第三話 結婚相談所としては
結婚相談所の事務スペースは、午後になると少しだけ静かになる。午前中の来客と電話が一巡し、空気が落ち着く時間帯だ。
「ねえねえ、先輩!」
背後から、やたらと元気な声が飛んできた。
成婚の相談が担当の、若手の女性職員だった。
「ルーカスさん、やっぱりマッチ利用は見送りなんですね〜! え〜、ちょっと残念!」
語尾が弾みすぎている。
ルーカスの担当職員は、書類から目を離さずに答えた。
「ええ。本人の意思よ」
「ですよねぇ〜」
と言いつつ、担当職員が持っている書類の登録情報を覗き込む。
「でも……。正直、もったいなくないですか? 真面目で、騎士で、社会的信頼もあるし。変な噂もないし……条件だけ見たら、超・優良物件ですよ!」
「……」
「見た目もそこそこ整ってて、体格もしっかりしてて。雰囲気も、なんていうか……大型ワンコ系じゃないですか? 人気出そうなんだけどなぁ~」
担当職員が、ようやく顔を上げた。
「……その言い方、やめなさい。ここは、人を商品として並べる場所じゃない」
「あっ」
若手職員は、口を押さえる。
「すみません。でも、悪い意味じゃなくて! 実際、最初の電話でも感じ良かったじゃないですか。登録ありがとうございます〜♪って言ったら、ちゃんと丁寧に対応してくれて。あ、感じいい人だなって」
担当職員は、小さく息を吐き、もう一度登録情報を見た。
「“人として、感じが良い”と、“結婚したい”は別よ」
「はぁい……」
若手職員は、一応、反省した顔をするが、すぐに持ち直した。
「あっ! あと、結婚しなきゃいけないのかな? って悩んでる人には、ああいう人、すごく安心材料になりますよね」
担当職員は、静かにルーカス・グレイの書類を見る。
「……どういう意味?」
「ほら、結婚してないけど、ちゃんと仕事もあって、人間関係も破綻してなくて。“自然体で大丈夫ですよぉ♪”って、言葉じゃなくて態度で示せる人というか」
そして少しだけ、眉を下げた。声のトーンが落ちる。
「シングルマザーの人とか……いますよね。もう一度結婚するか迷ってる人。そういう人に、結婚する気が固まってなくても、『今の状態のまま来ていいんだ』って思ってもらえる気がして」
担当職員は、しばらく黙っていた。
「……あなた」
「はい?」
「成婚に前向きなのは、あなたの長所よ。」
若手職員の目が、少しだけ輝く。
「でも」
すぐに続ける。
「それが、同時に欠点にもなる。結婚を“正解”にしすぎると、相談にならなくなるわ」
若手職員は、口を閉じた。
「ルーカスさんはね」
担当職員は、淡々と言う。
「結婚したいとも、したくないとも、言っていない。“今は考えていない”だけ。お母さんの希望を無視するわけでも、否定するわけでもない」
それはそれで、相談として成立している状態だった。
「だから、こちらも急がない」
「……はい」
少しだけ、しおらしい返事が聞こえた。
担当職員は、ペンを取り直す。
「あなたの“引き込む力”は、大切にしていい。ただし、答えを決めない人の居場所も、同じくらい大切に」
若手職員は、ゆっくり頷いた。
「……こちらから何かを勧めることはしないわ」
「相談所なのに?」
若手職員が、半分冗談めかして言う。
担当職員は小さく笑った。
「相談する場所だからよ」
午後の光が、事務スペースに静かに差し込む。
まだ、何かを決める話ではない。
ただ、“選ばなくてもいい場所”が、ここにあるだけだ。




