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異世界で教祖はじめました  作者: 習志野ボンベ
第五章
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再びモーラへ2

  

 ――夜が明けた。


 白みがかった朝の光に微睡(まどろみ)が破られる。

 

 どうやら、アテナさんはもう目を覚まして、どこかへ行ってしまったようだ。

 先ほどまで隣に感じていた体温は消えている。おかげでちょっと肌寒い。

 石造りの建物は秋の空気で冷え込んでいた。


 もう、起きなきゃ……な。

 里へ早めに帰らないといけないし。オレを待ってる人がいる。


「ふぁあああああ」

 

 体を起こしたオレはあくびを一つ。ついでに深呼吸。

 寝ぼけた脳みそにたっぷり酸素と血液を送りこむ。


 ……ん? なんだこれ?


 枕元には書置きがあった。

 そこにはアテナさんの几帳面な筆跡で――、

『一階の厨房脇に水場があります。そこでちゃんと身支度してください』

 と、書かれている。


 ……はいはい。わかりましたよ。


 アテナさん、冷たく見えて、あれでけっこう世話焼きさんだよな。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆


 というわけで、

 水場、オレが仰せの通りに顔を洗ってると――、

 背後から響いたオッサンの声。


『……どうぞ。これで顔をふいてください』


 ああ、どうも――。  

 アテナさんが雇った人かな? 朝も早くから出勤してきたのだろうか?

 ご苦労さんだな。エコーがかかったような声が気になるけど、カゼでも引いてる?

 そんなことを考えながら、顔をふく。


『使い終わりましたタオルは、こちらへどうぞ』


 あらら。なにからなにまですみませんね。

 と、顔をふいたタオルを手渡そうと目を開いてびっくりした。


 そこには半透明のオッサンが立っていたのだ。

 一瞬だけぎょっとしたが、おっさんの表情はにこやかなので恐ろしくはない。

 穏やかな笑顔を浮かべたその顔――オレは見覚えがあった。


 あれ? あなたは……たしか、この屋敷に取りついてた地縛霊ですよね?

 先日、アテナさんに腹パン除霊されたはずじゃありません?

 しかも、そのかっこうはなんなんです?

 

 微妙に透けているおっさんは、なぜかかっちりした使用人服を身にまとっていて――、



『我ら幽霊執事隊(ゴーストバトラーズ)! 今やアテナさまの忠実な配下となりました!』


 え? どういうこと? 幽霊執事隊(ゴーストバトラーズ)? 

 ……なんかマシュマロマンと戦ってそうな名前だな。あっちは幽霊を退治するほうだけど。


 そんな自称『幽霊執事』一号のおっさんの後ろ、バーコード頭の幽霊執事二号と、ちょっと顔のいい三号が立っていてこちらに一礼してくる。

 

『あの日、憎しみと怒りによどんでいた我らの魂は浄化されました。アテナさまへの信仰に目覚めたのです。すべて女神さまの腹パンのおかげです。そしてヨシトさまが里に帰られたあと、我々は直訴して使い魔にしていただきました』


 …………目覚めたというのは信仰というよりマゾの血のほうじゃありません?


 というか幽霊さん。アテナさんの正体も知ってるんですね?


『ええ。こちらも霊体ですから、あの方が高い神格をお持ちということはわかります』


 へえ。そういうもんなのか?

 ――で、それからずっと執事としてお勤めですか?


『はい。あれから、週に一度の腹パンと引き換えに命を賭けてお仕えさせていただいております』 


 うわ。腹パンフェチ!? ずいぶん特殊な趣味ですな?

 それに命がけっていっても……あなたがたもう死んでますよね?


 ま、つっこみどころはたくさんあったとはいえ――、

 使い魔とか式神に幽霊ってのはありきたりだが、けっこう役立ちそうだ。

 労働条件はとんでもなくブラックな気がしたけど……本人が納得してるならいいか。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 その後、くわしく聞いた話では――、

 日が落ちてからの帳簿付けや、あずかっているお金の警備など、我が教団のためいろいろと働いてくれてるらしい。

 生前はみな商人だったらしく、お金の計算なんかはお手の物だという。ありがたい話だ。

 その点は教祖として、お礼を言っておいた。

  

『いえいえ。それほどでも……にしても夕べはお楽しみでしたね』


 けんそんしつつ、幽霊さんはいやらしい笑みを浮かべた。

 むむ。ずいぶんフランクな感じになったな、この人。


 しかし、オレとアテナさんのあれこれって見られてたのか? 

 それはちょっとまずいな。見られて興奮する趣味なんてオレにはないし。


『いえ、残念ながらのぞきは禁じられました。やったら解雇と言われております。ですがその……昨夜は物音が……』


 ああ、なるほど。知らなかったこととはいえ、すいませんね。

 そこまでアテナさんをあがめてるなら、彼女がオレにあれこれされてイヤな気分だったでしょう?


『いえ。崇拝するアテナさまがあえがされてる声とか、我々の業界ではむしろごほうび! 興奮しましたです。はい!』 

 

 幽霊執事一号は力をこめてそういった。

 後ろでは幽霊執事二号、三号さんが一号の言葉に大きくうなずいている。



 ――あ、これは変態だ。まちがいなく変態紳士さんたちだ。


 

 オレは彼らの本性に気づいた。

 だが、すでに脳筋エルフとか、チャラい神さまとか……妙な存在には慣れっこだ。

 幽霊が変態なくらいで、オレはもう動じない。

 

 だから、今後ともよろしく。

 

『はい。こちらこそ。――ああ、それと朝食の準備ができ、アテナさまが食堂でお待ちです。今朝はわたしめが腕を振るいました。お口に合いますか分かりませんがご賞味ください』


 おお、なかなか有能な幽霊さんだな。


 ……変態だけど。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆


  

 アテナさんと朝食をすませた。

 けっこううまい。幽霊執事は料理でも優秀なようでびっくりした。

 

『おほめにあずかり光栄です。では食器をさげさせていただきます』


「ごくろうさま。あとは夜まで人目につかないようにしてください」


『かしこまりました。アテナさま』


 丁重に一礼し、アテナさんの指令を受けると、執事幽霊は皿を持って立ち去る。


「ヨシトさんは里へもどってください。そろそろ開店で混みあいますから」


 はいはい。了解です。

 目ざとい商人さんにつかまって、商談とか持ちこまれてもこまるからな。いくらお飾りみたいな教祖とはいえ、むこうからすれば羽振りのいい新興宗教のトップだから用心しないと。

  

 ……でも、ずいぶん盛況ですよね、この銀行。

 貸金業って、やっぱりもうかるんだな。フィクションなんかだと『金貸し』って、あまりいいイメージがないから意外です。


「たしかに貸す相手が貧しい場合、金貸しは非道になりますね。しかし、それはあまりもうかるやり方ではありません。回収が困難になりがちですから。その点、教団はある程度資産のある人に貸していますから十分もうかっていますよ」


 へえ。それも意外ですね。

 お金ってビンボーな人が借りるもんだと思ってました。


「たしかにまずしい人もお金が必要でしょうが、むしろ、お金持ちのほうが投資や商売の元手など入り用も多いのです。それでいてほとんどの方が返済計画を立てたうえで借りに来ますので、貸す側としては、ありがたいお客さんですね。多額のお金を高利で借りつつ、しっかり返してくれるのですから」


 ふ~ん。金持ちのほうが金が必要ってなんか不思議な話ですね。


「はい。もっとも彼らも借りる相手は選ぶのですが。しかし教団はカジノの経営で手腕を証明し、慈善事業では信用を得ていますからね。手腕と誠実さ――信頼される要件はそろえてあります」  


 なるほど。あの炊き出しとかにも単なる善意だけじゃない意味があったのか。

 

「そうです。さて……そろそろ開店時間ですね」


 ああ、すいません。話しこんでしまいました。

 オレはここでおいとまします。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 


 アテナさんはわざわざ見送りしてくれた。  

 表口のほうはすでに開店待ちの客でごった返している。

 だから帰り際、人目を避けた裏門で――、 


「昨日は助かりました。ありがとうございます。では、また三日後に……」


 と、アテナさんは礼を言ってくれる。


 いえ。こちらこそ。

 アテナさん、これからいそがしくなるでしょうに、ここまで送ってもらってすみません。 

 オレも残って手伝いできればよかったんですが。


「いいえ。だいじょうぶです。幽霊執事たちもいますから」


 アテナさんは女神らしく、頼もしいことを言う。

 だが、ぱっと見はまだ可憐で頼りなげな少女なわけで――。

  

 ……う。がんばってる姿が妙にかわいい。 


 しばしの別れのさびしさもあって、湧き上がる感情のまま、オレはつい目の前の美少女をぎゅっと抱きしめてしまう。


「ヨシトさん。だめです。だれかに見られていたらどうするのです」


 ……あ、そうでした。すいません。


 冷徹な女神さまに叱られ、オレはあわてて身を離した。

 そのまま周囲に視線をくばる。


(……よかった。だれもいないみたいだ)


 オレは、ほっと安どの息を漏らす。



 だが、そのとき――、

 オレは銀行警備のため里から増員がかけられていたことを知らなかった。


 だから、気づいていなかった。

 遠目の利く一人の若いエルフが、少し離れた路地の角からこちらをうかがっていたことも――、


「……あいつ、マリアをたぶらかして慰み者にしただけでは飽き足らず、妹弟子ともちちくり合っていたのか!?」


 その若いエルフ――ジュードくんが歯を食いしばり、漏らしていた言葉もオレは知らない。 

 


 彼の怒りが、この先どんな波乱を引き起こすかも予想できぬまま、

 オレはマリアさんの待つ里へ、帰路を急ぐ。



 

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