里の発展計画~その5
――オレはアテナさんの体を路地裏の壁に押し付け、その壁に手をつく。
いわゆる『壁ドン』の姿勢だ。
誤用だったはずが、こっちが主流になりつつあるイケメン御用達のポーズである。
「……なんのつもりです? ヨシトさん」
アテナさんの声も視線もとんでもなく冷たい。
そりゃそうだろうな。いきなりこんな失礼なことされれば、だれだって腹が立つ。
ましてオレみたいな非イケメンにやられりゃ、よけいイラッとするだろうし。
――もっとも、こっちだって『ただしイケメンに限る』ポーズだってのは、百も承知だ。
その上で、オレにも引けない理由がある。
なんとしてもアテナさんから聞き出したいことがあるのだ。
「アテナさん……一つ教えてください」
「それは、今、この状況でたずねなければならないことですか?」
「はい。ぜひとも」
薄暗い路地で美少女に壁ドン。
からんでるようにしか見えないかっこうでオレは問う。
「今までオレを布教計画の大事な部分から外してた理由は、アテナさんが好きに計画を進めたかったから。……そして、計画を進める上でオレが役立たずだから――そう思ってました」
「はい。それはもちろん」
うぐッ!
あっさり言われた一言が心をえぐる。アテナさんホントに遠慮がない。
だけど、ここで引いちゃダメだ。
……逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
もっと食い下がらなきゃ。
「でも、理由はそれだけじゃないでしょう?」
「……いいえ、そんなことはありません。あなたがさっき言った理由がすべてですよ」
ああ、やっぱりウソだ。
声は平静なままだけど、答えるまで少し間が空いた。
ヘルメスさんの加護で交渉術を身に着けたオレは、見抜こうとすれば必ず相手のウソがわかる。
どこぞの逆転弁護士みたいな力だ。
アテナさんもそれくらいは理解しているはず。
それなのにウソをついた……いや、ウソをつかざるをえなかった。
――ということは理由はやっぱり。
「今の反応でわかりました。アテナさんはオレをかばってたんですよね? アテナさんのやろうとしてることに巻きこまないように、オレを計画から遠ざけてくれていた。ちがいますか?」
――オレが問いかけると、アテナさんは忌々しげに首を振る。
「……ちがうといっても見抜かれてしまうんでしょうね?」
「はい」
「まったく、ヘルメスもやっかいな加護を……」
舌打ちを漏らしたあと、ため息をつくアテナさん。
「賭博というのはファールスの国法では重罪です。それに裏社会と衝突する可能性だってあった。教祖を死なせるわけにも、評判を傷つけさせるわけにもいきません。ましてただ教祖役を押し付けられたあなたに、そこまでの重荷を負わせることはできない」
そうだった。
この女神さまはふだんは冷酷で冷徹だけど――でも心の底は優しいんだ。
「だから、わたしに全ての罪と責任を押し付ければよいのです。教祖の妹弟子であることをかさにきて横暴で悪逆なふるまいをしたあげく罰された。そういうことにしましょう。あなたが罰してもいいし、権力にゆだねてもいい。どちらにしろあなたの手は汚れぬまま、教団は大きく力を手に入れる。そうすれば、あなたはすぐに向こうの世界に帰れるでしょう」
そんなことできませんよ!
あなたは自分を粗末にし過ぎです!
「気にしないでください。しょせん、かりそめの体です」
アテナさんは切り捨てるように言った。
いえ、それはちがいます!
パラスはオレたち――里のみなさんにとって、もう欠かすことのできない大事な仲間なんですよ!
あと、いいかげん一人で全部かかえこむのはやめて、オレも計画に参加させてください。
「そうですね。計画もそろそろ最終段階――あと少しで邪魔も入らなくなるでしょう。マリアさんと結ばれて、ヨシトさんの覚悟も定まったようですし。……今後の計画について話をしておくときなのかもしれません」
あれ? あっさり教えてくれそうだぞ?
「さあ……放してください」
あ、すいません。長々と拘束して。
オレから身を離したアテナさんは、ぽんぽんとほこりを払うしぐさをすると――、
「こちらへどうぞ。新しく手に入れた教団のモーラ支部があります」
そういって、先立って歩き始めた。
へえ、いつの間にそんなものを……?
いったいどんな場所だろう?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オリンポス教団モーラ支部は大通りから少しだけ離れたところにあった。
くすんだ灰色のあつぼったい石造りの壁が少々、どよんとした雰囲気を漂わせている。
だが、構えは立派だし敷地も広い。立地も最高だ。一等地と言っていい。
へえ、けっこういいとこにありますね。モーラ支部。
中に入ってみたけど……かなり広い。
家具がないから殺風景だが、その分、床面積の大きさがよくわかる。
天井も高くて壁や戸なんかの作りもしっかりしてる。すきま風も吹きこんでこない。
おお! けっこう高かったんじゃありませんか? よくそんなお金がありましたね?
「いいえ、格安レンタルで借りたのですよ」
え? こんないい建物をレンタルですか?
まさか、アテナさん。またなにか非道な交渉を?
「そんなことしませんよ。ただ殺人事件があって以降、買い手がつかないというので、思いっきり安く借りることができました」
さ、殺人事件?!
――ちょ、事故物件じゃないですか!
「たいした問題はありません。残留思念が二つ三つ残ってるだけですから」
ああ、なんだ。残留思念が二つ三つだけか。
それなら安心……って!
それって、この建物に『なにか』がいるってことじゃないですか!
しかも二つ、三つってことは連続殺人ですか?!
そういえば入った瞬間に冷気を感じたし、室内は明かりをつけたのに妙に薄暗いし……
「だいじょうぶです。神の加護を受けたあなた、それにわたしの神格に及ぶ霊格をもった霊などここにはいません。だからいっさい害はありません」
……いや、あきらかに挑発ですよ、その発言。
パン! ガガン!
うううううううううううぅ……
案の定、ラップ音が響き、うめき声まで聞こえてくる。
……ほら。言わんこっちゃない。
ああ、しかも向こうの物陰。
半透明で血まみれなオッサンがめっちゃ恨めしそうな目でこっちを見つめてるし――。
『デテケ、ワタシノヤシキカラデテイケ』
もう、マジで怖いです。
しかし震えるオレとは対照的に――、
アテナさんは平然としている。
「ああ、もう……音がうるさいですね。これでは落ち着いて会話ができません」
え? アテナさん、問題にするとこは騒音ですか?
一方、ラップ音にいらだたしげに首を振ったアテナさん。
彼女はつかつかとオッサン幽霊のほうに歩み寄ると――
「うるさいんじゃ、このしゃばぞうが! ワレ、かばちたれとらんで、さっさと往生しときィ!」
――え?! なんですか? その罵詈雑言!?
ドムッ!
しかも、さらに続けて、顔はやめときなって感じのボディブローが一発。
ぎゃッ! 超いたそうです! オッサン幽霊が苦しそうです!
腹パンを受けたオッサン幽霊は腹をおさえてうめき――、
それでも追及をやめないアテナさんに半泣きで土下座して……
最後に断末魔のうめきを上げて消えていった。
……うわあ、さすがのオレもドン引きです。
そして恐るべしアテナ式除霊術『腹パン』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
もどってきたアテナさんはいつもの言葉づかいでオレにわびる。
「乱暴な言葉を使ってしまい、驚かれたでしょう? 失礼しました。しかしああいった悪霊とのやりとりでは絶対に負けないという心の強さが大事なのです」
……いえ。だからってヤンキーみたいなあれはちょっとねえ。
「しかし効果のある除霊法です。現にたちの悪い霊の気配は消えましたよ?」
そりゃ、あんな光景見せられりゃそうでしょうよ。
アテナ式除霊術『腹パン』のえじきにはなりたくないでしょうし。
「これでもう悪霊はいないようですね。しかし、また出てこられても面倒なので、あとは盛り塩でもしておきましょう」
え? 盛り塩ですか?
ここで出てくるとは意外です。意外とメジャーな民間信仰に頼るんですね?
「はい。かなり有効ですよ。塩が空気中の水分と結合して発生したイオンが、ちょうどいい具合に記憶場を乱し、残留思念の再結合を阻害するのです」
あ……そこは微妙にSF解釈なんですか。
「……さあ、くだらない話はさておき、今後の計画について説明しましょう」
――そういってアテナさんはテーブルの上に地図と書類を広げ始めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方、余談だが――、
この建物に出没していたあの哀れなオッサン幽霊は、実はどうやっても除霊できない悪霊として有名だったらしい。
それをわずか数日で追い払ったということで、除霊を行ったとされた教祖のこのオレ、ならびに我らオリンポス教団はさらなる信心を集めることに成功した。
――しかし、こんなんで良いんだろうか? オレの布教ライフって……




