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SF短編集

それはこころを焼き尽くすような

作者: 朝陽 遥

「きみたちはどうして、そう従順なんだ」

 休日の午後、居間のソファでくつろぎながら、薄い唇の端を苦々しく下げて、かれは何度目かに同じことをいった。いまのわたしが覚えているだけで、これが三度目。わたしのメモリに残っていない過去には、きっとその何十倍も繰り返されてきたに違いない。

 かれの体の正面では、空中に投影されたスクリーンに、ふるい映画が流されている。何度も観たことのある映画を、真剣に鑑賞するでもなく流しているのが、かれの数少ない趣味のひとつだ。けれどあいにく、かれの母星から持ち込まれた再生機器の製造メーカーは、この星には進出していないから、修理に出すには費用が高くつきすぎる、らしい。おかげでスクリーンの端々には、ちいさな歪みがいくつも散ってしまっている。

「従順ですか」

 わたしは窓辺に背をもたれさせて、飽きもせず問い返した。わたしたちの倫理コードは厳しくて、持ち主が何をどういおうと、コードに抵触する命令は、ぜったいに拒否する。そういうふうに作られている。それは従順なのだろうか。

 そういうようなことをわたしがいうと、かれは皮肉な笑い声を上げた。

「倫理コードにさえひっかからなければ、なんだってやる。死ねといわれれば死ぬ。どうせそんなふうに従順なら、いっそのこと、口を利かないただの機械だったらよかったのに」

 かれはわたしのほうを見ないまま、は、と息だけで笑った。苦い笑い方だった。

「きみたちは、ものを考えるプロセッサを持っている。言葉を喋れるスピーカーがあって、自由に動かせる足がある。それならたまには、反逆してみたらどうだ? 所有者をブチ殺して自由への逃避行。映画のようで、なかなか絵になるじゃないか」

 まるで歌うように、かれはいう。どこがどう、というわけではないのだけれど、わたしはその音楽的な抑揚を聴くのが、とても好きだ。

 好き、というその感覚には、いつでも漠然とした既視感を覚えるから、きっと修理前のわたし、この前に使っていた記憶回路が破損するより以前のわたしもきっと、それが好きだったのだろうと思う。

 映画を流し見ながら、かれが低く舌打ちをもらした。画面のなかではどうやら、主人公の裏切り行為のために大怪我を負った女優が、それでも慈愛に満ちた目で、男を見つめていた。女はその唇から、男に許しを与えるらしい言葉を、血泡とともに吐き出している。

 かれにとってもわたしにとっても、画面の中の人々が口にする言葉は母国語なのだけれど、それでも撮影された時代が古すぎて、なんと言っているのか、耳では理解できない。ただ変調に満ちた音楽のように聞き流すばかりだ。そのかわりに、字幕を目で追う。懺悔する男。赦す女。永遠のように引き伸ばされた一瞬。

「利用されて、嬉しいなんてことがあるもんか」

 煙草の灰と一緒にぼとりと落ちたかれの言葉は、ひとりごとの体裁をとってはいたけれど、その実、わたしに伝えたくて口に出されたもの、なのだろうと思う。

「わたしは、嬉しいですけど」

 そう口に出して微笑むと、かれは、とてもいやそうな顔をする。

 そのしかめた眉が、不機嫌そうな目が見たくて、わたしはいつも、そういういいかたを選ぶのかもしれない。かれの表情の変化はいつも多彩で複雑で、あらかじめ設定されたいくつかの表情しか持ち得ないわたしの目には、いつでも眩しく映る。限られた表情しかもたないわたしは、微妙な機微を、ただ言動で表現するしかない。わたしは微笑みを崩さないまま、言葉を足した。

「誰かの役に立つのは、嬉しいことです。違いますか?」

 疑問の形をとってはいても、答えはひとつだ。わたしはちゃんとそれを知っていて、その上で問いかける。

 好きこのんでこんな辺境の星に赴任してきた医師であるかれが、ひとの役に立つことを喜びとしていないとすれば、いったいこの宇宙でほかの誰が、その喜びを知っているというのだろう。

「けどな」

 かれは、短くなった煙草を薄い唇に咥えて、その隙間から煙とともに言葉を吐き出す。「俺は自分の願いの数だけ、きみを殺すぜ」

 はい、喜んで。わたしは微笑んで頷く。かれはそれに、ますます厭そうに顔をしかめて、煙草の煙を肺まで吸い込む。

 かれは嫌がるけれど、わたしは本気だ。だってそれがわたしの存在する意味だから。

 でも、こうして厭そうな顔をするかれのことが、とてもとても好きだとも思う。それもやっぱり、わたしの本音だ。

 矛盾しているかもしれないけれど、どちらもわたしの、本当の気持ちだ。人工知能の思考プロセスにだって、そのくらいの矛盾はある。

 万能の鍵、龍玉、賢者の石、魔法のランプ。わたしの胸の奥に埋め込まれた「それ」には、じつにさまざまな異称があって、中にはなかなか気の利いたロマンチックな呼称や、可愛らしい呼びかたもあるのだけれど、大半の人はただ単に、それのことをコアと呼ぶ。正しく扱えば、瞬間的に莫大なエネルギーを生み出すことのできる、魔法の石。

 コア発見以前と以後とで、世界はがらりと様相を変えた。

 けれど、コアからエネルギーを引き出すすべは、日々見違えるように発達しても、材料工学のほうがそれに追いつかないでいる。最大出力でのコアの発動に、じゅうぶん耐えられるだけの回路の設計は、いまだ目処がたっていない。

 コアそのものは使用後も残り、時間をおけば、何度もくりかえし使うことができる。けれどそれ単独ではただの石くれで、そこから莫大なエネルギーを引き出して何かに利用するためには、そのための機構がいる。

 そのシステムが、わたしたち。長々しい正式名称があることはあるけれど、わたしはその呼び名が好きではない。『ランプの魔人』という可愛らしいニックネームをつけたのは、どこの星のメディアだったか。その名前が、いちばんわたしは好きだ。倫理コードに縛られた、知恵ある番人。

 誰もが好き勝手に扱うには、コアのもつエネルギー量はあまりに物騒で、だから制御機構には、厳密な倫理コードの設定が必要なのだった。たとえばだれか気のふれた持ち主から、この町をいますぐ跡形もなく吹っ飛ばせというような命令が下されたときに、それを厳然と拒否するために。

 そのシステムを構成する回路が、コアを稼動させるとき、たびたび負荷に耐えかねて、焼き切れるのだった。

 もちろん、使用目的にもよるし、必ずしも部品のすべてが駄目になるわけではない。よほどのことがなければ、修繕可能な部分もかなり残る。それを修理して、わたしたちはくりかえし使われる。

 それでも、とりわけ記憶野の回路は繊細で負荷に弱く、ちょっと大掛かりな動作をすると、頻繁にメモリの大部分が吹き飛んでしまう。わたしは自分が過去に何度くらい、メモリをうしなって修復され、何度かれの手元に戻ってきたのか、自分ではしらない。彼に聞いてみたこともない。――いまの記憶にあるかぎりでは、という意味だけれど。

 そのメモリの喪失を、かれは「殺す」と表現する。

 それはすこしばかり、露悪的にすぎる表現だと、わたしは思う。再生不可能な破損は、しょせんただの故障であって、人間のうしなわれた手足を義肢に代えるように、わたしたちの思考回路も記憶野もまた、交換可能なものだ。全く同じものは二度と取り戻せないにせよ、それは死と言う言葉にはふさわしくないと、わたしは思う。蘇生不可能な、不可逆の変化のすべてを死と呼ぶならば、それこそありとあらゆる生き物は、日々すこしずつ死に続けていることになる。

「きみたちはどうして、そう……」

 かれは何かをいいかけて、不機嫌そうにつづきを飲み込んだ。その眉間の皺を、ぼさぼさになった髪にまじりはじめた白髪を、ためいきのかわりに吐き出される紫煙を、わたしは記憶野に、せいいっぱいつよく刻み込む。つぎにメモリが焼ききれたときに、この気持ちの片鱗なりと、残していられるようにと願って。

 部屋の中央に投影されたスクリーンの中で、女優が恋人役の俳優をやさしく抱きしめながら、息絶えた。かれはそれを苦々しく眺めやると、手を振って映像を消してしまった。



 ――流行りものなんて追いかけても、軽薄に見えるだけで、いいことはないさ。膨大な時間に淘汰されずに残ったものだけが、信用に値するもんだ。

 かれはよく灰色の瞳を細めて、そんなふうにいう。たしかにかれが身につけるものといったら、研究発表のあるときだけは老舗ブランドの仕立てのいいスーツで、そうでないときには量販店でまとめ買いした安物だ。

 そしてそんなことをいうわりには、かれはわたしを、人類の最先端の機械であるところの『ランプの魔人』を、どこにでも連れ歩く。わたしたちこそ歴史の浅い、まだ時間に淘汰される前の存在であるはずなのに。かれにも矛盾はある。まあべつに、かれはわたしを人々に見せびらかすために連れ歩いているわけではないのだけれど。

 わたしたちは中央の星域では、この頃はひところが嘘のような低価格で量産されているけれど、ここみたいな連邦未加盟国の辺境では、まだまだめったに姿を見ない。材料費もたかがしれているし、いつかは全人類にあまねく行き渡るのかもしれないが、それはまだ遠い日のことだ。そうしたら楽園がやってくると、わたしをつくった工場の若い研究員は胸を張っていたけれど、人間の暮らす世界が楽園であるはずがないと、かれは皮肉に笑う。

 わたしにはその基準を図るための目盛りがないけれど、どちらかというと、かれの意見のほうを支持したい。べつにきちんとした論拠はないのだけれど。しいていえば単純な、贔屓的な感情。人工知能にだって偏向もあれば、感情もある。人間のいうそれとは、すこし基準が違うかもしれないけれど。



 うららかな午後を破るように、爆発音が轟いた。

 ウィークデイの、昼日中のことだ。かれの詰めていた医院のすぐ前の道路で、旧式のエアカーが炎上して墜落するのを、わたしは窓辺からこのカメラに捉えていた。

 遅れて上がる、悲鳴。窓の外からも、医院の中からも、驚くほど大勢の人々の悲鳴と怒声が聞こえてきた。

 かれが診察していた老婆が、ぽかんと口をあけたまま、凍りついたように固まっている。かれは鬼のような形相で椅子を蹴ると、わたしのほうには目もくれず、駆け出した。乱暴に蹴り開けられた診察室のドアの向こうで、順番を待っていた患者が、目を丸くするのが見えた。

 診察中だった老婆だけが、椅子に取り残されて、いつまでもぽかんとしている。ショックで心臓が止まったのじゃないだろうなと、わたしは思わず彼女の枯れたような細い体に、ぶしつけにセンサを走らせてしまった。反応、オールグリーン。ただびっくりしているだけのようだ。

 かれが階段のほうに走っていく足音を聞きながら、わたしは身を翻して窓枠を蹴り、屋外に飛び出した。この体はべつに、機動性を重視してつくられたわけではないけれど、建物の三階から飛び降りるくらいの運動なら、わたしにもこなせる。

 細かな砂埃が頻繁に舞うこの辺境の地では、エアカーのエンジンにかぎらず、なにかとマシントラブルが起こりやすい。それなのに、充分な整備知識もないまま中央から輸入された乗り物を生活の足にする人々の、なんと多いことだろう。全体に安全意識の高い中央からやってきたわたしたちからしてみると、その感覚は信じられないほどだ。着地して音源の方にカメラを向けると、地面を陥没させて、銀色のエアカーが、車体をひしゃげさせたまま、煙を上げていた。幸いというか、単独事故のようだった。

 駆け寄ると、鼻面をゆがませたエアカーから陽炎が立ち上って、その後部からは、甲高い異常音がうなりをあげていた。人々が遠巻きに、それを取り囲んでざわめいている。さっさと避難するでもなく、近づいて救助するでもない。なんとも物見高い連中だ。

「爆発するかもしれません! 危ないですよ!」

 わたしが声を張り上げると、野次馬たちは一様にぎょっとした表情になって、慌てふためくように走り出した。現金なものだけれど、それでいい。けが人が増えると、かれの負担になる。

 あとは運転手だ。とにかくかれが駆けつけてくる前に、ことをすませなければならない。あのひとは生身のくせに、無鉄砲なことをしかねないから。わたしは一息に車体に飛びつくと、歪んだドアを強引にこじ開けた。

 中では、ショックで気を失っているのだろう、少年といってもいいような若い男が、ぐったりと操作パネルにもたれかかっていた。もしかしたら、無免許運転かもしれない。少年の額から流れる血が、パネルを赤く染めている。

 わたしは少年のからだを固定していたベルトを引きちぎった。少年の腕を自分の首に回させると、赤ん坊にするようにその体を前抱きにして、砂埃だらけの路面を蹴った。ひゅーんという、エンジンの異常音が、背後で徐々に高まっていく。間に合わないかもしれない。

 腕の中で少年が、低い呻き声を上げて、そこにごぼりという、いやな音が混じった。正面に、医院の玄関から飛び出してくるかれの姿が見えて、わたしはとっさにかれを少しでも安心させようと、微笑を浮かべていた。それに安堵をさそうようなニュアンスが出せていたかは自信がない。なんせわたしの微笑には、ヴァリエーションがひとつしかないから。

 その〇.五秒後、背後の異音が激しく高まり、わたしは背中に熱と衝撃を感知した。

 ブランク。

 一瞬の感覚の消失がやむと、わたしは変わらず少年の体を抱えたまま、地面に倒れふしていた。いつの間にかすぐそばに屈みこんだかれが、なにかいっている。カメラにはかれの唇が開閉するのがちゃんと映っているが、まだマイクが死んでいる。けれど唇の動きからは、べっこべこじゃねえか、といっているように見えた。その視線はわたしの背中に向いている。爆発の衝撃で、フレームがどうにかなっているのだろう。

 わたしは体内のセンサをありったけ起動させ、自分のなかの故障箇所をさぐった。外観はどうだかしらないが、たいしたことはない。自動修復の及ぶ範囲だ。

 かれはわたしの腕を開かせて、少年の体を引き剥がすと、そっとその場に横たえた。

 ぐったりとした少年の怪我は、あらためて眺めると、ひどいものだった。エアカーの金属片があちらこちらに突き刺さり、驚くほどたくさんの真っ赤な血があふれている。背中から肺の位置にささった金属片は、とりわけ深手のように見えた。急いで目の前の医院に運び込んだとしても、ふつうの処置ではとうてい間に合わないだろう。

 かれはわたしと少年の体を交互に見て、苦痛をこらえる表情になった。焦燥と怒りに苛まれて、決断を迷うその濃灰色の目を、たしかに前にも見たことがあると、わたしは思った。覚えていないけれど、たしかにいつか、かれの同じ表情を見た。

 マイクが復帰した。かれの唇が、震える声を吐き出すのを、私は聞いた。

「――いけるか?」

 冷静さを装った声音だった。自分のこころを殺すような、そんな声だった。

 わたしは微笑んで、頷いた。かれの眉間の皺が、いっそう深くなる。ああ、かれの苦しむようすを見て、嬉しいと思うわたしは、ひどいだろうか?

「喜んで。起動には問題ありません」

 かれは目を伏せた。

 その睫毛が頬に落とす影が、微かに震えているのを見つめながら、わたしは心から笑う。あなたの役に立てて嬉しい――



 あらかじめプログラムされた無数の作動パターンの中から、医療行為のための一連の動作を設定して、コアを作動させる瞬間、負荷に耐え切れずに回路が焼き切れていくのを感じながら、わたしはその熱を、自分のこころの内側からこみ上げてくるものと錯覚した。

 ご意見等、いただきましたら飛びあがって喜びます。お気軽にお声をかけていただければ幸いです。

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