婚約者のことが好きで好きで好きで仕方ない令嬢、彼に想い人がいると知って別れを切り出しました〜え、彼が本当に好きだったのは私なんですか!?〜
ゾッコーン伯爵家のララブーナは、3日間涙が止まらず部屋に引きこもっていた……。
それというのも、ふとした折に彼女の婚約者デューキアイ・グデーレ公爵子息に想い人がいると知ってしまったからだ。
「嫌だ……ぅぅ……別れたくない」
「ララブーナお嬢様……」
ララブーナの専属メイド、ダルル・ツコミーは、彼女へ気遣うように寄り添いながら、こう問いかけた。
「しかし婚約を見直したいという旨の手紙はもうお送りしたのですよね?」
「うん……今朝ようやく、胸が引き裂かれるような思いだったわ」
「いや、実際に引き裂かれてたのは手紙の方ですよ。一度手渡されたから『やっぱりダメ!!』と仰って、こちらの手から引ったくるものだから十枚以上は駄目にしましたよ」
「あれは私の心情そのものを表してたのよ……」
「手紙を物理的に引き裂くことで表現しないで下さい」
しかしララブーナにはそんな言葉は少しも響いて居ないようで、彼女は深い溜め息をついて目を伏せた。
「本当は前からわかっていたの……いくら愛してると言っても言葉を返してくれない彼が、私のこと愛していないことくらい……」
「さようでございますか……」
「ねぇ、一体私のどこがダメだったのかしら?」
今度はララブーナが恐る恐るといった風に、ダルルへそう問いかける。
「間違いなく愛情表現がやたら重くて鬱陶しいところでしょうね、アレには私もドン引きです」
しかし失恋した自分に寄っているモードの主人に対して、メイドは結構冷たかった。
最初こそ一応気遣うような素振りを見せていたが、ぶっちゃけこちらの方が本心である。
「まず顔を合わせれば挨拶代わりのように『デューキアイ様、素敵!!愛しております!!』と口にし、歩けば『歩いているお姿も素敵です!!』などと言い、その挙句は『ああ、今の横顔の角度とかも最高です!!ありがとうございます!!』と些細なことで謎のお礼を言う始末、デューキアイ様だけでなく周りで聞いているだけの者も疲れ果てますよ」
「そ……そんな」
「ちなみにこういう趣旨の苦言は何回か口にしております、一切記憶に残ってなかったようですが」
「そうだったのね……」
「しかし、それ故に意外だったのがララブーナお嬢様が嫌だと言いながらも、デューキアイ様へ婚約の見直しを提案しようとしたことです」
がくりと項垂れていたララブーナは、その言葉に反応してカッと目を見開いてダルルの方を向く。
「当然でしょう、私はデューキアイ様を本気で愛している。だから彼の邪魔は絶対にしたくないの」
「ララブーナお嬢様……」
「そうして何より、デューキアイ様に他の想い人がいることを知ってしまった私が、このままその事実を隠してお付き合いすることに耐えきれなかった……!!だって好き過ぎるから!!例えこのまま結ばれたとしても、どうかしてしまうわ!!」
「…………お嬢様はまだこれ以上、どうかすることが出来るんですか?」
「ぅ……いえ、ごめんなさい……デューキアイ様の想い人のことを考えたら、また涙が……」
「既に3日間泣いている、まだまだ涙が出るなんて凄いですね」
「ええ、ありがとう……」
「別に褒めてませんよ?」
不敬に不敬を重ねるような物言いであるが、ララブーナはさして気にした様子もなく静かに自分の涙を拭っている。そんな中、ダルルは何気なくこんな言葉を漏らした。
「どうしてララブーナお嬢様はそれほどまでに、デューキアイ様のことが好きなんですかね」
「それについて語り出すと長くなるけどいいかしら?」
「申し訳ありません、私が悪かったので本気でやめてください」
今までになく真剣な様子で謝罪するダルル。自分が好き放題話が出来ないと分かった時点でダルルから興味を失ったのか、ララブーナはまたしても「デューキアイ様ぁ」と口にしながら勝手にめそめそし出した。
そんな彼女の様子に、もう助かったと安心しているダルルは心中で『うわっまた泣いて面倒くさ』と毒づく。ここには(色々な意味で)自分の事ばかり考えている人間しか居ないのである。
そうしてそんなグダグダしていた時のこと——
パッッッリーンーーーー!!!!!
突如として、ララブーナの部屋のクソデカい窓ガラスが割れたのであった。
明らかな異音が響いたことに伯爵邸は騒めきだす。しかし目の前でガラスが割れるところを見ていた、ララブーナとダルルはそれ以上に驚いていた理由は他にあった。
「で、で、で、デューキアイ様!?」
なんと窓ガラスを外から割り、ララブーナの部屋に飛び込んできたのは他ならないデューキアイだったのだ!!
「ど、ど、どうして、デューキアイ様が……」
「どうしてと聞きたいのはコチラだ!!」
「え?」
困惑するララブーナをよそに、デューキアイはつかつかと彼女の目の前までやってきた。
「なぜ急に婚約を見直したいなどと言い出した!?」
漫画だったら集中線が付きそうな迫真の表情で、デューキアイはそう言う。
そんなデューキアイの様子をやはり不思議に思いつつも『こういう必死な様子なデューキアイ様も素敵……』とララブーナは内心で恍惚としていた。
「ララブーナ!!」
「はっ」
デューキアイに名前を呼ばれたことで、ララブーナはようやく浸っていた妄想の世界から引き戻される。内面の様子のおかしさを表に出さずに済んだのは、他でもない長年の令嬢教育の賜物であろう。ゾッコーン伯爵家に雇われた教師は優秀だったのだ。動揺した末に窓をぶち破って登場する、何処かの令息を育てた某公爵家も、是非とも見習って欲しい。
「もしかして……他に好きな男でも出来たのか?」
「……え????」
「ならば仕方ない——」
そうしてデューキアイは腰に刺していた、なんかカッコよくて良い感じの剣を抜いて高々と掲げた。
「僕はソイツに決闘を挑み、コテンパンにすることでララブーナの心を取り戻してみせる!!」
『で、で、デューキアイ様が私のために決闘を!?何それ素敵!!ではなくて……!!』
ララブーナの脳内にはデューキアイの決闘に関する様々な妄想が駆け巡り、危うく涎を垂らしかけたが、すんででそれを食い止めて、デューキアイに問いかける。
「あの……他に好きな女性がいるのはデューキアイ様の方では?」
「は?」
デューキアイは呆けた顔で一瞬動きを止める。
そしてララブーナはそんなデューキアイの様子でさえ『そんな所すらカッコいい……素敵』と内心で盛り上がっていたのだった。
「有り得ない、そんな話を一体どこで!!」
「三日前の王宮で……他でもないデューキアイ様がお話しているのを直接耳にしましたわ」
「三日前の王宮で?」
「ええ、確か——」
そうしてララブーナは、自分の記憶を頼りに当時のことを語り始めた。
※※※※以下、回想パート※※※※
その日のララブーナは王宮での所用があった。そうしてそれが済んだ彼女は……。
「確か、今日のデューキアイ様も王宮にいらっしゃるはず、婚約者として少しお会いしに行きましょう!!」
愛ゆえにデューキアイの予定を把握しており、当然のように彼の元へと向かい始めた。
そんな彼女の耳にデューキアイの話声が届く。それによって目的地をバッチリ定めた彼女は、更に足早に愛しの婚約者の元へと歩みを進めた。
(デューキアイ様、デューキアイ様、デューキアイ様!!ああ、あともう少し!!)
「ああ、好きで好きで堪らないんだ、どうすればいいか分からないくらい……!!」
今まで聞いたことがないほど、デューキアイの感情的な叫び声にララブーナは思わず足を止めた。そうして見てしまったのだ、彼が苦し気に胸を押さえ会話をしている誰かに切なげな表情で訴える。
「心の底から本気で愛しているんだ……!!」
それを目の当たりにした瞬間、ララブーナは雷に撃たれたような衝撃を受けた。
(……そんな)
そうして僅かに立ち尽くした後に、踵を返しその場を立ち去る。早足で歩く彼女の目には、みるみると涙が溜まり、そして溢れだしてゆく。
(私に一度も愛していると言って下さらなかったのは、そういうことだったのね……!!)
そうして思い込みの激しいララブーナは、部分的に聞こえた情報から、勝手にデューキアイには他の想い人がいると思い込み塞ぎ込むこととなった。
具体的には、帰宅後ララブーナは、そこから3日間涙が止まらず部屋に引きこもり、最終的には婚約を見直したい旨の手紙を送るに至ったのである。
※※※※以上、回想パート終了※※※※
「そ、そ、そんな……」
事の経緯を聞き終えたデューキアイは膝から崩れ落ちる。
「ええ、だからデューキアイ様はご無理なさらずお好きな方、と……うぅ」
そしてすかさず彼に声を掛けようとしたララブーナは、未だに踏ん切りが付いていないため、最後まで言い切れず、また泣きそうになっていた。
「違う、誤解なんだ話を聞いてくれー!!」
「え……誤解?」
「そうだ!!」
デューキアイはグイグイとララブーナの元まで詰め寄る。そして距離を詰められた色々アレなララブーナは、それだけでもう心拍数の上昇が止まらない。
「君に聞かれた、あの話なのだが——」
「は、はい」
「……き……なんだ」
「はい?」
「好きだと言っていたのは君のことなんだ!!!!」
「え、え、えぇぇぇええっ!?!?」
心底驚いたと言った様子で、ララブーナは物凄い声を上げる。部屋の後ろに控えている専属メイドは、露骨にうるさいとでも言いたげに顔を顰めていた。が、すっかり盛り上がっている二人には、そんなことお構いなしである。
「でもそんなこと今まで一度も……」
「そ、それは」
一瞬言葉に詰まる様子を見せたものの、意を決したように口を開いた。
「好きすぎて、逆に言えなかったんだ!!」
「す、好きすぎて!?」
「そうだ……ああ、不甲斐ない婚約者で申し訳ない!!」
そうしてデューキアイは全力で頭を下げた。しかしそれだけでは気が済まなかったのか、彼はそこから更に這いつくばり、床に頭をこすりつけた。いわゆる土下座である。
「で、で、で、デューキアイ様!?」
「勘違いさせてしまったこと心の底から謝罪する。しかしこの通りだ、だから捨てないでくれ!!」
「いやいや、捨てるなんてとんでもないです!!」
ブンブンとやり過ぎなくらい首を振るララブーナだが、ふと何かに気付いたら顔で動きを止める。
「と、そうなると、デューキアイ様があれ程までに熱烈に愛しているのは私だと?」
「そうだ」
「こ、心の底から本気で愛していると?」
「ああ」
「そ、そ、そ、それって——」
「?」
ララブーナの呼吸が大きく乱れる。そして両手で顔を覆うと、呼吸を止めて絶叫した。理性が働いたのか、ギリギリ心の中に留めて。
『嬉しすぎるぅぅぅうう!!!!!!』
そこで彼女はあまりの興奮から気を失い、その場に昏倒……する前にデューキアイに抱きとめられたのだが、意識のないララブーナには知る由もなかった。
慌てふためくデューキアイに反して、彼女の顔はとても幸せそうな様子だった。と後に居合わせた専属メイドは語る。
※
ララブーナが意識を失ってから一時間後。
「あの、そろそろお帰り下さい」
「いや、ララブーナが目を覚ますまで側にいる……!!君は休んでもいい」
「婚約者と言えど、意識のないお嬢様と殿方が二人きりと言うのは……」
「問題ない」
『それを決めるのはアンタじゃねぇんだよ!!こっちだって休めるなら休みたいわ』
ダルルは苛立っていた。デューキアイが窓ガラスを割って侵入してきた故に、あの後事情を説明する必要性があったり、更にララブーナが意識を失ったせいで侍医を呼んだり、介抱をしたりと、とにかく面倒に面倒が重なっていたからだ。
そこに加えて、絶対に帰るつもりのないデューキアイの問答が延々と続いていて、彼女の苛立ちは最高潮へと達していた。そんな時である——
「うぅ……」
ベッドで寝かされていたララブーナが、ついに意識を取り戻した。
「ララブーナ!!」
「デューキアイ様……?」
そこへ飛びつくように、駆け寄るデューキアイ。ララブーナの意識が戻った以上、メイドのことなど最早眼中にないのだ。
「大丈夫か!?」
「ええ……」
デューキアイの声と姿のお陰で、即座に覚醒したララブーナは一見落ち着いた表情とは裏腹に『こんな真剣な表情、まさか私をこんなに心配して……!?ああ!!』と心の中では大興奮であった。
「僕が悪かった……これからはちゃんと僕も自分の想いを伝えるようにするよ」
「デューキアイ様が悪いなんてことはありませんが…………夢のように嬉しいです」
「夢なんかじゃないさ」
「……デューキアイ様」
「ララブーナ……!!」
「デューキアイ様!!」
「ララブーナー!!!!」
「デューキアイ様ァァァァア!!!!」
「ララブーナァァァァア!!!!!!」
こうしてお互いの勘違いが解けた二人は、ひしと抱き合い。しばらくイチャイチャと幸せな時間を過ごしたという。
一方、同室にいるメイドのダルルは、そんな甘ったるい雰囲気には興味なさげにあくびを噛み殺し『あーあー、あの馬鹿が割った窓ガラスの片付けダルいな……』と割れた窓から見える青空を眺めながら、ぼんやりと考えていたのだった。
《終わり》
【オマケパート、人物紹介】
◆ララブーナ・ゾッコーン
ゾッコーン伯爵家の息女。ゾッコーンの血筋は文字通り惚れたら一直線で暴走しがち。うるさいし思い込みが激しい。
大雑把な性格かつ自分に都合の悪いことは基本認識しないため、ダルルが不敬でも華麗にスルーする。
◆ダルル・ツコミー
ダウナー系ツッコミメイド。ララブーナの専属メイドでもある。
だいぶ頻繁に失礼だけど、それ以上に主人や周りの様子がおかしいのでどうにかなっている。割と有能で、外では不敬ムーブはしない。
◆デューキアイ・グデーレ
グデーレ公爵の子息で、ララブーナの婚約者。グデーレの血筋は大体クーデレ。
実は騎士団に所属してたりする。サラッと帯剣しているのもそれが理由。
こっちも思い込みが激しいが、ララブーナと比べて静かな分内面が読めなくて面倒。
◆デューキアイに付き合わされている同僚
登場しているようでしていない、王宮で一方的な愛の叫びを聞かされていた人。実はいつも彼に振り回されている。ララブーナとデューキアイの仲が深まって解放されるかと思いきや、今度は惚気に付き合わされている。正直、デューキアイと関わらなくていい職場に変えて欲しいと思っている。
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