異世界には来たものの
「ゼウス先生……布教がしたい……です」
床に伏し、泣きながら頭を下げたオレに、ゼウスが上から言葉をかける。
「そう言ってくれると思っていたよ。キミはやはりボクの見こんだ通りの人間だ」
ほめられてるようで、そこはかとなくバカにされた気がしたが、ともかくオレが承諾するとすぐ出発する運びとなった。
なんでも世界と世界をつなぐ門が閉じる前、それも出来るだけ安定している状態で送ってしまいたいのだそうだ。
「じゃ、送るよ。がんばってね。あきらめたらそこで布教終了ですよ」
ゼウスの気軽な言葉とともに浮遊感が襲ってきて――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気づけば目の前に広がるのは赤茶けた広大な荒野。うっそうと茂る大森林。
遠景には石造りの建物群――あれはこの世界の都市だろうか?
転移した先が高台だったせいか、眼下に広がるパノラマ・ビュー。
見上げた空には三つの月がおぼろに浮かぶ。
ワオ。実に異世界らしい光景ですね。
ちなみに、雇用主がこちら側で新たな肉体を作り上げ、そこに魂を定着させるというやり方で、オレはこっちにやってきた。
顔面は五割ほどましな造形にテコ入れされた。彫りが深くなり、バタ臭さが加えられたような顔立ちになっている。こちらの世界の標準に近づけたらしい。身長も十センチほど、かさ増しされている。
身にまとうのは、こちらの世界の旅人用の服。実用的な丈夫な布製の上下だ。
サンダルのような靴と合わせて、小ぎれいにまとめられている。
(人間、まず見た目からということか。特に教祖なんてやるからには……)
にしても体が軽い。新品のボディは最高だ。
蓄積された疲労がなくなり、異世界ということで気分が開放的になる。
雇用主さまさまである。
「……教祖、大地に立つ!」
テンションが上がったオレはつい高らかに叫んでしまう。
――と、かたわらからジト目が向けられた。
「……なんですか? それ?」
「いえ、言ってみた……だけです」
「新世界について最初の一言がそれですか?」
「……すいません。以降、自嘲……もとい自重します」
調子に乗ったオレを冷徹な言葉でたたきのめしたのは、数秒後にこちらに転移してきた人物。
彼女こそ、ゼウスが助手かつ助言役としてつけてくれた美少女だった。
出発前ギリギリで現れた彼女、ゼウスには同行者として紹介された。
土下座していたオレは、その姿を見上げ息をのむことになった。
腰まである薄茶色の髪はサラサラだけどきれいな光沢を放っている。
鼻筋の通った端正な顔立ち、目にはキラリ光る知性。
すらりと長い手足と成熟しきる前の細身の体は芸術品といっていい均整を誇る。
これでも目立たないように垢抜けない服装に身を包み、まぶしい光沢を放つ金髪は茶色に変えるなど、外見も数割ほど劣化させてるらしい。
だが、そんな配慮もあっさり突き抜けてくる衣通姫レベルの美しさ。
当然、彼女も女神さんである。しかもあのゼウスの娘さんだという。
(あの外見でこんなに大きな娘がいるとは恐ろしい話。さすが神である)
さて、この美少女、なんと名前は――アテナとおっしゃる。
言わずもがな。小宇宙が燃え上がるアニメで有名な知恵と戦の女神さま。
ギリシャの首都アテネの守護神でもあるし、有名な観光地パルテノン神殿は彼女のためにささげられたものだ。
「彼女には人間の女の子の姿でキミに付き添ってもらうよ。はじめての異世界、色々とあるだろうから、補助役は必要だろう。アテナにはそこらへんの調査と記憶を命じてある。仕事には潤いも必要だしね」
親切にゲームシステムを教えてくれるチュートリアルキャラみたいなものだろうか?
くわえて言えば監視役というところか。
ま、それもしょうがない。
ほぼ偶然のような理由で選ばれた相手を無条件で信じるほうがおかしい。
オッサンについてこられるより、はるかにマシだしね。
それにしても、さすが知恵の女神だけあって、彼女の説明は簡潔でわかりやすい。
「こちらの世界ミドハイムの文明の水準は神の存在を疎むほど高くなく、かといって低すぎもしません。
生存にいっぱいいっぱいの状況では宗教にかまけていられる時間などありませんから……布教には最適の環境といえるでしょう」
「なるほど。適格な解説、実に助かります」
半ばは本心、半ばは今後、ともに仕事をする相手への懐柔もこめ、調子のいいお愛想を述べる。
と――、
彼女の眉間に深い縦ジワがよる。どうやら機嫌を悪くさせてしまったらしい。
「……ちっ、お父さまのお言いつけでなければ……こんなところにこんなヘタレ男と来るなんて――。
だいたい、リスクも考えず安易に異世界に布教など始めるお父さまもお父さまです。
また、お義母様と 伯父さまを誘って謀反でもしてやろうかしら」
(く、言いたいほうだいだな)
しかし命惜しさにヘタレて、土下座までしたのは事実だ。
ぶっそうな彼女の不満は聞こえないふりをして、質問する。
「……で、布教といっても、これからどうすればいいんでしょうかね?」
選択したのは死か生かという極限状況。
当然、完全ノープランできたもんだから、具体的になにをすればよいかなんてまるで分らない。
だもんで、今後の方針をアテナに丸投げすると、
「……少しは自分で考えられたらどうです?」
「ま、そういわずに……ですね。知恵の女神さまなんでしょう?
哀れで愚かなこの子羊めに、どうかお力をお貸しいただけませんでしょうか?」
徹底的にへりくだってみせる。
はっはっは、プライドを捨てたオレに怖いものなんてもうないぜ!
「あなたという人は……」
アテナは何か言いかけたものの、あきらめたように首を横に振った。
「……では、とりあえず近場の町で情報収集をなさったら?」
「え? こちらの世界の情報はあなたに聞けとゼウスさまがおっしゃってられたような?」
「ええ。たしかに大まかなところは私の頭に入っていますが、口で説明するより実際に体験してもらったほうがいいでしょう」
「なるほど。論より証拠ですね」
「そういうことです。ここから南に15㎞ほど行ったところ、大きな都市があります。まずそちらに向かいましょう」
は? 15㎞? 徒歩で行くには、ちょっと遠くありません?
「はい。その点も含め、ここで説明もかねて渡しておくものがあります」
アテナは腰にさげた巾着みたいな袋をまさぐった。
「どうぞ」
「あ、どうも」
彼女が差し出したものを言われたままに受け取る。
薄茶色の毛皮だ。重い。布の量からするとコートだろうか?
なんか獣くさい。それにフードの形が――、
「ら、ライオン?」
たてがみの生えた猛獣の顔が、ものすごい形相でこちらをにらんでる。
「はい、『ネメアの谷の獅子の毛皮』です。無理を言ってヘラクレスさんからお借りしました。いっさいの物理攻撃を通しません。こちらの世界で力をふるうため、媒介であるあなたに死なれては困りますし、教祖としては徹底的に不足しているあなたの威厳をおぎなうこともできるでしょう」
出ました。伝説の英雄の装備。元の持ち主はたしかバーサークなお人でしたっけ。
授ける理由で徹底的にディスられたけど良いものは良いものなのだ。
というか、なぜ、こっちに来てから?
向こうで渡してくれてもよかったんじゃないだろうか?
「道具を渡すのは、後戻りできなくなってからと父に言われておりましたので」
ハハハ、たしかに持ち逃げされたら困りますもんね。
っていうか、完全に信頼されてないな、オレ。
苦笑しつつ、毛皮を着こむ。
もふもふ、ぽかぽか――獣くささに目をつぶればなかなか快適な着心地です。
「こちらも、どうぞ」
次に差し出されたのは指輪だ。
しかし数が尋常じゃない。すべて色違いのそれが10個もある。当然、両手の指全部を埋めてしまう。
ぶかぶかのように見えたが、指にはめるとぴったりとフィットした。さすが魔法装備。
でもこれ、もしかして姿を消せたり、メンタルボロボロの人間不信にさせられたりなあげく、最終的に敵地の火口に捨てにいかなきゃならない……とか?
「いえ、そんなことはありませんよ。今からその指輪の使い方をお教えします」
――ほほう、いったいどんな指輪なのだろうか?