かんたんな作業です
オリンポス教・教祖であるわたくし――久世ヨシトは今日も業務に励みます。
ちなみに今日のお仕事は鍛冶場で憑依鍛冶。
意識を失うだけのかんたんな作業です。
――いや、それだけのはずだったんですが……、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「う、うおッ!」
意識が覚醒した瞬間、走ったのは激痛だった。
肩、腰、目、それにこめかみ。
あちらこちらがずいぶん痛い。
(ヘパイストスさん! なにやったんですか!?)
あまりの痛みになにをしたのかと鍛冶神に問うと、
(すまん! アテナにほめられたものだから、つい……)
(いや、だから、いったいなにをどうすればこんなことに……?)
オレの目の前にあったのは、手のひらくらいの大きさの銅板だった。
えらく細かくて精巧なゼウスの顔が彫刻されている。
他にもアテナの顔とヘルメスの顔が刻まれたものが一つずつ。どちらも出来がいい。
この世界の加工水準を考えたら、オーパーツレベルじゃなかろうか?
なるほど、たしかに。こんなに精密な細工をしてたら体のあちこちが凝るにちがいない。
でも、こんなものなんに使うのだろうか?
「お札ですよ。大量にお札を印刷するのです」
オレの問いに、そこにいたアテナが答えた。
しかし、印刷だって? 使ってるものからすると銅板印刷というやつだろうか?
昔、会社で取扱いしてたことがあったな。
たしかに名刺は社会人の必須グッズ。
他人さまに名前を覚えてもらうには顔写真つきがいいんだろうけど――。
神さまもそうなんだろうか?
いや、ダメだな。これじゃキャバ嬢の名刺だ。
こんなものが布教の秘密兵器なのだろうか?
そして、なぜここまで精巧に?
「すぐにわかりますよ」
アテナは人の悪そうな表情を浮かべる。つまり今、教えるつもりはないってことか。
はい。わかりました。つまり禁則事項ってことですね。
SOS団団員として、何も聞かずにがんばります。
一方、アテナは、オレの中にいる鍛冶神に呼びかける。
「ヘパイストス、いつもありがとう。あなたの技術のおかげで多くの信心を獲得できました」
(なに、たいしたことはない。お役にたてるならいつでも呼んでくれ)
アテナの言葉がうれしかったようだ。ヘパイストスは照れくさそうにいう。
自分の技術が役立つこの世界の、この状況が誇らしいにちがいない。
――アテナに、うまくこき使われてるな。
ただ……体を使われるのはオレで、疲労を引き受けるのもオレなんですがね。
(む、それはすまん)
いえいえ、雇われ教祖の宿命と思ってあきらめますよ。
ただ、午後の買い出しまでには時間がありますよね。それまで休ませてもらいます。
「ええ、それはどうぞ」
よしアテナさんの許可もいただけた。
ここのところ絶賛フル稼働中のアテナさんには申し訳ないが、さすがに体があちこちつらい。
いったん部屋にもどって休むことにしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お帰りなさいませ、ヨシトさま」
自室にもどったオレを迎えたのは、かわいらしいあいさつだった。
「あ、ただいまです」
オレを迎えてくれたのはマリアさん。先だって助けたエルフ娘さんだ。
この里が教団を受け入れることを決めた翌日、
「どうかおそばで使ってやってください」と、里の長老ヨブさんに頼まれたのだ。
少し前、里が人さらい連中に襲われたときのこと。
マリアさんは他の少女たちを賊の毒牙から守るため、その身を賊に自らささげた。
しかし、その行為が里の人たちには里への裏切りに見えたのだろう。
彼女は危うく石打という危険な罰を受けかけた。
そこをオレが口を挟んで助けたのだが……、
どうもあの一件以降、マリアさんは里で行き場を失ってたらしい。
オレとしても、あのとき助けて、あとは知らんふりってのもね。
だから、おつきのメイドさんとして引き受けた。
いや、別にメイド服とか着させてるわけじゃないけど。
……ん? 待てよ。エルフメイド……か?
とがった耳にエプロンドレス、カチューシャとかのコンビは、それはそれで……
ごほん、ごほん。
とにかく、このマリアさん、ちょっと天然入ってるけど美人さんで、いい人なのだ。
あんなことがあったのに、性格は暗くない。
とにかく、よく気が付く娘さんなのである。
「どうなさいました?」
「ああ、ちょっと鍛冶の仕事で……」
今日も疲れたオレの体調を察して、なんと――
「では……マッサージを」
おお、マリアさん。家事のスキルは見せていただきましたが、そんな技能もお持ちですか?
「はい、里のおじいちゃんやおばあちゃんがたには、たいそう上手だと言われています」
へえ、それは期待できそうですね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ヨシトさま。ここ……ですか」
あ、ああ、そこ――、おお! OH! GREAT!
「ここも……ですわね」
う、おお。いい。そこです、そこ……YES! OH YES!
自分でも気色悪い声が出てしまうくらい、マリアさんは巧妙なマッサージ師だった。
しかし、しばらく続いたその声が誤解を招いてしまったようで――、
ドゴスッ!
ドアが立てるような音じゃない轟きを響かせ、室内に飛び込んでくる人影が一つ。
マリアさんの妹、エルフ幼女のアリアちゃんである。
しかし、このアリアちゃん、オレに対してずいぶん偏見をお持ちなようすで――、
「このエロ教祖! お姉ちゃんになにやらせてるのよ!」
なんて失敬な!
そんな甲斐性がオレにあったら、今ごろあっちで幸せな家庭築いてますよ!
だいたい、この会話だけで勘ちがいするとかアリアちゃん、耳年増にもほどがあります。
……だが、たしかにうら若い女性を部屋に二人、触れ合う状況を作るってのは良くなかったかも。
「そうよ! この淫魔! 色情狂!」
ほう。アリアくん。その年で難しい言葉を知っているな。
だが君は知らない。淫魔や色情狂という言葉の真の意味を――。
明日、もう一度来てください。本物の色情狂をお見せしますよ。
「けっこうです!」
あ、断られた。
まあ、たしかにウチの雇用主は存在自体が教育上不適切だもんな。
「お姉ちゃんもお姉ちゃんよ! そうやってまた、里のために自分を犠牲にする気なの?!」
「ちがう! ヨシトさまのそばにいたいのはわたしの本心よ!」
「うそ! きっとこの淫乱教祖に洗脳でもされたにちがいないわ!」
アリアちゃん、またも失敬な。
オレは洗脳はされたことはあっても、他人を洗脳したりはしないぞ。
自慢にはならないが……。
「ふん。やっぱり洗脳なんてものにかかわりがあるのね。だから新興宗教なんて怪しいもの、信じられないのよ!」
いや、それは偏見だ。まっとうにやっている新興宗教のかたにあやまっとけ。
「そうよ。ヨシトさまになんて失礼なことを! 謝りなさいアリア!」
「い~だッ!」
「アリア! 子どもみたいなまねはやめなさい!」
「わたし、子どもだもん!」
姉妹は口論からもみあいに移る。
ああ、二人ともわたしのためにケンカはやめて……。
という冗談はともかく、
「だいたい、アリアはいつだってわたしの言うことを聞かずに!」
「お姉ちゃんこそ、わたしの話を聞いてくれたことがあった!?」
姉妹のいさかいは、ちょっとしたケンカじゃすまされなくなっている。
早く、ケガさせないように止めないと。
「あっ!」
「きゃ!」
と、そこで勢い余って倒れこむ二人。
まずい、二人の倒れた先、テーブルの上にはまだ熱いお茶のポットが!
く、マリアさんがオレのためにいれといてくれたやつだな?
このままじゃ危ない!
どこか安全な場所は!?
オレは軍神の加護を最大限に発揮。
高まった動体視力で、救助するため最適な場所を探す。
よし。あそこだ!
オレはアリアとマリアに駆け寄り、姉妹二人を一動作ですくいあげた。
そして勢いを殺すため、エルフ娘二人を連れてベッドに飛び込む。
本当にかんたんな作業ですとも……ふう。
「おい! 危ないだろ! 二人とも!」
オレは姉妹をしかりつける。
ホント、一歩まちがえれば女の子が一生モノの大けがですよ。いけません!
「す、すみません。ヨシトさま」
「べ、別にたすけてほしいなんて……」
素直に謝る姉と、素直じゃない妹。
しかしアリアのほうも涙目だ。テーブルの上のお茶に気づいたらしい。
あのままだとどうなっていたか彼女なりに理解したのだろう。
「とにかく二人とも無事でよかった……」
オレはほっと胸をなでおろした。
しかし――、
ちょうど、そのタイミングで――、
「――ヨシトさん、もうしわけありませんが予定が早く……」
運悪く、オレの部屋においでになるアテナさん。
ほう、まさか……あなたにもラブコメ属性が付くとは……
――じゃなかった。いかんいかん。
ふりかえってみれば状況は最悪だ。
オレもマリアさんもアリアも、
ベッドの上でくんずほぐれつの状態だったのだから……、
さらに運悪く身じろぎしたマリアさんのささやかなふくらみがオレの腕に触れ、
「あっ……んっ」
ちょっとマリアさん! 艶っぽい声出さないでください。
「……なにを……しているのです」
アテナさんの冷ややかなお声が室内に響いた。
真っ青な顔になるベッドの上の男女三人。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……………………」
事情を把握するまで、あのアテナさんでも数秒かかったらしい。
――だが、状況にはつっこみ一切なし。素知らぬ顔でいう。
「……買い出しにいきますよ、ヨシトさん」
「あ、はい、準備します」
そそくさと身じたく。むっちゃ急ぎます。
……部屋の中の沈黙が超気まずいです。
そしてオレが部屋を出て、少しして――、
アテナさんが小声でいう。
「ヨシトさん、さすがに二人同時は……ちょっと。一人は幼女ですし……。あのお父さまでもやりませんよ?」
ちがいます! さっきのはただの偶然です!
信じられないかもしれませんが、宝くじだって当たるときには当たるんです!
そして、あのさすらいの愛狩人さんと同列に並べられるのはちょっと!
「……冗談です。ヘタレのあなたに、そんな勇気はないでしょう」
うわ、嫌な方向の信頼だな。
しかし、あのアテナさんが冗談?
うちとけてきてくれた――と思っていいのだろうか?
それともなにか別の思惑が?
妙な疑念にかられつつ、オレはアテナさんと街へ向かうのだった。




