VS百鬼夜行2―戦闘開始
発生したのは大群モンスターの襲撃という緊急事態。
だから女性や子どもに老人――戦えない人は馬車に乗ってもらうことにする。
もし里に敵が入りこんだら、この人たちを守りながら戦う余力はない。全力で戦闘に当たるため、いざとなったら避難してもらう。
何に使うかはしらないが、馬車はアテナさんの指示でたくさん作られていた。
だから数は間に合っている。最小限の財物や穀物のたねもみとかも積んでおける。
つまり、もし里が襲撃で被害を受けても復興に備えられるってことだ。
ギリギリの場面でできる少しの心の余裕って実は大きな心の支えになるのだ。
さすがアテナさまって感じである。
さらに幸いに、というべきか?
ゴブリンたちも仲間がそろうまでこちらから距離を取っていた。森の中から動こうとはしない。
このすきにさっさと脱出準備してもらわないとな。
オレが少しばかり焦っていると――、
「やっぱりわたしが残ります。馬車にはミリアムさんが乗ってください!」
言い争うような声が周囲に響いた。馬車の中から響く声の主は――、
あれ? マリアさんじゃないですか?
脱出組の彼女がどうしたんだろう?
マリアさんの相手をしているのはエルフの元女戦士、今では三人の子持ち、肝っ玉母ちゃんのミリアムさんだ。
「だめだよ。あんたは馬車に乗る。武器を使えるわたしは残る。そうなってただろ? ちゃんと話を聞いていたのかい?」
「でも……戦えないわたしが生き延びるより、戦えるあなたが生き延びたほうが里のためになるはずですよ!」
言い聞かせるような口調のミリアムさんに対し、マリアさんが食ってかかっている。
知り合いを残していくのが心苦しいのか。天然だけど責任感の強いマリアさんならそうだろうな。
だけど、それはまちがいだ。
よし、オレが一言、びしっと――、
「マリア! 心得違いをするんじゃないよ!」
うわ! オレより先にミリアムさんが雷を落とした。
歴戦の迫力が込められていて、こっちまでビビってしまった。
マリアさんもさすがに、一発でしゅんとなってしまう。
そこでミリアムさんは一転して優しい声を出した。
「戦えないからこそ生き延びてほしいのさ。わたしらが命がけで戦える理由になっておくれ」
「……わかりました。でもミリアムさんも死んじゃいやですからね!」
マリアさんは不承不承うなずく。その目には涙が浮かんでいる。
しかし、なんとか理解してもらえたようだ。
人生経験ある人の言葉ってやっぱり説得力が段違いだよな。
そしてオレも、ちゃんと守らないと。
里を捨てなきゃいけないとき――いざというときが来ないように。
マリアさんだけじゃなく、脱出組のみんなが悲しまないように。
――よろしい、ならば戦争だ……ですよ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オレたちの目の前、整然と隊列を組むゴブリン。
ようやく数がそろったのか、森から出てきた。トロールを囲むようにこちらへ前進してくる。
その姿は魔獣、モンスターという言葉から受けるイメージとはまるでちがう。
「やはり、どこかにヤツらを操っているものがいるようです」
隣りのロックさんがささやいてくる。
なるほど。そいつの排除も目標のうちだな。
ま、オレはまず真っ先に大物へ突っこみますけどね。
あいつを片付けないと、里の防壁が崩されかねない。そうなれば里はゴブリンに蹂躙されてしまう。
つまり、優先順位ってものがあります。
だからオレは左手に雷霆の杖、そして腰にはバディラクーン、心強い武器を装備して突撃開始する。
「ピギイイイイイイィ!」
と、甲高い声を上げ、さっそくオレの行く手を防ぐゴブリンさんたち。
はい。邪魔です。どいてくださ~い。
オレは抜刀しようと腰に手をかけたが――、
ザシュ!
オレのすぐわきを駆け抜ける光――攻撃にうつる前に、ゴブリン達は切り飛ばされていた。
ばらばらと舞う短い手足。そして臓物と血と体液が飛び散り、月光の中できらめく。
「師匠!」
ドヤ顔のロックさんがこちらに声をかけてきた。剣を振り下ろしたポーズのままで。
そっか。ロックさんが放った斬撃波か。ナイスだ。やっぱり遠近両用武器はいいね。
「ロックさん、そのまま援護を頼みます!」
オレは一声かけ、そのまま突進を再開する。
しかし、このゴブリンたちって何食ってるんだろうか?
バラバラ遺体のわきを駆け抜けてく最中に下水のにおいがする。
臓物の匂いなんか、もう涙が出てくるレベルだ。
「ピグッ!」「ピギィ!」
おっと!
数体のゴブリンがあらわれ、槍やら剣やらを突き出してきた!
どれも錆びてるな。たしかにゴブリンが冒険者から奪った武器を使ってるってのは定番なんだが。
こりゃ破傷風が危ないぞ。里のみんなに注意しないと。
――てなことまで考えてられる余裕があったのはアレスの加護のおかげだ。
アテナさんいわく、戦場における恐慌も恐怖どちらもアレスの眷属らしい。
ならばアレスの加護を得たオレを惑わすものなど、なにもない。
ここのところのあれこれで信心が増えたせいだろうか?
アレスの加護も強力になった気がする。体がものすごい軽い。
抜刀――バディラクーンの一閃で槍の穂先を斬り飛ばす。
ゴブリンの突きだしてきた剣は無視した。どうせ獅子の毛皮がはじいてくれる。
そこらへんはさすがの英雄防具。前に試したときはマゴロックの斬撃すらはじいてたし。
アテナさんは「衝撃硬化獣脂を使用してますから」と、ファンタジー要素ぶっこわしの発言をしてたけどさ。
「ギャアアッ!」
「ギイイッ!」
右、左、右、もちろん安全確認じゃない。斬り飛ばして悲鳴を上げさせたゴブリンの位置だ。
そこで、もう一度右――バディラクーンがゴブリンの胴体を両断し、何とも言えない臭気と色合いの臓器が零れ落ちる。
さらに斬撃の勢いを殺さぬよう反転しつつ、刀を血ぶるい、同時に回し蹴りを放つ。
吹っ飛んで行ったゴブリンさんは、ボーリングの玉のように仲間を巻き込む。
「「「ピギャァァッァァッ!」」」
こうして、オレは文字通りゴブリンどもを蹴散らした。
――そして、ようやくトロールの元へたどりつく。
と、
「グウウウウウウウウウ!」
オレに気づいたトロールがさっそく、棍棒を振り下ろしてきた。
おおっ! 近くで見るとよけいにでかいな!
さすがにこわい。棍棒も食らいたくないからよける。
巨体だから遅く見えるが、けっこうな速度が出てるようだ。
それでも大ぶりだから、うまくかわせたわけだが――、
「ぷぎぃ!」
オレの背後、巻き添えで何体かのゴブリンが圧殺されている。
ブオッ……、遅れて吹き抜ける暴風――なんて威力だ!
そこへ続けてもう一撃、横に払われたこいつも回避する。
ジャンプ、いや大ジャンプで――。
おお、垂直跳びで目測三メーター以上飛べたぞ! やったね。人類記録更新だ!
オレは今まで感じたことのない浮遊感、そして視点に感動する。
もっとも、このジャンプは回避のためだけじゃない。
オレは跳躍の頂点で、トロールに向けて斬撃を放つ。
ザシュ!
オレの一閃はトロールの顔面を横一文字に深く斬りつけた。
「グオオオオオオオオオッ!」
ひざをつき、苦痛にうめくトロール。やったぜ。
そこでオレは飛び退り、いったん距離を取る。
「すごい、あのデカブツを完全に手玉に取ってる!」
背後の防壁から歓声が上がっている。
勝利への期待が里の若者たちの戦意を高め、射られる弓の精度も勢いも増す。
よし。いいね!
しかし、そこで――、
「ペギィ!」「ペギョ!」
オレを強敵とみたのか、ゴブリンが殺到してきた。
おかしい。どうみても脳筋一直線な彼らに、どうしてこんな知恵が?
そうか……これは操ってるヤツの指示だな。
いや、そんなことよりさすがに囲まれるとまずい。
と、オレが注意をゴブリンに向けたそのとき――。
「ヨシトさん!」
防壁の上から、アテナさんが発した警告が響く。
「?」
オレがその意味を理解するその前に――、
ドゴスッ!
すさまじく重い衝撃がオレを襲った。
吹き飛ばされ、大地を転がる。二回転、三回転。そこでようやく止まった。
頭がくらくらする。毛皮に守られていない顔面への衝撃はさすがに殺しきれなかったらしい。
いや。意識があるだけでもありがたいのか?
「う……すげえ痛い……にしても、なんだ? このひどいにおいは?」
オレは転がっていた飛来物に目をやる。
そこには……全身の骨が砕けたふにゃふにゃのゴブリンの死体が一つ。
「これは………!?」
なぜ、こんなものが飛んできたんだ!?
答えを探して周囲を見回すと、すぐに理由がわかった。
――オレの視線の先、トロールさんが『ピッチャー振りかぶって』の体勢だったからだ。
「ぴぐぅ!」
ちなみにボールにされてるのは切ない悲鳴を上げるゴブリンだ。
そうか。顔を押さえうずくまっていたトロールさんが、あろうことか味方であるゴブリンを投げつけてきたのか。
……っていうか、さらにもう一体!?
脳が揺れていたせいで足が動かない。
回避できぬまま、追加のもう一体まで食らってしまう。
ゴガッ!
「ヨシトさまっ!」
吹っ飛んだ勢いのまま、地面に転がる。すぐに立てそうにはない。
里の防壁から聞こえただれかの声が、遠く感じる。
ズン……ズシン!
一方、地響きを立てて、寄ってくるトロール。
ようやく衝撃が抜けたときにはオレはその巨大な手に捕まれていた。
まずいな――いや、オレには獅子の毛皮がある。こいつがあれば物理攻撃には無敵なはずだ。
しかし、アテナさんがさらなる警告をくれた。
「ダメです、ヨシトさん。衝撃硬化獣脂は急な衝撃には耐えられますが、じわじわと継続してかかる力には反応しません。だからこそヘラクレスは獅子を絞殺したのです」
え? そういうことは早く言ってください。アテナさん!
抗議した次の瞬間、強烈な圧力がオレの胴体を締め上げる。
「か、かはッ!」
呼吸ができない。なんだかヤバげな息が漏れた。
そういえばアナコンダはとらえた獲物が息を吐くたび、こうやって締め付けて窒息死させるんだっけ。動物番組で見た知識がなぜかよみがえってきた。
――く、これで死んだらいやすぎる走馬灯だな。
「グウウウウウウ!」
一方、トロールは捕まえたオレを憎しみに満ちた目で見つめてくる。
その顔にはさっき俺が付けた傷が深々と刻まれ、赤黒く薄汚い血がだらだらと流れ落ちている。
おい、せっかくの不細工な顔にアクセント足してやった恩人になんてことするんだ!
なんて言ってはみたものの、剣は落としてしまったし、トロールに捕まれて動けない状況だ。
強烈な圧迫で、肺からぐいぐい空気が追い出されていく。
……おお、大ピンチだ。
こんな状態でも妙に冷静なのがいやだな。アレスの加護も善し悪しだ。
もっとも冷静だったおかげで気づけた。
ここからの脱出法――オレには雷霆があることに……。
頭から食らおうと、顔を近づけてきたトロールの顔面にオレは杖をつきつけ、
「……神罰……執行!」
かすれた、とぎれとぎれの声で雷霆を発動させる。
怒……轟ッ!
はい。ここで出ました。初公開、ゼウスの加護『雷霆』!
内臓を揺るがす重低音の響きがはじけ、
その瞬間――トロールの頭部が一撃で消し飛んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ズ、ズーン!
頭部を失い、ひざから崩れ落ちるトロールの巨体。
同時に手のひらの締め付けがゆるんだ。圧迫から解放されてオレはようやく呼吸を再開する。
「ピギッ!」「プグゥッ!」
その光景が目にはいると同時、なんと撤退を始めるゴブリンたち。
彼らの見せた整然たるさまが気になりつつも、オレは安堵と疲労で寝転がるのだった。




