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異世界で教祖はじめました  作者: 習志野ボンベ
第五章
48/110

コルクの里へ……

 モーラの街からコルクの里へ向かう道――、 

 オレは里への道をたどる。

 


 思ったより通行する馬車や人の数が多い。

 おかげで人目を避けて帰るのに一苦労だった。


(……前に来たとき、すれちがう馬車なんてほとんどなかったよな?)


 それが道をひっきりなしに行き来している。交通量はだんちがいだ。

 これも舗装された街道のおかげだろう。

 里に貨物置き場と宿を設置してから、商人さんたちがうちの里を根城にモーラの街に行き来する姿が当たり前のように目につくようになった。


 あとはアテナさんが街で人を雇って走らせてる定期の無料乗合馬車の影響も大きい。

 街の住人がカジノのうわさを聞きつけ、来る客も増えているというし。


(人の呼び込みは大成功なんだろうけど……こっちはめんどうが増えたな)


 うれしさ半分、めんどう半分。心の中で小さな不満を言いつつ、ひっそりと木陰から木陰へ――ヘルメスさんからもらった瞬間移動靴でワープを繰り返す。


 しかし、人の往来が増えたおかげでワープ靴の使用がめんどうになったが、一方でいいこともある。

 多くの人目があれば、以前のような襲撃が里にかけられることは減る。


(それもアテナさんの思惑通りってとこかな?)


 もっとも彼女の計画はさらに先を見越したものらしい。

 というか、まだ先があるってどんだけ深い考えなんだろうか?

 凡人のオレにはついていきづらい。


(……それでも今後は関わっていかなきゃいけないんだろうけどさ)


 ――なんて考えてるうち、里へ着いていた。


 けっこう時間がかかったのは人目が多かったせいもあったが……オレのまどいも原因。

 いろいろごちゃごちゃ考えながら帰ってたからってせいもある。


(どうやってマリアさんに接しよう?)


 方針がいまだ決まらぬまま、重い足取りで長老屋敷――自室へむかう。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「……遅くなってすいません」


 おそるおそる足を踏み入れたオレの部屋、アリアちゃんとマリアさん姉妹が待っていた。

 

「ヨシトさま、おかえりなさいませ」


 姉のマリアさんは、いつもと変わらぬ笑顔と態度で迎えてくれる。

 一方、妹のアリアちゃんは――、


「ちょっと、無断外泊ってどういうことなの! この無責任教祖! お姉ちゃんがせっかくつくった夕飯と朝ごはんがムダになるとこだったじゃない! おかげで、このあたしが全部たべることになったんだからね!」


 最初からクライマックスって感じでオレへの苦情をならべ立ててくる。


 おお。たしかに……。

 そこにはアテナさんが喜びそうな、おなかぽんぽこりんのエルフ幼女がいた。

 そんな勝気な妹をマリアさんはたしなめる。

 

「アリア、やめなさい。ヨシトさまには大事なお仕事があるのですよ」

「それだったら『今日は帰れない』とか連絡くらいあってもいいじゃない!」


 ……うう、その通りです。

 そうか。一言も入れず、帰ってこないオレのためにマリアさんは食事を準備しててくれたのか。

 アリアちゃんの話。マリアさんの文句ひとつ言わない態度にオレはたまらなくなってしまった。


 ――だから、まずは食ってかかってきた幼女エルフの頭を軽くなで、礼を言う。


「ありがとう。アリアちゃん」

「な、べ、別にあんたのためじゃないわよ! ってこら! 無視するな!」


 ツンツン照れてる彼女をそのまま押しのけると、

 オレはマリアさんのそばへ無言で近寄り――

 

 ――そして細い体をぎゅっと抱きしめる。


「ちょっと! エロ教祖! 目の前にまだあたしがいるってのに!」


 あわてて顔を両手でおおうアリアちゃん。たしかに教育上よろしくない光景だ。

 しかし、悪いが今はオレもいっぱいいいっぱいなのだ。

 けなげで献身的なエルフさんが愛しくてたまらない。


「あの……?」

「すい……ません」

   

 さすがに、ここまで深い付き合いを重ねてきただけはある。

 オレの抱きしめる強さだけでマリアさんはふつうじゃないと悟ってくれたらしい。


「……アリア、ちょっと外してちょうだい」

「え、ええ、わかったわよ!」


 テンパってる妹エルフを外へいかせると、マリアさんはなだめるように優しくオレを抱き返してくる。


「ヨシトさま、どうなされました?」 

「……すいません。本当にすいません」


 オレにはそれしか言葉にできない。

 あとは、ただ強く彼女を抱きしめるだけだ。

 しかし、オレが何も言わなくとも、深い付き合いの彼女にはそれだけで十分だったようだ。

 すべてを許すような聖母の微笑みを浮かべ、マリアさんはオレに言う。


「……ヨシトさまが何をなされようと、わたしはついて行きます。お邪魔にならないかぎり」


 オレにそう告げた美人エルフさんの目には強い本物の覚悟があった。

 その目を見ただけで、自分が今まで口にしてた『覚悟』って言葉がどれだけ安っぽいものかわかった。

 彼女を抱きしめる腕、触れている胴――温かな体温が伝わってくる。

 同時に、ここまでごちゃごちゃしてた気分が浄化されて、どんどんと晴れていく。


「あなたが……邪魔になんて……なるわけない」


 つっかえつっかえ口にしながら、オレはマリアさんが自分にとってどんだけ大事な存在なのか、心の底から悟る。

 

(……マリアさんを守るためならなんだってしよう)

 

 そして本物の覚悟――そう自分でも思えるものが、ようやくオレの中にも宿る。

  


  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「すみません、取り乱して……」


 マリアさんのおかげで、ようやく落ち着いて話せるようになったオレは頭を下げる。


「いえ、わたしなどでもヨシトさまのお役に立てたなら……これ以上の幸せはありません」


 そういって頭を下げ返してくれる、けなげなエルフ娘さん。


 と、そこでオレはようやく気が付いた。

 マリアさんが着てるのは、いつもの部屋着じゃない。

 ってことは、つまり――、

 

「あれ? ところで……どこかへお出かけでしたか?」  

「はい。買い物に行く予定です。里の市場へ……」


 へえ。だったら一緒についていきますよ。荷物持ちくらいはやりましょう。 

 半分は愛しさ、半分は罪悪感――マリアさんといっしょにいたい気分だったオレは提案する。


「いえ。ヨシトさまにそんなことをさせるわけには……」


 急な話にマリアさんはためらうが、オレはかまわずさっさと身支度をはじめる。

 いつもの目立つ獅子の毛皮――でなくフードつきのマント二つを手に取り、片方はマリアさんに渡す。


「実は市場のようすを見ておきたかったのですが、オレが教祖だとばれるとめんどうです。商談を持ちこまれたら断りづらいですからね。だからマリアさんが変装に協力してくれると助かります。――できれば若夫婦っぽい感じで……」

 

 なんてマリアさんにいい、フードつきのマントをはおる。


 ……もちろん市場の調査なんていいわけ。マリアさんとデートしたいだけだ。

 しかし、オレの言葉にマリアさんはあっさりうなずいてくれる。 


「おしのびの調査なのですね……わかりました。ではいっしょに参りましょう」


 よかった。マリアさんちょっと乗り気だ。

 なんとなく、この美人エルフさんの喜ぶツボがわかってきた。

 オレと家庭を築いてるような――そんな雰囲気を味わうのが好きなようだ。


 だからマリアさんを喜ばせるためにはウソも方便ということで。

 

 ――かくしてオレたちは里の市場へ買い物に向かう。

 


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 モーラの街とコルクの里、それに河口の港――この三つが道で結ばれたことでできたものがある。


 コルクの里の見本市だ。


 開かれる場所は里の中、荷物置き場に使ってる広場。

 最初は商人同士、あつかってる商品を見せ合ったりするうちに商談に発展し、物々交換するとこから始まった。それが最近、大々的に行われるようになり市場へ変わったみたいだ。

 さらに、うわさを聞きつけた町の商人や市民がやってきて、にぎわいを見せるているらしい。


 ――ちなみに張幕(テント)でおこなわれる見本市(メッセ)だから、張幕メッセと呼ばれてるとのこと。


 ん? どっかで聞いたことあるな? この名前って……



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 そんな里の市場をオレはマリアさんとともに見て回る。

 ここまでずっとカジノのほうに注意ばかり向けてたから、こっちは初見に近い。

 だから、なにもかもがめずらしくて新鮮に思える。


 で、その市場は屋台というかフリーマーケットみたいな感じだ。

 あちこちに商品が並べられて、その列の間を多くの人が行きかってるから通路が狭く感じられる。


「へえ、かなりの人出ですね。それに品数も思ったよりそろってます」

「ええ。いろいろなものが入ってくるようになりました。それでいて値段は街に買いに行くよりも安く手に入るので本当に助かっています」


 オレのとなり、マリアさんが少しためらいがちに言う。

 三歩下がってオレを立てようとするマリアさん――そんな彼女の手を取り、腕を引き、腰に手を回して、強引にオレの横を歩かせているからだろう。


「ほら、しっかりくっついてください。そうしてくれないと夫婦っぽく見えませんよ」   

「わ、わかりました。それでは失礼して……」 


 恥じらうマリアさんをオレの腕にしがみつかせ、リア充爆発しろって感じを漂わせ市場を散策する。


「ちなみに今日はなにを買う予定だったんですか? マリアさん」

「はい。布を少々買おうかと思います」

「布? アリアちゃんや自分の服でもつくるんですか?」


 オレがたずねるとマリアさんは顔を少し赤く染める。


「いえ、その……ヨシトさまの服を何着か作りたくて」 


 え? オレの服?


 ま、たしかにオレは初期装備――いわゆる『たびびとのふく』しか持ってないもんな。

 正直、『獅子の毛皮』って神話レベルの最強防具があるんであまり気にしてなかった。

 だが話もけっこう進んだのに、いつまでも初期装備ってのはたしかによくない。 

 あとは適当な部屋着があるくらいだけど……そういえばあれもマリアさんお手製だったな。


 う~む。なんて気が利くありがたいエルフ娘さんだ。感謝してもしきれない。 

 

「そんな……あまり上手にはできないかもしれませんし……」


 いえいえ、あなたが作ってくれたらそれだけで最高の装備です。

 喜んで愛用しちゃいましょう。

 

「もう、ヨシトさまったら……」 

 

 ……なんて風に、いちゃいちゃしながら市場を歩く。


 オレたちの姿に気づいた里の人もいたが、暖かな視線とともに見逃してくれる。

 おかげでマリアさんとのひと時をゆっくり過ごせた。


「マリアさん、あの布なんてどうです?」

「あれですか? 男性には派手な気がしますけど……」


 生地を売っている屋台――オレの指さした布を見て、マリアさんは首をかしげた。

 だが、オレは首を横に振る。


「いえ。マリアさん用です。たまには着飾った姿も見てみたいと思うんですが」

「わたし……ですか? わたしなどにはにあわないと思いますが……でも、もしヨシトさまがどうしてもと望まれるなら……」


 そういいながらも、マリアさんはまんざらでもなさそうだ。

 光沢のあるきれいな生地を見て、ときに手に取ったりしている。


 ――なんて風にオレたちは二人で過ごす時間を楽しむ。 



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 しかし、しばらく市場の中でいちゃいちゃしてると――、


「……ッ!」


 オレの腕にすがり、ふいに身を固くしたマリアさん。表情もこわばっている。

 どうしたのかと彼女の視線の先をたどると、そこには――、


 里の若いエルフが一人いた。ジュードくんである。


「……」


 自警団の仕事なのだろうか?

 狭い通路、オレたちとすれ違うことになるその場所にジュードくんが無言で立っている。

 彼はマリアさんの幼なじみ。かつてはマリアさんのことを意識してたみたいだ。

 しかし、里が人さらいにおそわれたとき、マリアさんが里の娘をかばって純潔を汚されて――

 頭に血の上ったジュードくんは、罪のないマリアさんをひどく責めた。 

 

 ……そんなジュードくんが、オレたちににらみつけるような視線を送ってくる。

 一度は『石打ち』なんてひどいことしようとした彼だが、他の男とともにいるマリアさんを見て複雑な思いもあるのかもしれない。

 

 だが――、

 もう彼にマリアさんのことはゆずれない。

 オレにとってマリアさんは失うことのできない大事な人なのだ。


 だから――、


「……見回りご苦労さま」

「はい、お気を付けて……ヨシトさま」

 

 氷のように冷たい声でオレとジュードくんは言葉をかわしあう。

 ジュードくんはそのまま、さっさとオレたちのわきを抜けていく。


「……だいじょうぶ。なにも心配ないですよ」


 震えてるマリアさんの、とがった耳元でささやくと――、

 彼女はぎゅっとオレの腕につかまり、今まで以上に強く寄り添ってきた。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 

 

「……じゃ、また生地さがしをはじめましょうか?」

「え、ええ……」


 マリアさんの気分を切り替えるため、なにごともなかったかのように買物を再開する。

 さっきの出来事で少しおびえていたマリアさんも市場の活気のおかげで、すぐ生気を取りもどした。

 買い物という行為がストレスを発散させてくれたのだろう。

 

 マリアさんだけでなく、見かけた里のみんなが心から楽しそうに買い物していた。

 今まではわざわざモーラまで出かけなきゃならず、しかもなかなか物が手に入らない足元を見られて、商会に品物を高く売りつけられてたらしい。

 それがいまや商品が里の市場で手に入る。

 しかも店同士で競争して、さらに間に商会も入っていない。だからモーラで買うより安いんだそうだ。


 その点は、実はちょっと誇らしい。

 ま、ほとんどすべてアテナさんの計画のおかげなんだけどさ。


 と、オレが里のにぎわいをにやにやながめてると――、


「そこの美人の奥さん。どうだい、この布地? だんなさんに似合うんじゃないかい?」

「そんな……美人だなんて……でもたしかにいい色合いですね?」


 おや?

 商売上手なオッサンに目をつけられたらしい。

 マリアさんはつい財布のひもをゆるめかけている。


「では、これをください」


 手に取った生地の質感や色が気に入ったらしい。マリアさんは買うことにしたようだ。


 ――って、あれ?!


 財布からマリアさんが取り出したものをみてオレは目を丸くする。 

 マリアさんの手から商人さんへ代価として渡されたのは……なんと女神モードのアテナさんが描かれたお(ふだ)だったからだ。



    ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「これで……アテナ札で足りますか?」

「ええ。おまけしときますよ。奥さん美人さんですし、だんなさんとも幸せそうですから。そのかわり次からもごひいきにどうぞ」


 商人さんとなごやかな会話をかわし、マリアさんはアテナ札の代わりに商品を受け取る。


 ……あの、それってカジノの景品のお(ふだ)ですよね?! 

 それが、なんで買い物で使えるんです!?


 あわてて聞いたオレにマリアさんは首をかしげながら答える。


「パラスさまが、このお札を里での宿や食事で使えるようになさったのです。そうしたら、いつの間にか商人さん同士でも使うようになって……そのうち市場でも……」


 マリアさんの言葉に、生地商人さんがうなずく。


「はい。あちらの金細工店(ゴールドスミス)でいつでも換金できますし、カジノでも宿でも使える。その上、銀貨や金貨みたいにかさばらないし重くない。精巧だから偽物も作られない――こちらの札の便利さに気づいたら、もう後戻りはできませんねえ」

「ええ、たしかに。お買い物に便利なので重宝しています」


 そういって笑顔を見せ合うマリアさんと商人のオッサン。

 その笑顔にオレも表面上は合わせつつ、内心ではかなり驚愕していた。


 お(ふだ)が、お(さつ)に?! 

 通貨になりかけてるってことだよな?

 これって、どういうこと?! 


 ……いや、これももしかしてアテナさんの計画なのかも?


(とにかく、あとできちんと聞きに行かないとな)


 ――オレはそう心に決める。


   

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