第五話 ゴードン団長は、反省ができない
第一騎士団の大部屋は、相変わらず雑然としていた。
書類やインク、訓練帰りの騎士の私物があちこちに転がっている。
その中で――第一騎士団の机には、似つかわしくない物がひとつ、混じっていた。
透明がかった淡い青。
角を丸く磨かれた、ガラスの塊。
「……ん?」
ゴードン団長は、それを指先でつついた。
「なんだこれ。綺麗だな」
机の主は不在だった。
今日はルーカスの非番である。
「ペーパーウェイト、か?」
団長は持ち上げ、光にかざした。
曇りのない表情で、ふむふむとうなずく。
「おい、これ見ろよ。あいつ、こんなの持ってたか?」
近くの騎士たちは、視線を向けてから、そっと逸らした。
「あー……」「えっと……」
「なんだ、その反応」
ゴードンは首をかしげる。
「もしかして! お見合い相手か!?」
誰も答えない。
「いや、違うか? いやでも、休み取ってたしな?」
ペーパーウェイトを机に戻し、腕を組む。
「なぁ、ちょっと気になるよな?」
気になる、という言葉に、いやな予感が走ったのか。
数人が一斉に書類に視線を落とした。
「……なぁ」
ゴードンは、少し声の調子を変えた。
「今日はもう、仕事やめて帰ろっかな〜」
その場の空気が、一段階だけ冷えた。
それは、いつもの口癖に似ていた。
だが、いつもの「辞めよっかな〜(チラッ)」と違って、これは――。
「見守りって、大事だと思うんだよな。うん」
その瞬間。
「やめとけ、団長」
低く、落ち着いた声が飛んだ。
スズークだった。
椅子にもたれたまま、腕を組み、団長を見ている。
「それ以上は、善意じゃねぇぞ」
ゴードンがスズークを見て、口を開くより早く。
「それ、商売の邪魔になります」
冷えた声が、もう一つ重なった。
アイリスだった。
モップを手にしたまま、まっすぐ団長を見ている。
「……は?」
ゴードンは、二人を見比べた。
「ちょ、待て待て。俺、別に何かするって言ったか?」
「言いました」
アイリスは即答した。
「仕事をやめて帰る、と」
「いや、それはまぁ……部下の精神的なサポートをだな……」
「いりません」
ぴしり、と断言される。
「団長が個人的な興味で動いた、という噂が立った場合。その作り手の方はどう思われるでしょうか」
ゴードンは、言葉に詰まった。
「……噂?」
「ええ。『騎士団に目をつけられた店』『団長のお気に入り』。最悪なのは、『あのお店で買う人は、店員を口説いている人だけだ』と思われる事です」
部屋の空気が、凍った。
「とんだ風評被害です」
アイリスの声は静かだったが、容赦がなかった。
「客層が離れたらどうするんです? あそこで買うと、騎士団に目をつけられる。そう思われた時点で、終わりです」
ゴードンは、アイリスから視線を逸らした。
「……スズーク」
「ん?」
「お前も、似たようなことやってなかったか?」
反論のつもりだった。
スズークは、少しだけ目を細める。
「やったな」
即答だった。
「だから、今、お前を止めてる」
短く、重い。
「俺はな。反省したんだよ」
ゴードンは黙った。
「年長者の言葉は聞いとけ、団長」
それ以上、何も言わなかった。
沈黙の中で、ゴードンはゆっくりと椅子に座り直した。
「……分かった」
その声は、少しだけ小さかった。
◇
その夜。
第一騎士団の団長室。
ゴードンは机の前で腕を組み、唸っていた。
机の上には、紙が二枚。
一枚目。
――「お見合いの件について、言いふらした反省文」
二枚目。
――「部下の私生活に踏み込みすぎた件についての反省文」
どちらも、途中まで書いてある。
どちらも、提出先は書かれていない。
「……増えたな」
誰にともなく呟いて、ゴードンは頭をかいた。
反省は、している。
本当に、しているつもりだ。
「……まぁ、明日でいいか」
そう言って、二枚を重ね、引き出しに入れる。
パサリ、と音がした。
◇
一方、大部屋の机の端。
いつもなら、書類や地図や訓練記録に埋もれている場所に。今日は、ひとつだけ異質なものがあった。
淡い色合いの、ガラスの塊。
光を受けて、静かにきらめくペーパーウェイト。
誰の物か、説明する者はいない。
置いた本人も、そこにはいない。
ただ、そこにあるべきもののように、自然に置かれていた。
誰かが、うっかり書類を飛ばしかけて。
それが、きちんと押さえられる。
それだけだ。
反省文は、机の上には残らない。
代わりに、結果だけが残る。
――その違いに気づく者は、まだ少ない。
夜の第一騎士団は、いつも通り騒がしく。
それでも、その小さなガラスだけは、静かに光っていた。




