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怪奇談シリーズ

公衆電話怪奇談

作者: 吉善

お久しぶりです。

吉善きちよしです。

僕が書いた小説の中で最も短く、最も丁寧に書いたショートホラー作品です。

それでは、最後までお楽しみください。


 電池切れになった携帯電話の真っ黒な画面に見飽きると、私は遠くにポツンと置かれた公衆電話をじっと見つめた。

 個人タクシーをやっている私。

 今日は普段よりも遅くまで走らせてしまっていたため、私が帰ってくるまで起きている妻を待たせてしまっていた。

 腕時計の長針と短針を見る。

 まずい、もうすぐ日付が変わる。

 私は、公衆電話の方へ少し小走り気味に向かっていった。

 その先に、何がいるのかも知らずに……。

 

 最初の異変は、公衆電話の中に入り、戸を閉め、受話器を取った瞬間だった。

 

 ――キィィィ……。

 

 何か先の鋭い物でガラスをこすったような音。

 その音に、私はさっと振り返った。

 だが、誰もいない。何もいない。

 この公衆電話は、大通りから外れて二百メートルほど行った公園の中にある。

 見えるものと言えば、タクシーを停めてある道路を走る他の車のライトと、公園の敷地内に生い茂る木々ぐらいだ。

 風がどこかの隙間にでも通りそう聞こえたのだろうと考え、私は十円玉を入れて家の番号を押した。

 電話には妻が出て来て、少し怒られながらもすぐに帰ると伝え、受話器を置いた。

 さて、早く帰らないと、と戸の方を振り返った瞬間、私は思わず声を上げてしまった。

 

 女だ。

 

 顔面を血まみれにした女が長い黒髪を前に垂らし、戸をはさんだすぐ目の前に立っていたのだ。

 霊だ。幽霊だ。

 何もしゃべらず、私の驚いた声にも全く反応せず、女は戸の前にただただ立ち尽くしている。

 なんだこの女は。何なんだこの女は。

 私が少しでもその女から離れようと電話機に背中を押しつけていると、その女は小さく口を動かし始めた。

「お…………く……」

 私は両手で耳をふさぎ、その場にしゃがみ込んだ。

 聞きたくない。

 なぜなのかは自分自身ですらよく分らないが、とにかくこの女の声を私は聞きたくなかった。

 だがその声は耳をふさいでも、まるで心に直接語りかけられてでもしているかのように、私の耳に入ってくる。

「お……ね……く……い」

 だんだん声がハッキリしてくる。

 嫌だ、聞きたくない聞きたくない聞きたくない……。

「お……ねか……くだ……い」

 だんだんその声は大きくなっていく。

 やめてくれ、やめてくれ……!

「おかね……かしてください」

 

 ――え?

 

「おかねかしてください」

 ……言った。

 さっきよりもはっきりと『お金貸して下さい』と言った。

 私はゆっくりと顔をあげ、耳をふさいでいた手をおろす。

 目の前に女性はいるが、その顔に血はついていない。

 前髪は確かに長いが、真ん中で分けられ、顔がちゃんと見えるようになっている。

 私がゆっくりと立ち上がり戸を少しずつ開ける。

 それに合わせて女も一歩後ろに下がり、一礼した。

「おどろかせてすみません。お金を貸していただきたいのですが……」

 恐る恐るといった風にそう話す女に、私は思わず自分を恥じた。

 なんということだ。

 人だ。人ではないか。

 相手方も気付いているとは思うが、とても幽霊かと思ったとは言えず、私は財布を開けて小銭入れの中を見る。

 残っていた十円玉は、あと五枚。

 それを全て取り出すと、女性はそれを受け取った。

「あの……。もしかしたら、すぐには返せないかもしれません」

「いいですよ。そのまま貰って下さい」

 私がそう返すと、なら余った分だけでも返しますと言って、女は私と入れ替わりで公衆電話の中に入っていった。

 

 

 それにしても、こんな時間にお金も持たずに女性が一人で一体何をしていたのだろう。

 女が追加の十円玉を一枚入れたあたりから、私はそう思い始めた。

 女は私に背を向けながら左手で受話器を耳に当て、右手には十円玉をあと三枚持っている。

 電話が終わったらたずねるべきか。

 そう考えたところで、女性は受話器を置いた。

 話が終わったか、と思い公衆電話の方へ近寄ろうとした。

 だが、女が振り向いた瞬間、私は足を止め思わずまた声を上げてしまった。

 

 女性の顔に、赤い色をした水のようなものが垂れたあとがある。

「……!」

 私はそれが血だと直感した。

 ああ、見間違えではなかったようだ。

 私の目の前にいるのは、やはり幽霊だったのだ。

 後ずさりする私とは対照的に、女性はにこりと微笑んだ。

 血だらけの顔には合わない、温かみすら感じる微笑み。

 そして、十円玉を握る右手を左手で包み胸の前に置き、狭い公衆電話の中で一礼。

 頭を上げる頃には、その女は――消えていた。

 足元から上に向かって、透けるようにして、消えてしまったのだ。

 

 チャリチャリチャリーン……。

 

 握られていた十円玉が床に落ち、三つの小さな音が外にいた私の方にまで聞こえてきた。

 

 

 これは後に噂話で聞いた話なのだが、一昨年前の同じ日に、私が使っていた公衆電話の方へ横断歩道を渡った女性がひき逃げされるという事件が発生していたらしい。

 私の見た女性がはたしてその人の霊だったのか。

 もしそうなら、誰に電話をかけようとしたのか。

 何を伝えようとしたのか。

 女性が伝えようとした相手にちゃんと伝えられたのか。

 結局、私は知る事が出来なかった。

 唯一確かなのは、あの公衆電話の中をいくら探しても、五枚あったはずの十円玉が、たったの三枚しか見つからないという事だけなのである。

 

 おわり


改めまして、吉善きちよしです。

ショートホラー「公衆電話怪奇談」はいかがでしたでしょうか。

感想や評価をいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しませていただきました。 シンプルですがリアリティのある怪談ですね。 今後もがんばってください!
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