第四話 結婚していなくても困らない人
結婚相談所の応接室は、今日も静かだった。
今日は、“いろいろな生き方を聞いてみたい”という相談者の希望でルーカスも同席しているが、静かすぎてどうにも落ち着かない。
向かいに座っているのは、二十代後半くらいの女性。
緊張しているのか、指先を組んだまま、何度か視線を落としている。
「今日は、お時間ありがとうございます」
職員が間に入り、穏やかに切り出した。
「事前にお伝えしていますが、こちらのルーカスさんは、“結婚しなくても困っていない人”の一例として、今日は同席していただいています」
「えっ……」
女性が戸惑ったようにルーカスを見る。
「だ、大丈夫っす! 俺、何か言えって言われても、特別なことは言えないんで! 話聞くだけっす!」
慌てて両手を振る。
「今日は“答えを出す場”ではありませんから」
職員がフォローを入れた。
「まずは、今悩んでいることを聞かせてください」
少し間があってから、女性は口を開いた。
「……私、いつか自分の店を持ちたいんです」
ルーカスの背筋が、ぴしっと伸びた。
「お店?」
「はい。手作りのものを作っていて……今は、フリーマーケットに出したりしています」
「手作り……!」
食いついた。
女性は少し驚きながら、続ける。
「シーグラスを使ったアクセサリーとか、小物とか」
「シーグラス!? あの、海で拾うやつっすよね!?」
「はい」
「え、自分で集めるんすか? 海の魔物とか出ないっすか!?」
職員が小さく咳払いをしたが、もう遅い。
「実は……材料採取のために、冒険者登録もしています」
「すげー!!」
「い、いえ、強くはないですよ!? 海の魔物が活発な季節は避けたり、協会で護衛を募集したり……」
「冒険者協会っすか! ちょっと前に仕事でお世話になったっす! 知り合いの弟さんも、バイトしてるっすよ!」
「あ……もしかして。紺色の髪の、受付の子かな?」
「多分そうっす!!」
――話が、一瞬で脱線した。
職員が、こほん、と一つ咳をする。
「……お話を、戻しましょうか」
「す、すんません!!」
ルーカスは慌てて姿勢を正した。
女性は、少しだけ笑ってから話を続けた。
「家族には、結婚してからでもいいじゃない、って言われます。店は趣味の範囲でいいでしょう、って」
「……」
「でも、今じゃないと作れないものもあって」
テーブルの上に、いくつかの小物が置かれた。
淡く曇ったガラス。角の取れた形。
光を通すと、柔らかく色づいた。
「へー! キレイっすね! これって、晴れた日限定で、飾って楽しむんすか?」
気づけば、また聞いていた。
「屋内用のランプシェードもありますよ。ペーパーウェイトも」
「売り方、いろいろ工夫してるんすね……」
ルーカスは、テーブルの上から目を離せなくなっていた。
職員が再び、こほん、と一つ咳をして、静かに言う。
「こちらの方は、“結婚しない人生が不安”というより、“今の選択を否定されるのがつらい”のだと思います」
女性は、小さくうなずいた。
ルーカスは、しばらく考えてから、ぽつりと言った。
「俺……結婚について、ちゃんと考えたことないっす」
二人の視線が向く。
「仕事して、騒がしくて、毎日終わって。それで不満もないし、今はそれでいいと思ってます」
少し、照れくさそうに頭をかく。
「でも、それって“逃げ”じゃないって、ここで言ってもらえたんで」
職員をちらっと見る。
「選ばないのも、選択肢なんだなって」
女性は、テーブルをじっと見たまま、静かに言った。
「……そうですね」
その日は、それ以上踏み込まなかった。
結論は出ない。
でも、否定もされなかった。
帰り道、ルーカスは、頭を抱えた。
「さすがに……脱線しすぎたっす……!!」
◇
その夜。
ルーカスは、自室の机に向かっていた。紙を一枚取り出し、しばらく睨む。
「……反省文、って感じじゃないよな」
書いて、丸めて、また書く。
――話を聞くだけ、って言われたのに、脱線しすぎ。
――魔物の話は控える。
そして、一通の手紙を書く。
丁寧な字で。
『今日は、話を聞かせてくれてありがとうございました』
『作っているもの、すごく綺麗でした』
少し迷って、最後に一行。
『もし嫌じゃなければ、今度フリーマーケット、見に行ってみてもいいっすか?』
書き終えてから、何度も読み返す。
「……よし。これくらいなら、大丈夫っすよね」
封をして、机の上に丁寧に置いた。引き出しには、入れない。
翌朝、ルーカスは、きちんと投函した。




