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異世界で教祖はじめました  作者: 習志野ボンベ
第三章
35/110

アヴェ・マリア

 ――深い眠りの淵から意識が急速に浮上する。


 目覚めたらそこは長老屋敷の客間、今ではすっかりおなじみの自室にいた。

 あの戦いのあと、だれかが気を失ったオレを運びこんでくれたらしい。

 時刻は昼過ぎだろうか?

 うっすら射し込む日光は午前の鮮烈さではなく、午後の気だるさを漂わせている。


 おや? 

 めずらしいことに、ベッドの両脇にはアリアちゃんとマリアさん。

 オレのつきそいなんだろうか?

 両手に花です。どちらもすやすやお休み中の睡蓮さんですが。


 しかし、ずいぶんと長いこと眠ってたみたいだな。

 体が硬い。重い。

 こりゃ、少し動いて血を流してやらないとダメだな。

 と、体を起こそうとして足に力を入れた瞬間。


 ズキッ!


 と強烈な痛みがすねに走る。

 ……そういえば、あの鬼使いの鬼さんに蹴られたんだった。

 骨が折られてたことを、すっかり忘れてた。


「うッ!」

 うめきとともに、全身にびくりと震えが走った。

 

 ――その震動がマリアさんを起こしてしまったらしい。


「ん、うぅ……あれ? ヨシト……さま?」

 

 寝起きのかわいい姿を見せてくれたのもつかの間、マリアさんは飛び起き、大声を出そうとする。

 

「も、もうしわけありません! ヨシトさ……」


(アリアちゃんが寝ています! だから静かに!) 

 

 オレが小声でたしなめると、マリアさんはこくこくとうなずく。


(ヨシトさまが運び込まれてから、アリアはずっとそばにいたのです。意識を失ったヨシトさまを見たときは、あたしのせいだと泣き出して、大騒ぎして……本当に大変でした)

(そうだったんですか。あのアリアちゃんがね)


 意外だった。

 ま、あれだけ大変なことがあったんだ。

 気分が少し不安定になってもしかたない。

 


(ちなみにオレ……どれくらい寝てました?)

(二日ほどです)

(そんなに!? まずいな……仕事があるのに……)


 あわてて起きようとしたら、マリアさんに止められた。


「パラスさまが養生していたほうがいいとおおせです。骨折しているし、魂も疲労しているから……と。それにしても骨が折れたというのに薬草だけで治してしまうなんて。本当にすごいんですね。オリンポスの神さまは」

 

 たしかに。さすがデメテルさんの薬草だ。

 くわえて、先に飲んでいたネクタルの力もあるんだろうが。

 

 ま、アテナさんに治療に専念と言われたんだから仕事は少しお休みするとして、

 とりあえず、体を起こしたいんだが……力が入らないな。


「……わたしが、お手伝いします」


 マリアさんが手助けしてくれた。

 しかし……なんか距離が近いぞ。密着しすぎです。もう腕に胸とか押し付けまくりだ。

 柔らかな感触。いいにおい。衣擦れの音――生活感のある色気に背筋がぞくぞくしてきます。


(いや、いかんいかん)


 首を振って邪念を追い払うと、そろそろと、体を起こす。

 しかし、ちょっと踏ん張った瞬間。 


「あ、ぐぅ!」


 先ほどと似たような激痛が走った。思わずバランスを崩してしまう。

 それもオレだけでなく、マリアさんまで巻きこんで――、

 

「きゃ!」

 

 悲鳴とともにマリアさんは倒れこむ。

 オレの胸の上、彼女は両手をついていた。

 しかし重くは感じない。美人エルフさんの体は羽のように軽い。


 そして――、

 体勢から考えれば当然だが、マリアさんの顔はオレの顔のすぐそばにある。


 彼女は金髪だと思ってたけど、うっすら茶色がかっている。

 亜麻色というやつだろうか? つやのある髪がオレの顔にこすれて……その感触と香った甘いにおいにぞくぞくする。


「……そういえばパラスさまが、治りかけは痛むとおっしゃっていました」

 

 へえ。そうだったんですか。

 先に聞いていれば警戒できたし、あなたを巻き込まないですんだんですが。


 あ、いや、それより、ちょっとどいてくれませんか?

 きれいなお顔が近くにあり過ぎて落ち着きません。


 ……だが、マリアさんは離れてくれない。


「ヨシトさま。ありがとうございます。身の危険をかえりみずアリアを守っていただいたばかりか、不思議な力で里を救ってくださいました。そのせいでここまで傷を負い……昏睡までなさって……」


 そこまでいって感極まったマリアさん。

 淡いグリーンの瞳にじわじわと水膜がかかる。たれ目がちで色っぽく見える目尻のふちに涙がもりあがっていく。

 


 いやいや、こっちは無我夢中だっただけですよ。

 

 ――ていうかホント離れてください。

 おれだって男だし。いけないことを考えないわけじゃないんですよ? 

 

 ……なんてのは涙を引かせるため、冗談でいった一言だった。



 しかし――、



「……かまい……ません」



 へ?


 かすれた声でつぶやいたマリアさん。

 オレがぼけてるうちに、彼女の真剣な顔が近づいてきて――、


 オレの唇に彼女の唇が……ふれた。

 さらに湿った音を立て、冷たくて柔らかな……なにかが押し入ってくる。

 

 これ、マリアさんの舌?!

 

 そうだ。美人エルフの舌が……オレの口の中に差し入れられていた。

 オレは驚きに動けない。そんな状況で彼女の舌はオレの口を蹂躙(じゅうりん)し、存分に這い回る。


「ふぅ……」 


 そこで一度、キスをやめ、マリアさんは顔を離す。

 熱っぽくうるんだ瞳がオレを見つめていた。


「わたしに返せるものは……これくらいしか……ありません……わたしを……あなたの好きにして……ください」


 荒い呼吸、興奮しているのは先ほどの行為のせいか。

 息も絶え絶えなのは仕掛けたマリアさんのほうだった。


「――あ、いや、ダメですよ! こんなこと!」

  

 それは自分を粗末にしないでほしいという意味だったが――、

 しかし、マリアさんは別の意味に取ったらしい。

 はっきり傷ついた表情を浮かべた。


「そう……ですよね。もうしわけありません。汚れたわたしなどがヨシトさまに、このようなこと」


 まずい。そうじゃない。そういうことじゃない! 心の傷をえぐるつもりはなかった。

 一方、マリアさんは体を起こし、硬い顔のままはなれていこうとする。


 ダメだ! 行かせちゃいけない!

 オレは急いで引き留める。


「ぐぅ!」

 激痛に悲鳴を上げかけたが、今はオレの体の傷より彼女の心の傷だ。


「きゃ!」

 マリアさんの手をとると、無理やり引っぱり、またもベッドに引きずりこむ。

 今度はオレが上から押さえこむ体勢になった。

 それ以上は痛くて動けないから、きわどい体勢のままで説得を開始する。


「……マリアさん。いいですか? あなたは……汚れてなんかいません」

「いえ、自分でもわかっていたんです。わたしにヨシトさまに求められる資格なんてないって」


 かたくなな返答。死んだような目。

 ダメだ。言葉じゃ通じない。 

 だったら? 


 答えは一つだ。オレは覚悟を決める。


「ヨシト……さま? なにを……?」


 不審がるマリアさんに体重をかけていく。彼女が逃れられないように。


 そして――今度はオレから唇を奪う。 


「んッ! ヨシト……さまッ!」


 最初は軽く触れ、マリアさんが驚いてるすきにもう一回。

 今度はついばむような動きから、じょじょに舌を侵入させる。


「ん、ッ!」


 彼女は反射的に押しのけようとしたが、オレは許さない。

 さらに舌を侵入させていき、奥のほうで縮まっていたマリアさんの舌をとらえた。抵抗がやんだら、あとはゆっくりと舌同士をからめていく。


 びくり、びくり、二度ほど大きく震えたあと、マリアさんはついにオレにしがみついてきた。

 硬かった彼女の舌もゆっくりとほぐれ、反応を返してくる。


 それから数分間、ただひたすらに舌をからめあう。

 二人の呼吸がどんどん荒くなっていく。

 お互いを求めて抱き合う力はどんどん強くなり、二人の体は完全に密着した。

 彼女の心臓が激しく鼓動してるのがよくわかる。オレの荒れ狂う心拍も彼女に伝わっているだろう。


 ようやく顔を離したとき、そこにはとろけた表情のエルフがいた。

 二人の間には徹底的に混ぜ合わされた唾液の混合液(カクテル)が糸を引く。


 そこでオレは息を整える。

 もう一度、彼女のとがった耳元に口を近づけ、ささやく。


「マリア……さん」

「は……い」


 マリアさんのかすれた声が、オレの耳に官能的にすべりこんできた。


「……オレはあなたが好きです」 


 そうだ。言葉にしてみてはっきりわかった。

 オレは……マリアさんのことを心からいとしいと思っている。


 実は、マリアさんの熱っぽい視線をここのところずっと感じていた。

 だから好意を寄せられているかもしれないと勘づいていた。美人さんに好かれてうれしくないわけない。

 こっちも一か月近くにいて彼女の人柄を知るたび、その優しさにどんどん惹かれていた。 

 

 そんな日が続くうち……オレもマリアさんが好きになってたんだ。


    ◆   ◇   ◆   ◇   ◆ 


 オレが気持ちを告げた瞬間、彼女はまたもびくりと震え、オレの服をつかんだ。

 その薄緑色の瞳が。とろりとうるむ。


「あなたが汚れているとは思わない。里のために自分を犠牲にしたあなたが汚れているわけがない。それでも……もしあなたが自分を汚れていると思うなら、オレもいっしょに汚れますよ。あなたといっしょならどれだけ汚れてもかまわない」


「ヨシト……さま」

「マリアさん、好きです」


 もう一度、告白する。

 マリアさんの瞳には涙が浮かんでいた。


「わたしも……ヨシトさまが……大好きです」  


 見つめ合った二人はもう一度唇を重ねる。

 今度は一方的でなくお互いに。

 ゆっくりと舌をからめ合っては、顔を離して見つめ合う――そんな行為を何度か繰り返した。

 室内に響く、粘膜と粘液が絡み合う音。

 ときおりとがった耳が目に入るが、嫌悪感や違和感はない。むしろマリアさんのすばらしい魅力だ。

 異種族のエルフ娘さんと愛を確かめあってることに強烈な興奮を覚える。


「ヨ……シト……さま」

 マリアさんがひしとすがりついてきた。オレも彼女をきつく抱きしめる。

 体を溶けあわそうとするかのように強く抱きしめあう二人。

 オレが彼女の細い腰を引き寄せると、マリアさんも腰をくねらせて応えてくる。


 お互いがお互いを、その手足でまさぐりあい……




 ……おっと、これ以上はマズイ。



 そこでいったん、我に返った。

 ここから先をやってしまうと大人の世界入りだ。まだお昼なのに夜想曲(ノクターン)はよくない。


 ――マリアさんも、もう大丈夫そうだしな。


 オレはなごりを惜しむ気持ちを強引に押し隠し、マリアさんから身を離す。


「ふぇ?」 


 美人エルフさんは、とろけきった瞳で抗議してくる。

 まだ続けてほしいのか……そこは、かわいいな。

 しかし、今日はここまでです。


「なん……で?」


 とろけたまま首をかしげたマリアさん。

 オレは視線を向けることで、中断の理由を示す。


「あ……!」


 オレの視線の先――ベッドの上ではアリアちゃんが、すやすや寝入っていた。

 さすがに幼女(32歳だが)の前でこれ以上はマズイ。

 その点に気づいたのか、マリアさんもびくっとした。


「……すみません! わたしったら、なんてはしたないことを!」

「いえ、オレのほうが、もっとはしたないことをしましたから……」


 おたがいに頭を下げた。

 それから……なんで謝り合ってるのかを考えて、おかしくなった。

 オレたちは声を殺して笑いあう。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆


 マリアさんはいったん自分の部屋に帰ることにした。

 寝ずに看病しててくれたらしいからな。休憩してもらわないと。


「あの……アリアはどうしましょうか?」

「せっかく寝てますから、このままに。アリアちゃんも今まで寝てなかったんでしょう?」

「はい。お心遣いありがとうございます。では、わたしは……今日は……失礼いたします」


 マリアさんはそういって部屋を去る。真っ赤な顔だ。


 ん? ……今日は? どういうことだろうか?


 言葉の意味を少し考えて、それからどきっとした。

 う……オレも顔が熱い。


「……頭を冷やしてくるか」


 オレは外に出てみることにした。

 ベッドのふちにつかまり立ちし、壁によりかかってみる。

 よし。ゆっくり動けばだいじょうぶなはずだ。

 骨折したときも、周りの筋肉を弱らせないことが大事だそうだし……。 

 なにより、この部屋でこのままマリアさんの残り香をかいでたら……悶絶しかねないからな。


 オレもマリアさんに続き、部屋をあとにする。





 ……だから、オレは知らない。


 背後のベッドの上――。

 寝てたはずのアリアちゃんが漏らした一言を――。


「……二人ともヘタレね。せっかく寝たふりしててあげたのに……ふああ。もう拍子抜けしちゃった」


 エルフ幼女はため息をつくと、今度は本物の眠りに身をゆだねていく。

 



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