第八話 母という存在
第一騎士団の大部屋は、昼過ぎの気だるい空気に包まれていた。
「しっかし、ルーカスのかーちゃん強ぇよなぁ」
誰かの何気ない一言に、机の向こうで笑いが起きる。
「勝手に登録かー。ウチのねぇちゃんにやったら、半殺しにされるな」
「はは、分かる分かる」
なんてことない軽口だ。
笑い話にしていい距離感で、話が転がっていく。
「それで、ルーカスって見合いするって話あったよな?」
「最近それっぽい話、聞かないよな」
「代わりに、交友関係は広がったよな〜」
数人が、うんうん。と頷く。
フリマの話だの、妙な知り合いだの。
「……まぁ」
そこで、低い声が割り込んだ。
「まぁ……ルーカスの母ちゃんが騒ぐのも、分かるんだよなぁ」
スズークだった。
「ん?どゆ事?」
話していた団員が、黙って聞く姿勢になったが、スズークは何も言わない。理由も、事情も、それ以上は続けなかった。
「いやいやいや!」
ルーカスが、即座に割って入る。
「スズークさん、俺の親みたいなこと言わないでほしいっす!」
「おぉ? ルーカスのとーちゃんがいるぞ〜」
笑いに逃げようとするルーカスを見て、スズークは少しだけ口の端を上げた。
「俺の娘は、こんなにでかくねぇぞ。まだ二十だ」
空気が、止まった。
「え。スズークお前……。似たような歳の娘いて、アイリスちゃんにアウトな失言を……?」
数人が顔を見合わせる。
誰かが咳払いをして、書類に目を落とす。
アイリスは、窓を拭いている手を止めて、視線だけを向けた。
(……あ。家でも、やってたんだろうな)
「……俺はな」
スズークは、言葉を探すように一拍置いた。
「反省したんだよ」
それ以上は、何も言わない。
ルーカスは、否定しなかった。
ただ、それ以上の言葉が出てこなかった。
昼の大部屋は、今日も相変わらず騒がしい。
誰かが椅子を引き、誰かが書類を落とす。
それでも、その一角だけは。
しばらく、静かだった。
親心は、善意だ。
だからこそ、厄介だ。
それを知っている者は、もう、多くを語らない。
第一騎士団の大部屋に、また雑音が戻る。
話題は、次の巡回のことへと流れていった。




