3話 END
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強制恋愛装置「キュードッピ・ガン」を、タローは確かに撃ち放った。だが覚えているのは、白濁の弾丸が、彼女に向かって一直線に飛んでゆくところまでだ。その先、彼女がどうなってしまったのか、自分自身がどうしたのか、事後のことがまったく思い出せない。
だからもう少しだけ、記憶をたどってみることにした。
放課後、強制恋愛装置キュードッピ・ガンを持って、タローは彼女の帰ってくるのを待ち伏せした。住宅団地の中でもヒト気が少ない公園の縁沿いで、茂る葉の中に隠れる。ここに接する道路に、彼女が必ず通ることを知っていたから。ストーカーじみている自分の体勢に、少し罪悪感がよぎる。
ばくばくしているのは心臓の高鳴り、彼女が手に入るのだと思うと堪らない高揚感と、本当にそんなことが叶うのかという疑心、そしてもしこれがマジでドッキリだったらと思うと彷彿する、哀れすぎる結果への恐怖。さまざまな興奮の要素をない交ぜにして待つこと一時間ほど。夕暮れ時だった。持参した双眼鏡で覗く、赤焼ける道路の先。
彼女が、いた。まるで好都合なことに、一人だけで歩いてくる。周りには人っ子一人いない。
腹の底から一気にこみ上げる緊張感。おもわず吐き気がした。やばい、きた。どうしよう。本当にやるのか。やってしまうのか。もしこれがバカげたウソだったらば、恋愛強制なんてものが眉唾の代物だったらば、撃ってしまったそのあとは一体なんて言って弁明すればいい。どう対応したら軽傷で済ませられる。完全に、嫌われてしまうのではないか。
不安ばかりが募ってゆくタローの胸中をよそに、彼女との距離はどんどん狭まっていく。時間は無情に流れて進み、彼女の歩みは決して止まらない。近づく。ああ、きた、ついに来た。
……そう、確かにこの辺まではちゃんと覚えている。
このあとだ。かすんでいて見えない記憶が、少しずつ鮮明化していく。
彼女が、目の前を通り過ぎていった。
心臓が高鳴る。
うつくしき長髪が流れるように過ぎていったそのタイミングで、タローは意を決した。すべてを捨てる覚悟で、茂みから飛び出したのだ。ぶるぶる震える両手を何とか制御し、キュードッピ・ガンを握りしめて、想いを寄せるターゲット――彼女に狙いを定める。麗しき純白のシャツに薄くブラの輪郭が覗ける背姿に、キュードッピ・ガンの銃口を向けた。
そして、
ドピュゥゥゥゥゥ――――――――――――――ン!
ぶっ放してしまった。
白く粘質の弾丸が空を切り裂いて飛ぶ。猛速の弾丸は間違いなく当たる軌道を走っていった。鈍化した時の中で、ゆっくり、ゆっくりと、白濁の粘質弾丸が、彼女の背中に盛大にぶっかかりそうになる直前までいった。
なのに、当たらなかったのだ。
……いや。
それは違う。
全部思い出した。
彼女の体に、当たるよりほんのわずか手前、まさに直前で、弾丸がハジかれたのだ。彼女の、その流麗に垂れる長髪の下、背中の肩胛骨のあたり。急に伸びだした白いもの。それは、
翼だった。
たぶん、そう。非現実的なことがあって、それに追い打ちをかけるような非現実が起こり続けてしまったせいで、記憶が混同したのかもしれない。ようやっとわかった。
まるで鈍化した時間と空間、夕焼けに染まる世界の中で、美しすぎる彼女はゆっくり振り向いた。
そしてぷるりとした唇がひらいて、綺麗に整った歯がみえた。
「知ってるよ。それキュードッピ・ガンでしょう。エンゼルグッズのカタログで見たことがあるもの。とても残酷で、それでいて素敵なアイテムだよね。使いたくなるあなたの気持ちもよくわかる。……けど」
次撃ったら殺す。
心臓が、ばくばくしてる。
体中から変な汗が吹き出していた。
まるで鈍化した時間の中で、彼女がゆっくりと歩き去ってゆく。その背中で、翼がふんわりと宙に溶けてきえてしまった。「天使がみんないい子だなんて、思わないほうがいいよ」。彼女の最後のセリフはそれだけだった。
ただ茫然と、見つめていることしかできなかった。
どおりで天使すぎるわけだと回想しながら、タローは一夏の恋に別れを告げたのだった。
END