女神の起こす波乱
どうもひさしぶりの教祖、久世ヨシトです。
いきなりな話でなんですが、オレは小難しい話が嫌いです。
長い説明シーンのある映画も小説も嫌いです。即座に視聴をやめたくなります。
……けど、最後まで見るクセが付いちゃってるんですよね。
たぶん、高校と大学時代の先生の影響です。
あの人たち、いつも話の最後にテスト範囲とか大事な話題を入れてくるもんだから、本当に気が抜けませんでした。
それは、うちのアテナさんも同じようで――、
とくにあの女神さまの場合、最後に飛び切りの爆弾を撃ちこんでいってくれます。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「これがわたしたちが今いる世界――ミドハイムの地図です」
アテナさんが机の上に取り出した地図。
そこにはカタカナの『コ』の字のような図がえがかれていた。
地図の上――北のほうにはカルナック帝国とかかれた広大な領域がある。
そして下――南にあたる部分にはフェニキア王国。カルナックに比べればやや狭いが、しかしこちらもけっこうな広さだ。
そして地図の右端、『コ』の字の縦線部分の中央――『十二都市同盟』と書かれた一帯がちんまりと二国の間に挟まっている形だ。
この三地域にかこまれた中央には海がある――ノストゥルム海というらしい。
だが、地図に載ってるのはそれだけ。どうにも中途半端だ。地球の地図を見慣れた身には物足りない。
あれ? 世界地図っていいながら、もしかしてこれしか載ってないんですか?
「はい。人が住める場所――こちらの世界でいう『正域』はこの地図にえがかれた分がすべて。ノストゥルム海と呼ばれる内海をを中心とした一定の範囲だけです。あとは魔物が住む『暗黒域』と呼ばれるエリアが広がっているらしいですよ」
そっか。モンスターが住んでるようなとこには出ていけないよな。
オレはかつて戦ったゴブリンやトロールのことを思い出す。
あんなのが住んでちゃ、うかつに調査もできない。地図にのせられないわけだ。
「これでも人類の生存域は大きく拡大したそうです。この世界に初めてやってきたエジプト神たちの手柄ですね」
へえ、オレたちより前に来てたんですか?
「はい。千年ほど前、この世界にやってきたエジプトの神々がこちらの世界の人類に文明と技術――魔物から身を守るすべを与え、カルナック帝国を作り上げました」
おお……千年も前か。この世界ってけっこう長い歴史があったんだ。
「ええ。一時は人間の生存域すべてがカルナック帝国の領土だったそうです。しかし……七百年前に内紛が発生し、カルナックは大きく国力を落とした」
ああ。どこの世界でももめごとってあるんですね。
「そうです。そして内紛に乗じて独立を果たしたのが『十二都市同盟』と、フェニキア王国です」
十二都市同盟ってオレたちのいるモーラを含む一帯だよな。
フェニキアってのはカルナックと世界を二分する大国だっけ?
「はい。新たにこの世界にやってきた神『バァル』。彼は魔物の中でも知性のある『魔族』とよばれるものたちを味方につけ、瞬く間に正域の南半分を制圧。『フェニキア王国』を建国させました。ちなみにバァルの与えた海洋技術で、フェニキアはノストゥルム海の制海権を手に入れています」
バァル? 聞き覚えのある名前だな?
あ……もしかして里を襲ってきた『鬼使い』の所属先?!
百鬼夜行と名乗ってたスレイマンが信じてた神さまの名前だっけ!?
「ええ。自分が他の神のすきをついて信者を獲得しただけに、バァルは我らの侵入に神経質になったのでしょう。そして、バァルの命によるあの襲撃こそ、わたしが里の発展計画を急いだ理由の一つです」
え? なんで襲われると里を発展させなきゃいけなくなるんでしょうか?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「もし、またあのような連中が襲ってきたら、ヨシトさんは勝てますか? おそらくあれでもバァルにとっては小手調べ。もっと強力な敵が出てくる可能性もあります」
それは……難しいかもしれません。
前回だってヴァジュラクーンを呼び出して、ようやくぎりぎりで勝てたくらいだし。
「そういうことです。そしてあなたが負ければあの里は終わり。里の民はみな他愛もなく殺されてしまうでしょう。バァルは容赦などしない神です。あなたも今回のやり口で理解したでしょうが……」
それは困ります!
あそこにはオレにとって大事な人がいる。それに里のみなさんも死なせたくない。
「だから、攻撃をやめさせるには……我々も力を得る必要があるのです」
ええ、まあ、そうでしょうね。
やられたらやり返すくらいの力がないと、好き勝手にやられちゃうでしょうから。
「……ということで、わが教団の当面の目標は『十二都市同盟』全域の掌握となります」
へえ。
……あれ? でも、それだけじゃ足りなくありません?
相手はこの世界を二分する大国なんでしょう?
どう考えてもこの十二都市同盟だけじゃ対抗できない気がするんですが……
地図上のちんまりした領域を見て、オレは思う。
「そうですね。大ざっぱな戦力比で行けばカルナックが45、フェニキアが40、そしてゾディアックが15ほど。たしかにこの地域だけでは、どちらの国に対抗しても、あっさり踏み潰されて終わりです」
え? それじゃダメじゃないですか?
「ええ。しかし『この地域だけ』で対処しようとしなければ話は変わります。十二都市同盟が持つのはたった15の戦力。……ですが、カルナックとフェニキアどちらについても、ついた側に勝利をもたらすことができるだけの力なのです」
そうか。オレたちだけで戦う必要はない。
フェニキアが攻撃してきたらカルナックに、逆の場合ならフェニキアに協力してしまえばいいんだ。
「そういうことです。つまりこの地域を抑えるだけで我が教団は安全と平穏を勝ち取ることができます。もともとこの地域が独立を保っていたのも、両国の間でうまく泳ぎ回っていたからですし」
おお、なるほど。アテナさん流の天下三分の計ですね。
オレは女神さまの遠大な計画に感心するが――、
アテナさんは首を横に振る。
「……と、大きな話をしましたが、現在のところ我々はこの里の維持が精いっぱい。モーラの街の権力者がその気を出せば、この里など一思いにつぶされます」
う……、それはそうですけど。
「……しかし、あと少しで彼らは我々をつぶせなくなります。そればかりかモーラの実権を握ることも不可能ではなくなる」
おお。すごいですね。
いったいなにをやってるのか知りませんが、そうなれば一安心です。
「いえ。問題はそのあとなのです。あなたの覚悟が試されるようになります」
オレの……覚悟? どういうことです?
「これから十二都市同盟の諸都市を一つづつ傘下に入れていく。その過程でカジノよりはるかに汚いことに手を染めたりするかもしれない。だれかをだましたり、おとしいれたり――そんな悪事に、あなたは耐えられますか?」
う~ん。
……あまり気分はよくないですけど、それでも里のみんなを守るためなら。
もし選ばなければいけないなら、オレはまず里のみなさんを選ぶと思います。
「そうですね。まずは大事なものを選び、守るべきものを選ぶこと――あなたは大きなことを成し遂げる上での第一歩目を踏み出しました」
オレの言葉をアテナさんは、ほめてくれた。
――しかし、その上でアテナさんは妙なことをきく。
「……ではヨシトさん、『守る』ために『裏切る』ことになってもかまいませんか?」
え? それって、どういう意味でしょう?
守りながら裏切るって、どういう状況でしょうか?
「たとえば政略結婚などはどうです? あなたは教団の代表です。教団が力を得ていくうち、その結婚に政治的な意味が出てくる。もしかしたらマリアさんとは別の女性と結婚し、子を作る必要があるかもしれない。これはマリアさんを裏切ることにはなりませんか?」
うう……考えてませんでした。
ムチャクチャいやな質問ですよね。
……でも、そうするより他に手がないなら、そうすると思います。
マリアさんや他のみんなの命と二択の天秤にかけるんだったら、オレはそうします。
早く力を得なければ、この里は狙われ続けるんでしょうし。
もうみなさん……特にマリアさんをあんな怖いことには巻きこみたくないです。
……だから、やむをえない状況ならそうする覚悟があります。
オレが正直に言うと――、
「いい覚悟です。ヨシトさん」
アテナさんは、もう一度ほめてくれた。
しかし、その上で――、
オレに真剣な目を向けてくる。
「ただ……口ではなんとでも言うことができる。だから、あなたの覚悟を試させてほしいのです」
試す? いったいなにをすればいいんでしょうか?
岩に刺さった剣を抜けとか、魔獣の卵をかえせとかいう無茶ぶりでしょうか?
凡人のオレは不安になります。
だがアテナさんはオレの問いに答えず、ただ黙って立ちあがった。
「……ついてきてください」
それだけ言うと、これまで話をしていた一階の広間を離れ、アテナさんは階段を上る。オレはそのあとにつき従う。
二階に着くと、ぶあつい絨毯のしかれた床の上を音もなく歩く女神さま。
しかしこの屋敷、シャンデリアやら階段の手すりのお高そうな彫刻とかもそうだが、かなりリッチな建物である。悪霊付きとはいえ、よく安くレンタルできたもんだ。
もっとも、アテナさんの言ったことが気になったオレは上流な雰囲気を楽しめない。
居心地悪く美少女の背中を追い続ける。
そして、アテナさんは二階の一室、小部屋の前に立ち止った。
「……どうぞ」
いったいどんなものが待ち受けてるのか?
オレはおびえながら、その一室に足を踏み入れる。
だが――、
そこは実にふつうな部屋だった。
物が少なくて殺風景だけど、だれか暮らしてるみたいだ。
ベッドと棚、それに机の上には大量の書類、見覚えのある算盤
そして、なんだか記憶にある、ふわりと甘いにおいが――、
あれ? これってもしかして?
「はい。わたしの居室です。この建物を借りてから、宿屋に泊るのではなく、こちらを利用しています。賃料がもったいないですから」
え? あの悪霊さんたちのど真ん中でお泊りですか?!
「ええ。彼らの霊格ではわたしに手出しなどできませんから。着替えをのぞきに来られるのが難点でしたが、別に見られて減るものではありませんし」
減りますよ! 美少女女神さまの肌の希少価値が!
というか、そんな罰当たりなことをしてたのか、あの幽霊さんたち。
「ま、除霊してしまった今となっては、どうでもいいことです」
そう言いながら部屋の一角、ベッドの上に腰かけるアテナさん。
彼女は自分が座った場所のとなりあたりをポンとたたくと――、
「どうぞ、こちらへ」
「あ、はい、どうも……」
オレはつい言われるままにベッドの上に腰をおろし……、
え?!
ていうか、なんですかこの状況?!
いちおうオレはマリアさんという彼女持ちです。
だから、こういう風にうら若い女性のお部屋にお邪魔するのはちょっと――
ましてベッドに誘われるなんて……
なんてアホなことをパニックにおちいった頭で考えてると、
隣に座ったアテナさんが、ふいに質問を発した。
「……ヨシトさん。あなたは先ほど、覚悟ができているといっていましたよね?
マリアさんを守るためなら、裏切る覚悟もある……と」
はい。それはもちろん。
ようやく我を取りもどして返答したオレだったが――、
アテナさんは、いつもどおりの冷静冷徹な声と表情で、さらにオレを追いこんでくる。
「……ならば、今、ここでわたしを抱いてください」
え?
は!?
まったく予期していなかったアテナさんの言葉。
数秒間、硬直して言葉の意味を理解したオレは、
――頭の中が真っ白になった。




