の中、オレは目当ての人物を探し出して声をかける。
「すいません、ロックさん、ちょっと来てくれますか?」
「はいッ! なんでしょうか、師匠!?」
オレの一番弟子であるエルフ剣士さんは即座に駆けつけてくれた。
目上の言うことには超絶従順――さすが体育会系だな。
――で、そのロックさんに一つお願いがあった。
「ロックさん――軍神アレスの『器』になってもらえますか?」
「あの師匠……『器』と申しますのは?」
耳慣れない言葉で頭上に?マークを浮かべてるロックさんへ、オレはざっくり説明する。
「これから、この社の主『軍神アレス』を呼ぶのですが……ロックさんにはアレスの現世における代理人になってもらいたいんです」
「……はあ。代理人ですか?」
ロックさん、ちょっと警戒してる感じだ。
まあ、それもしかたない。急な話だしな。
だから、オレは安心させるように告げる。
「わたしも何度かやっていますが、ちょっと意識を失うだけの軽作業――簡単なお仕事ですよ。危ないことはありませんので、どうか、お願いできませんか?」
と、オレが頭をさげると――、
ロックさんはたいそう恐縮して頼みを引き受けてくれた。
「し、師匠、頭を上げてください! 師匠の頼みとあらば、どのような危険があろうともかまいません。しかし『神の代理人』などという大役、わたしなどが勤めてよろしいのでしょうか?」
なんて謙虚なことをいうロックさんへ、オレは大きくうなずく。
「ええ。あなたはわたしの一番弟子ですからね。むしろ……あなた以外には頼めないことなのです」
「な、なんとありがたいお言葉!」
オレが重々しく告げた言葉に、ロックさんはえらく感激してた。
……うぅ、こんなキラキラした目で見られるとこまる。
『アレスさんと同じく脳筋っぽいから選んだ』って真相が言いづらい。
憑依は性格が似てるほうがやりやすいっていう、ちゃんとした理由はあるんだが――。
……ごほん。
ま、それはともかく。
「では、これより……『神降ろしの儀』をとりおこないます」
ロックさんの同意を得たオレは――、
集まってきたギャラリーの前、儀式の開始を宣言する。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
コルクの里――、
新築された神社『アレス大社』前にて――、
「ん、なんだ? この人の集まりは?」
「ヨシトさまが、アレスとかいう神さまをお呼び出しになるそうだぞ」
「ほう、それはぜひとも見せていただかねば」
数日前からアテナさんが宣伝してたおかげで、すでに多くのエルフさんが神社のそばに来ていた。
さらに、人が人を呼び『儀式』の見物客はどんどん増えていく。
……おお。これは、はりきって儀式をやらないと。
と、心に誓うオレ。
だが、しかし――。
実はこの『儀式』、ただのデモンストレーションだったりする。
ここまでやってきた事業のおかげでオリンポス教団の神々の『知名度』は高い。つまり形を変えた『信心』が、けっこう集まってるってことになる。
だから『儀式』なんかしなくても、アレスさんはこっちの世界の人に憑依できるみたいだ。
……実際、ヘルメスさんが商人エルフのアンディさんに取り憑いてるし。
しかし、それでも形から入るってのは重要なことらしい。
さっきから、近くで儀式を見守ってるアテナさんいわく。
『布教の都合上、ちょっとはかっこつけないとダメ』なんだそうだ。
で、その集まった獣人さん、物見高いエルフさんたちの前。
オレは用意しといた『法具』――実は適当にそろえた『振り子』を取り出し、ロックさんの目の前でぶらぶらさせる。
「ロックさん、この『法具』をじっとみていてください。この法具が揺れるごとに、あなたはだんだんと眠くなっていきます」
「……は、はい。師匠」
ちょっと緊張しつつもオレの指示に従い、視線を動かすロックさん。
――っていうか、これって儀式っていうより催眠術だよな?
自分でも疑問に思いつつ、オレはアテナさんとの打ち合わせ通り、儀式を続行する。
上、上、下、下、左、右、左、右、B、A
オレが、コ〇ミ感あふれる動きを振り子にとらせると――、
「むうぅ……」
急にがくっとうなだれるロックさん。
わが一番弟子は、あっという間に意識を失っていた。
うむ。精神攻撃への耐性の無さが実に脳筋らしいな。
「な、なんだ!」
「なにが起きたっていうんだ!?」
催眠術をはじめてみる獣人さん、里のエルフさんたちが驚きの声をあげている。
そして周囲からざわめきが漏れた次の瞬間――、
――ロックさんがカッと目を見開いた。
……いや、ちがう。彼はもうロックさんじゃない。
この世界にはじめて降臨した『彼』は開口一番、威厳あふれる口調で自己紹介する。
『……我が名は軍神アレス。武を志し、戦に赴くものに加護を授ける守護者なり』
「「「おぉ……!」」」
よし。憑依は成功したみたいだ。さっきまでと雰囲気が全然ちがう。
発する声も口調もまるで別人――そんなロックさんの姿に観衆からどよめきが上がった。
こうして里の人たちの驚きを勝ち取ったオレは、すかさず次の段階にうつる。
「ようこそ、軍神アレス。あなたの加護をこの地の民にもおさずけください」
前日の打ち合わせ通り、オレは加護を求めるセリフをうやうやしく述べた。
……ええと。
あとは獣人たちを訓練して一人一人に言葉と加護をさずけてもらって――。
その後の実戦形式の練習で変化を実感させる予定だったよな?
オレは今後のスケジュールを頭の中で思い浮かべる。
が、しかし、そこで――。
異世界に降臨した軍神から予想外の反応が返ってきた!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
前日の打ち合わせ通り、里への加護を求めたオレに対し――、
軍神アレスさんは、こうのたまう。
『――貴様ッ! 上官にものを言うときは、その口から出るク〇の前に、サーをつけんか!』
…………は?
アレスさんの言葉を受け、オレはぽかんとなった。
え?! ちょ、アレスさん!
獣人たちに訓練をつけてくれとは言いましたけど。
まさか、その海兵隊なノリで行くんですか!?
『そのとおりだ久世二等兵! 以降、おれのことは教官と呼ぶように!』
……どうやらアレスさん。初めての異世界で気合が入り過ぎたみたいだ。
あげく、たぎるような情熱が妙な方向に吹き出したらしい。
そんな軍神さんの大暴走に――、
「ああ、もう……せっかくの儀式がだいなしです」
と、少し離れたとこで儀式を見守ってたアテナさんは顔をおおってしまう。
……まあ、気持ちはわかる。
徹夜までして整えた段取りをガン無視されて、このありさまだもんな。
我が教団の誇る敏腕プロデューサーですらお手上げな状況に……オレも頭を抱えるしかない。
そんなオレたちを尻目にして――、
気合十二分なアレスさんによる『軍神ブートキャンプ』が今、始まる!




