里にせまる悪意
はい。異世界教祖の久世ヨシトです。
はじめましての方ははじめまして。そうでない方もはじめまして。
……と、『はじめまして』は強制しましたがウチの教団、改宗なんかは強制してないつもりです。
しかしウチの教団の本拠地・コルクの里には、むこうから強制イベントがやってくるようで――、
なかなか厄介なものですね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
コルクの里に駆けこんできたアンディさん。
ロックさんの弟である彼はこういった。
「兄貴、マズイぞ! この里が襲われる!」
アンディさんは血相を変え、ロックさんの肩をゆする。
「いったい、どうしたというのだ?」
と、問う兄に、アンディさんは事のしだいを語る。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――それは、ヨシトたちを送り出してから数時間後のことだったという。
「……そうだ。トニオさんに先ほどの無礼をおわびせねば……おれが紹介した客だしな」
エルフの身で商売人などやっている以上、アンディは苦労人だった。
ふだんは細やかな配慮を忘れず、人間以上に人間らしいエルフと言われる男なのだ。
その彼がここまでぼうっとしていたのは、アテナの暴挙のせいだったろう。
「もう夜だが……しかし、やはり今日中におわびにいかねば」
場合にもよるが、できるなら礼とわびは当日のうちに。
でなければ、すぐに消せぬしこりが残ってしまう。
アンディが長い街暮らしの中で獲得した処世術だ。
というわけで、アンディはトニオの店舗兼住宅に向かったのだが――、
「む?」
見かけたのは妙にこそこそと家を出るトニオの姿。
「おかしいな。なぜ裏口など使う?」
その時点で不穏な雰囲気を感じ取ったアンディは、後をつけることにした。
商人になるため道をたがえたが、それでも共に旅をしていた間、武人である兄と体を鍛えていた。
だから、身ごなしは軽い。
物陰から物陰へ、気づかれぬようトニオの背中を追っていく。
やがてトニオが行きついたのは――、
「ここは、『人買いサムソン』の家じゃないか?!」
アンディは驚いた。まさか知り合い宝飾品店の主がこのような場所に来るとは――。
『人買いサムソン』とは、このモーラでも、ひどく評判の悪い奴隷商人のことだ。
借金のかたに娘をさらい女郎として売りとばしたり、あるいは孤児を言葉巧みに言いくるめ奴隷に落としたり――、さまざまな悪評を聞いている。
それでも営業を続けられているのは、このモーラの街のおえらがたに人脈があるからだそうだ。
「なぜ、こんなヤツのうちへ?」
そしてこのサムソン、商人の間でも評判は悪い。
難癖をつけて値切られたり、勘定を踏み倒されたりなどしょっちゅうだ。屋敷の使用人も主人の威勢を借りて、居丈高なものだから、あまり近づきたい場所ではない。
そんな悪徳商人の豪勢な屋敷へ、姿を消していく知人の姿。
目にしてしまったアンディは不安と不信を隠せない。
「いったい、どういうことなのだ?」
アンディはその場でようすをうかがうことにした。
――しばらくして、ほくほく顔のトニオが屋敷から姿を現す。
どういう事情か話かけてきこうとしたアンディだったが、つい声をかけそびれてしまう。
そんなアンディの耳に信じられない言葉が飛びこんできた。
「……ふっふ、これであの混ざりエルフどもも終わりだなあ?」
(混ざりエルフだと?)
アンディはおのれの耳を疑う。
ハーフエルフに対するさげすんだ呼び名だ。
礼儀正しいトニオならば絶対口にするはずのない言葉だったが――、
「半端もののエルフどもがあのような珍品もっているはずがない。どうせ盗品であろう。ならばおのれの家から盗まれたと難癖をつけて奪い、その罪を着せて奴隷にしてしまう、とは――さすがにサムソンさんは悪どい」
口汚くののしり、悪辣なたくらみにほくそ笑むトニオ。ふだんの人柄からは考えられない姿である。
(しかし、この姿こそ……この人の本性なのだ)
気づいた事実、おのれの人を見る目の無さに、アンディは歯噛みする。
「あのアンディとやらも同罪だな。まあ、人のふりをして気色悪いエルフだったからこれでいい。あつかってる品は悪くなかったから付き合っていたが、ヤツの店も今回の件で取り潰しだろう。店はわたしが引き取ってやろうか?」
ぎりり、アンディの喰いしばった奥歯が音を立てた。
ここまで人間社会に溶けこむため、重ねた努力――。
はぐれエルフであるがゆえに受けた理由なき差別と偏見――。
すべてが脳裏によみがえってくる。
(それでもこの町で身を立てたいと願い、そして少しは願いがかなったと思っていた)
抱いていた誇りや達成感が奪われ、胸に痛みが湧いてくる。
(しかし、わたしは認められてなどいなかったのだ。表向きだけ都合のいいカモでしかなかった)
「……いや、そんなことよりも!」
アンディは強引に思考を立て直す。
たとえ、商人としての道が閉ざされようと、彼にはまだ失っていないものがある。
それは家族だ。彼にはまだ一人家族が残されている。
兄であるピエトロ――いや今はロックか。
その、ただ一人の家族が危険にさらされているのだ。
「急いで知らせねば!」
さいわい、昼の買い物のとき、届け物の送り先を聞いていた。
「コルクの里――街道から林道へ入って一直線、三本杉のところで曲がる……だったな」
たしかに記憶に残した、その場所へ――。
アンディは店に戻るやいなや馬屋へ向かい、鞍などつけぬまま裸馬に飛び乗る。
もはや店の経営や、明日の営業のことなど頭から抜け落ちていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アンディさんを迎え入れた長老屋敷の一室にて――。
「……というわけです」
アンディさんが事情を語り終えた。
差し出したお茶も湯気が消えている。ぬるくなってしまったようだ。
「むう」
「ちっ」
ヨブさんは深刻そうな顔。ロックさんは怒りのあまり、刀に手をかけている。
そんな中、オレには素朴な疑問が一つ――、
「あの……たしかサムソンって、この前、あの人さらいの賊を送りつけてきたヤツですよね?」
聞き覚えのある名前だが、なんでまだ元気に街で商売なんかしてるんでしょう?
捕まったりしないのかな?
「サムソンめは街のご領主であるヴェリヌスどのと懇意なのです」
と、ヨブさんが答えてくれた。
ああ、なるほど。エライ人と仲良しこよしの悪党なのか。
それじゃ法律もなにもあったもんじゃないですね。
しかし、誘拐犯と殺人未遂犯が野放しとか……、
いくらなんでもヒャッハーすぎるぞ。どんだけ世紀末なあつかいなんだ、この里は――、
「ええ、我らもたびたびヤツの横暴を訴えているのですが……警備隊は動いてくれません」
大きなため息をつくヨブさん、苦労が絶えないですね。
いや、今やオレの教団の本拠地の話でもあるんだが――、
「……………………」
一方、その場にいたアテナさんは無言のまま。
む、立ちあがってどっかへ行こうとしているのか?
「アテ……じゃなかったパラス?」
声をかけたが、そのまま外へ行ってしまった。
「すいません、少しパラスと相談を……」
オレは断りを入れ、彼女の後を追う。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「まったく、これだから人間は……! つくづく人の欲望は御しがたい! なぜ他人の物を欲してよけいなめんどうごとを!」
アテナは森の中、大樹に八つ当たりをしていた。
気持ちはわかる。自分の計画にくだらない人間のくだらない欲で水をさされたのだ。
アテナさんは理性的な人だから、こういう下劣な欲でかき回されるのは大嫌いだろう。
だから――オレは彼女に頭を下げた。
「……すみません」
「……なぜ、ヨシトさんが謝るのです」
振り返ったアテナさんは案の定お怒りのようす。
静かな青白い月光を受けてもなお隠せぬ怒気が、その目にぎらぎらと光っている。
そんな彼女にオレはもう一度、深々と頭を下げる。
「いえ。せっかくアテナさんが計画を立ててくれたのに……オレたち人間のろくでもなさのせいで台無しにしてしまったかもしれないから……本当にごめんなさい」
オレは、しどろもどろの謝罪しかできない。
帰ってきたのは無言、沈黙――、
「…………?」
不安になって顔を上げた。
するとオレの目に飛び込んできたのは、きょとんとしたアテナの顔。
あれ? 初めて見る表情だぞ。
まじまじと見つめてしまったオレの視線に、アテナはびくりとして――、
「なにを見ているのです!」
あ、はい、すいません。
「そっちを向いてください!」
はい。ただちに!
オレはすぐに指示に従った。
と――、
「ひっ!」
オレの肩にアテナさんの手がかけられている?
もしかしてこの状況に続くのは、特殊部隊の殺人テクニック的なあれでしょうか?
首を素手でゴキッとか、ナイフでスパッみたいな。
お怒りのあまり、ご乱心?
……いや、ここのところ、けっこう怒らせるようなことしてるしな。
だが――、
こつん。
オレの背中に予想外の軽い感触。
え? これって? 頭?
そう。アテナさんはオレの背中に頭を軽くぶつけていた。
獅子の毛皮に触れた髪のさらりとした感触、ふわりと香る甘酸っぱいにおい。
思わず、どぎまぎさせられる。
「……まったく、これだから人間は……」
そうつぶやき、アテナさんはもう一度、形よく小さな頭をぶつけてきた。
声の調子は先ほど同じセリフを言った時と違い、予想外に優しい。
そして優しげな声のまま、おれにささやく。
「……だいじょうぶですよ、とりみだしてすいません。この程度で狂うような計画――わたしが立てると思いますか?」
そりゃ、まあ。そうですよね。
いえ、けっして疑ってなどいませんでしたよ。
「ただ……、人を守護する身としては、己が守るべきものの醜さが少々頭にきました。まさか、こちらの世界に来てまで人の強欲を見せつけられようとは……」
はい。その件は、ほんとうにすみません。
「しかし、今はだいじょうぶです。獣よりも醜悪なやからもいれば、あなたのようにヘタレなお人よしもいる――そんな当たり前のことを思い出せましたから」
そ、そうですか。オレへの評価は微妙ですが、気分がよくなったようでなによりです。
「――さあ、行きましょう。防衛の準備を進めます」
あっさりと気分を切り替え、アテナはさっさと里へもどってしまう。
――いや、一度立ち止まった。
そして背中を向けたまま、後に続くオレに一言。
「それにしても人類を代表して神に謝罪するなど……、よく考えればなかなかごう慢な所業です。ヨシトさんも教祖らしいふるまいが身についてきましたね?」
アテナはそういって、肩を震わせた。




