第九話 杯の向こうの第一騎士団
冒険者協会の酒場は、討伐帰りの時間帯になると、ほどよく騒がしくなる。
血と泥の匂いを落としきれない者、書類仕事を終えた職員、護衛任務から戻った一団。立場は違っても、杯を前にすれば、愚痴と噂話が自然と混じった。
剣を壁に立てかけ、外套を椅子に放り投げ、誰かが話し始める。
「でさぁ、今日の討伐がさ――」
「それより聞いたか?」
遮るように、向かいの冒険者が声を潜めた。
「第一騎士団の話」
その一言で、何人かが反応する。
「また団長がやらかしたのか?」
「書類が雪崩起こして、誰か埋まったか?」
「それはいつも通りだ。今回は他にも、ちょっとあってな」
言い出した男は、なぜか笑いをこらえていた。
「最近な。第一騎士団で、“反省文”が流行ってるらしい」
一瞬、間が空く。
「……反省文?」
「流行るような物か、それ?」
「待て待て。あの第一だぞ?」
「脳筋集団の?」
誰かが吹き出し、誰かが首をかしげる。
「そう、その第一。よく言えば特攻特化、悪く言えば考える前に突っ込む、あの第一騎士団」
杯を置いて、男は続けた。
「団長がな。反省文を書いてるらしい」
酒場が、ざわっとする。
「え、あのドヤ顔団長が?」
「反省、できるのか?」
「できてるかは知らん。ただ――」
肩をすくめる。
「書いても書いても、新しい反省案件が増えていくらしい」
「減らねぇのかよ!」
「増えるって何だ! コレクションかぁ?」
笑いが起きる。
「机の上に、常に二、三枚は置いてあるらしい」
「怖ぇよ」
ひとしきり笑ったあと、協会職員の一人が、ふと思い出したように言った。
「……第一と言えば、あのベテランは?」
「スズークか?」
「昇進断って現場に居座ってる人だろ」
「あぁ〜。討伐の時にいると安心なんだけど、移動中に同じ班だと、ちょっと面倒な人」
話を振られた冒険者は、少しだけ表情を変えた。
「スズークはな……」
ほんの一拍、間を置く。
「同じ内容の反省文を、何度も書いてる」
「お、意外だな」
「ただし」
声が低くなる。
「出さない」
「……出さない?」
「書いて、捨てて、また書くらしい」
杯が鳴る音だけが、短く響いた。
「……それ、笑っていいのか?」
「さぁな」
誰も、それ以上は続けなかった。
しばらくして、協会職員が話題を変えるように言う。
「じゃあ、第一の若い小隊長は?」
「ルーカスだっけ? あいつ、やたら元気だよな」
「そういや、護衛で一緒になった魔法使いから聞いたんだけどよ」
別の冒険者が思い出したように笑った。
「浜辺で魔獣出た時、いつものノリで魔法撃とうとしたら、依頼主に『素材が痛むでしょう!!!』って怒鳴られたらしい」
「もしかして、露店の店長?」
「そうそう! 小隊長と三人で素材集めしてたんだったかな? で、小隊長が一人で、中型のイカ魔獣の足を、一本ずつ剣で切って仕留めたって」
一瞬、場が静まる。
「応援してたらしいぞ。魔法使い、ずっと」
「……それ、元気ってレベルじゃねぇよな」
「そのルーカスなんだけどよ。反省文じゃなくて」
「なくて?」
「手紙を書いたらしい。迷惑をかけた相手に、直接」
一瞬、言葉が止まる。
「……それ、反省文なのか?」
杯を持ち上げ、誰かが言った。
「たぶんな。一番面倒で、一番ちゃんとしたやつだ」
酒場の喧騒が戻る中、誰かがボソッと言う。
「変な団だよな、第一騎士団」
「でも――」
言葉が続かず、誰もが曖昧に頷く。
「悪い話ばっかりでも、ねぇんだよな」
「掃除係の睨みが効いてるって噂だぞ」
「彼女か……」
「それ、反省文より怖いな」
小さな笑いが起きる。
酒場の喧騒が戻る。
杯が重なり、笑い声が弾み、夜はそのまま続いていった。




