油をそそがれしもの
~神域の朝ごはん~
はい。久世ヨシトです。
過労死したオレは、なんの因果かギリシャの神さま、ゼウスさんの頼みを受け、異世界で布教などやっております。
今はハーフエルフさんの住む『コルクの里』を教団本拠地にしたところです。
最初は布教ってどうすんだよ?
とか、
そもそも異世界で布教とかもぅマジ無理――、
……とか思ってたんですけどね。
こっちに来て、もう一か月になります。人間って慣れれば慣れるもんです。
今日も今日とて上司と朝食会議です。
ええ、ふつうはめんどくさいものなんですよ。しかし、うちの上司は気さくなので助かります。
そうです。わがオリンポス教団はアットホームな職場なんですよ。
「こら、ゼウス! なんにでもオリーブオイルをかけるなって、何度いわせりゃすむんだい!」
「うるさいな、姉ちゃん。そんなんだから、いつまでたっても処女神なんだよ!」
「あんたのせいでしょ! 姉妹で唯一、ゼウスが嫁にしない。あの色魔もまたいで通る――って、敬遠されるんだよ!」
「だったら、姉ちゃんに手を出してもよかったのかよ!」
「あんたと結婚なんざ、絶対にごめんだね!」
「じゃあ、どうすりゃいいっていうんだ!?」
……朝から騒々しい姉弟ケンカですみません。
これでも仲がいいんだと思います。こっちに来てからケンカが増えたそうですね。
あ、おみおつけに肘がぶつかるんで、ちょっと気を付けてください。
「ごめんよ、ヨシトくん」
「すまないねえ」
ちなみに口うるさいお姉さんがヘスティアさん。
口答えしてる弟さんがゼウスさんです。
倫理面でちょっとアレな会話ですが、これで二人とも神さまです。
家事関係のかまどの神さまと、ギリシャの最高神なんですよ。
――そして明かされる処女神ヘスティアの真実。
……そうです。アットホームな職場なんです。
「ほら、ヨシトくん、キミもぐいっと行きたまえ!」
「あ、ちょっとなにしてるんですか!?」
飲み会の上司みたいに、ゼウスがオレの小鉢へオイルをどぽどぽ注いでくる!
菜ッ葉、よけろ――っ!
という声も間に合わず、ゼウスさんのオイル攻撃がさく裂した。
小松菜のおひたしにオリーブオイル? さらに塩を一つまみ……だと?
風味を大事にしたいオレは食べる直前までポン酢をかけてなかったから幸いだったが……、
いや、許せん! 日本人として!
……でも、ま、一口も食べずに文句を言うのもよくないな。
ぱくり。
む、これはこれで……芳醇なオイルの香りが……、
「こら、なにしてるんだい! うちらのためにがんばってくれてるヨシトくんに!」
「いいじゃないか。ヨシトくんだっておいしかったろ?」
いえ、悪くはないと思いますが……ちょっと油多すぎです。オイリーすぎて口の中がぬるっと。
オレの求めていた朝食とは、ちょっとちがうような。
「よし、じゃあもう一かけ!」
ここでまさかの追いオリーブ……だと?!
もう料理じゃねえ。オリーブオイルの味しかしねえ。
ていうか、どうしてそこまでオリーブオイル好きなんですか?
「うん、ウチの母国が公務員の人件費と福祉で財政的にはっちゃけ過ぎてね。ちょっと前まで経済的にアレな状況だったんだよ。だからワインとかオリーブオイルとかいっぱい買って貢献してるんだ」
あ……意外とけっこう切実な理由ですな。
ゼウスさん、なかなか母国思いです。
ま、それはそれとして朝ご飯は食べ終わりましたし、
これ以上のオイルぶっかけもごめんですので――、
「ごちそうさまでした」
「あいよ、おそまつさま」
「今日も布教がんばってね」
神々の声に送られ、オレは炉女神の神域を後にする。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヘスティアさんの心づくしをいただき、腹もふくれた。
さて、このあとは――?
「ええと、鍛冶場へ行くんだっけ? ここのところ毎日だな」
アテナに申しつけられた今日のスケジュール。
鍛冶場での作業から始まり、街への買い出しもあるそうだ。
けっこういそがしい。
で、まず鍛冶の仕事なわけだが――、
(ヘパイストスさん、いったい今日は何の作業をするんです?)
指輪の力を使い、鍛冶神との脳内会話を始める。
字面を追うとアブナイ感じだが、会話の内容はただの業務報告だ。
(えらくめんどうな細工だ。こういったものはピグマリオンのほうが得意なんだがのう)
そうなんですか? じゃあ、なぜあなたにご指名が?
(アテナにきくと、ピグマリオンは作品の出来に満足するまで渡してくれぬそうだ)
なるほど。急いでるときにそれでは困るな。
一言でいえば、芸術家と職人の違いか。
及第点以上のものを納期に間に合わせられるのが職人で、百点以上、ただし完成がいつになるかわからない、できない場合もあるってのが芸術家っていう。
そういえばここのところ、肩と目がすごい凝ってるもんな。
ネクタルドーピングがあるはずなのにおかしいなと思っていたんだが。
そうか。知らない間にそんな細かい作業をしてたからか。
(うむ。しかしアレ、わしにもどう使うかは教えてもらえなんだ)
ほほう、気になりますな。
しかし、アテナがここまで秘密にするとは……。
まさか非合法なものじゃないだろうな?
できれば合法的な方法で里を発展させてほしいものだけど。
――そんなことを考えてるうち、すっかりおなじみの職場、パウェルさんの鍛冶場に到着した。
「おう、ヨシト親方!」
「「「うっす」」」
声をかけてきたのは、パウェルさんとお弟子さんたち。
慣れ親しんだ体育会系なあいさつが重なる。
ちなみにここでの呼び方は『親方』……教祖らしく『先生』とかでなく『親方』。
この鍛冶場の人たちにとってオレは教祖である前に、学ぶべき技術を持ったスゴ腕職人なようだ。
「はい、みなさん。おはようございます」
さらっとあいさつし『神棚』に向かう。
その背後に従うパウェルさんたち。
神棚に祀られているのはもちろん、鍛冶神さんである。
オレとの鍛冶対決に負けたパウェルさんは、神の技術を学ぼうと弟子の皆さんといっしょにヘパイストスの信者になったのだ。
神棚にはとりあえず、ご神体として古くなった槌を飾り、御神酒を上げている。
その前でオレは祝詞をあげ、後ろに控えるパウェル一門が頭を神妙に下げる。
「鍛冶の神たるヘパイストスよ、その技の秘奥を授けたまえ、今日の日の作業に実りあらんことを願い奉る。そして災いの少なからんことを祈り奉る」
いつもの儀式をしているオレに脳内でヘパイストスがいう。
(目の前で自分を拝まれると……なんというか、生前葬みたいだの)
ちょ!
人がマジメに儀式してる最中、なんてこと言うんですか!
危うく吹き出しかけましたよ!
(こういう儀式はあまり好かんな。やめられんか? 神棚などいらぬし……)
ぶつくさ言うヘパイストスさん。純朴な人なんだろう。
しかし、それでは困る事情がある。
(しょうがないでしょう? 信者さんにちゃんと信仰の拠所をあげないといけませんし。それに祈りは精神集中のためでもあるんですから)
熱した鉄を使うという作業上、鍛冶仕事には危険が多い。だからこそ仕事始めに、気持ちの切り替えでなにか儀式を入れる必要があったのだ。
(それはわかるんだがのう)
(さ、今日の作業に入ってください)
まだ不満そうなヘパイストスさんをせかし、オレは憑依鍛冶を発動する。




