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異世界で教祖はじめました  作者: 習志野ボンベ
第五章
49/110

再びモーラへ

 コルクの里、長老屋敷の自室にて――、



 夜明け前、オレの腕の中にはマリアさんがいる。

 ベッドの中でオレたちは抱き合って荒い呼吸を重ねていた。


 秋の気配も濃くなり、朝夕の空気は澄んで刺すように冷たくなってきている。

 だが、先ほどまでの行為のせいで二人は汗にまみれていた。


 ――もちろん、言うまでもなく事後である。


 うるんだ瞳、紅潮したほほ。玉の汗がマリアさんの顔だけでなく全身に浮かんでいる。

 首筋から肩、腹のくびれ、足にいたるまでどこもかしこも細く『あえて言おう。きゃしゃであると!』といった感じの体が熱を帯びている。

 さっきまではひやりとしていたのに……。


 慎み深かったマリアさんがこうなったのはオレとしたせい。

 そう考えると、なにもかも愛おしい。 


 汗でびっしょり濡れた髪がマリアさんのとがった耳、整った顔にかかっていた。

 その髪をオレができるかぎり優しく、そっとなでていると――、

 いまだととのわない息の中、マリアさんがたずねてくる。

 

「ヨシトさま、今日は……激しかったです」

「マリアさんも積極的でした……よね?」 


 おたがいの言葉に赤面し合うオレたち。


 明日はアテナさんと街へ行くと約束した日。

 つまり――明日の夜、マリアさんはオレのいない部屋で一人眠ることになる。

 そう思うと、なんだかもうしわけなさと切なさでいっぱいになり、全力で彼女を愛してしまった。

 そんなオレの気持ちを感じ取ったのか、マリアさんもいつになく自分から求めてきて――、


「だいじょうぶですか? 体――きついんじゃ?」


 オレは問う。全力で欲望のまま求めてしまったことに、今さら罪悪感を覚えた。

 だが――、

 

「いいえ。ヨシトさまに、こうまで愛していただけるなんて……わたしは本当に幸せです」


 照れながらもマリアさんはたしかに首を横に振る。


 ……うう、またしてもマリアさん、けなげなことを言う。

 これだから愛おしさがこみあげ、何度でも彼女を求めてしまうのだ。

 

 昨日から数えきれないほど感じている美人エルフさんへの欲情が、またもこみあげてくる。

 

「マリア……さん」

「……はい」

 

 オレの呼びかけの意味を悟ったマリアさんだが、拒むことはない。 

 

 というわけで――このあと、めちゃくちゃ〇〇〇した。

 

 

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 夜もあけ、朝になり――、


「いってらっしゃいませ。ヨシトさま」


 長老屋敷の前――街へ向かうオレを送り出してくれるマリアさん。

 どこかさびしげな声に聞こえるのはオレの感傷のせいか?

 せつなさを感じたオレは、もう一度、彼女を強く抱きしめる。


「……明後日、できるだけ早く帰ってきます」

「お待ちしております」


 これ以上、マリアさんを抱きしめていると出発できなくなりそうだ。

 オレは体を離し、長老屋敷を後にする。

 市場のおかげか、朝も早いというのに里の人出は多い。

 オレは振り返ることすらできないまま、人の波に飲み込まれていく。


 そして、すぐに里の外へ。

 森の中へ分け入ったオレはこっそりヘルメスの靴を使って木陰から木陰へワープを繰り返す。

 またも人目を避ける手間と時間がかかったが、それでも馬車よりは速くモーラの街へ着いた。


 この道すじも、もう慣れたものだ。

 大通りを抜け、オリンポス教団、モーラ支部の前にたどりつく。   

 


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 オレが扉を開けるとそこには――、

  

 人、人、人――商人さんらしき身なりの方々がわんさかいた。

  

 ……なんですか? この人の数は!?  

 この前に来たときはただのさびれた事故物件だったよな?

 それがなんで行列のできるラーメン屋みたいな混みようなんだ?


 それにみなさん、手に手に袋を持ってならんでいる。たぶん中身は金貨や銀貨だろう。

 先頭にならんだ人が金銀のきらめきを袋からごっそり取り出し、受付台っぽい所にならべていた   


 まさか、洗脳でもしてお布施(ふせ)の強要でもしてるのか?!

 一度、前科があるし微妙に信用できないんだよな。オリンポスの神様(ひとたち)って。


 と、オレが疑惑を抱いていると――、


「ちょうどいいところに来てくれました! ヨシトさん、早くこちらへ!」


 混雑の向こう側、目ざとくオレを見つけてくれたアテナさんが声をかけてきた。 

 受付に座った彼女は算盤をはじきつつ、片手で書き込みするという器用なまねをしていた。


 ……む、オレは洗脳なんかされませんからね。もう二度と。


 といったオレの警戒はさておき、とんでもなくいそがしそうな風情のアテナさんがきいてくる。


「ヨシトさん、帳簿を付けられますか?」  


 え? いきなりですね? 帳簿ですか?

 ええ、はい。いちおうできますよ。

 前にいたのがオレ一人になんでも押し付けるブラックな会社だったので。

 

「よかった。ではさっそく、この帳簿をお願いします!」


 アテナさんが差し出してくる分厚い紙の束。

 オレは思わず受け取ってうなずいていた。 


「……あ、はい」


 おお。なんだか、むちゃくちゃいそがしそうだな? 

 ひさしぶりにかぐ修羅場のにおい――オラ、わくわくしてきたぞ!


 静まれ! オレの右腕! すぐに書類(えもの)を与えてやるからな!


 お前を……黒く染めてやる! (もちろん。黒インクで……)


 今日はやけに社畜の血が騒ぐぜ!


 と、いうわけで――、

 何が何やらわからぬまま、オレは帳簿付けをはじめさせられることになった。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆ 


 

 ふだんはPCでやってた仕事を手作業で、それも慣れない異世界の文字と形式でやる――かなりしんどい作業だがなんとかこなせた。

 まさかヘルメスさんからもらった四十八の交渉人技の一つ『暗算』と『書類作成』をここで使うことになるとは。さすが商業神(ヘルメス)の加護を受けただけあって、初めての作業もまあ及第点の出来だ。


 ――だが、かなり疲れた。


 ようやく混雑が一段落したときには日も傾き始めている。

 差しこんできた赤い夕陽にオレは驚かされた。  

 うお? 半日も書類仕事やってたのか?


 ……悲しいけどオレ、社畜なのよね。


 立ちあがって首をひねると簿記簿記と――じゃなかった。ボキボキと関節がなった。

 う~ん。ずっと座りっぱなしの作業だったからな。


 ただ、実際にこうやって作業に参加したおかげで色々わかったこともある。  

 アテナさんがやろうとしてることが、うっすら見えてきたのだ。


 オレは、この支部のことを教団の礼拝所か何かだと思っていた。

 だが、ちがう。アテナさんがそんな無邪気で無害なだけのものを作るはずがなかった。



 呼び名はどうかは知らないが、オレの知る限り……ここは『銀行』だ。



 書類をいじり、帳簿をつけてるうち、横目でちら見した状況で気づいた。

 商人さんたちは割符という木の札と、それにハンコ付きの指輪を使ってお金をあずけている。


 ……これって、つまり『口座』みたいなもんだよな。


 それに、今度はその口座から別の商人さんの口座へ、商品の代金とかを入金していた。

 オレも生前、何度か銀行に行ってやらされたことがある。


 ……これは口座を使った『決済』だよな?


 いったい、ここで何がおこってるんだ?!

 事件は会議室じゃなく、現場(うけつけ)で起こってるんです! 

 なんて、ただでさえ足りない頭を、疲れ気味の状態で回転(オーバーヒート)させてると――、


「おつかれさまです。ヨシトさん」


 こちらも仕事を終えたアテナさんが、オレにねぎらいの言葉と湯気の立つコップを差し出してくる。


 ああ。これはどうもすみませんね。あなたもいそがしかったでしょうに。


 で、コップの中身は……おお、ありがたや。女神のお茶だ!


 差し出されたあったかいお茶。温かな水分が体に素直に染みわたる。

 かぐわしい茶葉のにおい、ほんのりした甘さが疲れ切った頭にうれしい。


 むむ。アテナさん、かしこいだけじゃなく、お茶の()れ方まで完璧とは!



 ……じゃなくて!



 いったい、教団の支部で何やってるんですか?!

 お(ふだ)をお(さつ)として使うようにしむけたり、なぜか教団施設で銀行なんか始めたり、なにがなにやらわかりませんよ!? 

 

「これがわたしの目指していた布教ですよ」


 へ? 布教って銀行やるのが目的だったんですか?

 

 教祖をやってるつもりが金融関係の仕事をしていた――なにを言ってるかわからねえと思うが、オレもわけが分からねえ。ただ布教とかお布施(ふせ)とかそんな生やさしいもんじゃねえ。もっと恐ろしい計画の片鱗を見せつけられたぜ。


 ……それがなんなのか、よくわからないので教えてくれませんか?


 頭上に?を浮かべてたずねたオレに、アテナさんは小さくため息をついた。

 

「少々長くなります。疲れていますし立ち話もなんですから、わたしの部屋へ行きましょう」 


 ……あ、はい。

 

 人気のなくなった支部の中、オレはアテナさんの背中につき従う。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「アテナさん。聞きたいことは三つあります」


 オレは招かれた部屋で口を開く。


 ――まずは一つ目の質問。


 なんでお(ふだ)が、お(さつ)として通用してるんです? その目的は?


「あの札が通貨として通用している理由――それは主に為替(かわせ)が原因ですね。ゾディアック各都市の通貨はバラバラで同じ金貨や銀貨でも微妙に価値がちがいます。そのせいで売買や為替のさい、もめごとが多く起きていたそうです。そこであのお札を基軸通貨に――つまり他の通貨との換金比率を決めて、あの札を中心にした通貨体系を作り上げたのです。ま、それが通用するのは、まだコルクの里の市場と、ここモーラだけですが……」 


 なるほど。あれこれ通貨があっても、めんどいもんな。

 オレは生前使ってたポイントカードでぱんぱんの安財布を思い出す。

 たしかに、あれは使いづらかった。ひとまとめにされてたほうが楽だ。商人さんたちがお札を使いたがる理由がわかった。

 

「くわえて言えば、お札が通貨として使われることで、札にえがかれているわたしたちの知名度も上がります。新聞や雑誌などメディアが無かった昔、通貨は重要な広告手段でしたから。あなたも皇帝や君主の顔が刻まれた硬貨を見たことがあるでしょう?」

 

 ああ。そういえば。

 あのお札――正確には信心(フェイス)札っていうらしい。だけど千フェイスはアテナ札、五千フェイスはヘルメスなんて感じで描かれてる神さまの名前で呼ばれるようになってるみたいだ。

 日本にいたとき一万円札(まんさつ)を福沢さんとか諭吉って呼んでたようなものか。

 

 ――むむ、通貨って実はすごい布教手段だったんだな。

   

 ふむ。お札の件については分かりました。

 じゃ、二つ目の質問――なんで銀行なんか始めたんです? 


「教団と里の発展資金のためですよ。将来的にゾディアック全域に勢力を広げたいですから資金はいくらあってもこまらない。しかし、どう里を発展させても、農業や特産品開発で稼げるお金ではたかが知れている。それより交易都市の金融に食いこんだほうが手に入るお金は多くなります。持たざるものが大きな利を得ようとすれば……金融に手を出すしかありません」


 へえ。銀行って、そんなにもうかるんですか? 


「ええ。お札と交換したことで取り引きから浮いた金貨・銀貨や決済用で口座に入ったままになる預金――これらを短期・高利で回せばけっこうな収益になります。決済で急に資金が必要になる商人は多いですし、不渡りを出したくなければ瞬間的に資金を借りる状況も出てきますから、そこに付けこむのです。他にも元手があれば色々できますよ」


 ……オレの足りない頭だと、アテナさんの言ってることの半分もわかりません。

 ですが、アテナさんがそこまで言うならやっぱりもうかるんでしょうね。

 

「はい。あとは安全措置ですね。すでに街と里である程度の金融システムを構築しています。これを破壊しようとすればモーラの経済には大きな打撃となるでしょう。街の中小商人に行商人――つぶれてしまっては交易都市には大損害になる。いくら領主が愚かでも周りに優秀なものが控えているでしょうから、バカなまねはさせないはずです」


 そっか。そこまで考えてたのか。

 すごいです。もう、すごいの一言しかありません。



 そして……ごほん。一番大事な最後の質問です。



 なんでオレたち、こんな話をこんな所でしてるんでしょうかね?


 オレはベッドの上、二人のおかれた状況を見回す。

 そこには生まれたままの姿の女神さまとオレがいた。



 ――つまり今は、すでに事後なのである。


 

 オレのまぬけな問いに、まだ顔に熱っぽさを残したアテナさんが答える。


「おしゃべりは、やるべきことをすませてから。子どものころ教師に言われませんでしたか?」


 いいえ。いきなり子づくりしろとは言われなかったです。 


 ま、あなたの誘いにあっさり乗ったオレもオレですし、疑問に思ってたことも理解できました。だから、もうあれこれいう気もありませんけど。

  

「そうですか。納得いただけたようでなにより。では疲れましたので、わたしは寝ます。……おやすみなさい。ヨシトさん」


 そういってアテナさんはさっさと眠りについてしまう。


 話も終わったし、それは別によかった。

 だが彼女はなぜかオレの腕を枕にしていて――、

 


「あの……、アテナさん?」


 とまどいつつ声をかけるが、すでにアテナさんは夢の中。

 オレの腕に形のいい頭を乗せ、すうすう安らかな寝息を立てている。


 つまり、朝まで密着していっしょに寝てろってこと?

 恋人っぽくて、かなり照れくさいんだが。

 

 ――ま、しょうがないか。


 オレが来る前の日も、こんな感じのいそがしさだったみたいだし。

 さらに疲れさせるようなことをオレもしてたわけだから、文句は言えない。


 と、いうわけで――、

 

「ふう」


 ため息をつくと、オレもまぶたを閉じる。

 すると、今日の疲れがどっと押し寄せてきた。 


「よっ……と」

 

 微妙にすわりの悪い寝相なので、となりで眠る女神さまをこっそり抱き寄せた。

 そして、オレも夢の世界にあっさりと落ちていく。  



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