第二話 結婚しなくても困っていない人
結婚相談所。
そう書かれた看板の前で、ルーカスは一度立ち止まった。中に入ると、室内は驚くほど静かだ。
「……静かすぎだろ、ここ」
第一騎士団なら、今ごろ誰かが大声で笑っているか叫んでいるか。そんな時間だ。
それだけで、もう落ち着かない。
来た理由?
かーちゃんが、勝手に登録したから!
以上。
「ルーカス・グレイさんですね」
「そっす」
応対してくれたのは、三十代半ばほどの女性職員だった。
応接室に通され、きれいな椅子に座る。
姿勢を正そうとして、逆にぎこちなくなった。
「今日は顔合わせという形です。まずは簡単にお話を」
「簡単にっすね。オッケーっす!」
職員はにこやかに頷いた。
椅子に座りながら、ルーカスは内心で身構えた。
説得されるんだろうか。
だが、しかし。
「率直にお聞きします。結婚について、前向きにお考えですか?」
「いや!」
思わず即答してしまった。
「あ。いや! 否定とかじゃなくて! かーちゃんが登録したんで来ただけっていうか!」
言い訳が止まらない。
「なんか……すいません」
だが職員は、ペンを走らせるだけだった。
「いえいえ。ありがとうございます。では、結婚しない人生について不安はありますか?」
「んー……特には」
仕事はあるし、騎士団もうるさいけど、嫌いじゃない。
「今の生活に、不満はありませんか?」
「不満は……団長がうるさいくらいっすかね」
しまった、と思ったが、職員は少しだけ笑った。
「なるほど」
間が、静かすぎる。
ルーカスは落ち着かず、つい口を開いた。
「あの……ここって、お見合い相手をマッチングする場所じゃ?」
「されたいですか? マッチング」
「いやいやいや!!」
即座に首を振る。
「安心して下さい。当社は、結婚“斡旋所”ではありません」
「え?」
「正しくは、結婚“相談所”です」
職員は、淡々と言った。
「結婚したい方も、した方がいいのか分からない方も。家族の圧が強い方も含めて、すべての方への相談所のつもりです」
そして、安心させるように、少しだけ笑う。
「結果として、マッチングを選ぶ方が多い、というだけです」
「……はぁ」
思っていたより、ずっと、逃げ道があった。
「ルーカスさんは二十六歳。結婚するも良し、独身を選ぶも良し。選択肢はたくさんあります」
「そうなんすか?」
「ええ。焦る必要はありません」
その言葉に、肩がすとんと落ちた。
「……それ、かーちゃんと団長にも言ってやってほしいっす」
職員は苦笑した。
「ちなみに……騎士団のお仕事は、お好きですか?」
「好きっすよ」
即答だった。
「じゃあ、今はそれでいいと思います」
ルーカスは、少し目を丸くした。
「……いいんすか?」
「ええ。結婚は“した方が偉い”ものではありませんから」
しばらく話をして、今日はここまで、というところで。
「一つ、ご相談があります」
「なんすか?」
「“結婚しなくてもいいと思っている人”のお話が、あまり集まらなくて」
「俺っすか?」
「はい」
思わず指を差す。
「俺、語るほど立派なこと、考えてないっすよ?」
「立派である必要はありません」
静かな声だった。
「“今は考える必要がない”という考え方も、大切な選択肢ですから」
少し考えて、ルーカスは頭をかいた。
「……まぁ、話すだけなら」
「ありがとうございます」
相談所を出て、外の空気を吸う。
特別なことは、何も変わっていない。
結婚について深く考えないことも、ちゃんと“選択肢の一つ”なのだと、他人の口から言われただけだ。
それだけなのに、胸の奥に引っかかっていたものが、少しだけ軽くなった気がした。
「団長に言ったら、絶対ドヤ顔で言いふらすな」
そう思って、ルーカスは苦笑した。




