2話
「だから来たのさ。さあ、言ってごらんよ。君の恋の悩みを」
しばらく見つめられて、本当にバカらしかったけれど「えっと実は」と、タローは自身の恋にまつわる悩みを吐露してみた。すると突然天使の顔が赤くそまった。
「あきらめんなああああああ――――――――!」
こめかみに血管をうかせて異常に怒り出す天使に、タローがどん引きする。
「びっくりした、何だよ急に」
「これが激昂せずにいられるかい。君のおろかさに辟易するぜ。まだフられたわけじゃあるまい。なにゆえ退こうとするたい!」
天使がばんばんベットをたたく。
「お前になにが分かるのさ! 彼女の偏差値は圧倒的すぎるんだ。僕なんかが釣り合うわけがないんだよ!」
「その偏差値ってなにさ? 誰が決めた。世の一般的価値観かい? それとも法律かい? もしくは絶対的なこの世の理なのかい?」
――――違うだろうよ!
「恋にルールなんてない。あるのは生物が進化の過程で得た二種類の形態、男と女、ただそれだけだ! その間にはミジンコ一匹だって入れやしないさ!」
「天使のくせに屁理屈言うな! 実際はほとんど顔で決まるんだ、それが現実だ! 見てみろ僕の顔を!」
「ブサイクだな」
……否定しないのかよ。
「けど顔だ、顔だと女々しいこと気にしてんじゃないよ! 君は美女が野獣に恋をする現象を知らんのか! はじめから諦めとったらなあ、可能性なんざゼロに決まってらあ! ぐいぐい攻める、攻め続ける、諦めない! そういうヤツによ、活路ってのは切り開かれるもんだよ!」
そうさ、わかっている。何度も自分を鼓舞してアプローチしようと考えたのだから。
「……でも、そんなことを言っても、無理なものは、無理なんだよ」
「あああああああもうケツ毛がむず痒い!」
――これあげるからシャキッと頑張れよ!
と言って差し出されたのは、銃だった。
「……え、な、なに? ナニしろっての?」
「これは『キュードッピ・ガン』。いわゆる強制恋愛装置さ。これを好きな子にぶっ放せばいい。たちまち結ばれちゃうんだ」
「い、いやいや、なに言ってんの。そんなこと出来るわけない」
「なんでさ」
「だってそれ、つまり無理矢理じゃないか。そんなのちゃんとした恋愛とはいえないでしょ。間違っているよ天使のくせに」
「おいこらまったくバカか君は。あのねえ、それは現実に縛られた考え方をしすぎだよ。いいかい? このキュードッピ・ガンは根本的に現実を変えちゃう。変えるんだ。物質Aを物質Bにすげ変える科学反応のごとき現象、つまり理論上は別世界へのワープに同様なのさ。引き金を引き『愛のタネ弾』をぶっ放したその瞬間から、世界は別次元に向かって新たな道を伸ばしはじめる。その道が続く先は、いわゆる君の世界だ。彼女の意志を尊重? なんのことはない、君が作った世界の中で、彼女は新たな意志を手にする。五万とある可能性を一つ広げたのと同義さ。気に病むことなんか一つだってない」
「でも、」
「君の前に現れたボク! そう天使が、すでに君の現実を破壊している存在だとは認識できないのかい? 天使がご登場した時点で、君はこの世の理に従うべきでなくなった。倫理観? だってそれは、現実あってのタマモノのはずだ。そんなもの『天使』なんて非リアルな存在が降臨した瞬間に、なんと陳腐になることか。今一度、ちゃんと考えてよ」
「……君の言うことが本当だとしたらだけど、つまり、この強制恋愛装置を稼働させても、僕は悪くないってこと?」
「そうさ、だからさっきからそう言ってる。善悪なんてね、きっちり現実があるからこそ成り立つもので、こんな天使が出てきちゃったらもうぐっちゃぐっちゃ。いっそ、気にしないほうがいいよ」
差し出された銃を、タローはゆっくり手に取った。
「……」
しばらく見つめて、グリップを握りしめる手に力がこもる。
こんなもので、彼女をふり向かせることができるだって?
恋ができるの?
結ばれる? あの子と二人で語り合ったり、歩いたり、映画をみたり、食事したり、手を繋いだり、キスしたり、チョメったり、できるの? 本当に? マジで?
それって結構、
良いじゃないか。
少しうれしそうになってしまったタローを見て、キュードッピの顔が今日一番のにんまり顔になった。不気味に笑う天使とタローが「くくく、うふふふふふふふふふふふふ」と漏らす声を、下の階で母親がどれほど心配したかも知らずに。