VS百鬼夜行3―戦闘休止
里の手前、先ほどまで激戦が繰り広げられた野原にて――、
「ふう」
オレは寝ころんで一息つく。
あたりに充満するゴブリン、トロールの死骸――そしてはらわたのにおい。
周囲の臭気は強烈だが、今はがまんだ。
戦いの疲れでちょっと動く気になれない。
トロールに捕まれたり、ゴブリンぶつけられたり――けっこう蓄積ダメージ大きかったし。
里を襲撃してきたモンスターの大群は、大物であるトロールを倒したところで退いていった。
こちらも、とりあえず一息といったところか。
――だが、気になる事が一つ。
どうもあいつら、こちらの手のうちを探っているような……そんな動き方をしていた。
まだ戦力には余裕があったのに、トロールが倒されただけで退いた。
ボスキャラが死ねば作戦目的終了? そんなことゲームじゃないんだからありえない。
(とにかく、警戒はまだ続けないと……)
……なんて風に足らない頭を必死にぶん回していると――、
「師匠ッ! 御無事で何よりッ! トロールにつかまれたときはもうだめかと思いましたぞ!」
駆け寄ってきたロックさんが声をかけてくる。
かなり心配そうだな。
ま、たしかに。今日の戦闘――ふつうだったら三回くらい死んでる状況だ。
本当に神々の加護のおかげさまですね。
ふだんは皆さんゆる~い感じだから敬意を抱きづらいけど、ちゃんと感謝して尊敬しとかないと。
「すべて神の加護のおかげです。あとでともに感謝の祈りをささげましょう」
「はい!」
素直に応えるロックさん。
よし、その調子でがんばりましょうか。次期教団代表さん(予定)。
一方、弟のアンディさんは畏怖の表情を浮かべている
「……なんと……すさまじいお力!」
ありゃ、ビビらせてしまったか?
なんて思ったが、そうでもないらしい。
目にはオレへの敬意が見て取れる。ちょっとむずがゆいな。
そこらへんはやっぱり脳筋エルフの血筋ということか。
「話半分に聞いていたのですが、実際に目にして、たしかにあなたさまの力を信じられました!」
そりゃそうだろう。
オレが授けられてるのは色々チートすぎる能力だもんな。
話だけ聞いたらオレだって疑っている。
「だから何度も言っただろう。このバカ者め!」
「兄貴の話はいつも大げさなんだよ!」
じゃれあう、はぐれエルフの兄弟二人。すっかり仲良しさんですね。
少し前までぎくしゃくしてたのに、わずかの間、肩を並べて戦っただけでこのありさまですよ。
戦う男の単純さでもあり、愛すべき一面じゃないでしょうか。
うんうん、戦闘はきつかったが、いい面も一つはあったってことです。
と――、
「おや、杖になにかついておりますぞ?」
元・商人らしくオレの装備を目を皿にして眺めていたアンディさんが言った。
ん? どれどれ? おお、こりゃひどいな。
杖にはゲル状のなにかがこびりついていた。
うわ、しかも、すっごく臭いぞ。
そういえばさっき雷霆を発動したとき、トロールの鼻の中に思いっきり突っ込んじゃったもんな。
「うえぇ、トロールの鼻くそだ」
……うん。トロールを杖で撃退したらこれやっとかないとね。
ああ、すっきりした。
すると、そこにやってきたアテナさんが、首を横に振る。
「……いえ、これは脳漿ですね」
ファンタジーの名シーンをスプラッタ解説で台無しにしないでください。
「おそらく鼻腔内で発せられた高電圧・高電流により、トロールの少し足りない脳ミソに含まれた水分が熱せられ急激に膨張、水蒸気爆発を起こした。そのせいで高まった頭蓋内圧に耐え切れず、トロールの頭は内部から破裂したのでしょう」
いや、そこまで詳細な説明は良いですから。
もうトロールの鼻くそってことにしといてください。
「そうですか。たしかにエジプトでは脳は鼻水の生産をつかさどっていると信じられていました。その説にのっとるなら、同じものと言っても悪くはないでしょう」
おや。めずらしく同意してもらえてなによりです。
しかし、おもしろい豆知識ですね。
「ええ。それゆえエジプトではミイラを作るとき、鼻の穴からスプーンを入れ、防腐処置もかねてよけいな脳をかきだしていたそうですよ」
うわ。人として一番大事そうなものをポイ捨てですか。
うんちく聞いてて気持ち悪くなってきたな。
あいかわらず杖からはひどいにおいがするし――、
うぇぇぇえ。トロールの脳みそだ。
……なんてオレが茶番をやってると、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ヨシトさま!」
緊迫した声の主は……駆け寄ってきたマリアさんですね。
ん。どうしました?
まだちょっと危ないですよ。たぶん鬼さんたち、こちらにまた来ます。
だから馬車に隠れていてほしいんですが。
しかしマリアさん、オレの言葉など聞こえないようす。
こちらに駆け寄って、ぴたりとしがみついてきた。
「……ヨシトさま、アリアが! アリアが!」
ん? なんでしょう?
というか、美人さんに密着されて、しかもうるんだ目で見つめられるとかなりどぎまぎします。
――で、アリアちゃんがどうしました?
「アリアが里を出て行ってしまったんです!」
へ? なんでです? まったくもって理解の外側の事態なんですが。
と、そこへ、あとからやってきた里の長老ヨブさんが簡単に説明してくれた。
「それが……どうも先の勝利に浮かれた若いものに『ごくつぶし』と言われたらしいのです。自分たちは里を守るために武器を手に取ったが、アリアたちは馬車に隠れていただけじゃないか、と挑発されたらしく……」
え? なんで子どもにそんなこというかな? 大人げなさすぎだろ。
「現在、マリアとアリアがあなたのお世話をさせていただいておりますが……、彼女たちだけが、ヨシトさまを独占しているように思えたらしく、嫉妬されたのでしょう」
え、もしかしてオレのせい? オレってそんなに人気出ていたのか?
「はい。里を守った英雄であり、不思議な力をいくつも持ったあなたは今やあこがれの的ですよ」
ヨブさんはあきれたようにいう。
そうか。それはうれしいけど……アリアには悪いことしちゃったな。
「……それはともかく。アリアは自分でも戦えると弓を手に森へ駆け去ってしまったそうです。たしかにアリアの弓は百発百中なのですが、あくまでそれは子ども用の弓の話」
アリアちゃん、意外な特技もちだ。しかも気が強いにもほどがあるぞ。あの爆裂エルフ幼女。
しかし、なんでそんな爆裂娘をたきつけるようなことをいうかな。その大人げない若い人は……。
一言文句を言ってやりたい。
なんて思ったそのとき――、
「あんたらだってガキのころはみんなごくつぶしだった! それに弱いもんが背中にいるからこそ命張って戦う意味があるんだろうが! 守るもんもなしに武器振り回すなんぞ、ろくでなし以外のなにものでもないじゃないか!」
大声の説教が響いている。怒られてる若いエルフさんがそうか。
そして説教しているのはミリアムさん、またしてもオレの言いたいこと全部持ってったな。
しかも、オレ以上の説得力で……。
――のちに若いエルフくんはヨブさん、ロックさんからもお説教をくらったらしい。
……いや、そんなことより今はアリアだ。
彼女が向かったのは森の中。ゴブリンにトロール、あの鬼たちがわんさかいる空間。
ならば、急ぎ助けに向かわないと――命が危ない。
「まったく、これだから……子どもは……」
オレは落ちていた愛刀を拾い、血ぶるいし、納刀する。
頑丈な刀身はけっこうな酷使を経てもゆがみ一つなく、ぴたりと鞘におさまった。
「ヨシトさま!」
「アリアちゃんを連れ戻してきます。だから安心して。マリアさんは馬車に戻ってください」
必死ですがりついてきたマリアさんをそっと押し返し、うるんだ目ををのぞきこんでいう。
「……はい」
マリアさんは少しためらったけど、素直にこくりとうなずいてくれた。
オレを信頼しきっているようすだ――こんなときだけど……かわいいな。
よし。彼女が寄せてくれた気持ちに応えないと。
「ヨシトさん」
「すぐもどります! アテナさんは少しの間、オレ抜きでの迎撃準備を!」
アテナさんには不在にすることを詫びる。
彼女の計算とか計画を崩すのは申し訳なかったが、アリアちゃんをほうっておくことはできない。
この状況で森の中へ行き、アリアちゃんを連れ帰れるのは……たぶんオレだけだ。
それにアテナさんの頭脳なら、オレ抜きでも里を守れるはず。
この知恵の女神、戦女神なら必ずやってくれる。そう信じられる。
だから――、
「我を運べ!」
呼びかけてきた女性二人に言い残すと、オレはヘルメスの靴を使い、森にむかって転移する。
――戦いも混乱も、まだ終わりそうにない。




