里の発展計画~その3
『加持野』のオープンから一週間ほどたったころ――、
コルクの里の一角、オリンポス神殿にて――、
「いらっしゃいませ。本日はどちらのお札を購入されますか?」
「え~と、ヘルメス札一枚とアテナ札三枚をお願いします」
「かしこまりました。合わせて銀貨八枚です」
「ああ、こっちはゼウス札」
「は~い、ただいまお渡しします。金貨一枚を用意してお待ちくださ~い」
神殿は今日も大盛況です。とくに……お札売り場が。
売り子のエルフ娘さんは、矢つぎばやの注文にてんてこまいなごようす。
現金収入のほとんどないわが里にとっては、ありがたいことこの上ない光景なのだが――、
(やっぱり……おかしいよな)
里の見回りをしていたオレは、その光景に疑惑を隠せない。
「さて、今日もじゃんじゃん信仰に励むぞ!」
「おう、昨日みたいに加護の量で負けたりしないからな!」
お札を買った客は喜び勇んでカジノ――ではなく『加持野』へ向かう。
こっちもお札売り場に負けず劣らず、むちゃくちゃな混み具合だ。
しかし、いくら娯楽の少ないこの世界とはいえ、この里の経営する宗教施設『加持野』が、ここまでの人気を得るなんておかしすぎる。
客層は行商人さんたちがほとんど。後は定期的にモーラの街と往復させてる馬車でやってくるモーラの商人さんたちだ。
ある意味、食うか食われるか、シビアな商売の世界に生きてる彼らが一銭にもならないお札を喜々として買ってカジノで遊んでいる。その光景がまずおかしいと思う。
そして――、
「やあ、ザルツさん、おひさしぶりですな?」
「おお、ベニートさん、ここにおいででしたか? ということはあなたも教団に入信を?」
「ええ、そうです。あなたにヘルメス神の加護があらんことを……」
「これはご丁寧に。あなたにもアテナ女神の加護を……」
なんて会話があちこちで繰り広げられている。
そう。行商人さんたちを中心にして、わがオリンポス教団に入信する信者さんたちが増えたのだ。
広めてる当の教祖としてはありがたい話なのだが――、
これまた、おかしくはないか?
こっちの世界の商人さんたちは考え方がけっこう現実的だ。そんな彼らが、こっちの世界では新興宗教になる我が教団に入信する理由が見つからない。
となると、まさか……洗脳?
最悪の可能性が頭に浮かぶ。
いや、みなさん、ぱっと見はまともそうだ。
もっともコリントゲームがもとになったレジャー産業のあの機械には、ある種の催眠状態を呼び起こす機能があるらしい。光と音、それに単調なリズムで人をトランス状態にするとかなんとか。
う~ん。だけど洗脳状態で入信させても意味はないんだよな。
『自由意思でいだく神への敬意と切なる祈りこそ最大の信心です』って、アテナさんも言ってた。
逆に狂信とか洗脳状態の信心は純度が低くて使い物にならないらしい。
わざわざそんな効率悪い信心集めを、あの効率厨女神のアテナさんがやるとは思えない。
……だとすると、いったいなにが行商人さんたちを入信へと駆り立てたのだろうか?
正直、素直に聞いてみることも考えた。
しかし教えを広めてる当の教祖が『ウチなんかのどこがいいの?』って聞くのもマズイよな。中小企業の性格の悪い面接担当じゃあるまいし。
ああ、いったい、どうしたもんだろうか?
あれからアテナさんにたずねてもみたけど――、
「先日お見せしたあれが『加持野』のすべてです」って言われただけだったし。
と、オレが頭を悩ませていると――、
「ほほう、これは大漁ですな?」
「ええ、おかげさまで多くの加護にあずかることができました」
という商人さん同士の会話が聞こえてきた。
へえ、ルーレットじゃなくて『流裂塔』だっけ?
それともポーカー……じゃなく『法化愛』かな?
ネーミングセンスは珍走な感じのあれだが、とにかく宗教儀式に見せかけたカジノゲームで大当たりしたらしい。商人さんは大量のお札を手にほくほく顔だ。
「では、これから金細工店に向かわれるのですな」
「はい。もちろんです」
ん? 待てよ?
なんで、大当たりしたら金細工店に向かうのが当然なんだ?
わたし、気になります!
――ということで、オレはその商人さんのあとをそっとつけてみることにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
にこにこ笑顔、警戒心ゆるみまくりの商人さんだったので、尾行は簡単だった。
彼が向かった先は里のはずれ。
そこにはパウェルさんを店長とした金細工の店がある。
ヘパイストスの加護を受けたパウェル工房のみなさんは急速に腕を上げていた。
ここはそんな彼らの作品が売りに出された、ただの土産物屋だ。
くわえて言えば、かつて資金獲得のために使ったセーラー戦士像の出所をごまかすためのダミー店舗でしかなかったはず。
こんな場所でいったいなにがあるのだろう?
――物陰からのぞきこんだ店内にはよく見知った顔が一つ。
あれ? なんでアテナさんがここにいるんだ?
しかもなんか受付みたいなとこに座ってるし。
「すみません。お札の引き取りをお願いします」
と、大当たりを出した商人さんがアテナさんに話しかける。
え? 引き取り?
そういえばお札の製造はこの金細工店がすべて取り仕切ってたけどさ。
でも、なんで一度売ったお札の引き取りなんかやってるんだろう?
「はい。ただ今、お札を数えます」
そう言ってアテナさんは、お札を数えだす。
おお、指サックまでして本格的だな。
そして札を数え終わると、ぱちぱちと算盤で計算をはじめる。
おや、今度はなぜか金貨の枚数を数えはじめたぞ?
「あなたは受けた加護であるお札をわたしどもに譲ってくださいました。これでお札不足も解消されます。善行を積まれたあなたには、さらなる加護があるでしょう」
といいつつ、皿に乗せられた金貨を差し出すアテナさん。
金貨を受け取り、枚数を数えて、商人さんは満面の笑みを浮かべる。
「いえいえ、おかげさまでこちらもお札を換金……ではなくて加護を適正価格でお譲りできました。ああ信徒になってよかった。お札を買うときも信者割引きが付きますしね」
その言葉でオレはようやく気が付いた。
……あ、もしかしてここってお札の換金所?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
大量の金貨を懐に入れ、ほくほく顔で金細工店を後にする商人さん。
その背中を物陰に隠れたオレが呆然と見送っていると――、
アテナさんの声が響く。
「ヨシトさん、そこにおいでなのでしょう?」
あらら、気づかれてたか。
あの商人さんがあんまり無警戒だったから、こっちも気を抜いてたしな。
……いや、それよりアテナさんには、聞きたいことがある。
オレは金細工店に踏みこんでいき、アテナさんに物申すことにした。
換金までやったら、どう考えてもギャンブルになっちゃうじゃないですか!?
そして信者さんが一気に増えた理由もわかりましたよ。
こんな不正なやり方をして、なにが布教ですか?!
「いいえ。これはあくまで儀式です。参転宝式という名の立派な宗教儀礼ですよ」
え? 三店方式?
そんな言葉、教祖であるオレでも聞いたことないですよ。
店が三つあったからってなんだって言うんです!
勝手に妙な言葉を作らないでください!
「いえ、『参転宝式』です。大事なことなのでまちがえないでください。神殿に『参拝』し、加持野で得た加護を他者に『転じる』。神の恩寵を他者に分け与えることで、より大きな徳を天に積む――というまるで『宝』のような『儀式』。これぞ『参転宝式』。まことにありがたい宗教儀礼なのです」
いや……そんなむちゃくちゃな!
換金なんてしたら、どう考えたってギャンブルじゃないですか!?
「いいえ、ファールスの国法上はちがいます。神殿はお札を信者さんに売ってるだけですし、『加持野』は神殿から買ったお札を景品として配っているだけ」
むむむ。
「そして、この金細工店は神殿にお札を納めていますが、精巧な品なのでどうしても数を作れません。そこでやむをえず『加持野』で多く札を手に入れた信者の方から譲っていただき、いくばくかの代価を渡しているのです。この過程のどこに賭博の要素がありますか?」
え? あ、いや……
言い返せない。なにかがまちがってる気がするのに。
と、そこで――、
「おう、邪魔するぜ!」
金細工店にがたいのいい男たちが数人入ってきた。
最初は柄の悪さからその筋の人かと思ったが、どうもちがう。
この見覚えのある制服って、もしかして……
「我々はモーラの警備隊だ。なんでもここじゃ賭博をやってるそうじゃないか? 匿名の通報があったんで捜査させてもらうぞ?」
ここで、まさかの警備隊の登場だ。
ほら。いわんこっちゃない。
アテナさんが、あんなことやってるからですよ!
しかし、里と教団が疑われたらこまるな。
オレも異世界で逮捕されるなんてイヤすぎる。
しかも報道では職業が自称・教祖とかになるんだろ? 最悪じゃないか!?
なんて内心でパニクるオレとは対照的にアテナさんは冷静なままだ。
受付に座ったまま、あわてずさわがず目の前の事態に対処する。
「……加持野から警護の方を呼んでください」
「はい、かしこまりました」
まずは隣のエルフさんにお願いするアテナさん。
「なんだ、逆らう気か?」
居丈高に言う隊長さんに、アテナさんは不敵な笑みを浮かべる。
「いいえ、あなたたちに平穏にお帰りいただくためですよ」
「なにい!?」
挑発じみたセリフに警備隊長さんのぶっとい眉が吊り上った。
と、そこで――、
「おう、どうしたんだい」
ようやく警護担当の男が姿を現した。目つきの鋭い小柄な老人だ。
その老人に向け、アテナさんは頭を下げる。
「ああ、グレッグさん、助かりました」
「え? グレッグさん?」
一方、警備隊隊長の顔色が激変している。
隣にいた若い警備隊員が老人を指さすが――、
「だれです、このジジイは?」
その頭をごつりとひっぱたく隊長さん。
「バカものッ! この方は先々代の警備隊長どのだ!」
その言葉に警備隊の全員が驚愕した。
「先々代の警備隊長、グレッグどのに敬礼!」
号令をかけた隊長のあとに続き、隊員たちは背筋を伸ばし、老人に敬礼を送る。
見事な答礼を返した後、グレッグさんは皮肉な笑みを浮かべた。
「ヨーム坊や、ずいぶん偉くなったじゃねえか? しかし、市民の安全を守るはずの警備隊が市民の商売と信仰の邪魔をするってのはいけねえな。いったいどんな了見だい?」
「いえ、我々は賭博の容疑で調査を……」
あれだけ偉そうにしてた隊長さんが、すでにタジタジだ。
どうやら警備隊ってのはやたら上下関係にうるさい組織らしい。
こうして圧倒的な優位を示したあと、グレッグさんは隊長さんに問う。
「へえ、賭博ね? そいつは知らなかった。で、どこに賭博の証拠があるんだい?」
「え、いやそれは……まだ、これから……」
「神殿は札を売ってるだけ、この金細工屋は札を多くもってる客から適当な値段で引き取って神殿に卸してるだけ。それのどこに賭けの要素があるっていうんだい?」
「ですから……それは……取り引きを全体で見れば賭博ということに……」
隊長さんはもう完全に押し切られている。
無駄にえらそうな態度以外、あなたにまちがってる点はないんですけどね。
「おいおい。もう一度聞くぞ? この『加持野』はなにかの国法に触れてるのかい? この営業方法を取り締まる具体的な法的根拠はあるのかい? オレも警備隊を長くやってたが、そんな法なんぞ聞いたことがねえ。それともまさかお前さん、正当な取り締まり根拠なしに隊を動かしたのか? そいつはそいつで罰則もんだよな?」
「………………」
目標、完全に沈黙しました。
と、そこでグレッグさんはがらりと声の調子を変える。
「そういえばお前のとこのソット坊や、元気かい? 今ごろは十五になるあたりか?」
「――え、あ、はい」
先輩の問いに、つい応じてしまった隊長さん。
グレッグさんはにやりと笑って訳知り顔でいう。
「あと少しすればもっと金がかかるようになるな? 役人になるにしろ、いい商会に入れるにしろ、学問所に通わせてやらにゃならんだろう……しかし、お前もあと数年で退職の身だ。今のたくわえだけで足りるのかい?」
「そ、それはあなたには関係のないことでしょう!?」
さすがに踏みこみすぎた発言だったのか、隊長さんはグレッグさんにはむかう。
だが――これもグレッグさんの話術のうちだったらしい。
「ああ、そうだな。野暮を言ってすまん。しかし……だ。この『加持野』じゃ経験豊富な警護係を数人募集中だそうだ。ちなみにもし、こいつが再就職するんなら年収はいくらくらいだ? パラス嬢ちゃん」
「はい。警備隊長まで務められたとなれば、このくらいです」
グレッグさんとあうんの呼吸を見せたアテナさんは、わきに置かれていた算盤をはじいて隊長に見せる。
「えっ、私の年収これだけ!」
数字をながめた隊長さんは驚く。
ネット広告のような額の少なさではなく、むしろ多さに驚いているようだ。
そして数秒後――バキリと心の折れる音が聞こえた。
隊長さんは顔を上げた。悟ったようないい顔だ。
そうか。心が完全に折れた人間はこんな顔になるんだな。負け犬じみた表情なんて、まだまだあきらめきれない人間が浮かべるものなのだ。
「……よし、みんな撤収だ。通報は誤報だった。この加持野に違法性はまったくない」
警備隊長さんは部下にそう告げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
かくして、すごすごと撤収していく警備隊の後ろ姿。
オレは理不尽な思いをかみしめながら見送っていた。
退職したOBと再就職先をエサに現役の役人さんを黙らせる。
つまり、これって思いっきり『天下り』ですよね。
言ってやりたいことが山ほどあるが、まずどれからにしようか?
と、そこで――
「ここまで見られてしまった以上は、しかたありません。ですがあなたの批判を受ける前にもう一か所だけ見せたい場所があります。ヨシトさん、ついてきてください。みなさん、後はよろしく」
え?
――アテナさんはそういうとオレの手を引き、先導しはじめる。
いったい、どこへ向かうのだろう?




