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異世界で教祖はじめました  作者: 習志野ボンベ
第四章
43/110

里の発展計画~その4

「……ヨシトさん、こちらです」


 アテナさんはオレを馬車へと案内した。

 ん? どこへ連れて行く気だろう?


「これって……モーラへの道?」 


 おそれ多くも女神さまが馬車のたずなをとってくれた。

 なめらかな路面のおかげでぐいぐい速度が出る。

 馬車の震動も以前に比べてはるかに抑えられていた。

 

(思ったよりすごいんだな。舗装の効果ってのは……)  


 なんてことをぼんやり思いながら、後方に流れていく風になぶられていくこと十分ほど――、

 ここまで無言だった女神さまがようやく口を開く。


「……ヨシトさん、ご不満のようですね?」


 彼女の問いにオレは大きくうなずく。


「はい。あれじゃあんまりですよ。アテナさんなら、もっとマトモに里を発展させることもできたんじゃないですか? たとえば開拓とか特産品の開発とか……」

「そうですね。たとえば大地の女神デメテルの力を使えば農地を改造することはできます。あのような森の中でも十分な収穫を得ることもできるでしょう。商品作物の開発もできるかもしれません」

「だったら……そうすればよかったじゃないですか!? わざわざあんな汚いことをしなくても!?」 


 オレは声を荒げる。

 ギャンブルとか天下りとか、布教ってこういう汚いやり方でするもんじゃないと思う。

 押し付けられた教祖の仕事だけど、それでも里を守って感謝されたりしてるうち、少しは誇りを持てた仕事だったのに……。 


 しかし――、

 アテナさんの切り返しは思ってもみなかった視点をついてきた。


「――ですが、弱者であるハーフエルフが肥えた農地をもっていたら奪いに来るものが必ずあらわれます。あの里に彼らが住むことが許されているのは土地の貧しさゆえ、だれも住もうとしなかったからです」


「う……、じゃ、馬車と道と交易でもうけるとか? 今から値上げしても遅くはないでしょ?」


「同じことです。道は公共のものだから管理は領主がやると言い出したら? ハーフエルフのみなさんは里を追い出されて終わりですよ? 相手に力があり、こちらが弱者とみくびられているかぎり、良いものを持てば奪いにこられます。例の黄金像の一件のとき気づきませんでしたか?」

 

 そうか。奪われる危険ってのを理解してなかった。

 強者独占主義(ジャイアニズム)はアニメの中だけじゃないんだ。

 里を発展させるつもりが出ていくハメになったら目も当てられないもんな。


 だけど……権力を相手にするにはどうすればいい?

 オレの受けてる加護で追い返すことはできそうだが――それじゃいけないんだろうな。

 生活に必要な物資とかで兵糧攻めにされたらウチの里なんてすぐに終わりだし。


 じゃあ、他の手は……?

   

 ……ダメだ。思いつかない。 


 思考の袋小路に入ってしまったオレに、アテナさんが助けの手を差し出してくれた。


「だからこそ権力が手を出したがらない『宗教』と『賭博』を主体にした発展計画を立てたのです。宗教がらみのいざこざは権力者にとってもめんどうですし、為政者が賭博の胴元などやれば民からの信頼は失われますから」


 あ、なるほど。

 それで、あんな風にうさんくさくて、ややこしい名前のカジノにしたのか。 


「もともと宗教が賭博に頼るのはめずらしいことではないのです。日本では『富くじ』と呼ばれる宝くじのようなものを寺社が運営していたこともありますし、権力の手がおよばない聖域(アジール)で、いかがわしいことをおこなわせていた例は東洋でも西洋でも存在します」


 へえ。そんなこともあったのか。


「――それに、まっとうな方法では時間がありませんでしたので」 

 

 ん? 時間がない? なぜです? 

 布教にタイムリミットなんてなかったはずですよね? 


「………………」

  

 オレの問いに帰ってきたのは沈黙だけ。

 そこから先、アテナさんはただただ黙りこくるだけだった。

 到着までの時間がむちゃくちゃ長く感じられた。


 

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 そして、オレたちはモーラの城門前に着く。

 この前来たときは大通り――商店が立ち並ぶ一角へ足を向けた。

 だが今回、馬車は裏道から裏道へと抜けていく。


 やがて、路地の狭さが極限に達したところで――、


「……ここで降りてください」


 アテナさんが再び口を開く。


 そこはありあわせの材料で作られた、みすぼらしい木造住居が立ち並ぶ一角だった。

 石造りの住宅が多いこのモーラの街の中、

 スラム、貧民街――どう呼べばいいかはわからないが、異臭が漂い、住人達の視線もけわしい。


 いったい、こんな場所になんの用だろうか?

 もしかして暗黒街のボスとの会談?


 ――なんて考えてたオレの見こみは大きくちがった。



 足を踏み入れたボロボロの仮設小屋の中――、


「「「パラス先生!」」」

「はい、皆さん、宿題はやってきましたか?」


 オレたちを迎えたのは、服もつぎはぎ、水浴びもしていないから垢だらけの子どもたち。

 しかし、目だけはキラキラと輝いている。


「アテナさん、ここは?」

「貧しい子どもたちのための学校です。教養こそが貧しさから抜け出す唯一の方法ですので。……ヨシトさんは、しばらくそこで静かに授業を見ていてください」


 アテナ先生の授業はあいかわらずわかりやすく、子どもたちに人気のようだ。

 もっとも子ども用の教材にギリシャ神話は少々、対象年齢が高すぎるんじゃないかと思います。

   


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 ――次に連れて行かれたのはスラムの中でもちょっと広い一角だった。

 

「ヨシトさん、次はこちらです」

 

 オレは、またも言われるままについて行く。

 そこには大きな鍋が火にかけられていて、それを囲む人の群れでごった返していた。


 粗末な器を手に集まった人々が、鍋から煮込みらしきもの受け取っている。

 これって『炊き出し』だ。

 配っている側も、炊き出しを受けている側もここの住民みたいだが……。

 アテナさん、ときどき街に出かけてたけど……こんなこともしてたのか?



「パラスさま、今日も盛況ですよ」

「そのようですね。わたしも手伝いに入ります。ヨシトさんはそちらへ」


 声をかけてきた男に、アテナさんは返答すると、腕まくりして炊き出しに参加する。

 ずらりと並んだ列の先頭、ぼろぼろの衣服をまとった男が薄汚れた椀を差し出すと――、


「はい、どうぞ」

 

 アテナさんは笑顔で煮込みをよそってあげている。

 

 ――オレはそのようすをぼうっと見ていた。



   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「お待たせしました」


 しばらくして炊き出しの列が途切れたころ、アテナさんはもどってきた。



 いえ、かまいませんけど……オレはこれまで何を見せられていたんです?



「あなたが腹を立てていたカジノのお金の使い道ですよ」 


 えっ!? 

  

「カジノのもうけは今後の計画に必要な分を除き、教団の名前で学校と炊き出しにつぎこんでいました。あとは少額の貸付、それに就職の世話ですね。里と街とを結ぶ馬車の乗り手として雇用しています。しかし……急いだつもりでしたが、救えなかった人もたくさんいましたけど……」  


 救えなかった? どういうことです? 

 

「栄養が足りずに病で死んだ赤ん坊。ひもじさに耐えかねて盗みを働き、私刑(リンチ)を受けて亡くなった老人。貸し付けが間に合わず買われていってしまった子どもたち。残念ながら今日を迎えさせてあげられなかった人たちが多くいます」


 アテナさんはいつもの通り冷静な口調なのに、こっちは底抜けに気分が重い。

 吐きそうな気分になったオレに、アテナさんは急に妙な質問を投げかける。


「……ヨシトさん。溺れかけている人がいたとして、その人に投げる浮き輪の色や形を気にしますか?」


 いきなり、なんですか? 

 そんなこと気にするわけないです。だって相手は溺れかけてるんですよ?


「では……その浮き輪が盗まれたものだとしたら?」

 

 それは……いけないことだけど、しかたないんじゃ……? 


 あ……、


 と、そこでようやくアテナさんの質問の意味が分かった。

 ギャンブルや天下りみたいなえげつない手段に頼っても、できるだけ早くお金を得たかった理由。

 それは明日死ぬかもしれない貧しい人たちを救うためだったのだと。

 

 ――オレには返す言葉がなかった。



    ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 ……でも少し意外だった。

 アテナさんは、こういう風に貧しい人たちに気を配るような性格だと思っていなかった。


「昔のわたしはそうでした。しかし今はちがいます。貧しき者こそ、なにをおいても真っ先に獲得すべき信者なのです。より強く神の救いを求め、その分より強い信心を注いでくれる。『貧者の一灯』という言葉もあるように……」

 

 ああ、やっぱりちゃんと合理的な目的があったんですね。 


「……ええ。布教のためという理屈が半分。あと半分は神としての(さが)ですね」


 神としての(さが)

  

「神とは人の願いと祈りが交差して生まれたもの。つまるところ、人により良い生をおくらせることが神として最大の義務であり願望なのです。もっとも、わたしがそうと気づくのに、とても長い時間がかかりましたけど……」


 遠い目をして、つぶやいたアテナさん。

 炊き出しのとき(すす)が付いたのか。形のいい鼻の先がちょっぴり黒く染まっている。

 身にまとってるのも作業用の粗末な服。しかも、よそっていた煮込みがはねてあちこち染みを作っている。  


 それでも……今の彼女は、どんなにきんきらきんのご神体よりも神々(こうごう)しかった。


 一方、オレは何も知らずに、安っぽくて、ちっぽけな正義感でアテナさんを非難してた。

 自分で何かを選んで、手を汚してすらなにかなしとげようとしてたアテナさん。

 そんな彼女を、何も選ばず、すべて丸投げしてきたオレが批判するのはおかしいよな。

 

「……すみません、アテナさん」


 オレが頭を下げると――、


「いいんです。ヨシトさんはまっすぐなままで良いのだと思います。それに、わたしだって人のことをいえるほど立派だったわけでなく、むしろ失敗から学んで今、こうしているのですから」


 なぐさめのつもりか、アテナさんはそういってくれた。


「ただ、あと少しだけ目をつぶっていてください。そうすれば邪魔されないだけの力と信心――その両方が手に入るでしょう」


 ん? もうカジノやあなたの計画に文句を言う気はありませんけど……

 でも、邪魔されない力って……どうやって?

 

「あのカジノの短期的な目的は資金の獲得――しかしそれより大きな目的があります」


 え? お金が目的じゃなかったんですか? 


「ええ。商人たちにあのお(ふだ)の存在を知らせること。そしてお(ふだ)が換金可能と知らせること――それだけで大きく状況が変わってきます」


 うわ、あのカジノが終着点ってわけじゃなかったんですね?

 いったい何段構えなんでしょうかね。アテナさんの計画って? 


 オレは驚き、あきれる。

 考えが深すぎてついていけない。

 


 ……ま、それはそれとして――、



 しかし、ここまで話を聞いて気づいたことが一つあります。

 オレの足りない頭でも気づくことができた事実です。


 そして、それがとんでもなく気にくわないので…… 


 オレはアレスの加護をこっそり最大発動させる。

 その上で女神に向かって呼びかける。


「……アテナさん、ちょっとこっちへ来てください」


 まるで内密の話でもあるように、オレはアテナさんを人気のない路地裏へ誘う。    


「ヨシトさん、こんなところでなんのようです? わたしにも予定が――ッ!」

 


 ――女神の腕を強引につかむと、オレは路地裏の壁に押し付けた。

     


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