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異世界で教祖はじめました  作者: 習志野ボンベ
第三章
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女神とヘルメス

 ヨシトが百鬼夜行を撃退した、その翌朝。

 コルクの里の周囲、深い森の中にて――。


 アテナは被害のほどを自らの足で確かめていた。

 きれいさっぱりと焼け焦げた木の断面。周囲には、焦げ臭いにおいもただよう。

 しかし不思議なことに火事は起きなかった。


(あれだけ大規模な加護の行使があったというのに……)


 埋み火が再燃することを警戒していたのだが、その心配もないようだ。

 あのヴァジュラクーンは触れたところだけをきれいに蒸発させるが、他には被害を及ぼさないらしい。


「かわいいばかりでなく便利。なんて高性能なタヌキちゃんなのでしょう」


 アテナはうっとりした。 


 本来、ゴブリンやトロールを倒したなら死体は焼却し、体液がこびりついた周囲もきっちりと焼きはらわなければならないらしい。

 それがこの世界に伝わる言い伝えだ。そうでなければ伝染病を誘発するという。

 だが、あのタヌキが全ての鬼を蒸発させてくれたおかげで、めんどうな作業はいらない。

 さらに、一帯に広がっていた悪臭も完全に消えている。

 これもプラズマの脱臭機能のおかげなのだろうか?


「すばらしいです。ヨシトさんもやるものですね」

 

 アテナはめずらしく手放しの賞賛を送る。


 そうだ。彼女は下ぶくれのデザインに弱い。

 ふだん冷静冷徹なアテナも唯一、まるまるした動物には愛情を隠さないのだ。

 

「昨日のタヌキちゃん。完璧なフォルムでした。うちの夜飛丸(ナイトフライ)を思い出しますね」


 ちなみに夜飛丸とはアテナのペットであるフクロウの名前。

 もちろん、丸っとしたシルエットの鳥さんである。 


「お父さま、ちゃんとエサをやってくれているでしょうか?」 


 最愛のペットと離れて、もう一月になる。あの丸々した感触がなつかしい。


「しかたありません。今度、またヴァジュラちゃんをヨシトさんに呼び出してもらって、あのぽんぽこりんなおなかを思い切りもふもふしましょう」


 などと決意したアテナに制止の声がかかる。


「いやいや。およしなさい、アテナさん」

「あなたはアンディさん? いえ……ちがいますね」


 知っている男の姿ではあったが、ありえない。

 エルフの商人・アンディがアテナの本性と本名を知るわけがない。

 しかしアンディの見せた表情と物腰にアテナは覚えがあった。 

 確信とともにアテナはその名を呼ぶ。


「あなたは……ヘルメス? でもどうやって?」

「先の戦いで思いのほか信心がたまりましてね。こちらに出てくることができるようになりました。実体ではなく憑依という形ですが」 

「まさか、もうそんなに信心がたまったというのですか?!」


 そう、そこにいたのはヘルメスだった。

 アンディの体に憑依したヘルメスは、驚くアテナに得意げに状況を説明する。  


「神獣という奇跡にはそれだけの価値があったということです」

「ええ、それはわかります。ぜひともおなかを触りたいところですが……」


 アテナの奇妙な同意にヘルメスは苦笑する。


「はは。あいかわらずですね。しかし、いくらなんでもおよしなさい。ヴァジュラクーンとやらは、あのような見た目でありながら、ゼウスさまの力をほぼあますことなく発現しています。うかつに触ると蒸発しますよ」

「残念です。あのおなかをもふもふできたら、それだけで天に昇るような気持ちになるでしょうに」


 命を賭けた動物愛である。

 さすがにヘルメスは危惧をいだいた。   


「言葉通りに昇天しますよ。あなたはこちらに神格のほとんどを持ってきてるんですから、消滅したらどれほどのダメージを受けるやら……」

「あちらに本体を置くと高度な演算や情報交換をするたび、こちらでの活動が止まってしまいます。それではめんどうですので」


 女神の見せたやる気にヘルメスは意地の悪い笑みを浮かべる。 


「ほほう。あなたはこの計画にあまり乗り気でなかったと思いましたが……」

「わたしとて気が変わることはあります」

「それは……もしかしてあのヨシトさんのおかげでしょうか?」

「………………」


 女神は無言をつらぬく。

 ヘルメスは追及の無意味さをさとって、話題を変えた。


「それはさておき、本題に入りましょう。バァル神の件です」

「……思いのほか、対応が早かったですね」


 アテナはうなずく。

 かつて対したことのある神の力を、アテナはひさしぶりにまた感じ取っていた。

 今宵、倒したあの鬼たちにはバァルのにおいがこびりついていた。


「あの方は一度、例の十字架好き宗教のせいで悪魔にまで身を落とされてますからね。他宗教への警戒が強いのは理解できますが……」

「バァル……彼がこちらの世界に移ってきたのは、たしか七百年ほど前でしたか?」


 アテナの問いにヘルメスは記憶を探り、答えた。 


「はい。蠅の王として眷属であったネズミとノミを使い、黒死病を広め、さらに死神としてふるまうことで恐怖を集めたそうです。その負の信心でこちらに来たようですよ。あとは先に来ていたエジプト神たちの内紛に乗じてフェニキア王国を建国させてその守護神となり勢力を広げたとか……」


 ヘルメスはエジプトの神とも親交が深い。そこから得た情報をアテナに教える。

 事情通のヘルメスの言葉にアテナは形のいい眉をひそめた。


「あの黒死病を利用したのですか? ずいぶんと……ひどいことをなさる」

「それほど人に忘れられ、排斥された恨みが大きかったということでしょう。神格に悪魔としての性質がこびりついてしまっているようですし」

「哀れ……というべきなのでしょうね。我々は幸運でした。信心は奪われたものの神としての格は失いませんでしたから」


 アテナの同情にヘルメスもうなずいて同意する。

 しかし、戦いは避けられないとも思っていた。

 交渉の神だからこそ、争うしかない場面があることもヘルメスは知っているのだ。


「ええ。ですが今度しかけてくるようなら応戦せねばならぬでしょう。こちらも引けぬ理由があります」

「そうですか。どちらにしろ計画の進行を早めなければなりませんね。さいわい、あのタヌキちゃんが使えそうですからペースは上げられます。もっともその分ヨシトさんには苦労をかけることになりますが……」


 アテナの言葉にヘルメスは目を見開いた。


(あのアテナさんが人間相手に気を使っている!?)


 気づいたその事実に驚きとおかしさを感じながらも、ヘルメスは何も言わない。

 ただ、にこりと笑って退去を告げるだけだ。


「ここで失礼します。そろそろこのエルフに意識を返さねば」

「はい。ではまた近いうちに……」


 ――二柱の神々はあいさつを交わし、それぞれの持ち場へともどる。




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