神々の憂鬱
どうも、久世ヨシトです。
過労死したところをギリシャ神話の最高神ゼウスさんに「ぼくと契約して魔法教祖になってよ」とスカウトされ、異世界で教祖などやっております。
さて――、
ここまでですが、商売敵の神さまバァル、それに近くの街モーラの領主ヴェリヌスさんに狙われて襲撃を受けたり――と、けっこう波乱の日々が続いてました。
しかし知恵の女神アテナさんの策略で教団が力をつけ、さらにモーラの執政シメオンさんと知り合いになった結果――ヴェリヌスさんの動きは封じられました。
あとはバァルに対してだけ備えていればすむ状況です。
もちろん、バァルは強い力を持つ神らしいので警戒を解くというわけにはいきません。
ですが、しかし、それでも一段落はつきました。
これでやたらいそがしい日々も少しはマシになると思ったのですが――、
……どうやら世の中、そうそう都合よくは行かないようです。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ギャンブル対決の翌日――、
オリンポス教団モーラ支部・大広間にて――、
修羅場を乗り越え、気の抜けたオレはまったりくつろいでいた。
『ヨシトさま、お茶をどうぞ』
「……おお、いい香りですね」
『はい。上等のゴッサム茶でございます』
「…………マッドな犯罪者さんがいっぱいいそうな名前ですね。……あ、でもおいしい」
と、幽霊執事一号さんの出してくれたお茶で優雅な午後のひととき。
オレが、のんびり放課後なティータイムを楽しんでると――、
「――ヨシトさん、ここにいましたか?」
広間にやってきたアテナさんから声がかかる。
どうやらオレを探してたらしい。
『アテナさま、お茶はいかがですか?』
「けっこうです。――それよりヨシトさん、今日中にやってほしい仕事があります」
幽霊執事さんのお茶を断り、女神さまは口早に告げる。
ていうか……なにをそんなに急いでるんでしょうか?
もうモーラ領主さんから襲撃は無いわけですし、状況は一段落したんじゃありません?
「なにを言っているのです。教団の財政状況はまだ軌道に乗ったばかり。手を抜くことはできませんし、布教にいたっては、むしろこれからが本番ですよ」
……ああ、そういえば。
たしかにウチの教団――『オリンポス教団』は宗教団体っぽいことはやってこなかった。
ここまでやったのってコルクの里の『村おこし』みたいなこと。
カジノ経営とか銀行経営とか流通業とか――ほとんどお金もうけばっかりだ。
あんまり宗教団体っぽくないけど、てっきりこのままの路線で行くのかと思ってましたよ?
――というオレの問いにアテナさんは鋭い視線と口調で応えてくる。
「ほう? 宗教団体が金もうけに精を出すのはおかしなこと――ヨシトさんはそう思うのですか?」
……うぅ、そう言われると。
ベンツに乗ってた坊さんとか、やたら豪勢な新興宗教の施設を思い出し、オレは言葉につまる。
ま、まあ、ウチの教団も慈善事業を続けるなら、お金がいるだろうし。
それなら、稼ぐほうもがんばらないといけないかもしれませんね。
「ええ。そのとおり。我々はこの世界ではまだ新参者。それほどの力もなく、魚やパンを無限増殖させるわけもいきません。だからお金が必要なのです。ましてバァルの襲撃に備えるならなおさらのこと」
ふむ、なるほど。
あれ? でも『寄付』とか『お布施』とかに頼れないんですか?
宗教団体とか慈善事業とかって、そういうのに頼ってる気がするんですが?
「無償の援助を乞うには、まだまだ我が教団の知名度は不足しています。見知らぬ相手に『お布施』を求めても怪しまれるだけ――今は浄財に頼らず独立独歩でやっていくべき段階ですね。そのためのさまざまな事業です。たぶん、あこぎなマネをするよりはマシなはずですよ」
と、言ったアテナさんの目が鋭く光る。
……うう、アテナさんが本気であこぎな事をしたら、すごいことになりそうだ。
それよりは、まだ今の事業のほうがマシなのかもしれない。
カジノもそうとうあこぎな気がするが『祖先のタタリ』とか『地獄に落ちるぞ』とか言って、高いツボとか掛け軸とか売るようになっちゃおしまいな気がするしな。
それこそ、ホントに怪しい宗教団体そのものだ。
「はい。それに宗教団体が事業を起こすことはけっこう多いのですよ。あなたの国でも、お寺がお酒を作って売り、収益を得ていたようですね」
へえ。そんなことが……意外な話があるんだな。
「はい。ヨーロッパでも修道院が有名なお酒を造っていますし……いえ、財政の話はともかくとして――、大事なのは『布教』の件ですね。モーラから邪魔が入らなくなった今こそ布教のチャンスといえます」
はあ。なるほど。
でも……『布教』と言われて、オレはなにをすればいいんでしょうか?
街角でお説教とか、それとも戸別訪問で勧誘とかですか?
う~ん。人前で話すのって、あんまり得意じゃないんですけど。
――と、渋るオレにアテナさんは首を横に振った。
「いえ。あなたにやってもらいたいことはまず……アレスの説得です」
…………はい?
アテナさんの妙な発言にオレは首をかしげた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ここまで来て、やっと始まる布教――その手始めが『軍神アレスの説得』だと戦女神さまは言う。
……いったい、どういうことなんでしょう?
「信者を獲得するには現世利益で釣るのが一番です。あなたの国では『ご利益』というのでしたか? つまり『神さまを信じたらこういういいことがあるよ』と勧誘することです」
え~と。つまり雑誌裏の広告みたいなものですか?
ネックレスを買ったらモテないオレにも彼女がとか、水晶を買ったら宝くじが当たった――みたいな?
「…………たとえは気に入りませんがそういうことですね。そこで第一弾としてまず、商業神のヘルメスと軍神のアレスを推していこうかと思います」
ふむ。
ま、ヘルメスさんには商売繁盛ってご利益があるし、交易の街であるモーラなら、かなり人気が出るだろう。実際に教団がお金を儲けて見せてるから説得力も抜群だ。
でも……アレスさん? どうしてヘルメスさんと並んであの人なんです?
武術とか軍事関係の神さまが、なんで真っ先に来るんでしょうか?
「アレスの加護でカジノの警備にあたる獣人たちを強化するのです。新入りの彼らにしっかりと入信した利点を感じてもらう必要がありますし、バァルの襲来に備えた教団の戦力アップにもつながります」
ああ、そういうことか。
たしかに入信してすぐ加護があったら、神さまを信じる気も倍増するだろうし。
うん。一石二鳥のいいアイディアじゃないですか。
「ええ。万全の計画――だったのですが。当のアレスがへそをまげてしまって……」
と、アテナさんはうつむいてしまう。
ああ、そういえばアテナさん、前にアレスさん秘蔵のフィギュアを売っちゃったもんな。
オタク軍神が、その件でお怒りなのだろう。
「はい。まったく心の狭い男です。たかが人形一つのことで……」
……いやいや。そりゃ怒りますよ。人によっては絶交ものの所業ですって。
と、オレはたしなめるが――、
なんとなくしょぼくれてる感じのアテナさんをそれ以上責める気にもなれない。
なので、オレはアレスさんの説得を引き受けることにした。
「わかりました。あのときフィギュアの売却を止めなかったオレにも少しは非がありますし」
「……助かります、ヨシトさん」
オレの言葉にアテナさんはペコリと頭を下げる。
かくして――、
アテナさんのお礼を聞きつつ、オレは紅い石のはめられた指輪に触れ――、
軍神アレスの『神域』にむかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――やってきたのは、ひさしぶりの『神域』。
といっても前回と変わらず『体育大生の部屋』って感じだ。
バーベルにダンベルなど筋トレ用具が部屋のあちこちに転がり、テレビの近くにはフィギュアとアニメやドラマ、映画のDVDが置かれている。
あんまり――というか、まったく神々しさは感じない。
――で、アレスさんはどこかなと、オレが周囲を見回すと――。
………………いた。
ガタイのいい男が部屋の隅っこ、壁のほうを向いて体育座りをしている。
話しかけられることを拒むようなその背中――さらに黒いオーラまでただよっていた。
う……これは重症だ。タタリ神になりかけてるぞ。
さ、さぞかし名のある軍神とお見受けする。
なにゆえ、そのように荒ぶられるのか?
「……ああ、ヨシトくんか……ひさしぶりだね」
一声かけると返事があった。
よかった。ただのしかばねではないようだ。
ただ、あの快活だったアレスさんが、ドヨンとした感じになってしまっている。
「あの……ちょっとアテナさんからの頼みがあるんですが……」
「…………帰ってくれ。あんなヤツの頼みなど聞きたくない。……だいたい君も君だよ、ヨシトくん! 美人エルフと女神をはべらすようなリア充になりやがって! きみだけは仲間だと思ってたから、今までも力を貸していたのに!」
えっ! 矛先がオレに向いた……だと?!
ていうか、アレスさん、なんでオレなんかをうらやむ必要があるんです?!
顔立ちは整ってるし、スポーツマンっぽくてかっこいいじゃないですか?!
と、ビックリしつつもたずねたオレに――、
まだ体育座りで壁を向いてるアレスさんが吐き捨てるように言う。
「……昔、女の子に言われたんだよ。筋肉は嫌いなんだって。マッチョは時代遅れでキモいんだって」
うわ、ヒドイな。
だれですか? そんなこと言った人は……?
「昔つきあってた美の女神アフロディーテさ。別れ際に言われたんだ。――あれは傷ついたね。それ以降、女性とのつきあいは二度とできなくて……ずっとトレーニング漬けの日々さ」
……はあ。それはへこみますね。
トラウマなフラれ方をすると、恋愛に臆病になる気持ちはオレもよくわかる。
――で、そんなさなかに日本の武神に誘われてオタク趣味にはまってしまったわけですか?
「ああ。そのとおり! とくにセー〇ー戦士たちは、おれの傷ついた心を癒してくれるオアシスだった。それをアテナに奪われ、あまつさえ売りはらわれて! あの時のおれの気持ちがわかるかい!」
と、ふりかえって絶叫したアレスさんの目は血走り、涙まで浮かんでいる。
……う~む。これは重症だ。
「とにかく帰ってくれ! きみへの加護は続けるけど、もうそれ以上、異世界での布教を手助けするつもりはない! わかったね!」
と、アレスさんが叫ぶと同時に周囲の空間がゆがみだす。
どうやら神域の主が拒絶すれば、追い出されてしまうようだ。
というわけで――、
気づけば、オレの意識はモーラ支部の大広間にもどっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「………………」
もどってきたオレが無言で苦い表情を向けると――、
アテナさんがため息をついた。
「その顔では失敗だったようですね? まったく狭量な男です。アレスは……」
……いや。今回はあなたが百パーセント悪いんだと思いますよ。
他人にはたいしたものに見えなくても、本人にとって大事なものはあるんですって。
と、オレは思ったが――、
そこらへんがいまいち分かってないようで、アテナさんは小首をかしげてる。
「これは、こまりましたね。まさかこんなところで手詰まりになるとは……」
ちょっと困った表情のアテナさん。
う~ん。自業自得だが、こんな表情のアテナさんを放ってもおけない。
今までも散々、お世話になってることだし。
それにアレスさんにもお世話に……というか、あの人の加護に命を何度も救われてるからな。
あの軍神さまを悲しませたままってのも心苦しい。
マリアさんにアリアちゃん、ロックさんにアンディさん、それにヨブさん――知り合いの多いこの里を守るため教団の戦力が増えることはオレの願いでもある。
……よし。一か八かだけど試してみようか?
昔から『士の心を知る者は士のみ』とも言うんだし。
――オレは心に決め、アテナさんに話してみることにする。
「……まあ、手がないこともないんですが――」
と、オレが口にしたとたん――、
「本当に?! 何か方法があるのですか?! ヨシトさん!?」
急に目を輝かせたアテナさん。
めずらしく……というか、初めてすがるような視線をむけられた気がする。
……うん。やっぱり美少女さんに頼られるのは気分がいいな。
と、イイ気分にひたりつつ――、
――オレは思いついた『とある軍神の懐柔作戦』を提案する。




