再びのゼウス
「おお、たしかに精神汚染がひどいね。こりゃエグイな。あと少し遅れたら危なかった」
「ええ、セントラルドグマまで信仰……もとい進行がすすんでます」
なんだろう。この……神々の福音っぽい単語は?
「この時代に開頭手術とは……、手持ちの道具でやり切れるかどうか? ピ〇コ、メスを取ってくれ」
「お父さま、元ネタがごちゃまぜすぎます。アッチョンブ〇ケ」
(ゼウスさん、ワシは脳をやられちょる、もういかん)
夢うつつの状態で妙な会話を聞く。そして意識がまた闇に沈み……、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ん? ここは?」
目が覚めた。
この天井は見知ってる。コルクの里、長老屋敷のオレの部屋だ。
照明がともされ、あたりは暗い。半日近く寝てたのか。
にしても、これはいったい……?
「ようやく気付きましたか」
「うわッ!」
驚いた。すぐそこに美少女の顔があったのだ。
ベッドのそば。椅子に腰かけたアテナさんのものだ。
「だから言ったでしょう? 加護を受けたらすぐもどれ……と、
いえ、そのようすでは加護すら受けていないようですね」
アテナは冷ややかに言う。ふだんとかわらぬ冷静さだが、もうわかるぞ。
これは怒っている口調だ。なんとか話をそらさなきゃ。ちょっと弱ってる口調で。
「ア……テナさん、わざわざ一人で……ずっと……ついていてくれたんですか?」
そうであってほしい。気絶させたのは彼女なんだから。
せ、責任とってよね!
「いえ、ちがいます」
「ああ、失礼、ボクもいるよ」
響いたのは能天気な甘い声。オレは声のしたほうを見る。
あれ? 雇用主さんじゃないですか?!
「うん、アテナに呼ばれてね。ヨシトくんが洗脳されたとすごい剣幕で呼びかけてきたんだよ。アテナがあそこまで人のこと心配するなんて、ずいぶんキミは大事にされてるんだね?」
「ち、ちがいます! 貴重な布教装置――もとい教祖であるヨシトさんが壊れたら一大事ですから!」
あれ、アテナさん、いつもみたいな冷静さがないぞ?
父親のからかいだからか?
なんだか焦っている彼女は話を強引に切り替える。
「それより、あの三人どうしてくれましょうか? いくら神でもやっていいことと悪いことがあります」
女神から立ち上る怒りの小宇宙。
止めたのはこっちにやってきた最高神さまだ。
ゼウスは娘のおでこにぺしりとデコピンを入れる。
「アテナ、めっ、戦女神だからって好戦的にならないの」
くそっ、イケメンは何やっても絵になるな。
だが女神の怒りは収まりそうにない。
「しかし、彼らの身勝手な行動のせいで、どれほど布教計画が危うくなったことか。
だいたい今回の件に自分たちもかませろと口を挟んできて、やったことがこれですよ?
……やはり一度、本気を出せばアレスにも引けを取らぬ武力、見せて差し上げねば」
しかしゼウスのほうは、血気にはやる娘が可愛くてしかたないようだ。
頭を撫でつつ、にやけながらなだめている。
「いいから、頭を冷やしなさい」
「でも……お父さま」
「でも、じゃありません。こういうときだけカワイ子ぶってもだめです。
聞き分けのない子にはおしおきですよ。罰としてヨシトくんに食べ物を運んできなさい」
親子のふれあいシーンはいいんですが、人のご飯を罰ゲームに使わないでください。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「すまないね、うちの姉と、姉で妻と、正妻の子が迷惑をかけたようだ」
アテナが去った部屋。なんとゼウスがオレに頭を下げた。
あ、いえ。姉で妻というとこでまず超びっくりです。モラルとか軽々超越です。
さすが最高神さま、オレたちにできないことを平然とやってのける。
しかも、あの人たちだけじゃなく、もっといるんですよね?
やっぱりもげてしまえ。
それに、そもそも布教言いつけられたこと自体が迷惑といえば迷惑ですからね。
でも、オレの身にいったい何があったんでしょう?
「怒らないで聞いてほしいんだけど……あの三柱の神がね。キミのことを洗脳しかけたんだ」
は、洗脳ですか?
そういえば、なんかふわふわした気分のあと、妙なやる気と責任感と義務感があふれていたような。
「ああ、まったく困ったものだよ、だいたい洗脳された人間に教祖など勤まるわけはない。人を導くことができるのは、神の意志を受けた人形じゃなく、自由な意思を持った人間だけなんだ。
だからこそ、わざわざ人の身に神性を宿して地上に使わした例もあったのだし、アテナがキミを洗脳しようとしたときも止めたというのに……」
え、知らない間にそんなことあったんですか?
アテナ……おそろしい娘!
「まあ、今は彼女も洗脳しようなどとは思っていないようだよ。
あとはそう、キミの洗脳はボクが雷で脳をビリっとして戻しておいたから心配ないよ」
うわ。なんか精神医学黎明期のけっこう乱暴なやり方だ。
手術のあととかだいじょうぶかな?
「だいじょうぶ、傷跡が残らないやり方で切開したよ」
おお! さすが神の手! すごい技術だ!
「ボクの指は器用なのさ。女性にもよくほめられるよ」
そうか……このリア充め。ちなみに神の指だと必殺技っぽいな。
東方で不敗な王者の風。
「ま、キミが無事なのはよかったとして……」
――そこまでのふざけた話から一転、ゼウスの声に怒気が混じる。
「ともかく彼らには抗議しておいた。いくら弱小の不人気神でせっぱつまっていたとはいえ、信心欲しさにヨシトくんを洗脳しようなど……度が過ぎる」
押さえた口調だったが、一瞬、部屋の温度が下がった気がした。
怒るとやっぱ怖いよな、この人。さすが神罰を下す雷の神。
ふだんは色ボケだけど……、
「それで、これがおわびの品。独眼鬼に昔つくらせた、ボクの雷霆のレプリカさ。これで神クラスの相手にもダメージが与えられる。理不尽をいってくる相手にも対抗できるよ。使用回数と使用できる相手に制限はかかってるけどね。さ、受け取ってくれ」
ひょいと気軽に手渡してきた。
雷霆? 『10まんボルト』とか使えるのか? ピッ! ピカピッ!
ぱっと見はただの杖っぽいが……?
しかし装備すると教祖としての威厳が上がった気がした。テテテ、テーン!
いいんですか? こんなぶっそうなものオレに渡しちゃって?
「ひどい目に合わせたおわびさ。ここまででキミの能力と人格はある程度信頼できたしね。それに片方だけが相手に対するアメとムチを持った関係というのは正常とはいえない」
それはなんとなくわかる。
営業やっていたとき、弱小企業と親会社の理不尽な関係見てきたからな。
「ただキミがもし、さらなる断罪を望むなら、主神としての権限において彼らを罰するけど?」
「いえ、そこまでは望みません」
オレは即答する。
「ほう。寛容だね」
オレを試すように、いたずらっぽい笑みをむける雇用主。
こっちも人の悪い笑いで返してやる。
ま、腹は立ちますがね。正義に任せた断罪なんて子どものすることですよ。
大人は相手の弱みを握ったら、きっちり利用して、骨までしゃぶりつくすものです。加護をしっかりいただいて、オレの布教の糧になってもらいましょう。
だいたい、雇い主の家族に悪意を向けてもいいことないですし、おすし。
「いいね。その腹黒さこそわが使徒、わが教祖だよ」
オレたちは笑いあう。
偶然からオレを選んだ上司だが、なんだか心が通じ合ったような気がした。
こうして少し好感度が上がったとこで、オレは疑問に思っていたことを問う。
ちょっとだけ冗談にまぎらわせて――、
「あなたのほうこそ、それだけの力があれば他の神なんか駆逐も淘汰もできたでしょうに」
完全一人勝ち大勝利。他は天使とか配下に。
自分だけが神って状況になっておけば、めんどうもなかったんじゃなかろうか?
「ん? 友だちも家族もライバルも、みんな多いほうが楽しいじゃないか?」
ああ、仲間とバトルが大好き、主人公気質な人なんですか?
強敵は友で、おらワクワクしちゃうわけですね?
それが多神教の主神の本音で、古代の民主制を生んだ原動力なんでしょうか?
ま、上司がユルイ人で良かった。
異教徒は皆殺しとか言われたらさすがにイヤだからね。
と、オレの安堵に応えたのは子どものようなゼウスの笑顔――、
「うん! アニメも原作も大好きだよ! 最近の映画版も見たよ!」
あれ? 食いついたぞ。さっきの話題のほうに。
世界的人気だとは聞いていたが、まさか神にまで知られているとは!
「主人公が中国に実際にいるっていうんで、わざわざ会いにいったくらいさ。でも出てきたのは……」
……ああ、月を見なくてもおサルさんなほうでしたか。
石から生まれて斉天大聖とか名乗ってた。
「うん。そのときは外交上の配慮なのか、神妙にも闘戦勝仏って名乗ってたけどね。いっしょについてきたアレスと意気投合して、四百合くらい打ち合ってたよ」
ついていったのか……アレスさん。
いや、ついてくだろうな。おれより強いやつを探して。
原作じゃ暴れまくってたあのおサルを手なずけ、心をゲッチュするとは、さすがアレスさん。戦闘脳は世界共通なのか。
そういえばゼウスさまは? 主人公らしく戦闘らなかったんですか?
「そこまでヒマじゃないさ。外交名目での出張だったし。西王母さんや何仙姑さんみたいな仙界の人と会談したりしてね」
へえ、ちゃんと仕事してたんですね。
それと実在の方とは知らず失礼なモノマネをしてすみません。何仙姑さん。
「あとはハデスの縁で東嶽大帝・泰山府君さんに会って冥府から西施ちゃん、夏姫ちゃん、虞美人ちゃん、楊貴妃ちゃんを呼び出して接待してもらって……」
ん、まて? 途中から東洋美女めぐりか! 趣味全開じゃないか!
中国の歴代美女にキャバクラみたいにご指名を入れるな!
そして応えるなよ。泰山府君!
――そんなこんなで、雇用主とのバカ話は続く。




