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異世界で教祖はじめました  作者: 習志野ボンベ
第二章
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対岸の鍛冶

 ヘパイストスの授けてくれた加護『憑依鍛冶(トランスミス)』。

 ぶっちゃけ、オレの体に取りついたヘパイストスが鍛冶の技を使うというだけのこと。


 しかし、この加護、使うのにはかなり抵抗があった。



      ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 鍛冶場訪問の少し前――、

 長老屋敷のオレの部屋にて。


「へ、ヘパイストスに体を貸す!?」


 裏返った声を出したのはもちろんオレだ。

 裁判長、異議あり!

 相手はオレを洗脳しようとした人――いや神ですよ?!


「そうしていただくしかありませんので」


 抗議は裁判官たる女神(アテナ)さまにより、即座に却下された。


「それともヨシトさん、実は鍛冶の名人だったとか? ああ、よかった。ならばヘパイストスの手助けなどいりませんね」 


 う、アテナさん、今日はいつにもまして意地悪なんですが。


「鍛冶の腕であのパウェルを負かさねば、わたしの計画が進みませんので」


「うう、でも、体を乗っ取られたらどうします? 体を貸してチート能力を発揮なんて、その後の乗っ取られフラグど真ん中じゃないですか?」


 と、ためらうオレの前に――、

 アテナが無造作に顔を寄せる。


「え、あ、うわ……」


 完璧な造形が間近に、こまやかな肌のキメまでが目に入る。

 ち、近いです。

 なんか、すいません。

 コミュ症のオレは、なにも悪いことしてないのに謝罪したくなります。


 いったいなんでしょう? アテナさん。

 もしかしてそうなったら、オレごと斬るとか?

 だったらあまり、痛くないように……お願いします。

 

 なんて風にオレがヘタレていると……。

 


 ――アテナは真剣な目で、オレに告げる。




「……ヨシトさんは、わたしが守ります。今度は絶対に……」

 



 至近距離、アテナはつぶやくように言うと、オレの肩をそっとたたいた。

 そして、オレからすっと身を離す。


 彼女の言葉が強く、オレの胸に響く。

 静かではあったけど、たしかな決意のこめられた言葉。


 じわじわとアテナの言葉の意味が心に沁みこんでいく。

 

 いや。言葉だけじゃなく、彼女の行動がオレの心をしびれさせる。


 そうだ。あの処女神たるアテナが、自らオレに触れたのだ。

 ほんの一瞬だけど、それでも彼女が自分の意志で触れてきた。

 たぶん、彼女にできる最大限の方法、信頼を示すための――。

 

 ……ならば、信じなければ。 


 一瞬のボディタッチで陥落。それだけで女の言いなりになる。

 はたから見れば、オレは安い男なんだろうな。

 チョロイン……じゃなくて、ちょろいんだろうな。


 それでも、彼女が――、

 男には絶対に肌を触れさせないようにしていた、あのアテナが――、

 

 ここまで見せてくれた思い、決意、信頼に応えなきゃ。




 ……ようやく、なんとか、ぎりぎり人間扱いしてもらった感じだし。

  



「……アテナさんの計画に従います」


 こちらを見つめる彼女の澄み切った瞳へ――。 

 静かに視線をあわせ、オレは言った。


 

   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 ――というわけで、オレはヘパイストスの指輪を握り、加護を呼びかける。


(ヘパイストスさん、お願いします)

(うむ。心得たぞ、ヨシトどの、ひさしぶりの鍛冶だ。目いっぱい楽しませてもらおう!)


 ヘパイストスの返答と同時に、オレの意識は霞がかかったようになる。


「おう、鉄はこっちだぜ」

 パウェルさんがむっつり、鍛冶場の一角を指す。

 そこをオレの視線が勝手に追尾する。

   

「いえ、鉄はこちらですでに用意してあります」

 アテナが断る声がどこか遠くに聞こえた。


 いつもの四次元キンチャクからアテナは、いくつかの鉄の塊を取り出す。

 にぶく輝くその金属隗を……オレの手がオレの意志を離れて受け取っている。 


(なんだか、不思議な感覚だな……) 


 自分の体が勝手に動く。そのさまをオレは一歩引いたところから見ている。 

 まるで他人事のように。川の向こう岸で起きていることのように。 


 ちなみに、今オレが受け取ったのはヘルメスによって錬成された高品質の鉄らしい。

 いくつかあるのは、含まれる炭素量の違いがなんとかと言っていたな。


(へえ、錬成? ヘルメスさん、そんなこともできたのか……)


(うむ。ヤツは錬金術を人類に伝えた男だからな)


 なにげない疑問に、なんとヘパイストスさんが答えてくれた。

 おお、憑依中は話せるみたいだ。


 それにしても、なんかすごい話を聞いた気がするぞ。錬金術を伝えた!?

 ヘルメスさん、スケールの大きいことをした人だったんだ。ふだんはえらく腰の低い人なのに。


(中世のあたりは十字架好きの連中が全盛期でな。圧倒的劣勢な我々ギリシャ神の苦境をひっくり返すため、人間に秘匿されていた技術を伝え、十字架連中の一極支配に風穴をあけようとしたらしい)


 ああ、なるほど。今と変わらぬ敏腕苦労人ヘルメスさんだったと。


(そうだ。そしてヤツの計画は途中までは成功した。似たような苦境にあるエジプトの神トートと提携し、人類に神々の叡智の一部を授け、やつはたしかに一時、大いなる名声を得た)


 おお、すごいじゃないですか。


(うむ。あのころのヤツは景気が良かったな。ヘルメス三倍トリスメギストスを名乗り、赤いスーツを身にまとい世界中を飛び回っていた)


 そのもの赤き衣をまといて、世界中の野に降り立つべし……。

 しかし、やっぱり赤かったのか。三倍だけに……。

 それにしても大活躍ですね。

 

(そうだ。ヤツの授けた錬金術はやがて科学へと姿を変え、宗教のくびきから人間の思考と精神を解き放つことになる)


 おお、すごいじゃないか。

 あれ? でもそれなら、なんで今も苦しい信心会計状態なのだろうか?


(駆逐されたのは十字架連中の圧倒的支配だけではない。我らもそうだった。誤算だったのは、いつしか人間は自力で、しかも思った以上の速度で科学を進歩させたことだ。あろうことか我らに匹敵するようになった。そして十字架連中の強固な精神支配から抜けたヤツラが、さらに弱小な我らの威信に屈するわけがない)


 ふむ。ライバル企業にコストで対抗するため、海外の工場に技術移転したら、その国がライバルになっちゃった感じか。


(む? なんだかちがうような気がするが……。とにかく、ヘルメスのしでかしたことで、わしも割を食った。科学の発展がわしの技術をカビの生えたものにしてしまったのだ)


 う~ん。物事をよくしようとしてやったことが、かえって悪化させる。

 よくある話だがヘルメスみたいな有能神さまでもそうなんだな。


(神とて思いのままにならんこともある。いや、神なればこそ……というべきことも多い)


 立場それぞれの苦労ですね。けっこう神さま業界も、せちがらそうだ。


(そういうことよ。……さて。ところでヨシトどの。そろそろわしは鍛冶の技を全力でふるう。しばらく、完全に意識を手放してもらわねばならんのだが……)


 と、遠慮がちにいうヘパイストス。


(あ、はい。どうぞ)


 オレはあっさりと応える。もう体を奪われる恐怖は消えていた。 

 そんなオレにヘパイストスは少しあ然としている。

 

(ずいぶん気軽に体の支配を手渡すのだな? これでもわしは貴殿を洗脳しようとした神だぞ?)


 自分でいうかね、それを。

 ま、そこはアテナさんが守ると保証してくれてますからね。任せて安心。アテナ保険。


(そうか。ずいぶんな信頼だな。そして……わしへの信頼ではないということか)


 と、苦笑するヘパイストス。

 そうですね。こっちの信頼関係の構築はゆっくりのんびり進めていきましょう。


(ふむ、そうだな。では……鍛冶をはじめるとしよう!)


(はい)


 返答するとすぐ、視界の周囲から暗闇が押し寄せてきた。

 オレの意識を包むのは、まるでプールに沈むかのような、どろりと重い液状の感覚。

 深く、深く、沈みこむ流れにオレは自分からその身をゆだねた。

  

 そこから先は……覚えていない。



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