再びのゼウス2 あとヘルメス
オレと雇用主さんの話はダラダラ続いている。
客のいない深夜のコンビニ、オーナーと長期バイトの子の会話のように。
おかげで、なぜかぼうっとしていた頭も調子がもどってきているけど。
――ちなみに現在の話題はゼウスさんの中国ツアーこぼれ話パート2である。
「ボクだって、ちゃんと仕事もしてたんだよ? うちの娘――ああ、アテナじゃなく、アルテミスのほうがお世話になってる嫦娥さんに、お土産のオリーブオイル持っていったりさ」
それって思いっきり私事じゃないですか!
「いやいや、神ともなれば個人付き合いも外交のうちだしね。ま、うちのアルテミスはけっこう人見知りなんで、娘と仲良くしてくれる人は大事にしたいっていう親心が一番だったんだけど……」
はあ、そんなに人見知りなんですか? 月の女神のアルテミスさん。
「ああ、どうも兄のアポロンが過保護にかばいすぎたせいでそうなったみたいだ。
森の中で猟師のアクタイオンくんに水浴びを見られてしまったときなんか、
恥ずかしさのあまり彼を鹿に変えた挙句、猟犬に食い殺させてしまったりとか……」
え……? 食い殺される? ふつうのラッキースケベならビンタとかで済むのに。
それを『人見知り』って言葉ですませるのは、ちょっと問題があるような気がしますよ?
命がけのラッキースケベ――いや、この場合、アンラッキースケベなのか?
どちらにしろ、なんて哀れなアクタイオンさん。
女神の裸と引き換えの惨殺。一部の男子には本懐なのかもしれないが……。
それはさておき。
ゼウスさん、かなり子煩悩ですよね。
「ふむ。そう見えるかい?」
ええ、アテナさんが助けを求めたらすぐにやってきたり。
「うん、彼女はボクが頭を痛めて産んだ子だからね」
頭を痛めて? ずいぶんキテレツな生まれ方ナリね。
愛情があるのか、困らされてるのかわかりづらいです。
「彼女がボクを頼ってくれるなんてめったにないから、つい張り切っちゃってね。
もちろん、キミの件が重要だったこともあるんだけど……」
ああ、その節は助かりました。おかげで自己啓発っぽい洗脳を解いてもらえましたし、
――なんて風に、オレが最高神との駄弁りにうつつを抜かしていると、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ヨシトさん、どうぞ」
アテナさんが夜食を持ってきてくれた。
体調を気づかってか、麦を煮たおかゆのようなものだ。
あ、もしかして、ふうふうとか食べさせたりしてくれるのかな?
「………………ちッ」
す、すみません! よけいなこと言いました!
土下座してあやまります! このとおり!
だから舌打ちと同時に、深皿を投げやすいように持ちかえるのをやめてください!
アッツアツのおかゆとか、そんなもん投げつけられたら、ただじゃすまないです!
「……黙って食べてください。十秒以内で」
いや、ムリです。超熱いです! 粘膜大やけどです! どんな拷問ですか!?
「……だったら、ちゃんと落ち着いてゆっくり食べてください」
あれ、今度はなんか優しいです。裏とかありそうで怖いです。
まだ靴をなめろとか言ってもらったほうがマシですけど……、
「――今回の件はわたしのミスです。まとめて会わせろという彼らの要求をのまず、きっちり一柱づつ契約をすればよかった。わたしがこの里の発展のため、契約と加護を急いだせいです」
ん? アテナさん、本気であやまってるのか?
「彼らがあなたにかけたのは、布教に励ませ、稼いだ信心の一割を彼らに送るという洗脳でした。
損失が一割なら我々がヨシトさんを使い続けるだろうという、せこい目論見でしたが、指令が脳に焼き付きかけてましたので、すぐにお父さまを呼ばなければ危ないところでした」
脳に焼きつく洗脳とか……超怖いんですが、
素直にあやまるアテナさんも、まあ相当怖いんですけどね。
「いえ、だってヨシトさん。後少しで二十四時間働く機械式教祖になっていたんですから。それくらいはわびないと……」
え、マジで『アテナも素直に謝るレベル』の異常事態だったのか?!
そして『ガンジーが助走つけて殴るレベル』みたいな表現が誕生したぞ。
「ええ。ログハウスにしかけられた反響反復型の隷属結界。強力な催眠作用のあるモルフォ草。くわえて液状の多魔法結合型呪文式のフルコンボを受けて、自由意思を保てる人間はいないですから」
うお。徹底的だな。なんでそんなに人を労働機械にする気満々なんだ?
そして、わがソウルフードたる和食をそこまで魔改造するな。
「ギリシャは民主制の本場であると同時、社会が奴隷労働に頼っていた側面もあります。奴隷という英語の語源はギリシャの鉱山で働いていたスラブ人ですからね。それゆえ、他人を意のままに従わせる魔術の発展はどこの文明よりも盛んだったといえるでしょう」
うわ、怖すぎる。知りたくなかった裏設定。
本当はこわいギリシャ経済――ああ、少し前も別の意味でそうだったけど……。
「どうします? 加護を受けるのは延期にしますか?」
怖いでしょ? 当然延期しますよね? というアテナの表情。
だがオレは首を横に振る。
逃げると逃げっぱなしになりそうですからね。今度は一人づつにしますけど。
「ほう。ずいぶん強気だね」
と、ゼウスが面白そうに口をはさむ。
ええ、あなたの駄弁り風カウンセリングのおかげで心傷になりませんでしたから。
「あ、気づいていたのかい?」
はい。人様の厚意に気づかないと一生後悔するよって、祖母ちゃんが言ってました。
相手が亡くなった後で厚意に気づいても、お礼も言えず、悲しい思いをするからって。
ま、あなたの寿命はオレよりはるかに長そうですけど……。
「そうか。立派に育った孫の姿に、お祖母さまも草葉の陰で喜んでいるだろう」
ゼウスはしんみりと言う。
いえ、健在ですよ。うちの祖母ちゃん。御年九十◯歳。趣味は社交ダンス。
ていうかオレ、祖母ちゃんより先に逝っちまったんだな。ひどい不孝をしてしまった。
「……そうか、そういえば日本は長寿社会か」
もっとゼウスがしんみりしたところで、おかゆをすする。
あれ、なんだか味の無かったおかゆがしょっぺえや。
濡れ飯、さらにほとびにけり。
まあ、あれだ、とにかく動こう。八つ当たり気味に。
「さて……、まずはどの神さまから加護をいただくことにしましょうかね?」
「……今のヨシトさん、すごく悪い顔してますよ?」
あのアテナがめずらしく引いていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日の『神域』は取調室みたいな内装だ。ゼウスのあの神殿を利用して、改造させてもらった。
そこらへんはある程度、オプションで変えられるらしい。
オレは文字通りの魔法鏡越しに容疑者の姿を見る。
おお、刑事ドラマっぽいぞ。
まずはデメテルさん。あたふたとキョドっている。
意外とこういう人が逆上して犯行に至る場合もある。あとは実は極悪人だった的な真相とか。
ヘスティアさんはふてぶてしいな。
怪しすぎるから怪しくないと思わせておいて、やっぱり意外な動機で犯人だったりするタイプだ。
ヘパイストスさんは……? おお、中年でやさぐれてるから雰囲気が出ているな。容疑者感が全開だ。
さあ、今回、オレがしかけるのはちょっとした心理戦。
信者獲得祝いということでゼウスも力を貸してくれた。
おかげでちょっとお遊びができる。
おっと、その前に尋問――もとい交渉スキルを貸していただく必要があるな。
青の指輪を手にしたオレはまぶたを閉じ、求める神の名を呼ぶ。
「ヘルメスさ~ん、ご指名入りま~す」
「……あの、そういった商売は管轄外なのですが」
困惑した誠実そうな声には聞き覚えがある。
目を開くと、そこにはあいかわらず書類の海に溺れかけたヘルメスさん。
すみませんでした。ちょっとしたシャレです。
「そうでしたか。お元気そうで何よりです。なにやらひどい目にあったと聞きましたよ」
さすが早耳ですね。まあ、おかげさまでなんとか。今回はその件でこちらにまいりました。
「そうでしたか。わたしも彼らには少々腹を立てておりましてね。信心が足りない、もっと分けろという割に今回のような愚劣な行いに信心を浪費するとは……、まったくもって度し難い。
こちらもいそがしくてそちらの手伝いには行けませんが、代わりに彼らをとっちめておいてください」
もちろんです。ただ、それにはあなたの加護が必要で――。
「はい。わかっておりますよ」
と、皆まで言わせないヘルメスさん。あれ、意外とあっさりOKが出たぞ?
だいじょうぶなんですか? 信心足りてます?
「ええ、あちらの世界でも信心を獲得できているようですからね。投資する価値は増していますよ」
え? まだ信者は二人、しかも信者(予定)なのに?
「いえ、あなたに向けられた信仰心ですよ」
オレに……ですか?
「ええ。信仰心というのが大げさなら、好意とか人気とか敬意のようなものです。
あなたはこの前、アレスの加護を使って賊から里の民を守ったでしょう?
あのとき、あなたに寄せられた好意と畏敬が、そのまま我々に流れこんでくるのです」
ほう、お前のものは俺のものってことか?
一方的博愛主義ですね。便利だけど。
「かなり純真な好意と尊敬の念ですからね。質のいい信仰心とも言えます。
あちらの世界が高度に文明化されていないことが、この場面では幸いだったということです」
ふむ。たしかに。あの里のみなさんも妙にすれてない感じだもんな。
まったく発展期は最高だぜ。
「では、どうぞ。このたびの加護は『話術』です」
語学のスキルを得たとき同様に、ふわりとした感触。
よし。たった今、オレが得た加護はある意味、教祖として最強の加護だ。
「ほう、その価値がお分かりですか?」
ええ、魔女や巨人のような圧倒的強者でも、無力な相手に口先だけで滅ぼされてますから。
あの寓話の本当の意味を知っていれば『話術』をなめたりはしませんよ。
なにより、布教にこれ以上便利なスキルはないでしょう?
「ふっふっふ、なかなか教祖らしくなってきましたね」
ええ、おかげさまでね。
――オレとヘルメスは顔を見合わせ、理解者同士の笑みを交わした。




