女神の弱点
森の中、人気のない一角にて――、
アテナさんの声が響く。
「……ヨシトさん、はじめてください」
「はい」
オレは緊張しつつも腰の日本刀に手を触れる。
今日はライキリーの実証試験がおこなわれる。うまく行けばそのまま作業開始って流れだ。
万が一失敗したときの危険に備えて、今日は二人きりで作業だ。
アテナさんは少し遠くでようすをうかがっている。
オレの手には先日できあがったばかりの日本刀『ライキリー』。
柄頭にゼウスの力がこめられた琥珀が装着されている。破壊されてしまった杖から取り外したものだ。
オレは、そのライキリーを抜刀し、天にかざす。
「招雷!」
変更した鍵語を発すると。
空から一閃、青白い光が走るとともに――、
「もっきゅーん!」
周囲に響く、かわいらしい鳴き声。
そして姿を現す、巨大な青白いぽんぽこりんシルエット。
ここで再び登場、プラズマたぬき召喚獣のヴァジュラクーンだ。
今日は土木作業の予定だからか、頭に安全第一と書かれたヘルメットらしきものを装着している。
上にはランニング着用。ぽんぽこおなかには腹巻、ぶかぶかなズボンまではいている。
こういう細かいところにこだわりを感じるね。やはり召喚者の指導のたまものだろう。
……なんてことを考えつつ、オレはほっとしていた。
指輪を使い、ライキリー製作者の鍛冶神に呼びかける。
(ありがとうございます。おかげさまで成功しました)
(そうか、ライキリーの使い勝手はどうだ?)
(いいですよ。軽くて使いやすいです。以前のバディラクーンは少し重くて使いづらかったので)
(うむ。あれは量産品だし、そもそも工具だ。あまり軽くてはかえって危険ということで、頑丈かつ重厚にしあげていたからな)
――え? あれって工具だったんですか?
(ん? アテナから聞いておらんか? あれを使って木を切り倒させ、加工させるそうだ)
……そりゃまあ、一刀両断ではあるんだろうが。
そういえばアテナさん、里の若者に丸太小屋をいくつも作らせてたしな。
住む人もいないのにあんなに家を建ててどうするつもりだろう?
(あ、でもすみません。ヘパイストスさん。バディラクーンを壊してしまったのに色々文句を言って)
(なに、かまわんさ。持ち主の命を守ってこその武器だ。主が死に無傷で武器が返ってきても意味はない。それに批判も理があるならば歓迎するぞ。向上の余地につながるからな)
そうなんですか?
(ああ。だから今後も忌憚なく意見を聞かせてくれ。遠慮されたあげくケガなどされたら、それこそ鍛冶の名折れだ。こちらとしてもときに意見や評価をもらえなければ、評価にも値しないものを作ったかと不安にもなる)
なるほど。以降、気を付けます。
(うむ。武器製作というのは客と職人の共同作業なのだよ……では、さらばだ)
よかった。苦情のほうは気にしてないらしい。
――さて、鍛冶神との会話も終わったし、作業開始だ。
「……いいかヴァジュラクーン。今日はアテナさんの指示に従って作業するんだぞ」
オレが告げると――、
「もっきゅ!」
元気いっぱいにうなずくプラズマたぬき。
そして――、
ヴァジュラクーンががんばったおかげで今日の作業は問題なく終了した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時刻は夕方すぎ。
プラズマの塊であるヴァジュラクーンの通り過ぎたあとは、きれいに開けた道になっていた。
ライキリーのおかげで出力調整もできるようになったから、大地の女神デメテルさんの加護を利用した土質調整と合わせれば、舗装のまねごとだってできる。
ヴァジュラクーンの往復で作られた道幅は十メートルほど。
長さは……うわッ! なんだこの距離! 振り返ってみたらエライことに!
「……おお、あらためて眺めてみると壮観だな!」
というわけで、コルクの里からモーラへ延びていく道が完成していた。
明日は『大物見台』と呼ばれる物資集積所への道を作るらしい。
うむ、すさまじい土木作業能力だな。ヴァジュラクーン。
もはや完全に土木作業用召喚獣です。どうもありがとうございました。
……にしても『一夜城』ならぬ『一日道』である。里のみなさんも驚くことだろう。
神獣ヴァジュラクーンの伝説に『火の七分間』に続き、また新たな一ページが書きくわえられた。
先日は鬼の死体とかの汚物もヒャッハーと消毒してくれたらしいし。
「もきゅもきゅ」
一方、作業を終え、いい汗かいたって感じでおでこをぬぐうヴァジュラクーン。
あいかわらず芸が細かい。
だけど、お前プラズマだし、汗かかないだろ?
――なんて突っ込みを入れる間もなく、
「ああ、なんてかわいらしい!」
アテナさんが今日何度目かの突撃を敢行しようとしていた。
もちろん、標的は電気タヌキのぽんぽこりんなおなかである。
「いけません! アテナ内匠頭どの! 電圧注意でござる!」
オレは小芝居を入れつつも必死で止めに入る。
いつも冷静なアテナさんも、ヴァジュラクーンに関わると大暴走だ。
今日、プラズマに身投げしようとしたのはこれで何度目だろうか?
いったいなにが彼女をここまで駆り立てるのだろう?
……とにかく危険の根源にはいったん退散してもらおう。
「もどれ! ヴァジュラクーン!」
「もきゅー!」
「あっ、待ってヴァジュラちゃん!」
虚空に消えた電気たぬきに切なげな声を出すアテナさん。
数分後――、
ようやく落ち着きを取り戻した彼女に事情を聞くと。
「……昔、わたしも気になって精神分析を受けたのです」
ああ、いちおう治そうとはしたんですね? おなかぽんぽこりんフェチ。
しかもけっこう気にしてるし。
「ええ。なんでも分析医によれば父の頭から生まれたせいで、無意識に母親の胎内を追い求めているのだそうです。それが妊婦の腹のようなぽんぽこおなかへの愛着につながっていると……」
……ちゃんと理由があったんですね。なんかむちゃくちゃですけど。
「……はい、ごめいわくをおかけしました」
しょぼんとしているアテナさん。しょぼけた足取りのまま里へ戻っていく。
なんだか、めずらしい光景だ。
う~ん、わが里の大事な軍師がこれじゃこまるな。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんな悩みを抱えたまま数日がたち――、
「……あ!」
解決策を思いついたのは、自分の部屋にいたときのこと。
繕いものをするマリアさんの手元をぼうっと見ていて、ふっと思いついたのだ。
「どうなされました?」
手を止め、首をかしげるマリアさん。ここのところ、ふんわりおっとりした魅力が全開だ。
幸せのせいなのだろうか? だとしたら、相手のオレとしてはうれしいかぎりなんだが……。
一瞬、美人エルフの柔らかな色気に見とれつつも、オレはきいてみる。
「マリアさん、ぬいぐるみって作れますか? ええと、布で作られた人形で――この前、里の子が遊んでるのを見かけたんですけど」
「え? はい、作れますけど……でも、どうしてですか?」
「ええ、実は……」
――不思議そうにたずねるマリアさんにオレは事情と考えを話す。
「なるほど。パラスさまにヴァジュラクーンさまの人形を差し上げるのですね?」
「はい。ぽんぽこりんなぬいぐるみをもふもふできれば、少しは症状もマシになるかと思うんですよ」
なんて会話をまったりしていると――、
「ちょっと! お姉ちゃんといるときに他の女の話なんかするんじゃないわよ!」
水を差してくれたのはエルフ幼女のアリアちゃん。
最近は姉につきまとって、オレの部屋に入りびたりだ。
あれ、でもアリアちゃんは、オレとマリアさんとの仲に反対じゃなかったっけ?
「お姉ちゃんが好きになっちゃったんだからしょうがないじゃない。でも浮気したりお姉ちゃんを悲しませたらタダじゃすまさないんだからね。覚悟しときなさい!」
「こら、アリア! ヨシトさまになんて失礼なことを!」
「ふん。お姉ちゃんもお姉ちゃんよ! すっかりたらしこまれちゃって!」
「アリア!」
「ふ~んだ!」
姉にあっかんべえしつつ、アリアちゃんは部屋を退散する。去り際にオレにウインク一つ。
なんやかんやでアリアちゃんなりに気を使ってくれてるのだろう。
口ではあれこれ言いつつも、夜になればオレたちを二人きりにしてくれる。
「すみません。あの子ったらヨシトさまの寛大さに甘えてしまって」
二人きりになったことで、マリアさんはオレのすぐ隣に身を寄せてきた。
きゃしゃなその肩を抱き、オレはマリアさんの髪、そしてとがった耳に唇をよせる。
「いいえ。気にしてませんよ。今じゃオレにとっても妹みたいなものですからね」
「……ヨシトさま…………んっ」
二人の関係が家族にちかづきつつある、そんな実感がわく言葉にマリアさんがとろけた。
そのすきに美人エルフさんのつややかな唇をちょっと味見する。
「で、ぬいぐるみの件……お願いしてもいいですか?」
「はい……でも……」
「ん? どうかしましたか?」
「……ヨシトさまとパラスさま。いったいどういうご関係なんでしょう?」
マリアさんはオレとアテナさんとの仲が気になったようだ。
妬いてくれてるのはちょっとうれしいが、誤解は解いておかないと。
「パラスとは神の啓示を受け知り合いました。すごく頭がよくて頼りになる布教の相棒さんですよ。でも、それ以上の関係ではないですよ……おたがいについて、あまりくわしいことは知りませんし」
「そうだったんですか。……よかった。でしたら材料を持ってきて、すぐに取りかかります」
ほっとしたのか、にっこり笑い、自室にもどろうとするマリアさん。
その背中にオレは思いだしたことを一つ、告げる。
「……部屋に戻るんだったら、ついでに着替えとか身の回りの物を持ってきてほしいです。あっちの戸棚を空けておきましたから、そこにマリアさんのものを入れてください」
「え?」
マリアさんは、きょとんとした顔でふりかえる。
ん? なんかおかしなこと言ったか?
この部屋にずっと泊まってるのに、毎回着替えとか取りに行くのはめんどうだと思ったんだが。
「ヨシトさま、それは……わたしにこの部屋で住むようおっしゃってるのですか?」
あ。そうか。同じ屋敷だから意識してなかったが、今のは完全に同棲の申し込みだな。
自分の言ったことの意味に今さら気づき、オレは赤面する。
――だが、いいや。ここまま行っちまえ。言っちまえ。
深く考えたら言えなさそうなことなんだから、言っちまったときにそのままごり押しだ。
「ええ、オレはマリアさんといっしょに暮らしたいです。朝も、昼も……あと夜も……」
オレの言葉にマリアさんは目をうるませる。ひざから崩れそうになった彼女を急いで支えに行き、
「……これから、よろしくお願いします」
「はい……ヨシトさま。ふつつかものですが……」
なんて甘い視線と会話をかわしたあと、高ぶった感情のままに激しく抱き合い、キスを交わす。
一歩進んだ関係を築いたオレたちは、その夜は――いや、その夜もかなりがんばってしまった。




