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異世界で教祖はじめました  作者: 習志野ボンベ
第一章
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敏腕のヘルメス2

 

 ヘルメスとの友好的な会話は続く。


「ちなみにヨシトさん現在いる大陸の名はソシュール。国名はファールス。

 気候や植生は地球と大きなちがいはなし――アテナさんの報告書に書いてあるのはそれくらいですね」


 などなど、書類から要点を読み上げ、大まかな地理を教えてくれた。


 ふむ。ソシュール大陸のファールスか。

 ……まるで知らなかった。

 こんなんで教祖とかやってけるのかオレ?

 っていうか、大事なこと何一つ聞かされてないじゃないか!


「アテナさんは一から十まで、すべて教えなければならないという状況は嫌いなようですよ。

『自分で疑問に思い、調べて身に着けた知恵こそ真の知恵』というのが『知の女神』として彼女の信念。『天は自らを助けるものを助ける』を地でいく方ですから」

  

 スパルタ式というわけですね――いや彼女はライバル都市の守護神だけど


「その場その場で必要な知識は教えるつもりらしいですが、会計担当のわたしとしてはヨシトさんに早く教団を立ち上げてもらい、安定収入を確保したく思いまして。少しばかりよけいなお世話を焼かしてもらったわけです」 

 

 いえいえ。そつがなく親切なヘルメスさん。

 正直、あなたが助手でついてくれたらずいぶん楽そうだと思いますよ。


「そう言ってもらって光栄ですが……。すみません。できないんですよ。これでも手一杯で。

 信心の分配――人気も知名度もある種の信心なんですが――これを皆に行きわたらせつつ、公平を図らなきゃいけない。その交渉がめんどうなんです。 

 人気のある神にはなぜ自分の功績を他のものに分ける必要があるのかと不平を言われますし、不人気な方は同じ神なのになんで格差があるのか、もっと分配を多くしろと、しかられますし……」


 後半はグチになった。

 まあ、どこの社会でも利益誘導は一番の関心事だもんな。交渉担当の人は大変だろう。

 いそがしいところ長々と邪魔してしまったようだ。

 この状況だと、常識人との会話がありがたかったもので、つい長話してしまった。


「いえ、こちらも楽しい会話でした」


  

          ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 そして立ち去り際。もらった靴――瞬間移動便利グッズをさっそく身につけていると、


「あの……もしお困りなら自分がアテナさんに代わりましょうか? やりくりはなんとかつけますよ。

 新世界での布教も我々にとって重要なことですから」

 

 小さな声で親切に言ってくれたヘルメスだったが、オレは首を横に振る。


「いえ。自分についてくれるのはアテナさんのほうがいいのかもしれません」

「ほう。ヨシトさんも、やはり見目麗しい少女のほうがよろしいですかな?」


 からかうように笑うヘルメスにオレは肩をすくめて見せる。

 

「ま、オレも人の子ですから、正直そういう側面もありますけど。

 それより……あなたが助手だった場合、頼り切りになる自分が容易に想像できてしまうんです。

 アテナさんのああいう感じくらいが、実はちょうどいいのかもしれません」

 

 オレの言葉にヘルメスは少し驚いたような表情を見せた。


「ほほう、これはなかなか。意外とあなたは教祖、人の上に立つ者向きかもしれませんね?

『汝自身を知れ』アポロンさんではありませんが、己の足らざるところを自覚している人はなかなかいない――さらに、その上で対策を取ろうとしている人はもっと少ない。

 あなたの姿勢は、それだけで人として見どころがありますよ。期待できそうです」


 おだてないでくださいよ。その気になっちゃうじゃないですか。人使いがうまいなあ。

 

「ははっ、とにかく今後の健闘をお祈りしております」

「出来るだけ期待に添うようにいたします」


 と、いうやりとりのあと、オレはアテナのところへ舞い戻った。



          ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「お待たせしてすいません」

 礼儀として謝罪すると、アテナは冷ややかに否定する。


「いえ、全然待っていませんよ。あなたのことなど」

 

 うわ、あいかわらずツンツンですね。

 そういう倒置法の使い方は心にぐさりと刺さります。


 でも、けっこうな時間話しこんでしまったと思ったんですが?


「あの空間は『神域』といいます。『神域』は神々の本体が住まう場所。あそこでは一秒が一千倍に延長されるのです」

 

 メンタルだったりタイムだったりする、あの部屋みたいなものか。そういえばあれも神様の住居にあったしな。


(しかし、そういうことも最初に言っておいてほしいよな)

 オレは何度目かと思う感想をいだく。


「失礼。言い忘れていました――ああ。言い忘れといえば、これを」


 全く反省していない口ぶりでアテナは腰のかばんから小さなビンを取り出した。

 小ぶりな茶色のガラス瓶に入ったそれは……見たところ栄養ドリンクのよう。


「『ネクタル』です。わたしたち神々の不死の源。信者の信心を元に生成されています。残り少ない貴重なものですから、こぼさず飲んでください」


 え、いいんですか? そんな貴重なものをオレごときが飲んじゃっても?


「こちらの医療技術は低いです。せっかく転移させたあなたに、ちょっとしたケガや感染症などで死なれては困りますから」


「はい。では遠慮なく――」


 ……リポビ〇味でした。



「さあ、準備が整ったなら早く行きましょう。ヘルメスから靴をもらっていますね?」

 

 はい。さっきから最高の履き心地です。

 地面と体の間に挟まるものに、お金を惜しむな――先人の知恵が身に沁みます。


「そうですか。では……失礼します」

 アテナは、そういうと、

 きゅ、オレのまとう獅子の毛皮の端を、そっとつまむ。

 

 え? なにその萌えるかっこう。彼氏のジャケットにつかまる女の子みたいじゃないですか!


 ふだんクールなアテナがやると、なかなか破壊力が大きい。 

 

「気色悪いことを言わないでください。不本意ですが体の一部が接触していないと、あなたといっしょに転移できませんので」

 

 いや、なにもそんな罰ゲームみたいな顔で言わなくても……。


 ああ、そうですか。どうせオレはただの移動手段ですよ。

 じゃあ、お客さん。どちらまで?


「街の手前、あの森をめざしてください」

「え? あそこから街までけっこうあるんですけど……もっと街のほうじゃだめですか?」

「人間が街中にいきなり姿を現したら大騒ぎでしょう? 常識のない人ですね」


 はい。たしかにその通りです。

 しかし異世界で布教しなきゃならん、この状況で非常識とか言われても釈然としないんですよね。

 

 それでも気を取り直し、オレは数キロ先の森の中へ視線を送る。


「……では、いきます。『我を運べ』」


 ヘルメスに教わった通りに呪文を唱えると一瞬、浮遊感が走る。内臓がふわっとする感覚が通り過ぎたあと――周囲の景色は緑の木立に変わっていた。


 もりのなかにいる

 と、いったおふざけはともかく、はじめての試みはあっさり成功した。



 ――もっとも、たどり着いた先、

 オレたちを出迎えたのは激しい剣戟の光景だった。




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